「その商人の件に関しては、余のほうで探りを入れてから判断を行う。」
ハルツ公爵が力強く宣言した。
「それで、その商人の名前は…。」
公爵様が小声で聞いてくる。俺がその名を告げるとハルツ公はため息をついた。
「結構な大店ではないか。」
そう言って、ハルツ公はちらりとゴスラー殿のほうを見た。ここまで話を聞いておいて、何もし
ないのでは、ゴスラー殿の信頼を損ないかねないので、黙殺するわけにもいかないのだろう。
「では次のアイテムを精査する。お前、この薬がなにか知っておるのか。」
ハルツ公が紙に包まれた丸薬を手にしながら、先程までと違う固い声で言った。
「いや、知らないが…高価な傷薬じゃないのか。」
「知らずに持ってきたのか…これが余の思っている通りのものかどうかは、鑑定ができるものに
調べさせる必要があるな。」
ハルツ公の言葉にゴスラー殿も頷いている。それほどに価値のある薬なのだろうか。
「鑑定の可能な商人が来ることができるのは…明日か、なんとか朝一番に依頼したいが…。」
「今日では駄目なのか。」
「これほど希少なアイテムを扱うとなると、よほど信頼のおける商人でないと無理だ。高価な物
品を見ても、その情報を他者に譲渡しないような口の堅い人材をすぐに招集することは難しい。」
そこいらの商売人では駄目ということか。そこまでの価値がこの机の上の品にはあるのか。俺の
想定を越える物品群だったらしい。
「なぜこれを、盗賊が持っておるのだ。」
ハルツ公が次に白いボックスを手に取って、聞こえるように言い放った。
だが俺に聞かれても、それが何かも、ジェードが所持していたものかハインツがもたらしたもの
なのかも答えられなかった。
「そもそも、その箱はなんだ。」
「これも知らずに持ってきたのか。これはギルド神殿だ。それぞれの職業ギルドに設置されて、
その職種への転職や、特殊な技能を発揮したりする。もし、これが盗まれたりしたら、とてつもな
い大騒ぎになって、ギルド長の首がとぶ。それほどの重要アイテムだぞ。」
「そんな大事なアイテムを盗んだのなら、ジェードが自慢しても良さそうだが…聞いたことがな
いな。」
ギルド神殿とやらの重要性がよくわからないので、公爵ほどの危機感を共有することができなか
った。
「かなり年季が入ったように見受けられるギルド神殿です。仮に盗まれたものだとしてしても、
相当に昔のことなのではないですか。」
ゴスラーが懸念を払拭するように、言った。
「そうだのう。ギルド神殿が盗まれたなどという大事件が起きれば、余の耳に入らぬはずがない
からな…数代前の領主の時の事件とか…それほど昔の可能性もあるの。」
公爵が自らに言い聞かせるように呟いた。正直俺も、公爵様もゴスラー殿もセルマー伯爵であれ
ば、ギルド神殿を盗難されたことを隠しても不思議ではないと思っていたのだろうが、誰も口には
出さなかった。
「…このギルド神殿も、正確な評価は鑑定を待ってからだな…では、次は武器を調査するか。ま
ぁ、これこそ、武器鑑定で詳細が分らないと、今後どのように扱うかを決められないのだがな。ま
ずは、両手剣が2本だな、内1本には鞘に家紋が削られた跡があることから、銘品だと推察される
な…それに槍とスタッフが1本づつか…槍は兎も角、近接戦闘が得意なシモンが、魔法使いや治療
職の魔法の効果を高めるスタッフを必用とするとは思えん。そうなると自分の戦闘様式に合わない
武器であっても保持したいと思う程の力を秘めているということか。次は…余も、噂で聞いたこと
があるが、実物を目にするのは初めてだな。」
そう言って、公爵が手にしたのは、あまりにも奇妙な剣だった。刀身部分がぶつ切りにされて、
鋼線を通され連なっている。その形状の為、ハルツ公が柄を持って櫃から取り出しても、刀身の大
半は柄から垂れ下がって、櫃の中に残ったままになっている。こんな剣と呼べるのかも分からない
ような武器で戦うことができるのだろうか。
「私も初めて目にしました。こんなものまで持っていたとは…高位の騎士や貴族でも、持つこと
のできない代物ですよ。」
ゴスラー殿も興奮しながら、武器に見入っている。形状が特異なので、鑑定をしなくてもこれが
なにか分かるらしい。
「そのけったいな剣は、なんだ。」
蚊帳の外に置かれながら、俺は尋ねた。
「これは連接交鎖剣と呼ばれている。鞭のように振って使う剣だが、このように。」
公爵様が柄の末端を引っ張ると、鋼線が手繰り寄せられ、刀身が繋がっていき、普通の剣のよう
な形状になった。」
「こうすれば、通常の剣のように扱うこともできる。まぁ、普通の剣のような硬度は無いので、
相手の攻撃を受け止めたりすることはできないがな。基本的には鞭のようにしならせて攻撃し、相
手に打撃を与える用途だな。だが狭い迷宮内では、リーチの長さが災いして自分自身や仲間に誤っ
て切っ先をぶつけかねない、使いこなすのが鞭と同様に困難な武器だ。」
「そんな使いづらい代物を、なんでありがたがって収集してたんだ。」
「連接交鎖剣は確かに習熟に時間をようする剣だが、その分攻撃の威力は高い。さらに、この剣
で、迷宮の魔物に止めを刺さすことができれば、入手困難なアイテムを落とす確率が劇的に跳ね上
がると言われている。」
「そんな特性がある剣なのか。それならシモンが隠していたのも頷けるな。」
希少なアイテムが入手しやすくなるのなら、盗賊にとっては正に金のなる木に他ならないだろ
う。
「騎士団員には相応しくない装備です。ルハトに渡してしまってもよいのですが、そのまま迷宮
の罠にはまり込んでしまいそうですね。」
ゴスラー殿が呟いた。
「迷宮の罠とはなんだ。」
「迷宮では、階層が高くなるにつれて、より高価なアイテムがドロップしやすくなります。それ
が契機となって、さらなる高階層を目指すよりも、魔物が高額な物品を落とすことを期待して、い
つまでも同じ階で留まり続けてしまうような輩も多い。悲しいことに人は普通に働いて得た金より
も、博打での稀な的中の方に多幸感を得てしまう生き物です。迷宮で魔物を倒して金を稼ぐより、
得られる金額は同じなのに、希少なアイテムを出した成果のほうに大きな達成感を感じて無我夢中
になってしまう。この状態が続き、迷宮の討伐など忘れて、レアアイテムを出すことが最大の目的
に成り果てる…迷宮が人の心を理解しているかのようなこの仕組みを『迷宮の罠』と呼んでいます
。」
「よくできている仕掛けだな。」
そんな金づるを掴んだら、その舞台となる迷宮を滅ぼすなど考えもしなくなるだろう。俺は感心
しきりに言ったが、ゴスラー殿はうんざりといった表情だった。
「迷宮で日銭を稼ぐ探索者にとってはそれでもよいのでしょうが、迷宮討伐を担う騎士団にとっ
ては厄介な仕組みです。この連接交鎖剣は、そうした射幸心をさらに煽ってくる魔剣です。」
「この剣は、60階層以上で出現する階層ボスのブランドドラゴンが、稀に落とすアイテムだ。
正直、譲ってしまうのは勿体ないのだが、迷宮消滅を阻む要因となる剣を騎士団員に渡す訳にもい
かぬからのう。」
ハルツ公が、ゴスラー殿の視線を気にしながら俺に告げた。
迷宮60階以上になど、一般の探索者では、到底たどり着けそうない階層だ。そこでのレアドロ
ップ品など、入手困難この上ない武具となる。これは、是非にでも手に入れたい。
「その剣だけじゃなくて、迷宮探索の為にできるだけ他の強力な武器も欲しいのだが。」
「それは、他の武器の鑑定をして、評価が定まってから決めることにしよう。」
最初に高い要望をしてから、その条件を徐々に下げていくことによって、相手の譲歩を引き出
す。ジェードから教わった交渉術だ。この場合は連接交鎖剣以外にも多数の武器の譲渡を求めてか
ら、その要求本数を減らすことによって相手に1本でも多くの剣を渡してくれるように誘導するの
が狙いだったが、今回も軽くはぐらかされてしまった。
「後は硬皮の鎧に仮面、そしてレイピアが1本か。シモンは細剣の名手だったと聞いたが…この
レイピアは迷宮に帯剣していかなかったのか。ただの飾りのような剣なのだろうか。」
「いや、そのレイピアこそ、シモンが隠したかった本命の剣だと思う。他の両手剣とかは、その
剣の存在を隠蔽する為のダミーだ。」
ハルツ公の疑問に俺は答えた。
「そう思う、根拠があるのか。」
「根拠ってほどじゃないが…シモンの何本もある剣とハインツの薬は別々に隠されていた。互い
に信用していないだけじゃない。相手を排除することを目論んでいたから切り札となるアイテムを
秘匿したんだと俺は推察している。」
実は、対人戦闘で威力を発揮する吸精の片手剣をハインツが隠していたことが、シモンとの不仲
の論拠なのだが、肝心の吸精の片手剣を俺が隠匿してしまったので、話の裏付けとして言えなくな
ってしまった。この手の失敗が多いな俺は。
「そんなものかの。」
俺の推察はハルツ公にあっさりと流された。
「残るは何枚もあるインテリジェンスカードだな。用意を。」
公爵が命じると、騎士殿が1度部屋から出ていき、白いボックスを携えて戻ってきた。
「これは…。」
細部は違うが、俺が持ってきた箱と同じものだ。
「これが余の騎士団のギルド神殿だ。これで死者のインテリジェンスカードを読み取ることがで
きる。」
騎士団が、死んだ人間から抜き取られた何も表示されなくなったカードを読めるとは聞いていた
が、ギルド神殿を使って、それらを成しているとは知らなかった。
騎士殿がインテリジェンスカードをボックスの上に置く。
「名はハレイ。人間族、職業は盗賊です。」
騎士ケリア殿がカードに浮かんだであろう情報を読み上げる。
かつての仲間が殺されて、カードしか残らなかった。改めてその現実を突きつけられて、俺の体
が大きく傾いだ。
ルハトの知らない情報
連接交鎖剣はオリジナルの武器で、見た目はガリ〇ンソードです。
迷宮の高階層レアガチャ夢中理論もオリジナル設定ですが、原作の内容から類推
したものです。