自身の命より、ジェードの命を奪った奴らの命を消すことが重要だ。沸騰した思いでそう思
い、ラムジアの遺体の影から出ようとした。
その時、視界の隅にラムジアの胸元から巾着袋が零れ落ちそうになっているのが視認できた。
おそらく投擲槍に突き刺された衝撃で懐から飛び出してきたのだろう。巾着袋は金で大きく膨
らんでいるのが見て取れる。金という普遍的な価値は、俺の激昂した気分を急速に冷まして現実
に引き戻した。
相手は10人以上いる。戦うのは無理だ、逃げるしかない。ジェードの無残な最期の姿から
目を反らす。盗賊の末路などあんなものだ、とは思いたくない。盗賊とはいえ、ジェードは恩人
だ。その恩をなにも返せていないが、それよりも今は生き残ることだけを考えろと無理矢理自分
に言い聞かせる。
だが、それでもただ逃げるだけでは駄目だ。せめてジェードを殺したハインツ達に嫌がらせく
らいはしてやれよ。
ラムジアの懐から顔をだしている巾着袋を2つ取り出して、己の懐に入れる。金ともう一つの
袋は魔結晶だろう。それらを奪った後、ラムジアの死体を投げ出し、フレオス達とは逆方向の裏
路地に向かい駆け出す。ハインツ達はすでに、フレオスが逃げたほうに動き出している。別方向
に動いてハインツ達を分散させたほうが、生き残れる確率は高くなるだろう。
走りだして、ジェードの遺体を通り過ぎる際に、その懐から金と魔結晶を、ついでに手に握っ
ていた短剣を掠め取る。いやでも身についた盗賊の技がこんな時に役にたった。ジェードの持ち
物をあいつ等に渡したくなかった。命がけの嫌がらせの開始だ。
家と家の間の狭い路地を駆けて、すぐに村を囲う土塀が目に入る所まで来る。だが背後からは
追手の足音が迫ってきている。土塀にたどり着くまでに、追いつかれてしまうだろう。
走り続けた先の家には、暖炉とその煙突部分だけ外壁が出っ張っている部分があるのが見てと
れる。走る速度を落としてタイミングを見計らう。
二人に追いつかれる寸前で、その出っ張りを足で蹴って反転し、追跡者と対峙する。
俺が突然逃げから、交戦に切り替わったことに盗賊達は戸惑い、対応が鈍る。
追手は2人。先頭に小柄な男とその後に巨漢の男。狭い路地なので、2人同時に俺に攻撃する
ことはできない。一対一の戦闘が2回なら勝機はある。
対峙した先頭の男が剣を振るってくる。慌てて力を籠めることができていない剣の一撃を新品の
鎧が受けて止めてくれた。
鎖帷子というものは刃物による突きの攻撃には弱いが斬撃に対しては耐性が高い。しかも走って
きた直後で足運びが乱れている状態では威力のある剣戟など、出せようはずもない。
男の剣を受けたまま、その剣を持つ腕をジェードの形見の短剣で切りつける。浅手だったが、男
は剣を取り落とし、項垂れるように頭を下げた。
男に怪我を負わせた武器はただの短剣ではない。相手に傷を付けた場合に魔力を奪い取って己の
ものにする魔剣「吸精の短剣」だ。迷宮の魔物ならば魔力を奪われるだけだが、人間相手だと、魔
力と共に精神力もごっそりと奪い取られ、やる気や意欲といった行動を推進するものを消失させら
れてしまう。それゆえにジェードが対人戦闘の切り札として使い、ハインツはそのスキルを警戒し
て近接を避けて投げ槍で応戦したほどの妖刀だ。
力を秘めた短剣で刺された男は戦いの最中にも関わらず、憂鬱の極致のような表情で武器を取り
落とす。俺は容赦無く、そいつにとどめを刺し、後ろの男の邪魔になるようにその体を蹴り飛ば
す。後ろの巨漢は大型のハンマーという狭い路地では扱い難い武器を装備しているうえに、死体に
のしかかられてアタフタしている。迷宮で闘っていても対人戦闘の経験には乏しいのだろう。相手
はジェードを殺した一味だ、容赦はしない。短剣で怪我を負わせて、心を削ってからとどめを刺
す。殺した二人の懐を探り、金と魔結晶を奪い取る。ラムジアを始末した後、誰かを殺して物を盗
むのも冷静に行えるようになっていた。
二人の金入れは触った感じが軽い。大した金額が入っていないと察したので、辺りの地面に金を
ぶちまける。追手がこの金を拾ってくれたら、俺が逃げる時間が稼げるだろう。魔結晶だけを懐に
いれて、再び走り出す。
すぐに土塀までたどり着いた。さらに塀が崩れている所まで駆け続ける。崩れた土塀と家の外壁
の間が狭くなっている場所を見つける。家の壁に向かって走りより、勢いをつけて壁を蹴る。その
反動で土塀の崩れた部分に飛び乗り、そのまま反対側に飛び降りた。着地の衝撃で膝に痛みが走る
が構わずに駆け出す。トレハーの街とは反対の方向。ハルツ公領に向かって。
駆け続けて、セルマー伯領とハルツ公領の領境になっている小川に到達する。小さい川なので、
倒木を利用した橋が架かっているが、あえて水に足をつけて、川中を渡る。川の水で己の匂いをな
るべく消す。これで狼人族のシモンが匂いで追跡してくるのを少しでも妨害する。効果のほどは分
からないが、やる必要はある。追手を撒けなければ、俺には死が待っているだろう。
川を渡り、小道を走り続ける。息が切れるまで走りつづけて、道から反れて、脇の森に飛び込
んだ。大木の後ろに隠れて、乱れた呼吸を整えながら、あたりの様子を窺う。恐れていた追手は
姿を現さなかった。大きく息を吐いてようやく安堵することができた。
パーティーメンバーのフレオス達は無事に逃れられただろうか。それを確認する術はない。ジ
ェードを助けようと考えた為に皆と一緒に逃げる好機を失った。一人になってしまった不安と、
ジェードを助けられなかった後悔が、無事に逃げおおせた俺を襲い始めた。あの状況でジェード
を助けるのは無理だった。彼の遺品がハインツ達に渡らなかっただけでも僥倖だと自分に言い聞
かせる。
懐に手を入れて、ジェードの形見を取り出す。まずは魔結晶を巾着袋から引っ張り出す。魔物を
倒した際に放出される魔力を貯めるアイテムだ。この魔結晶は倒した魔物の数の魔力によって色が
変わっていくが、ジェードのそれは黄色になっていた。黄色は魔物10万匹以上の魔力が溜まって
いる証だ。10万匹…。それだけ倒すのに何年掛かるんだ。流石はジェードだとしか言いようがな
かった。
倒した3人の魔結晶も取り出す。ラムジアのものは1万匹以上の魔物を倒した緑色、残りの2つ
は1千匹以上を倒した青色だった。俺の持っている魔結晶は緑色、3年掛けてここまでの色にした。
その俺の魔結晶に、奪った3人の魔結晶を押し付けて融合させる。これで魔結晶を一つにして中
の魔力を加算できる。
すべての魔結晶を融合すると驚いたことに結晶の色は緑から黄色に変わった。黄色になれば結晶
は10万ナールで売ることができる。ラムジアは裏切り者だったが、存外真面目に魔物を狩ってい
たらしい。ジェードの黄色結晶と区別するために、俺の結晶とそれを入れる巾着に泥を付けて目印
にして分けておくようにする。
次は金を取り出し数えてみる。ジェードの巾着袋には金貨が40枚が入っていた。40万ナー
ル、つくづく流石だなジェード。
ラムジアの巾着にはは金貨15枚と銀貨が少し、こいつはいつも仲間内での賭博で金を巻上げら
れていて素寒貧にされている男だった。それがそこそこの額の金貨を持っていた。おそらく金の出
どころはジェードの命をハインツに売り渡した報酬だ。アイツはハインツ達の押し込みを幇助する
引き込み役だったのだろう。こんなはした金でジェードを売りやがって。怒りを込めて、ラムジア
の金を俺の巾着袋に移していく。金貨だけを寄り分けて、銀貨と銅貨は混ぜて別の袋に入れる。
俺が持っていたの金貨3枚と合わせて18枚の金貨。さらにジェードの金貨も別にしておく。こ
の金貨はジェードの形見も同然だ、よほどのことが無い限り使うつもりはない。ジェードの金を懐
に戻す。少しだけ達成感に満たされた。
これからどうするか。金があるのだから、ハインツ達のいない遠くに逃げて好きに生きる。魅力
的な話だが盗賊の俺には難しい。インテリジェンスカードのチェックがあるので宿屋に泊まるのが
できない。チェックの甘い旅籠もあるが、そんな宿の従業員はまったくもって信用できず、大金を
持って泊まるのは危険だろう。一人でそんな所に行くのは自らカモになりにいくようなものだろう。
だが一人では鴨でも、複数人で行けば、それだけで話は変わってくる。こちらの人数を増やせれ
ば、相手もこちらに危害を加えるのに増員を図らねばならず、にわかに従業員の数が増えたりした
ら、相手の悪意に気付くことが容易になる。
一人で金をもって逃げるより、別に逃げたパーティーメンバーを探すのが得策だな。4人全員が
殺されたとは、俺は思っていない。誰かしら生き延びたメンバーがいるはずだ。生き残っていたの
なら、トレハーの街に逃げ込んでいるだろう。いくらハインツとはいえ、トレハーほどの大きな街
で大暴れをしたりはしないはずだ。
ルハトの知らない情報
ルハト
盗賊:Lv23 村人:Lv1 農夫:Lv1 探索者:Lv1 薬草採取士:Lv1
ジョブ「盗賊」に関してはオリジナル設定として、レベル低から中の間は、他の職業より少ない
経験値で素早くレベルアップが行えて、それに伴い腕力、敏捷、器用のパラメーターが上がりやす
いので、戦闘では有利なジョブとなっています。これは「悪事は千里を走る」の諺から比較的簡単
に強くなるを体現しているのですが、ジョブ盗賊になっていまうような人間は、迷宮で自身を鍛え
るようなことはしないので、レベルが低いまま宝の持ち腐れになってしまうことが多いと設定して
います。
ソマーラ村を襲撃した一団やベイルの街の盗賊がリーダー格を除いて総じてレベルが低いことの
解釈になっています。
またレベル高になるにつれて、成長速度こそ早いものの、パラメーターの伸びは鈍化していくの
で、同じ人間が盗賊Lv50になった時と、戦士Lv50の場合を比較すると、戦士Lv50の
方が強くなり、盗賊ではしない大成しないようになっています。
但し、この世界にはレベル差補正があるので、早くレベルが上がるのは強さに有用に繋がりま
すが、ミチオ殿以外にはレベルが見えないので活用することは困難です。
ルハトのパーティーメンバーには探索者のグロムがいるので、パーティー編成で経験を共有して
早くレベルが上がっています。他の盗賊団は迷宮ジョブ「盗賊」しかいないことが多いので、魔物
を倒した人間にしか経験値が入りません。