翌朝、メスリーヌが先に動き出して、昨晩のように俺の唇に自らの唇を押し付けてくる。
一昨日までと違い、性にも積極的な態度。それだけ覚悟を決めているのだろう。
「…おはようございます、ルハト。迷宮に入りますか。それとも…ベッドで…その続きを…。」
「迷宮に行く。そこで戦うのが当面の俺達の仕事だ。体を重ねるのは夜だけでいい。」
昨日のように、陽の高いうちからやりまくるのは、背徳感を感じられて興奮するのだが、それに溺れるのはよろしくない。
「はい。」
「朝は敵の少ない所を狙っていく。それでメスリーヌが戦えるかの様子をみる。」
「…はい。」
鋭い嗅覚を持つメスリーヌは、迷宮内で魔物のおおよその数や種類を嗅ぎ分けて、判別することができる。とはいえ、魔物の数が増えれば匂いが重複して識別の精度が下がるらしいが、6階層ならば最大でも3匹の魔物しか出現しないので、察知に問題はないらしい。
6階層で1匹か2匹の魔物の群れに絞って戦う。メスリーヌは昨日のような失態を犯すことはなかった。これなら戦っていけるだろう。
宿に戻り朝食をとる。
「6階層のボスのハントアントを倒して7階層にあがりますか。」
食事をしながらメスリーヌが聞いて来る。
「そうだな、一度スローラビットと戦ってから、今後の方針を決めよう。」
今の俺は探索者Lv10になっている。人数が揃ったパーティーなら7階層で十分に戦えるレベルだ。相方のメスリーヌしか仲間がいないのが不安材料だが、メスリーヌはもっと上の階層で戦っていたし、俺も盗賊としてだがより上の階層で魔物を屠ってきた。7階層での戦闘は決して無理な話ではない。初心者が最も命を落としやすい7階層を突破することには、ハルツ公との契約に置いて大きな意味がある。
食後再び迷宮に戻り。ニートアントと戦いながら、ボス部屋を目指す。
得物を槍から『いかりの両手剣』に持ち替え、ニートアントを潰していき、ボスのハントアントもこの剣で戦う。ボス敵は玄室に一体しか登場しないので、 メスリーヌと前後を挟んで戦うのが基本だ。メスリーヌは文句も言わず大蟻の正面で剣を振るう。戦闘でも夜の営みでも、従順に従う本当に得難い女だ。
そんなメスリーヌの危険を減らすために、後ろから魔物に攻撃する。背後は比較的安全なのだが、ハントアントは尾部から毒液を噴射するスキルがあるので、むやみに剣を振るえばよいというものでもない。スキルの発動に留意しながら、敵に刃を当て続ける。
いかりのダマスカス鋼剣の威力は、やはり凄まじいものがあり、時間を掛けずに大蟻を消滅させることができた。これでメスリーヌへの負担は減ったが次の階層では、彼女にさらなる負荷がかかることになる。
「スローラビットは私が相手をします。ルハトは他の魔物をお願いします。」
7階層に辿り着くなり、メスリーヌが宣言する。情けないが、彼女の重荷は減りそうもない。
「近くにスローラビットが単体でいます。これを相手にしましょう。」
匂いで魔物の存在位置を感知したメスリーヌが、迷宮を進んでいく。俺はその後に付いていった。
1体でいたスローラビットがこちらを視認するなり、突進してくる。対峙するメスリーヌもビーストアタックの呪文を詠唱しながら、駆け出していく。メスリーヌに飛び掛かったスローラビットが、タイミングを合わせたビーストアタックの切り返しを受けて後方に吹っ飛ばされた。
だが兎はすぐに起き上がって、今度は俺を標的に向かってきた。基本的に魔物は人間と違い損害を被っても、怯むことなく挑みかかってくる。このスローラビットもビーストアタックを喰らって損傷しているはずなのに、先程と変わらないスピードで襲ってきた。大技を放った直後のメスリーヌでは、懸命に俺の方に駆けてきても間に合わない。俺は槍を構えて、応戦する。疾走してくるスローラビットを槍で突くが、直前に方向を変えられ、穂先が床を叩く。その隙に跳躍して襲い掛かってくる魔兎を槍を回転させて柄の部分で叩く。身を守ることはできたが、相手に損害を与えるほどではない。
追いついたメスリーヌが剣を叩きこむ。切るのではなく、刺すことによって相手が素早く移動できないように押さえつける。スローラビットが足で床を蹴って剣から抜け出そうとするが、メスリーヌは剣に力を込めて逃がさない。
彼女が魔物を床に釘付けにしている間に、槍でその身体を何度も貫く。
ようやくスローラビットが煙になって消滅した。
「やっとか…。泥臭い戦いをしてしまったな。」
「迷宮での戦闘はこんなものですが…。」
「そうだな。」
メスリーヌの言う事が正しかった。迷宮の相手は人食いの魔物だ。そこでの戦い方など、多少無様でも誰も文句は言わない。魔剣を振るって、一撃で敵を撃破できてきたことで、己が物語の騎士であるかのような錯覚に陥っていたのかもしれないな。
その後もスローラビットと戦ったが、今までに比べれば長くなる戦闘時間にメスリーヌの負担が大きいと判断して、6階層でのボス戦を繰り返す。
日が傾くころに探索者のLvが11になったので、多少はマシな戦いができるだろう。
7階層での戦いは明日行うことにする。
夜になれば、宿でメスリーヌは戦士から情人に変わる。
2人で裸になり、ベッドに腰を掛けて口づけを交わす。メスリーヌは俺の首に腕を絡めて、胸を押し付けてくる。
「メスリーヌ、昨日と同じ正常位で。」
「はい。」
おれの要望に素直に答えるメスリーヌ。
ベッドに彼女の体を横たえ、体重をかけない様に圧し掛かると、両足で俺の腰を挟むように搦めて、抱き着いて来る。
メスリーヌと肌を合わせながら、彼女の言っていたことを思い出す。『迷宮での戦いに倦んだ時には、性交での快楽に溺れて、気を紛らわせる』と、その言い分は正しかった。
今日の無様な戦いは、メスリーヌとの情欲に溺れて忘れることにしよう。
翌日もスローラビットと戦う。1つとはいえレベルが上がっているので、昨日よりはマシな戦いが出来ている。メスリーヌへに負担が掛かっているが、魔兎を仕留めることはできている。
スローラビットとニートアントの混成部隊とも戦う。以前に打ち合わせ通りに、背後に大きく後退し、素早く追撃してくるスローラビットだけを孤立させて先に叩き、出足の遅いニートアントを悠々と屠る。かつて狼人族のフレオスから教わった戦法は効果的に機能していた。
何組目かの混成部隊を倒して進む。その先にも混成部隊が待っている。今まで通りにスローラビットを突出させて先に消滅させてからニートアントに向かう。
動き出しの鈍いニートアントは、スローラビットがやられてもまだ、じっとしていて動かない。
これなら楽勝と槍を突き出すが、魔蟻はその直前に行動を開始し槍の穂先を交わして、俺の真横を駆けていく。振り返って追撃しようとするが、体の中で凄まじい衝撃が起こり、膝から崩れ落ちた。これは…毒をくらったのか。奴が俺の側を擦り抜けた際に、蟻の脚が俺の足に微かに触れた。
あんな攻撃とも言えないような接触で毒状態にされてしまうのか。身体に力をいれることができずに、床に突っ伏してしまった。
メスリーヌが何か叫んだようだったが、聞き取ることができなかった。
毒が体内で荒れ狂い、戦闘がどうなったかが認識できない。その状態で体が引っくり返されて、仰向けにされた。動けない俺をメスリーヌが見下ろしている。どうやら彼女がニートアントを倒して、戦いを終わらせたようだ。助かった…早く…毒消し丸を…飲ませてくれ…。
メスリーヌが俺の胴に跨る様に自分の腰を下ろしてくる。…その体勢まま、彼女は動かない。
どうした…何故、薬をくれない…。毒が体内で荒れ狂い、喋ることができない。
何とか眼だけを動かして、メスリーヌを見る。彼女と目が合う、毒よりも更なる衝撃が体を走る。彼女の瞳は虚無感に揺らいでいる。こういう眼をした奴らを盗賊時代に何度も見てきた。人生のどん底に叩き落され、このまま生きている意味があるのかに迷い、死ぬことへの誘惑に囚われた者の目をしていた。
令嬢であったのに、奴隷に堕とされ、自分が売られる原因となった家が危機に陥っているのに帰郷することさえ叶わない。そんな境遇のメスリーヌにとって、もし俺がこのまま毒に侵され絶命した時に、同時に訪れるであろう死に魅了されてしまうことは十分にあり得る話だ。
躊躇いに揺れるメスリーヌの瞳。毒が体に回り、身動きのとれない俺にはどうすることもできなかった。
騎乗位のような体勢でいたメスリーヌが、体を倒して俺に覆いかぶさってくる。顔を耳に近づて囁きかけてきた。
「ルハトは、こんなになってもまだ迷宮に挑みますか。愚かしいと思いませんか。」
家族の為に売られたのにその家族と隔絶された彼女には、迷宮探索など馬鹿馬鹿しく思えるのかもしれない。だが俺にとっては迷宮で戦うことは意味のあることだ。
「…阿保らしく思うかもしれねぇが…迷宮で戦わないと、メスリーヌとの暮らしを維持していけない。…お前がどう思っているのかは知らないが…俺にとってはかなり重要なことだ…俺も結構酷い人生を送ってきたが…お前との生活は悪くないと思っている…迷宮では金が稼げるからな…まだ、メスリーヌの全てを味わい尽くしていない…その前に死にたくは無い。」
毒が廻り思考も鈍る体で、途切れ途切れにそれだけを言った。目が霞みメスリーヌの表情も分からなくなっていた。
意識が混濁し始める俺に、メスリーヌが唇を押し当ててくる。彼女の舌が俺の唇をこじ開けて、咥内に侵入し、なにかを入れ込んでくる。押し込まれたその何かを嚥下すると、体内で暴れていた毒が沈静化していくのが感じられる。
どうやらメスリーヌが毒消しを飲ませてくれたようだ。薬を飲ませるのが困難な場合には、口移しで飲ませるように事前に打ち合わせていた。
荒い呼吸を整えて起き上がる。
「助かった。よくやってくれたメスリーヌ。」
「はい。」
まだ彼女の瞳には迷いの色が残っていたが、俺を助けることを決断してくれたようだ。
戦闘を終えて、宿に戻り、いつも通りに互いの身体を拭く。
「今日は、本当に助かった。改めて礼を言う。」
「はい。」
「だが明日からも迷宮に行かなくてはならない。その為に俺は本日喰らわされた恐怖を克服する必用がある。」
「…どうするのですか。まさか、自ら毒を煽るのですか。」
メスリーヌが、中々に恐ろしいことを口にする。
「いや、毒を受けた時と同じような状況を再体験して、恐怖に耐性をつける。その為にメスリーヌには、俺の上に乗ってもらいたい。」
「…はい?。」
メスリーヌが首を傾げた。
「はぁ、ああっ。ルハトッ…。」
俺に薬を口移しで飲ませた時のように、ベッドに寝そべった俺の上に跨った全裸のメスリーヌが嬌声を上げる。騎乗位での行為なので、彼女自身が腰を振ってくれているのが、俺の興奮を煽る。
毒の恐怖も、メスリーヌが『この男を助けたのは間違いではなかったのか』と言いたげな瞳をしているのも、快楽で塗りつぶしてしまおう。