メスリーヌは青ざめた顔で震えていた。
「どうした、メスリーヌ。」
「いえ、大丈夫です。迷宮に入りましょう。」
彼女はそう言って、迷宮への扉をくぐる。俺も後に続いた。
メスリーヌは全く持って、大丈夫などではなかった。
迷宮の戦闘で、今までやらなかったような失敗を連発するメスリーヌに、命の危険が及ぶと判断した俺は、彼女を連れて迷宮をでた。
今日はもう迷宮探索は断念して、冒険者ギルドを訪ねてクーラタルの街へ魔法で飛ばしてもらう。俗に言うちょんの間営業している宿を探して一室を借りて、しおしおと付いてくるメスリーヌと部屋に入る。
ちょんの間とは、宿が一泊ではなく短時間だけ部屋を提供することを指す。 家が狭くて、親兄弟と袖摺りあうような生活をしている新婚さんが、そんな環境での夫婦の営みをするを嫌がったりする場合などに使われるが、もっと単純に娼婦を連れ込んだり、不倫の現場として使用されることも多い。
メスリーヌと共にベッドに腰を下ろす。
「申し訳ありません。」
「なにがあった。」
「…先程の人達が話していたバラダム家は、狼人族の有力な部族です。数代前には別の地域の領主でしたが、迷宮の活動を抑えることが出来ずに、今の場所に追われるようにやってきました。その為に迷宮を討伐して元の領地を取り戻すことを悲願にして研鑚を積む一族です。その中で、サボー・バラダムという猛者が表れて、破竹の勢いで迷宮の階層を駆け上がり、彼がいれば近郊の迷宮を討伐できる日も近いとバラダム家の人々は豪語するようになりました。」
まだ一つも迷宮を退治していないのに、先走りすぎだろう。
「そのバラダム家の一員と、私の部族の長の娘の結婚が決まりました。今最も勢いのある部族と縁戚になれるとあって私の一族は沸き立ちました。けれど輿入れが近づいたある日バラダム家側から、持参金の額が少ない、この金額では婚姻させることはできないと理不尽な要求を突き付けられました。」
メスリーヌが次第にグズグズの涙声になりながら語り続ける。
「突然の要求に、長は困り果てました。そんな大金を急に用意することはできません。ですが、とても興隆している部族との関係は深めたい、それに持参金を払えなかったなどという話が近隣に広まれば、一族の恥になる。そう考えた、私達の長は…。」
彼女は涙を零しながらも話を続けた。
「私を売って、持参金にあてました。」
彼女の実家は太い豪農だと聞いていたので、そんな家に生まれた彼女が何故ゆえに奴隷にされたのか疑問だったのだが、これで納得がいった。
「…長が、婚約者に逃げられた娘など、今後まともな婚姻の話がくることなど無いのだから、売って一族の役に立てたほうがいいと主張しました。もちろん父は強硬に反対してくれましたが、母がこのままでは父が一族のなかで孤立してしまうので、自ら名乗り出なさいと私を促し、それに逆らうことが私にはできませんでした。」
「父親と母親の間で板挟みになったの辛いな。…母親の言い分は、赤の他人なら、必ずしも間違いではないとも言えるが、肉親としては情が無さ過ぎるな。」
「母は一族の者ではなく、別の部族から来た人でしたから…。」
母親の権威は夫によるものが大きかったということか、それなら夫の地位が下がることは容認できなかっただろうな。それを踏まえてなお、メスリーヌは志願して奴隷になったのか、健気なことだな。
「父は、今のバラダム家の隆盛はサボー・バラダム個人の強さとそれを後ろ盾に、周囲の反発を顧みない強引なやり口をしているからで、長続きしないだろうと…そう、言っていました。そして、先程の狼人族の話では、…サボー・バラダムが亡くなったと…このまま父の言った通りの展開になっていくのかと思うと…。私は…何の為に…。」
嗚咽混じりに言うメスリーヌ。父親の知見が正しかった事が証明された今、このままバラダム家が斜陽になっていけば、彼女が一族の為にと金と引き換えに奴隷になったことは、全くの無駄になりかねない、ということか。
先程の迷宮での失態は、狼人族パーティーから聞いた話が衝撃的だったからとして、問題なのはバラダム家に肩入れした彼女の一族まで衰退した場合に、メスリーヌが俺と共に迷宮に入り、夜には抱かれることまでも無意味と感じてしまうことだ。
それをされると本当に迷宮で命を落としかねないので、対策が必用だな。
「メスリーヌ。今日は迷宮に行かない。一日中泣いていてもいい。」
「はぃっ。」
彼女が涙声で答える。泣いている顔を見られたくないのか、ベッドに突っ伏して枕に顔を埋める。
「サボー・バラダムが討たれたのは本当だろう。ボーデの城の人達がその話題でざわついていたからな。あれはサボー・バラダムが強いという噂を聞いていたからこその騒ぎだったのだろうな。」
「…。」
「それとお前の実家については、それほど心配することはないだろう。バラダム家と違って、滞納し続けた借金でもない限り、実害は少ない。バラダム家に娘を輿入れさせた族長は陰で笑われるかもしれないが、その程度だろう。」
枕に顔を伏せて泣きながら、頷くメスリーヌ。
「だが、メスリーヌ。お前は、どれだけ心配でも家族の元へ帰ることはできない。」
メスリーヌの嗚咽が止まる。
「どうして…。」
「お前は、俺の奴隷だからだ。お前が家族を案じて家に戻ったりしたら、俺は、俺の所有する奴隷を奪ったとして、お前の家族に賠償金を請求することになる。こういう場合は倍返しが基本だから、メスリーヌを購入したときの買い値35万ナールの倍、70万ナールが妥当な金額となる。一族郎党の女性全てを売らないと追いつかない金額だ。」
「そんな…。」
昨日、ラシェールと話したことが蘇る。『あんたは、いまだに盗賊の頭目を慕っていて、その悪辣な遣り口を継承しようとしている。』と。彼女の言っていたことは、正しかったな。これからジェードが俺にしたように、メスリーヌを追い込み逃げられないようにしてから、手を差し出して彼女を掴もう。
「メスリーヌ、家族が、今お前に望んでいることは何だと思う。」
「…。」
「真っ当な主人に買われることだ。メスリーヌを殴ったり、食事を与えなかったりするような酷い輩でなければ家族にとっては十分だ。奴隷にも優しい主人など向こうも期待していないだろうからな。逆に最も望まないのは、メスリーヌが主人である俺の所を逃げ出し、逃亡奴隷として職業が盗賊になった状態で家族の元に戻ってくることだ。そうなると、お前の家族は心を鬼にして家に入れない様にするか、情に流されて盗賊を匿う危険をおかすか…。どちらにしても一族には迷惑な話だ。例えそれが家族を心配するお前の善意の行動であってもな。」
同じベッドに2人で上がっているので、俺の言葉にメスリーヌの体が強張るのが伝わってくる。
そのまま彼女は、何も言わずに泣き続けた。
彼女が泣き止むまで、動かずに待ち続ける。優しさではない。獲物が罠に掛かるまで、息を潜めて動かない狩人の心持ち。彼女は俺の術中に堕ちるしかない迷い子だ、焦ることなく、ただ彼女のむせび泣く声を聴き続けた。
時間が過ぎて、メスリーヌのすすり泣く声が次第に小さくなっていく。
泣き声が止まると、枕に顔を埋めたまま腕だけをこちらに伸ばしてくるメスリーヌ。
聡明な女なのだ。俺が何も言わないでも、自分の居場所が俺の隣にしかないことを、受け入れたようだ。ベッドの上に置かれた俺の手に、自分の掌を重ねてくる。
俺は、重ねられた彼女の指に自分の指を絡めた。
「…ご主人様。ああっ、ご主人様…。」
昼日中にメスリーヌの喘ぎが響く。
メスリーヌを悦ばせる為に、ここ数日行ってきた後背位ではなく正常位での契り。
さらに俺の指示で、メスリーヌは足で俺の腰を挟み込むように搦め、両腕は抱きしめるように背後に回す密着度の高い性行為をやらせる。
「はぁっ、ルハト…ルハトは私の…メスリーヌのご主人様です。…あんっ。」
肌を重ね合わせながら、何度もメスリーヌに俺が主人だと口にさせる。
家族より俺の隣こそが彼女の居場所なのだと実感できるように。悪党の俺はベッドで美女を誑かす。日が傾くまで、クーラタルの宿で彼女を抱き続けた。
冒険者に金を払い、ボーデの街に帰還する。繋いだメスリーヌの手を引き、いつもの宿に宿泊用の部屋をとる。
「明日からは、迷宮に入る。今晩は早く寝てしまおう。家族のこともあって、容易に寝れないかもしれないが、酒を買ってきたのでそれを飲んで無理にでも寝てしまおう。」
クーラタルの街では、毎日店が開いているので、買い物が簡単にできる。そこで酒屋に行き、ちょっと高価な果実酒を購入しておいた。
夕食を終えて、購入したお湯で身体を拭く。昼間に散々メスリーヌとやったので夜の営みは無しだ。ベッドに入る前に酒を口にする。高価だけあって流石にスライム酒より口当たりがよく、喉を通っていく。メスリーヌも俺よりも早いペースで飲んでいた。
飲んだ後のコップを片付けてベッドに向かう。メスリーヌは子供のように俺と手を繋いで付いて来る。2人でベッドに入るとメスリーヌの方から顔を近づけて、口づけをしてくる。
「んっ。」
吐息を漏らしながら、メスリーヌの口が微かに開き、舌が侵入してくる。
こちらも舌を出し、互いの舌を絡ませあう。2人の舌が互いの口内に侵入し蹂躙しつくす。
深い接吻を味わった後、絡み合っていた舌がゆっくりとほどけて離れていく。
「おやすみなさい。ご主人様。」
そう言ってメスリーヌの瞳が閉じられる。
俺の傍こそが彼女のいるべき場所だと、自らに課すような踏み込んだ振る舞いだった。