ボーデの城での小芝居の後、メスリーヌにを伴って迷宮に潜る。
6階層の主な敵であるニートアントは、メスリーヌが魔法での一撃を喰らわせた後に剣を振るえば、屠ることができる。毒の攻撃を喰らわなければ戦いに支障はない。
「問題は次の階層だな。7階層の敵はスローラビット、素早く動くからこの両手剣を当てるのは無理だろう。だから違う武器を使う必要があるのと、それに備えて、この階層でも別の武器で戦って、武器の扱いに慣れる必要があるな。」
「相手によって相性の良い武器を使い分けるのは理想ではありますが、実際には推奨できません。使い慣れない武器は思わぬ失敗や事故を引き起こす危険があります。」
「その通りだが、この剣を使いこなせるまで、この階層にいるわけにもいかないからな。」
アイテムボックスから烈風の鋼鉄槍を取り出す。
「槍ですか。使用しているところを見ませんでしたが、手慣れた武器ですか。」
「しばらく使っていなかったが、昔から鳥刺し猟で触れていて得意だ。」
「鳥さ…。」
鳥刺し猟を知らないらしい。元お嬢様だからな。
「鳥刺しとは、棒の先に粘着性のある鳥もちを塗って、それで得物を絡め捕る猟のことだ。これで鳥を突いて狩り、売ったり食ったりしていた。」
「…それ。戦闘での使用経験はないということですよね。」
メスリーヌの冷たい声が迷宮に響く。
「まぁ、折角の風魔法を纏わせる槍なんだ、積極的に使っていこう。吸精の剣もあるから魔力の残量も気にしなくていいしな。」
「…そうですね。もっと上の階層になりますが、グラスビーやハットバットといった羽で宙を舞う種類の魔物には剣での攻撃は当たりにくく、風の魔法が有効という話でしたので。今から使っていく意味もあるかもしれません。」
メスリーヌの同意を得て、烈風の槍で戦う。魔法発動無しの純粋な槍として戦闘をしてみると敵を殲滅するのに相当な時間が掛かってしまった。予想はしていたが、落胆を隠せない事態だった。
「このくらいの戦闘時間は普通ですが。」
メスリーヌの言うことも分かるが、一撃で敵を屠っていた頃と比べるとな。
槍に秘められた風の魔法を使用すれば、戦う時間はかなり短くなったが、それでも今までに比べれば、各段に長い。それによって、魔物との戦闘の回数自体が減少するので、得られる金と経験も減っていく。そんな不満は言っていても仕方が無いので、実行できそうな策を捻りだすことにする。
「問題はスローラビットとどう戦うかだな。…以前にいたパーティーでは、こちらを視認したらすぐに襲い掛かってくるスローラビットと出足の遅いモンスターが一緒にいる時には、大きく後ろに後退して、俊足のスローラビットだけを突出させ、魔物兎とだけと戦える状況にして、これを殲滅。その後に鈍足の魔物との戦闘にはいる。そういう戦術をとるようにしてたのだが、メスリーヌにも可能か。」
メスリーヌが大いに頷いた。
「よくご存じなのですね。狼人族が多用する戦術ですが、欠点もあります。大きく後退するので、退いた先で別の魔物のグループと接触してしまう恐れのあること。それとスローラビットを孤立させる為に、素早く下がる必要がある為に多用すると疲労が蓄積することですね。…その…元のパーティーでもそのように、周知されませんでしたか。」
「…前のパーティーは、盗賊団に襲われて壊滅した。それとそのパーティーには足の速いのと遅いのがいたので、足並みが揃わずに上手く機能しなかった。だから話だけで、実行した回数は少ないんだ。」
パーティーリーダーのフレオスは狼人族なので快足だったが、歯無しのグロムはここでもモタモタと足を引っ張る存在だったので1人置いていかれて敵に囲まれそうになってしまい、スローラビットへの対策は功を奏さなかった。
「そうでしたか。…ですが、私がルハトの速さに合わせて動くようにするので大丈夫です。ルハトは戦闘でも素早く動けているので、後方への撤退も問題ないでしょう。それと7階層でスローラビット以外でよく出てくる魔物のニートアントは動き出しが遅いので、魔物兎を引き剝がしやすく、有効な策だと思います。それに私が匂いで敵を察知するので、後退した先に魔物がいる状況は回避できます。」
メスリーヌが肯定してくれたので、7階層に行ったら、この作戦を実行しよう。そんな風に考えて焦りを打ち消そうとした。
この日は6階層で槍を振るって戦うのみで探索を終えた。探索者ギルドでアイテムを売ったが、いつもより少ない金額に落胆は隠せない。落ち込んだ姿をメスリーヌに見せるべきではないので、彼女を宿に送った後に、ボーデの城のラシェールを訪ねてみる。
深い意味はない、ただ気を紛らわせたかった。
ボーデの城内は、昨日までと違う騒然とした空気が漂っていた。
エルフ達が寄り集まって、何かを興奮気味に語っていた。
その脇を通り過ぎて、目的の部屋に向かう。ラシェールのいる部屋は、外とは違い静寂で満ちていた。
「今日は何故か城の中が騒がしい雰囲気だったが、このは部屋は違うんだな。」
挨拶をして、インテリジェンスカードのチェックを受けている間に、質問してみる。
「ここは、住民の困り事を聞くところだ。そこが騒々しいようなら、ハルツ領の終焉が近づいているほどの事態だな。それと城が騒然としているのは、サボー・バラダムがこの城で討たれたからで、我々エルフ族の領地運営とは関係無い話だ。」
「サボー…、誰だ。」
「ただの碌でなしだ。自分の強さに思い上がり、周囲に迷惑をかけていた。今回も他人の奴隷女にちょっかいを掛けようとして、決闘を挑んで返り討ちにあって死んだ。 」
そんな碌でもない奴がいたのか。エルフ族は男女共に美形が多いので、それが奴隷として傅いていれば、自分も欲しくなるのは分かるが、それで喧嘩騒ぎを起こして命を落とすのは愚かすぎる。
とはいえ、その乱暴者は討たれたことを城の皆が話題にするほどの強さを持っていて、さらにそんな狼藉者を成敗できるような豪の者がいたと。
さきにはハインツ盗賊団を討ち果たした強者がいたりと、ハルツ公爵領は猛者が揃いすぎではないのか。そんな強豪揃いの中で、俺は低階層で四苦八苦しているのか。流石に早く強くならないと、公爵様に見限られるのでは。封じようとしていた焦りが再び募ってきた。
「だが、私にはそんな荒くれ者のサボー・バラダムよりも、あんたのほうが余程の悪党に見える。ゴスラー様のおっしゃった通りね。」
「へっ。」
ラシェールからのあまりにも意外な言葉に、湧き上がった焦りが吹っ飛んだ。
「いやいや、俺はそんな無頼漢じゃないのだが。」
「そうかい、盗賊に襲撃されても生き残り、自分の物でもない盗賊団の情報を騎士団に売りつけて、これを壊滅に追い込む。その功績をもって公爵様に取り入り、盗賊だったことなど忘れたように美人の奴隷を侍らせる。これが悪党の所業ではない、などと私は言えないね。」
「まぁ、その事実だけ列挙すると、確かに悪辣極まりないのだが。」
「サボー・バラダムは不遜な態度を隠さなかったが、あんたは馬鹿丁寧な口調で自分は盗賊だ、などと思われないようにしているのも、如何わしいことこの上ないね。」
「この口調は前からだ。俺のいた盗賊団の頭は、目立つことを嫌ったので、いかにもな盗賊口調などは使わなかった。今、盗賊だったことを隠す為に変えた話し方じゃぁない。」
「でもあんたは、今でもその盗賊団の首領の教えを守り続けている。法律や村社会に守ってもらえずに苦境にあったような奴は、盗賊団の頭の差し出した汚れた手を、それが相手を泥沼に嵌めるものであったと分かっていても掴むきらいがある。そういった人間は、決まり事や法規より義理や貸し借りを重んじるようになり、使う者にとって都合の良い手駒となる。」
「もう俺を手先にする奴は死んじまっていないよ。新たに公爵様の手駒にはなったけどな。それに貸し借りも悪い物じゃない。帝国は法治の国だが、現実には地縁で繋がれた領主様と同じくらい力のある部族が沢山ある。こいつらは血縁で構成されているから法律よりも情や貸し借りを優先したがる人治の傾向がある。」
「お前、本当に盗賊なのか。何故そんなことを知っている。」
「血縁の部族が強い所は、独自の決まり事を作ったりして、地元の騎士団とは不仲だったりする。そうした場所は、騎士団の取り締まりが鈍るので、盗賊が活動しやすい。もっともそうした地域は部族が勝手な自警団を作ったりもするので、無法者が好き勝手できるかの見極めは難しいという話だ。盗賊団にとっては活動拠点を決めるのは死活問題だから、地域情報というのは大事だ。だから俺達の頭目は知見があった。」
俺の話を聞いたラシェールは深いため息をついた。
「それで、ハルツ公爵領なら動きやすそうとふんで、お前は迷宮での活動をしているのか。」
「それは違う。この件では騎士団の動向を見て行動を決めたりはしていない。実際にここの騎士団はよく働いていて、盗賊に優しくないからな。公爵様に仇を討ってもらって恩義を感じているから、例え公爵様にとって捨て駒でしかなくても、俺はその借りを返すつもりだ。」
「その言葉が本当なら、もっとまともな奴隷を買って増やしな。そいつらにお前が感化されて少しは、まともになるかもしれん。」
「それよりも俺がそいつらを黒く染めるのが早いかもな。」
俺が、そう言うとラシェールはまたため息をついた。
「あんたは、ゴスラー様が言う以上の悪党だ。公爵様の差し出した手を取りながら、今でも殺された盗賊団の頭を慕って、その行動をまねようとしているのだから。」
「死んだとしても恩義のある人のことをそんなに簡単に忘れられるものではないし、それをすぐに放念するような忘却の徒は信用できないだろう。」
そんことを、話していた。
宿に戻りメスリーヌと食事をとる。
「メスリーヌ、仲間を増やすことについて、どう思う。」
城での会話を思い出し、スープを口に運びながら聞いていみる。
「階層を上がっていくのには必須です。ただルハトのような若者が古参の戦闘奴隷を購入すると
上手く丸め込まれて、いつまでも同じ階層に留まってしまうことがあります。」
「そうなのか。」
「古強者の中には、この階層より上は主人には実力が足りなくて危険だということを言葉巧みに吹き込んで、安全な階層に長く留まろうとする者もいます。年若い戦闘奴隷は己を誇示しようと、上の階層に挑もうとする傾向がありますが、戦闘力と経験が足りないので危険なことが多いようです。どちらもルハトの目的にはそぐいません。戦闘奴隷を購入するなら、慎重に選ばないといけないと思います。」
「メスリーヌのように若く従順で実力があるのは滅多にいない。いたとしても高額になるということか。」
正直に言えば、金は有るのだが、弟妹が売りに出されるまでは使うことが難しい。兄弟姉妹は是が非でも買い戻したいことは奴隷商人も察しているだろうから、高値を吹っ掛けられる公算が高い。迂闊に高額な奴隷を購入して金を使い果たすわけにはいかなかった。
翌日も朝から迷宮の6階層でニートアントの相手をする。
一度宿に戻り朝食を摂ってから、迷宮に戻ると狼人族の一団が迷宮の前でたむろしていた。
俺は用心して剣の柄に手を置いたが、相手は構わずに話しかけてきた。
「君達、聞きたいことがあるんだが。」
陽気そうな狼人族が俺達の前に来る。
「なんだ、あんたらは。」
警戒で声が固くなる。
「怪しい者ではないよ。ただ尋ねたいことがあるだけだ。」
「狂犬シモンの行方か。」
狼人族の関心といえば、それが真っ先に思い浮かぶ。
「シモン…違うよ。俺達が知りたいのはサボー・バラダムのことだ。」
「サボー…なんで、狼人族のあんたらが、人間族のサボー・バラダムのことを知りたがるんだ。」
「いや、サボー・バラダムは狼人族なのだが…変だな、同姓同名の人間族がいるのか…。」
首を傾げる狼人族の様子を見て、俺は自身の勘違いに気が付いた。サボー・バラダムという男が、エルフの美人奴隷に横恋慕したという話を聞いて、そんなことをするのは、色魔が種族固有ジョブというとんでも種族の人間だと思い込んでしまった。ラシェールは、サボー・バラダムが人間族だなどと一言も言っていない。
「すまない。俺の勘違いのようだ。種族は聞いていないが、サボー・バラダムという男が死んだとは聞いた。他人の奴隷女に手を付けようとして、決闘騒ぎになり、返り討ちにあって殺されたと聞いた。」
「やはり、死んでいたのか。」
「あいつは女には苦労していないはずだが。」
俺の話を聞いて、狼人族パーティーが色めき立ちはじめた。
「あんたらは、サボー・バラダムが討たれた報復に来たのか。」
彼らのはしゃぎようを見て、俺は迂闊な情報を漏らしてしまったかと警戒する。
「違う。俺達は商会のものだ。バラダム家は商会に多額の借金があるのだが、もうすぐ迷宮討伐がなって、金が入ってくるからその時に返すと言って、ずっと返済を先延ばしにしていやがったんだ。だが奴が死んだのなら、もう遠慮はいらないし、容赦もしない。きっちり金を取り立てる。その為に本当に死んだのかを確認に来た。」
「そうか…サボー・バラダムはボーデの城での決闘で命を落としたという話だった。城に行けば、なにか教えてくれるかもしれないな。」
「そうか、教えてくれて、ありがとう。」
そう言って男達はフィールドウォークの魔法を唱え、黒い扉を作る。
その時に何人かが怪訝な表情で俺の後ろを見ながら、扉に消えていった。
背後を振り返る。そこには青ざめた顔で、震えるメスリーヌの姿があった。
ルハトの知らない情報
ラシェールは、サボーの件について、また聞きなので、正確な情報を掴んでいません。
またルハトはいくつかの勘違いをしています。
エルフの領域なので、サボーがちょっかいをかけた(これも事実誤認)女性奴隷をエルフ族だと思い込む。実際には狼人族のロクサーヌだった。
これにより、サボーを性欲過多の人間族だと思い込む。
ハインツ盗賊団とサボーを討ち果たしたのを、同一人物と推測できなかった。
ハインツ達を倒したのは、筋骨隆々の武骨パーティーだと思い込んでいた為に、女奴隷を連れていた主人という風体は合致しなかったので、別人だと疑いもしませんでした。