日が昇る前に目を覚ます。メスリーヌは、もう起きているようだが、顔をこちらに背ける形で横になっているので、どんな表情をしているのかは分からない。
どうやら、昨晩の痴態を恥ずかしがって、俺の方を見ることができないらしい。愛い奴、愛い奴。
「メスリーヌ起きてくれ。迷宮に行くぞ。」
「はい。」
俺の掛け声で動き出した。
今日もボーデの迷宮4階層で魔物と戦う。昨日より戦いに余裕がでてきたので、「ほむらのスタッフ」と「氷雪のレイピア」を試してみる。
ほむらのスタッフより放たれる集団攻撃魔法によって、複数の魔物が炎に包まれる。
だが、いかりの両手剣のように、一撃で魔物を屠ることはできない。3発の魔法が発動しても、魔物は倒れず、こちらの目前まで迫ってくる。俺は剣を抜いて魔物を片付けた。
杖を構えて魔法を放ったメスリーヌが緊張を解いて息を吐いた。
「魔法では複数の敵を攻撃できるが、剣よりも威力が弱いのだな。」
「ですが、敵がこちらに到達するより、ずっと先の方から攻撃することができます。相手が遠くにいる間は魔法、接近してきたら剣に切り替えて戦うのが最善のやり方だと思います。」
「そうだな。この剣をもってしても一撃で倒せない魔物が表れたとしても、剣での攻撃の前に魔法で相手の体力を削ることができれば、斬撃1つで消滅させられるようになるだろうからな。」
次にメスリーヌに氷雪のレイピアを使ってもらう。
彼女が呪文を詠唱し、刀身が霜で覆われたようになる。ミノの攻撃を躱しながら、メスリーヌが剣の切っ先を相手の体に叩きつける。攻撃を受けた牛型の魔物が体躯が一瞬だが硬化した。その隙にメスリーヌがレイピアを突きいれる。その一撃を受けてミノが煙となって消滅した。
「一突きで相手を倒すとはいかなかったが、炎の魔法よりも強力だな。それに相手の行動を短時間だが止める効果もあるようだ。」
「そうですね。迷宮は上階になると、剣での攻撃の効果の薄い敵が出てきます。そういった相手には有効な一打になると思います。魔力の消耗が大きいので連打はできませんが。」
そこは吸精の片手剣で、魔物の魔力を吸収できるので対処できる。
その後は、普通に魔物と闘い、適度なところで休憩をとる。
前日に作ったかまどに鍋を設置して火に掛ける。昨日はメスリーヌが尻尾が地面に着くのを嫌がっていたので、市で買っておいた空の木箱を逆さまにして座る。これで彼女の尻尾を汚さずにすんだ。
腸詰めを焼いている間、俺とメスリーヌは鍋を挟んで対面で座っている。彼女は俺の方をチラチラ見ながら赤面している。昨晩のことを思い出しているのだろう。迷宮で戦っていた時には、そんな素振りは見せなかったのだが、今は気になって仕方がないといったところか。
当然俺も気になってはいるが、夜まで我慢だ。迷宮は上階に行くほど、次の階層へ行く為の時間が長くなってしまう。逆に言えば、低階層の内は、比較的に早く上にあがることができるので、今は肉欲は横に置いて、階層を駆け上がらないと、迷宮探索を怠けていると公爵に受け取られかねない恐れがある。
数日かけて階層を上がっていった。ミノを蹴散らし、ボス部屋の主であるハチノスを撃破して5階層に上がる。この階層の敵になるチープシープも魔剣の一振りで消滅させることができた。数多のチープシープを切り裂いた後、ボス部屋のビープシープに挑む。今までのボス敵は、二手に分かれてメスリーヌが相手の注意を引きつけ、俺が切り掛かるのが定石の手だったが、怪音で広範囲内の相手を眠らせるスキルを持つビープシープに対して,そのその戦い方では危険が大きいとメスリーヌに進言された。それを受けて、今回は2人並んで敵に対峙して、眠ってしまった方を起きている側が叩き起こすようにする。2人とも眠ってしまった場合は攻撃され放題になってしまうが、そのくらいの危険は戦いには付きものだろう。
ボス部屋に入り、現れたビープシープに速攻で切りつける。スキル発動前に倒したかったが、奴の足元に魔法陣が浮かび上がる。
次の瞬間、俺は床に顔面を叩きつけられ痛みに悶絶していた。どうやらビープシープのスキルで眠ってしまい、そこに敵が突進してきたので、メスリーヌが相手の攻撃線上から俺を反らせようと、主人たる俺様を蹴り倒して床に這わせたらしい。顔だけでなく、蹴られたであろう臀部も痛い。とはいえ戦闘まだ続いている。メスリーヌに文句を言うより先に、床を転がって魔物から距離をとって立ち上がり、剣を構えて敵に向かう。
メスリーヌと2人で剣を叩き込み続け、再度のスキル攻撃が来る前にビープシープを消滅させることができた。
「流石にスキル持ちの魔物は手強いな。」
メスリーヌが俺に蹴りを入れて吹っ飛ばしたことは不問にする。俺に怨みが募っての行動ではない…はずだからだ。
ボス部屋から6階層に上がる。この階層の敵はニートアント。通常攻撃でもスキル攻撃でも相手を毒状態にしてくる敵だ。毒消し丸を用意してから挑むべきだろう。
迷宮を後にして、ギルドでアイテムを売却してから、毒消し丸を購入しメスリーヌと分配して、明日に備えた。
宿に戻り、食事をとる。その後、部屋にお湯が届くと、互いに何も言わずに服を脱いで全裸になり、一緒に体を拭く。毎夜繰り返されても、飽きることなく高揚するひと時。次に行われる行為への期待を高めてくれる。
身体を拭き終えると、メスリーヌはベッドに上がって、四つん這いの体制になり俺を待つ。高く上げられたお尻の曲線美と尻尾で秘部が隠されているのが、俺の情欲を煽る。
今宵も俺だけが彼女の嬌声を聞く。
翌朝、6階層に登りニートアントを相手にする。巨大化した蟻の姿をしていて、床の低い位置を這ってこちらに迫ってくる。重量のある剣を打ち下ろして叩くには適した相手。
近づいてきたニートアントに、両手剣を振り下ろす。剣が巨大蟻の体に深々と食い込むが消滅はしなかった。すぐさまメスリーヌが、吸精の剣を突き立て、その一撃でニートアントは煙になって消えていった。
「一撃に倒せない敵がでてしまったか。」
いつかはこうなることが分かっていたとはいえ、衝撃は大きい。
「先に広域魔法を放つようにしましょう。この程度で倒せる相手ですから、苦戦の範疇にも入りません。」
「そうだな。」
メスリーヌの提案に従い、敵を見つけたら先手を取って炎の魔法を彼女に発動してもらう。その後に剣を振るえば、すぐさまニートアントもチープシープも屠ることができた。
6階層でも戦えるのを確認して宿に戻ると、受付で旅亭主が騎士団員が連絡してきたと書置きを
渡してきた。俺は字が読めないので、メスリーヌに代読してもらうと、用があるので来いということだった。急いで食堂に行き朝食を口に詰め込み、城に向かった。
ボーデの城内で案内されたのは、何度も訪れたハルツ公爵の執務室だった。
部屋にいたのはハルツ公爵とゴスラー殿といういつもの面子。ゴスラー殿とは、長い別れになると思っていたのに、数日での再開になる。互いに間の抜けた気まずい雰囲気で、目を合わせることができなかった。せめて護衛とか側近の人が多くいればゴスラー殿を視界から外して知らない顔もできるのだが、その姿も無し。警護もなしで大丈夫なのかと心配になるが、公爵様はそんなことは全く気にせずに、挨拶もそこそこに本題を切り出し始めた。
「ハインツ盗賊団が壊滅した報せが届いたのであろう、狼人族のパーティーがいくつも我が領内に入ってきて、討伐された報告の無いシモンを探しておる。それはよいのだが、面倒なのが余を訪ねてきた。お前に渡した攻撃力の跳ね上がる剣をシモンに奪われた狼人族の部族の長老だ。」
狂犬と恐れられたシモンでも、仲間を失ったとなれば、多勢に無勢で押し切って剣を奪還できると踏んで、居場所の情報を公爵に求めてきたのだろうか。
「面会の約束も無く押しかけてきて、シモンの剣を渡せと喚きおってな。シモンに関しては居場所も生死も分かっていないと何度説明しても、聞く耳を持たなかった。」
「俺達がシモンの秘匿していた武器を頂戴したことは、知られていないはずだが。」
「おそらく老人の頭の中では、シモンの武器は返還されるべきという観念で凝り固まっておるのだろう。こちらの事情など全くお構いなしといった感じだったので、我々がシモンの武器を保持していると感づいて言ってきたのではない。その証拠にすぐに、一族の長が飛んできて、老人を連れ帰った。それで明日に、その部族長が来て今回の件の謝罪と改めての協力要請をすることになっておる。」
協力とはどこまでのことをするのか。
「武具をその部族に返還するのですか。」
ハルツ公は首を振る。
「一度でも、無いと公言してしまったものを、実は所持していましたと言う事はできない。…
正直、『いかりの両手剣』に匹敵するような見返りを提示されるのなら、検討しなくもないのだが、かの一族はシモンに宝剣を奪われてから凋落している。高価な対価など用意できぬだろうから、将来支払う借りを余に作るくらいしかできないだろう。剣を返してやるほどの利は無いな。」
武器を手放さずにすみそうで安堵した。
「それで、相手の借りに対して、こちらはなにを貸しとして差し出すので。」
「情報だ。ハインツ盗賊団が待ち構えていたハルバーの迷宮、お前が以前に話したセルマー領にあった燃やされた隠れ家。それに同じくセルマー領でシモン達が出入りしていたと目されている迷宮についてなどだな。それら情報が正しかったのは、確認がとれている。」
「セルマー領の情報をそこまで収集していたのには驚きましたが、他領の内情を話してしまってよいのですか。」
「そこでお前の出番だ、ルハトよ。ジェードではなくハインツの元部下として、狼人族の前で証言をせよ。余が隣領の情報を外部に流すのは問題だが、盗賊なら気にする必要はない。それに同じ情報でも当事者である盗賊が言ったほうが重要度があがるからな。」
翌日、準備を終えた俺は、城主であるハルツ公と狼人族の部族長との会談が行われている間に城の一画で待機していた。会談中にハインツ盗賊団について供述するのが俺の役割だ。
焦れる時間。なにしろ俺の体は臭い、魚臭い。鋭い嗅覚を持つ狼人族に匂いを憶えられることを防ぐ為に、俺はエルフ族の汗の染み込んだ上着を着用し、さらにハーフェンとかいう村で獲ってきた来た魚の血を体中に刷り込んでいた。
そのうえ顔を布でグルグル巻きにして人相を隠して目だけを出している。この上ないほどの怪しい恰好で呼ばれるのを待っていた。
ようやく小姓に呼び出されて、執務室に入る。部屋にいたのはハルツ公とゴスラー殿、それに狼人族が2人。貫禄のある髭面と若さの残る両名の狼人族は、当然だが俺の風体と死んだ魚の匂いに驚いている。
それをよそに、俺は打ち合わせ通りに左手を公爵に向ける。ハルツ公が呪文を詠唱し、インテリジェンスカードを出現させて、俺の名前と顔が浮き出た部分のカードを指で覆い隠しながら狼人族に見せる。
「此奴が余の所に投降してきた盗賊です。ご確認ください。」
公爵に促されて、狼人族達が俺のカードを覗き込む。
「確かに、盗賊ですな。」
前日に俺のジョブは、公爵によって盗賊に戻されいる。
「ハインツ盗賊団はあちこちで怨みをかってるんで、顔と名前は勘弁してくだせえ。あっしはハインツの元部下でしたが、奴とは袂を分かった者でさぁ。というのも、ある時に賞金稼ぎにネグラを燃やされ、さらにそのすぐ後に騎士団に襲われるということがありやした。敵は全て退けやしたが、ハインツは立て続けに襲われたことに激怒し、襲撃者を手引きした奴がいると言い出しやがった。」
正体を隠すために、普段と違う口調で話す。
「それで内通者として俺の兄貴分を殺りやがったんでさぁ。もりろん兄貴は裏切り者なんかじゃねぇ。兄貴は俺達下っ端の面倒を見てくれて慕う奴が多かったから、奴は、それを妬んで殺りやがったにちげぇねぇんだ。さらにハインツの野郎は兄貴の舎弟だった俺達にも牙を剥いてきやがった。なんとか粛清から逃れたあっしは、こちらのハルツの旦那に盗賊団がセルマー伯領からハルツ公領に逃げてくるのを密告して討伐してくれるように頼みやした。で見事に盗賊団を討ち果たしてくれた公爵様に恩返しをしているところでさぁ。」
俺のまくし立てる嘘半分、本当半分の台詞の勢いに狼人族の2人が困惑している。
相手を当惑させて話の主導権を握るのも、ハルツ公と協議して決めた謀り事だ。
「それで、お二方が聞きたがっている、シモンの行方ですが…。」
俺は、打ち合わせ通りに、盗賊団が待ち構えていたハルバーの迷宮や、セルマー領で縄張りにしていた迷宮、焼け落ちた塒の場所を話す。2人は盗賊の俺の話を真剣に聞いていた。
「それとシモンに奪われた剣の事ですが、あっしは見たことがありやせん。ただ、根城を焼け出された時に、シモンがデカい櫃を後生大事に抱えていたのは憶えていやす。あの箱の中に剣が収められていたのかもしれやせん。」
俺達の話を聞いて、狼人族の2人は礼を言って、部屋を辞した。
彼らが、これからどれほど迷宮に潜ろうと、その努力が報われることはない。探し求める秘剣は俺達が所持しているのだから。
「ここまでする必要があるのか、剣の見つからない結果に、彼らが感謝することなど無いと思うが。」
「余が、ここまで手を尽くしたという事実が大事なのだ。成果が無くとも、余に借りを返さねばならないと彼らが考えるようにならば、それでよいのだ。」
俺の呟きに公爵が答える。酷い話とも思えるし、為政者ならそれくらい当然という気もしてくる。
「当然だが、俺には分からん政治の世界の話だ。」
俺も執務室を後にする。城外の川で沐浴をして魚の匂いを落としてから宿に戻る。
それでもメスリーヌに変な顔をされた。
ルハトの知らない情報
氷雪のレイピアは、攻撃がヒットした時にある程度の確率で相手が凍てついて、短時間ですが硬直する仕様になっています。オリ設定です。