迷宮に盗賊を手放して   作:沙羅屋敷

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回想の牢獄①

牢屋にいるのは存外快適だった。もちろん綺麗でも清潔でもない場所なのだが、牢屋に

馴染んでしまうあたり、つくづく俺は盗賊に適正があるのだろうか。とはいえ迷宮より出

でて徘徊する魔物や自分以外の盗賊に襲われたりすることのない建物にいるというのはこ

れまで感じられなかった安心感がある。

 牢屋で心の安定もないのだが、労役で働かされることもなさそうだし、寝台で眠ってい

ても怒られることもないので迷宮で魔物を屠って得た金の上前を撥ねられる生活より平穏

を感じるのもやむを得ないだろう。

 

 とはいえ、心から不安が完全に無くなったわけではない。

 ハインツの討伐が実際に行われるのか、俺自身の処遇はどうなるのか、先のことを考え

ても仕方がないのだが、どうしても頭を過ってしまう。そうかといって、俺の過去など、

ろくな事がなくて思い出してもウンザリするだけなのだが、寝ること以外にやれることの

ない現状では、これでもかと思い出されて、中々頭から消え去ってくれなかった。

 

 生まれ育ったのは山に囲まれた寒村だった。貧しい土地で少ない食料を双子の弟妹に分

け与える為に、空腹に耐える日々だった。

 ある冬の日に父親が怖い声で俺に命じた。

 「このままでは、飢えて冬を越すことができない。だが村長の家には蓄えがあるから、

それを盗ってこい。」と。

 俺はそんなことは出来ないと反発したが父親は強硬に言葉を続けた。

 「村長は、この家の事情を把握しているから、必ず見て見ぬふりをしてくれる。まだ幼

いお前ならなおさらだ。」

 愚かにもその言葉を信じた俺は、村長の家から乾燥野菜や干し肉を少しづつ盗みだすよ

うになった。その盗んだ品で俺達は冬を越すことができた。その次の冬も盗んだ食料で冬

を越した。その次の冬も。

 驚いたことに、この盗みは数年間に渡り発覚することがなかった。村長一家が間抜けだ

ったのか、俺に盗みの才能があったからなのか、父親の言葉を本当だと勘違いしたまま何

度も冬を過ごした。

 だがそんな盗みがいつまでも続くはずがなかった。

 

 俺が12歳の時それは突然やってきた。

 その日、畑仕事をしていた俺は、遠目に村長やその取り巻きが武器を手に家に近づいてき

ているのを目撃した。

 盗みがバレて制裁を加えにきたと瞬時に察した俺は、すぐさま仕事を放り出して父親の元

に向かった。別の場所で畑仕事をしていた父親に事情を説明する。一番不味いのは村長に俺

のインテリジェンスカードをチェックされて、カードのジョブが盗賊になっていることを曝

け出されることだ。だから俺は家族も仕事も捨てて逃げ出すことにした。俺が盗賊だと確認

できなければ証拠がないので家族が害されるのを避けられるかもしれない。そこに賭けるし

かなかった。

 俺は父親の顔を何度か殴り、青あざだらけにさせて『彼奴は普段の行いを注意されたら、

親に反抗して暴力を振るってきたので家から追い出した。』

という体を装い、弟達と口裏を合わせて急いで村を後にした。

 

 それからは野良犬以下の暮らしを強いられた。

 家出をした未成年(15歳以下)がまともな職につけるはずもなく、盗みをはたらいては追

い立てられ、流離う日々だった。

 そんな生活で行き倒れ寸前になっていたのを拾ってくれたのが、盗賊団の頭のジェードだった。

 ジェードの元で俺は武器を貸し与えられ、年齢層が若いパーティーに入って、迷宮で闘う日々

を送った。皆で迷宮近くの廃村に勝手に住み着き、迷宮に沸く魔物を狩って、そいつらの落とす

アイテムを売り日銭を稼ぐ。数日おきにジェードに一定額を上納すれば残った金は自分のものに

してもよかったので、俺達は無謀なまでに迷宮での魔物との戦闘に明け暮れた。

 危険も怪我も多かったが、泥棒をして追われるよりは何倍もマシな生活だった。他のパーティ

ーメンバーも同じ心持ちだった。

 メンバーの内には明確に盗みに嫌悪を示すものもいた。やまれぬ事情で盗賊堕ちしても、人様

のものに手を付けるのをよしとしない心根は好感が持てた。そのなかにいると、俺も同じように

盗賊になっても、人の道を完全に外れていない、まだ救われる存在であるような気がしていた。

 

 だがこの生活も壊された。

 ドロップアイテムを離れた街に売りにいった帰りだった。俺達パーティーは数日に一度溜まった

ドロップアイテムを街で卸し、その金で食料品や生活品を購入し廃村に戻り、ジェードに金品を収

める。その生業を日課としていた。

 その日も荷馬車にアイテムを詰め込み、一人だけが御者として荷馬車に乗り、残りは徒歩で街に

向かった。いつもと変わらずアイテムを売却して、得た金で俺は鎖帷子を新調することができた。

 他のメンバーも装備を新調した者がおり、新しい武具防具を試したくて、足取り早く村を目指し

ていた。 俺も着心地を確かめる為に、帷子を着たまま帰路に着いている。

 村を囲う土塀が見え始めた頃、御者を務めていた狼人族のフレオスが急に手綱を引いて、馬を停

めた。その横顔が恐ろしく険しくなっていた。

 フレオスは狼人族特有の嗅覚の鋭さから迷宮では魔物のもとへ先導をする役を担っている。その

ことからパーティーリーダーを任されている男だ。その男の反応に俺達に緊張が走る。

 「血の匂いがする。それも大勢の…。おそらく戦いが行われた。」

 俺達は、迷宮周りで徘徊する魔物対策用に荷台に載せてあった武器を装着していく。手早く身に

着けて、ガタガタ音を立てる荷馬車はそこに置いておき、足早に村に向かう。

 今、村には盗賊団の頭のジェード、彼の身の回りの世話をする奴隷女達、そして一番大事なのが

取り巻き的存在でもあるジェードのパーティーメンバー。こいつらは俺達メンバーより強い大人で

構成されいる。簡単には倒されたりしないはずだと己に言い聞かせた。

 

 こんな時でもモタモタとしている「歯無し」のグロムを捨て置いて、俺達は土塀のあるあたりま

で、素早く移動する。

 フレオスが先頭、その後に俺、堅物のハレイが続き、自称盗賊剣士のタズマが殿を務める。

 この廃村に住む盗賊を襲うとなれば魔物が大量に押し寄せたのか、討伐にきた騎士団なのか。

 「正面の門扉は閉ざされている。脇に回るぞ。」

 フレオスの命で俺達は土塀に沿って移動する。ここの土塀は元々それほどの高さがあるわけでは

ないのに加えて、廃村ゆえに維持管理が行き届かず、壁が崩れかかっている場所が数か所ある。そ

こならば潜入は容易にできる。

 

 全員で壁の欠け目から村に潜入する。

 「ジェードのいるだろう元村長宅を目指す。大通りを避けて、裏道から行くぞ。」

 細い裏道を駆ける中、突然フレオスが止まる。

 「誰かくる。」

 彼の警告に俺達は息を殺して、建物の壁に体を寄せる。来るのは敵か味方なのか。裏路地から表

通りを注視する。

 息を乱し、体の傷から血を流しながら、大通りを駆けてきたのは盗賊団の頭であるジェードだっ

た。長身、長髪でエルフらしく整った容姿をしている彼が、血の付いた短剣を握りながら、必至に

何かから逃げていた。

 

 さらにその後に取り巻きの人間族ラムジアも続いて駆けてくる。だが、ジェードが普段着なのに

対し、ラムジアは剣を持ち、鎧兜を装着した武装済みの恰好をしていた。そのことに嫌悪を伴うほ

どの強烈な違和感を感じる。いつも慎重なジェードが武装を整える間も無く襲われたのに、ラムジ

アが完全武装でいる。それを不自然な光景に、俺の危機感は最悪の解答を導いた。

 

 「ラムジアは敵だ、ジェードを守れ。」

 俺は叫びながら裏路地から飛び出す。皆が俺に続いた。ラムジアの背後に迫ると、奴は振り返っ

て剣を振るってくる。その刃をフレオスの剣が受け止める。その交錯する刃を搔い潜りながら、剣

の切っ先をラムジアの鎧の隙間の腹に突き立てる。

 呻きながらラムジアの体が崩れ落ちる。人を殺めてしまった。ジェードを守る為には仕方が無か

った。自身の心からラムジアの死を追い出し、ジェードを守る事だけを考える。

 「ジェード、無事かっ。」

 怪我の為か、ふらついているジェード。その彼の瞳が、敵意を込て向けられた。その視線に心臓

が跳ね上がる。イヤ違う、ジェードの目は俺を見ていない。その視線は…俺達の背後を睨んでいる

のか。

 振り返った俺は、見た光景に総毛だった。ジェードが塒にしていた元々は村長が使っていたと思

われる大きな家。そこからゾロゾロと男達が姿を現す。中心にいるのは、美形揃いのエルフ族なが

ら凶相としかいいようない面構えの男、その隣に凶悪を絵に描いたような狼人族、さらに金属鎧で

全身を包んだエルフ、見たことが無くても判ってしまった。間違えようもなく彼奴こそ凶賊ハイン

ツ、そして狼人族で狂犬と称されるシモン、セルマー伯領の貴族の一員でありながら盗賊に堕ちた

と言われるエルマーだ。しかもエルマーの鎧兜にはセルマー伯領騎士団の紋章が刻まれていた。ど

うなっているんだ。何故盗賊が騎士団の鎧を着ているのか。

 

 それを深く考えている時間は無かった。エルマーに続いて男達が10人以上も出てきたうえに、

彼らの手には槍が逆手に握られいるのを見て戦慄が走る。

 「投げ槍がくる。逃げろ。」

 

 俺の叫びに、他のメンバーは元居た裏路地に駆け込んだ。だが俺は、怪我の影響で、まともに動

けないジェードをなんとか助けられないか考えてしまい裏路地に逃げる足が鈍ってしまった。そん

な俺達に盗賊団は容赦なく槍を投擲してくる。

 

 この距離で投擲武器を放たれては反撃することはできず、一方的に殴殺される。

 俺は咄嗟に地面に転がっているラムジアの死体を引っ張り上げ、前面に掲げて盾にする。間髪入

れずにラムジアの死体を槍が貫き、その貫通してきた槍の切っ先が俺の目前ギリギリで止まった。

 俺は大丈夫だ、怪我もしていない。それを確認して、遺体から突き出た槍の穂先から目を反らす。

 ジェードは無事なのか。

 「ジェードッ。」

 辺りには降り注いだ槍が何本も地べたに突きささっている。その中で、ジェードの体は胸から背

中まで槍で貫かれ、その槍先が地面深くまで穿っていた。突き通った槍の柄でジェードの胴体は固

定されて、崩れ落ちることもできずに立ったまま絶命していた。その姿を見て全身の血が沸き立つ

感覚が瞬時に駆け巡る。俺はラムジアの死体なんか抱えて何をしている。ただ中途半端な行動をし

ただけで、ジェードを助けることができなかった。自分の命を優先してしまった。

 

 家族と別れたあの日でさえ、感じたことのない心を穿つ喪失だった。

 

 

 

 

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