毒を喰らっても、翌日には迷宮に挑む。
恐怖はまだ残っているが、昨夜のメスリーヌとの逢瀬を思い出して、怖さを払拭する。
この日もスローラビットとニートアントを倒し続けた。
早めに外で休憩をとることにして、鍋で腸詰めを焼く。
数日前に比べれば、良くなってきているとはいえ、メスリーヌの動きには、まだ不安定さが見える。戦闘には特に気を配る必要があるので、こまめに休息を入れるべきだろう。
メスリーヌはまだ家族のことを気にかけているのか、暗い雰囲気を漂わせて、口数少なく鍋の前に座っている。休憩時の会話も全く盛り上がらないが、彼女は焼き立ての腸詰めを口に運んではいる。
盗賊時代に、見てきたなかで、本当に心が病んだものは食事を口にしたがらない傾向があった。
逆にどんなに落ち込んでいても、飯に手を付けた者はその後、復調していくことが多かった。
たかが腸詰めを食べているだけだが、メスリーヌは回復してきていると思うことにした。
とはいえ、2人して無言で、気まずい雰囲気なので、空気を変える。
残った腸詰めを串にさして、迷宮の入口にいる探索者のもとを訪れて、メスリーヌを一人にしてみた。いつも俺と一緒では気が張り詰めたままになるだろうからな。
エルフ族の探索者は、退屈していたのか、腸詰めを喜んで受け取って頬張り始めた。
「少し聞きたいことがあるのだが、いいか。」
「なんだ。」
以前から気になっていたことを聞いてみる。
「この迷宮、徒歩での移動でも苦にならないほど街からも近いので、もっと多くの探索者がいてもいいはずだが、騎士団以外はあまり見かけない。何か理由があるのか。」
「お前さん、この辺りに人間ではないんだね。」
案内人のエルフが言った。
「ああ、最近ここへ来た。」
探索者が語ってくれたことによると、この地は冬になると雪が降るので移動には非常に難儀する。厳冬期には、迷宮の外に出てくる魔物も寒さと雪で死ぬので、春になって雪が溶けると壊れて使えないドロップアイテムが一所で固まって見つかるらしい。おそらく魔物はよく似た道筋を辿って、同じような場所で絶命しているのだろう。なので冬には外の魔物の脅威は無いものの、迷宮が成長する可能性がある為に、寒さと降雪で農作業に従事できない農夫達が、騎士団所属の冒険者に送られてダンジョンでの小遣い稼ぎに勤しむ。特殊な事情がある土地なのだということだ。
そのような場所柄、通常なら迷宮での戦いで日銭を得る為にやってくる流れ者や異邦人がここには、あまり流入してこない。その為にハルツ公領騎士団は、フィールドウォークを使って雪中でも簡単に移動することができる冒険者のいるパーティーに声を掛けて常時、領内の迷宮に入ってくれるように頼んでいたのだが、凶賊ハインツがこの地に来たことで、安全を優先して、別の迷宮に活動拠点を移しても構わないとう御触れを出した。その結果多数の冒険者パーティーは河岸を変えてしまい、ハインツ盗賊団が壊滅した今でも、狂犬のシモンが討伐されていないことを懸念しているのか、その多くがここに帰ってきていないということだった。
折角、冒険者パーティーを用意したのに盗賊騒ぎで、当てが外れたということか。ハルツ公爵が俺のような、元犯罪者を重用しているのは、そんな事情があったのかと得心した。
迷宮の入口近くには、冒険者パーティーのフィールドウォークの魔法用に、出入口となりえる絨毯が物干し竿に掛けられている。
その絨毯から魔法の光が漏れてきた後に、戦闘集団パーティーが転移してきた。
その先頭に、疑いようもなく高価な装備に身を包んだハルツ公爵がいたので、俺と案内役の探索者が慌てて駆け寄った。
「公爵様、ようこそおいでくださいました。」
エルフの探索者が被ってた帽子を脱いで、挨拶をしたので、俺も同じ様に革の帽子を手に取って会釈した。
「うむ、来たぞ。迷宮攻略は貴族の義務だからな。ルハトもいたのか、真面目に迷宮に入っておるよるだな。」
ハルツ公爵がこちらに向き合っている間に、公爵の背後にいたパーティメンバーが最奥にいた人物を俺の視線から遮るような動きをした。壁のように立ち塞がり、その人物の姿を隠す。
そうして後ろの人物が守られた結果、公爵様が無防備に俺の前に曝け出されている格好になっていた。
ハルツ公は、この領内での最重要人物だと思うのだが、最後列の人物はそれ以上の貴人なのだろうか。あるいは…考えたくないのだが、ハルツ公は実は軽んじられるのか…ようなことはないはずなのだが…。
「毎日、迷宮で戦っていますよ。今は…ちょっと休憩中ですが。」
最後尾の人間の詳細は横に置いて、ハルツ公と話をしたが、一寸ばつの悪いことになってしまった。軽食を取り息抜きをしていただけだが、上に立つ者によってはそれを怠けていると見なすものもいる。
「その程度の事で、目くじらを立てようとは思わん。」
メスリーヌもハルツ公に気が付いて、こちらに来ている。彼女が先程までいた場所には、腸詰めを焼いていた鍋と椅子替わりにしていた空き箱がそのまま残っていた。その鍋を見ながらハルツ公が述べる。流石に公爵様ともなると、些細なことで配下の者に当たり散らす無能上司とは違うらしい。
「それよりも、今のレベルと攻略階層は、いくつだ。」
「レベルは11。攻略は7階層です。」
初心者が躓きやすいのが7階層と言われているなかで、その階層で戦っているということは素人の域をでていない、と受け取られかねない。その危惧があったが、すぐにばれる様な嘘を言うわけにもいかなかったので、事実を話す。
「あれから数日で、7階層まで登れたか。なかなかの速さだな。」
お前は、まだ新米なのか、というような罵声が飛んでこなかったので安心した。
「8階層からは敵が4匹になるので、戦闘奴隷の増員も考えているのですが…。」
「なにか問題があるのか。」
「手練れの古強者を俺のような若人が購入すると、上手く丸め込まれて安全圏での戦いに終始して上の階層に上がっていけないことがあると、聞きまして…。これでは公爵様の意図にそぐわない結果になってしまうので。」
上の階層に、上がりづらい理由を述べておく。
「うーむ、いかにもありそうな話だな。」
2人して、しばらく唸っていたが、ハルツ公爵がなにかを思いついたように、破顔した。
「その件については考えがあるので、数日待っておれ。」
それだけを言って、迷宮の方に歩を進め始める。
「お気をつけて。迷宮にはまだ狂犬のシモンが残っている可能性もありますので。」
去り際のハルツ公に告げて頭を下げる。
「余の騎士団は、盗賊などに遅れはとらぬ。」
「流石でございます。」
シモンがもう生存していないことは分かっているので、ハルツ公は余裕の返答をしてくる。
俺の言葉も警告などではなく、只のお世辞だ。
公爵に続く騎士団メンバーからも緊張は感じられない。おそらくは彼らもシモンの真実を知っている。だがパーティーメンバーに囲われた人物からは緊迫した雰囲気が伝わってきた。パーティーの中でこの人物だけが、真相を知らないようだたった。
そのまま、公爵パーティー は迷宮の中に入って姿が見えなくなった。
「メスリーヌ、今のパーティーに1人だけ囲われて、姿を見ることができなかった人物がいたのだが…。」
「女性でした。それもかなり高貴な身分のかただと思います。」
「そうか。」
それが分かったところで、どうなるわけでもないのだが。
その2日後にハルツ公から連絡があり、城の執務室に向かう。部屋には、いつも通りに公爵様とゴスラー殿がいた。挨拶もそこそこに、要件を告げられる。
「新たな戦闘奴隷を余が、斡旋してやろう。直近まで、騎士団に在籍していた女性で、豊富な戦闘経験を持ち、エルフ族なので、人間族にとっては相当な美形と写ること疑いなしの逸材だ。これで迷宮をかけ上がっていけるであろう。」
ハルツ公は得意満面に女奴隷の有用性を語っている。だがこれは罠だ。たった2日で娘を奴隷にする話が纏まるなど、あまりにも拙速すぎるし、そんな優秀な人材が奴隷として元盗賊の俺の元にくるなど、話が出来過ぎている。
「何故、騎士団に所属していたような有能な女が奴隷になったのですか。」
俺の疑問に、喜々としていた公爵様が渋面になりながら呟いた。
「ルハトよ。お前は、余に金を預けて、後々にそれを受け取る契約をしているな。これと似たような仕組みが騎士団の入隊時にも行われるのだ。」
騎士団に入るには金がいるということだろうか。
「これから入団しようとする騎士のことを信用していないのですか。」
「そうではない、家族が騎士団に入隊するような威勢のある一族では、入団に際して保証金を支払う。これはその家に一定の財力があることを証明するものだ。騎士団の仕事は、迷宮での戦いだけでなく、民草の生活の調停や裁断などもある。その際に、金の無い奴は、賄賂で簡単に買収されてしまうからな。それを防止する為の処置だ。」
「なるほど。」
「この保証金は、騎士団を退団する際に返却されるのだが、もし在籍時に不祥事をおこした場合には、この金は没収される。」
「…。」
「そして件の家では、この保証金を取り上げられて、困窮しているので、泣く泣く娘を手放そうとしているのだ。」
「そんな不義を働いた騎士の家に公爵様が、手を差し伸べたら、不正防止の為の保証金の意味が無くなるのでは。」
「そこは父と娘、親子二代で騎士団員となっていた。そして父親はハインツ盗賊団の討伐に向かい、返り討ちに合って『決意の指輪』を奪われた。セルマー伯にとっては、許しがたい失態だった。娘にはなんの落ち度も無かったが、盗賊に負けた男の子供というだけの理由で騎士団を放逐された。一家の要と収入を失ったうえに親子どちらの保証金も返還されず、家が傾きかけているのだ。悪意ある不正を行った訳ではない。」
「それは…。確かに騎士団が盗賊に後れを取るのは、不名誉なことですが…。ハインツ達の強さを考えると…あまりに非情な裁定…いや、しかし…。」
平民の俺には、是非を判断することのできない事案だった。
「通常であれば、戦闘で不覚をとっても、名折れとされることは無い。今回の沙汰はセルマー伯による、余とカシアに対する嫌がらせだ。」
ハルツ公領騎士団ではなくセルマー伯領騎士団での事案のようだが、まだ有能な人材を俺に委ねる理由が見えてこない。
「カシアとは、どなたですか。」
「余の細君だ。妻は元セルマー領の貴族で、余との婚姻でこの地に来た。そして問題の家と妻は古くからの知り合いで、ハインツに殺された男のことを憂い、残された家族を心配していた。それを知っているはずなのに、その家の者に、このような仕打ちをするとは…。ハインツ盗賊団の討伐で余が活躍し、『決意の指輪』をこちらが奪還したことが気にくわないのであろうが、大人げがなさすぎる。」
つまり盗賊に負けたというのは建前で、只の腹いせにすぎないから、ハルツ公としては妻を慮って、救済にのりだそうとしているということか。
「事情は分かりましたが、公爵夫人の知人であるような方なら、身元の確かな騎士団員が身請するのが良いのでは。」
ゴスラー殿を見てみると、ハルツ公と同じ様な渋面になっていた。
「それは…ちょっと…。」
口ごもるゴスラー殿。結局、ハルツ公騎士団でも、盗賊に敗北したような家の娘は遠慮したいというのが本音なのか。それとも、この家を冷遇することを決めたセルマー伯に忖度しているのだろうか。
「価格が問題です。傾きかけた騎士の家を救うほどの金額です。自領ならまだしも他領の家の為にそこまでするのは…。」
「…。」
「今回の件は、余が妻の為に行っている私事の側面が強い、その行いに騎士団員に多額の金を出させるわけにはいかない。」
公爵がゴスラー殿を庇う様に言う。
「件の娘を奴隷として購入して、家を救うのは、セルマー領への内政干渉と取られかねないので、公の介入ではなく、奴隷商人を介しての一般の取引として扱いたいという事情もある。だから購入先は騎士団員ではない只の探索者が望ましいということだ。」
徐々に背景が見えてきたので、さらに踏み込んだ質問をしてみる。
「他領の傾きそうな家に多額の融資を行えば、セルマー領側が、簡単に金が入ってくると味を占めて、他の騎士の家も同じ様に没落させようとするのでは。」
「その心配はないな。一つの家ならまだしも、もし次々に騎士の家を潰そうとすれば騎士団全体が反発することになる。いくらセルマー伯でも、そこまで愚かなことはしないだろう。…ルハトよ、お前はセルマー伯におもねるようなことはなにもないのだから、騎士の娘を奴隷として購入することになにも問題はあるまい。」
「…問題があるとすれば、セルマー伯よりも購入金額でしょうね。」
ゴスラー殿が躊躇するほどなので、かなりの高額が予想される。
「娘の値段は50万ナールを考えている。」
奴隷の値段としては相当な額だ。メスリーヌよりもはるかに高い。この値段ではハルツ公の騎士団員でも、簡単には支払えないだろう。
ハルツ公は、俺に盗賊の隠し財宝を供与したので、この値段でも購入できることを知っている。
だが、俺は弟妹が売りに出された時に買い戻す為の金を留保しておかないといけないので、気前よく支払うわけにはいかない。
「価格が高すぎるなら、分割払いにしてもよいぞ。」
俺の躊躇を見て、ハルツ公が提案してくる。
「分割払いだと、金利が発生してくるが、金利も返済額も低く設定してやろう。毎月少しの金を返済金として支払うだけでよい契約にしてやろう。」
俺は、それを聞いて絶叫をあげる。
「それは下手をすると、返済がいつまでたっても終わらない詐欺のような契約になるやつじゃねーか。返済額が低くて良いなら一見寛大な取り決めに思えるが、もし返済金が、金利を下回っている場合には一生かかっても、借金が減らなくなるというペテン師の使う手段だぞ。利息の割合だけ言って、実際に積み増しされる金額を提示しないのは、相手から搾取する意図があるのではと邪推されても仕方のない怪しい商談内容だぞ。」
もしこれが悪意のある契約なら、美人女騎士奴隷を購入した後に、俺が金を失い奴隷として売られかねない状況だ。
俺の咆哮を聞いて、ハルツ公とゴスラー殿が、驚いて顔を見合わせた。
「何故、盗賊だったお前が、契約の瑕疵や金利の計算について理解が及ぶのだ。」
俺を騙そうとしていた疑いなど、毛ほども感じさせず、唯々俺のことを不思議なものでも見るような眼をしている。
いや、そんな疑問より、俺を落としれる為の売買ではなかったことを、証明して欲しい。