「うむ、話の筋は通っておるようだが、結論を出すのは、ここにあるものを精査してからでもよ
かろう。」
ハルツ公が、自身に言い聞かせるように言った。公爵も、シモンがすでに死亡しているという結
論に飛びつきたいだろうし、目前の金の取り扱いについて考えるのを楽しみにしたい気持ちを持っ
ているのだろうが、安易にその帰結に飛びつくのを戒めているのだろう。
「まずは、この金からだな。」
そう言って公爵様自ら、袖をまくって金の勘定を始める。袖をまくったのは、文字通り袖の下に
金を入れるのを防止する為だろう。それを部下の前でこれ見よがしにやっているのが、公爵なりの
仕事を誠実にしているアピールなのだろう。
金貨十枚を重ねて、十万ナールのコインタワーを作っていくハルツ公爵。机上に、次々と金貨塔
が構築され並べられ行く。最終的に五十本以上のタワーが建造された。
「全部で五百三十二万ナールか。泥棒の隠し財宝としては高額だな。さて帝法の規定では、盗賊
の財は討伐したもの、発見したものが好きにしてよいとされている。法に従えば、お前はこの金を
全て己のものにすることができるが、どうするのだ。ルハトよ。」
当然こちらにも取り分を寄越すよな、と言外に含めながらハルツ公が迫ってくる。
正直、ジェードの金は渡したくないが、この多額の金を見せつけなければ、シモンの死亡説の裏
付けが弱くなる。そして大金を目前に積み上げておいて、見せるだけですよと言える立場でも無か
った。
「その金の扱いは…ハルツ公爵様と山分けで、…どうだろうか。」
「随分と気前の良いことだな。では、これくらいの配分でどうだ。」
公爵が、コインタワーの内、十基をこちらに押し出してくる。俺の取り分は百万ナール、山分け
というには配分がおかしいのだが、一般的な感覚で言えば、これだけでも十二分に大金だ。
とはいえ、ジェードのものだったのかもしれない金の多くを渡してしまったことに変わりはな
い。顔には出さなかったようにしたが、内心では落胆していた。
「それと、ハインツが我が領内に侵入したことを告げてくれたこと、加えて今回の捜索の報酬
として、上乗せ分を払おうではないか。」
「えっ、いいの。」
思わず言葉が口をついて出てた。しまった、実は金に執着していたことを、露呈させられた。
当然のようにハルツ公は、俺の弱みを握ったと思いほくそ笑みながら、五十万ナール分の金貨
をこちら側に押し進めてくる。
こ、この金はジェードの金だから、気にかけているんだからね。普通のお金には吊られたりし
ないんだからね。と心の中で思ったが、やはり金に執着しない人などいないので、これでは弱点
を握られたとは言えないはずだと無理矢理自分を擁護した。
そんなことを考えていると、ハルツ公が俺の取り分百五十万ナールのうち、コインタワー十基
分、百万ナールを自分の方へ引き寄せた。
「えっ。」
「この百万ナールに関しては、余が預かっておくことにする。この金は、そなたが余との契約
を無事に終えた時に支払われるものとする。なにも問題はあるまい。」
突然、予想外の提案をされて、混乱してしまった。
これが俺にとって良いことか悪いことかの判断が付かない。
「本当に、後でその金を渡してくれるのか。」
思考をまとめる為、時間を稼ぐべく適当な質問をしてみる。
「大丈夫だ。約束を反故にしたりはしない。」
「…。」
それを言っては終わりなのだが、口ではなんとでも言えるからな。
「お主と2人だけの時に交わした約束なら、破っても問題ないが、今この部屋には余の騎士団
員達がいる。彼らに聞かれた約束を違えるのは、余の信用に関わる。」
「そうかな。別に聞かれていようが、盗賊ごときを切り捨てても、誰も何も言わないだろう。」
「いやいや、そのようなことは無い。お主は、仮にも騎士団と契約をして、ハインツ盗賊団の
件では、有益な情報を提供している。そんな人間を裏切れば、騎士団員に自分達も同じ憂き目に
会うのではないかとの懸念を抱かせてしまう。」
「そんなことになるとは思えないが…盗賊と騎士団員では立場が違いすぎるだろう。」
「余が、自身より身分の低いものを、約定を守る価値の無いものと見下して、約束を破ったな
らば、それは対多数の人間に当てはまってしまうということだ。余はこの地の領主、つまりここ
では1番高い地位にいるのでな。」
「そんなものなのか…。領主というのは、盗賊の頭目と違って部下に気を使うのだな…。」
呟きながら、思考を巡らせる。ジェードのように考える。ハルツ公がここまで言って、金を自
分の手元に置こうとしている真意はなんなのか。俺から金を取り上げたいのか…それなら、俺を
処分して金を奪えばいいだけだ。こんな回りくどいことをする必要はない。
…しばらく考えて、出た結論はどうやら俺の裏切りを防止する為に、金を預かることにしたの
だろうということだ。俺が、罪を犯して盗賊に戻ったり、不義理を働いたりした場合には、この
金を受け取ることができない。そうした縛りを課すことで、俺に首輪をつける腹積もりらしい。
あるいは、多額の金をもっていると契約した迷宮探索を真剣にやろうとしないと思われたのだ
ろうか。
どちらにしてもハルツ公の意図は、金を担保に俺を従順にさせることだろう。俺は元盗賊なの
で、欠片も信用されていない扱いでも文句を言う立場でもないな。ならばここは大人しくハルツ
公の言う通りにするのが、賢明な対応だろう。
「分かった。その金は公爵様にお預けする。ただ、後々その金を返却すると一筆書いてくれな
いか。」
「お前本当に盗賊なのか、役人のような台詞を言いおって。…書類は後で作っておく。…さて
次に検証するのは。」
「お待ちください。その前に彼に聞きたいことがあります。盗賊だった貴方が、素直に金を持
ってきたのは何故ですか。少しばかり失敬してしまおうと思わなかったのですか。」
ゴスラー殿が険しい表情で詰問してくる。盗賊が信用されないのは判る話だが、真っ当に行っ
た行為を何故そのようにしたのか説明しろと言われても、難しい話だ。この件以外では。
「ハインツ盗賊団は、ジェードを殺したからな。これは復讐だ。彼奴らの稼いだ金は無に返し
てやるべきだ。」
俺の声が低くなる。
「人を襲って金品を奪うのを努力とは言いたくないが、奴らの必至の努力は全て水泡に帰して
やりたいからな。集められた私欲にまみれた金は、世の為人の為に使ってしまいたい。盗賊団に
とって獲物であった人々に返却してしまうような、そんな金の使い方ができれば、死んだ彼奴ら
が歯軋りをして悔しがりそうな気がする。だから、この金をそのように活用できる公爵様の元に
持ってきたんだよ。」
「…。」
「ですから公爵様におかれましては、この金でお姉ちゃん達を集めての騎士団慰労大宴会の開
催は勘弁してほしいな…できるだけ民草の安寧の為にお使いいただけるようにお願いしたい。」
俺の言葉に後ろにいる騎士殿と冒険者殿が一寸残念そうにしたのが感じられた。
「わかっておる。余もこの土地の統治者なれば、領民の為に金を使うの当然のことだ。お前の
要望に添うならセルマー領の民に金を使うのが一番良いのだが、現状ではハルツ公領の人々のみ
になることは納得してもらおう。…ゴスラーもルハトの言い分に納得できたか。」
「話としては分かりましたが…。彼の話を鵜呑みにするのは危険です。彼には監視と盗賊団の
村の調査は我々の手でも行うべきです。」
ゴスラー殿が険しい顔で言う。
「拘るのだな。仮にシモンが実は生きていたとしても金も武器も無い盗賊など脅威にならぬで
あろう。」
「彼が持ち込んだ金が多すぎます。把握されているハインツ盗賊団による襲撃からおおよそ算
出された被害額よりも格段に多い。迷宮にいる探索者を殺して、発覚することなく金品を奪った
としても、アイテムボックスに入れてあった金は回収できないので、さほどの金額にはなりませ
ん。この多額の金の説明が付かず、不可解です。」
なるほど、ゴスラー殿がなにを懸念しているのかが分かったので、知っている範囲の情報で説
得をしてみる。
「金が多いことに関しては、ハインツと通じている商人から接収しているという噂がある。」
「そんな商人がいたのか。」
「あぁ、その商人が直接人を襲う訳ではない。ただ噂が流れる。その商人と商いをするとハイ
ンツに襲われることが無くなるという噂だ。実際商人に利益をもたらした商売人は襲われること
がないし、商人に批判的で取引を拒んだ店主は襲撃される。だが、この事案で商人を追及するの
は難しい。ハインツと直接取引をしている所に踏み込んで詰問するくらいのことが出来なれば、
誰かが悪質な流言を流しているだけと言われて、それ以上の糾弾は無理だからな。こうして商人
とハインツはなにもすること無く、勝手に増える金を山分けできる。それが想定外に多かった金
貨の正体だ。」
「商人が、そのような悪質な儲け方をしているとは。」
「大金の出所は判った…そのような商人を野放しにしておくのも心苦しいが…セルマー領の商
会を、余が勝手に処断するわけにもいかぬのう。」
「そうかな。その気があれば処罰を与えることは容易だ。商売は領域を越えても可能なのだか
ら、商人をこの城に呼びつけて、公爵様に優位な取引をさせて、金を吐き出させることくらいは
できるだろう。色よい返事が貰えないなら『討ち取られたハインツの手下が、そちらでしか販売
していない商品を所持していた。これはどういうことかのう。』とか言って詰め寄ってやれ。こ
れなら、直接刑罰を与えられなくても、盗賊団との取引で得た儲けの上前を撥ねてやれる。表面
上はただ商取引をしているという名目でな。こうして取り上げた悪銭でも、世の為、人の為に公
爵様が使ってくれれば、輝かしい功績として語り継がれるだろう。」
「悪くない提案だとは思うが…流石に商人を罰することが出来なかったセルマーの評判を落と
しかねないうえに…場数を踏んだ商人相手となると、簡単には、恫喝に屈したりはせぬだろう。」
ハルツ公が逡巡している様子なので、強めに押してみることにする。
「セルマー伯爵様の世評がよろしくないのは以前からだろう。そこは公爵様の責任じゃあない
し、失礼ながらただでさえ低いセルマー伯の評価が今よりも下がることもないだろう…。それと
商人の方は、ハルツ公の利になることを拒むというのであれば、『させていただきます』と言い
出すまで脅す…もとい、交渉するまでの話だ。具体的には商談の横で、騎士団員の方々に訓練を
行ってもらえばいい。例えば中庭に等身大の藁人形を設置して、騎士達が『これが盗賊に組した
ものの末路だ』とか言いながら、槍で滅多刺しにするとか、さらに『一族郎党まで火炙りじゃー。
』と叫びながら、人形に火をつけたうえで、炎の周りを槍を掲げながら踊り狂っていれば、勝手
に商人が重圧と感じて、公爵様に優位な取引を献上してくれるだろう。」
「やはり、あなたは悪党です。それはただのゆすり、たかり、脅迫です。騎士団員にそのよう
な無法者の真似はさせませんよ。」
「流石に、そこまですると余の評判がセルマーなみに落ちてしまうであろう。」
俺の提案は2人に不評だった。何故だ。