どうにか返済金の罠を回避することはできたようだ。
公爵様に、俺を騙す意図が本当にあったかどうかは、分からない。だが、もし俺に知識というものが無かったならば、欺かれてどこまでも搾取されていたであろう状況だった。
ハルツ公とゴスラー殿は、全く悪びれる様子も無く、何か珍妙なものでも見るような眼を俺に向けている。
これは、俺の算術の知識の元を明示しないと、話が先に進まなそうな雰囲気だな。
「俺が利息の計算が出来るのは、盗賊時代に『堅物のハレイ』と知り合ったのが原因だった。こいつは二つ名の通りの堅物だったが、そんな男が盗賊に成り果てた原因は、彼の部族の長と商人との取引だった。部族長はとある高額な商品を購入しようとしていたが、高額だったので値切り交渉を行った。互いの主張する金額の開きは大きく妥結には至らなかったので、商人は毎月に少額だけを支払う分割払いを提案してきた。この設定金額の低さに満足した族長は契約を締結することにした。」
「…。」
「しばらく金を払い続けていた族長は,支払い額の少なさに満足していた。そこで別のいつも出入りしている商人に、高価な物品を少額で入手できたと誇らしげに語った。しかし商人から返ってきたのは『この契約では、毎月の返済金が少なすぎて、元本が僅かずつしか減っていかない。結果として、支払い期間が長期に及び、完済するころの総支払額は元金の倍ほどにもなってしまう。』という全く予期していなかった警告だった。さらに商人が契約書を詳しく精査すると、この契約を途中で解約や放棄した場合には、商品は返却しなければならない上に、支払われた金に関しては払い戻しがされない旨が記載されていた。商人は予め、不公平な約束に気が付いて契約が破棄されても自身が損をしないように予防線を張っていて、族長は怒り狂ったが金を払い続ける以外にどうしようもなかった。」
「う~む、酷い商人もおるものだの。」
いや、公爵様は俺にも同じことをしようとしていたからな。そう思ったが、そこには触れずに話を進める。
「怒り狂った族長は、3男とか4男といった、部族にとって不可欠ではない者を集めて、その中に堅物のハレイもいた。そして族長はその者達に件の商人の隊商を襲撃するように命じた。当然皆は反発したが、逆らうものは家族ごと追放されると族長に脅されて泣く泣く商隊を急襲した。結果、普段から真面目に迷宮で戦っていたハレイのみ生き残って、商人を殺害し金を奪うことに成功した。」
「面子を潰されたから、すぐに強襲とは碌でもない族長だな。」
「…。生還できたハレイだったが、そのままでは部族長に口封じの為に始末されると思い、人を通じて金だけを族長に送った後に、住処から逃亡してジェードに拾われた。ハレイは酒に酔った勢いで1度だけこのことを吐露して、さらに堅物の堅物たる所以を吐き出した。『俺は馬鹿だから、あの契約のなにが駄目だったのかが理解できていない。そして騙されたこと憤っていた族長も、実は契約のどこに落とし穴があったかを完全には理解できていなかった。これでは誰かが同じような契約を持ち掛けてきた時に、再び騙されてしまう恐れがある。だから自分はこの契約の瑕疵を理解して一族に伝えたい。盗賊になった身の上で、家族の元へは帰れないことは承知しているが、それでもこれを行わないと一族は何度も同じ過ちを犯していまうのではないかと危惧している。』とハレイはぶちまけた。」
「ふむ、それはもう堅物を通り越して、妄執と呼ぶべきものだな。」
「その点に関してはその通りで、ハレイの話しを聞いていた盗賊達も、商人が本気で仕掛ける嘘を理解して見抜くのは難しいし、ましてや盗賊がそれを忠告に行ったところで門前払いが落ちだと笑っていた。」
「まぁ、そうであろうな。」
「だが、ジェードは笑ったりせずに懐から金貨を取り出して、説明を始めた。10枚の金貨を己の前に積み上げながら言った。『ここに金貨10枚の価値がある商品があるとする。金貨10枚一括で売れればよいが、高額商品ほど買い手は尻込みしてしまう。だから金貨10枚を何回かに分けて支払う分割払いという形態をとることにするんだ。ただ金を小分けにして払うだけでは、誰も彼も分割払いを選択して、手間が掛かることこの上ようもなくなってしまう。だから分割払いの際には、上乗せされる金が発生するようにする。この金をを分かりやすく仮に金利と呼称する。さて、分割払いにも様々な形態があるが、ハレイの件を簡単にに、金利と支払額を定めた契約について説明してやる。金貨10枚分の品物を分割払いとして、月に金貨4枚の支払いがあり、そこに一月に付き金貨2枚の金利の上乗せが発生する契約をしたとする。最初の月に金利が発生して残金が金貨12枚になり、そこから金貨4枚を支払うので残りの元本は金貨8枚になる。その次の月には再び金利が発生し金貨2枚が上乗せされて総額は金貨10枚、そこに金貨4枚を支払い残りは金貨6枚となる。これを繰り返していくと5か月で全ての金を完済できて、総支払額は金貨20枚となる。では条件を変えて、金利はそのままで月の支払いを金貨5枚にするとどうなるか。最初の月に金利として金貨2枚が加算されて、そこから金貨5枚を支払うと残りは金貨7枚となる。これを続けると4か月目に金貨3枚を払って完済となる。使った金は金貨18枚。月に金貨4枚を支払うよりも安くなる、つまり月々に支払う金が多いほど、総額としては小さい金額になる。それを踏まえて、考えるべきは、支払い額がもっと安い場合だ。他の条件が同じで、支払金が月に2枚だった場合。初めの月に金利が発生して残金は金貨12枚。金貨2枚を支払って、残りの額は金貨10枚になるが、翌月には再び金利の発生で残金は金貨12枚に増えて、金貨2枚を支払っても、また金貨10枚の負債が残る。翌月もその翌月も同じことが起こる。元本がいつまでたっても減らないわけだ。さらに返済額が月に金貨1枚だった場合には、毎月増える利息さえ、払って無くすことができなくなり、返済額が増える一方になるということだ。つまり、分割払いにおいては、返済する金額が大きいほど、総計では支払い金は少なくなる。だからずる賢い商人は、支払い額が少ない方が、得であるかのように錯覚するように誘導して、自らの利益にする。ハレイ、お前の族長は、分割手数料となる利息の利率だけを聞かされて、具体的な金額を知ろうとはしなかった。そして支払金の少なさに目を奪われて、それが利息を僅かに上回るだけなので、元本が少ししが減らない仕様になっているのに気が付かない様に誘導された。』これが、ジェードが俺達に説明してくれたことだった。」
「う~む、盗賊の説明なのに、筋は通っておるな。」
「俺達は、話の内容は理解できなかったが、ジェードを褒め称え、拍手喝采を送った。」
「待て、理解できていなかったのか。まぁ、盗賊であれば、仕方のないことではあるが…では先程の、詐欺のような契約と喚いていたのは、なんだったのだ。」
「この時点では、俺達は誰もジェードの説明を理解できなかった。そのことで、ハレイは酷く落ち込んでしまった。そんなハレイにジェードが言ったことが『お前達は、算出することの基礎を積んでいないので、普段から論理的に思考することを行うことが出来ず、結果として理解力に乏しくなっている』だった。だから俺達は四則計算を初歩から学ぶことを初めてみた。加法、減法、乗法、除法について、ジェードが機嫌が良い時に教えを乞いながら知識を深め,地面に置いた石を増やしたり、減らしたりして数えながら、少しずつ算術に慣れていった。もちろん、そんな方法では、効率よく勉強することはできず、解答できるようになるまで何年も掛かった。」
「待ってください。その堅物男が、族長の過ちを繰り返えさせない為に勉学に励んだのは理解できますが、貴方まで勉強をしていた理由はなんですか、ルハト。」
ゴスラー殿が、そんなことを聞いて来る。
「ジェードが、どれだけ凄い奴かを確認する為に決まっている。訳も分からずに、ジェードが凄いと言っているだけでは駄目だ。ジェードを真に褒め称えるには、彼の説明してくれたことを、理解しないと始まらないからな。」
「…。」
俺の台詞に、ハルツ公爵とゴスラー殿が、珍妙を通り越して、奇怪な者でも見るかのような視線を投げてきたまま沈黙しているが、話が終わっていないので、続けることにする。
「遅い歩みのなかで、繰り上がりとか割り切れないとか、困惑させられることが沢山あった。中でも、理解に苦しんだのは、小数点以下という数字の存在だった。最小数である1より小さいとは、どういうことなのか。その概念に納得がいかなかった。だが、利息の計算は小数点以下の数字を元本に乗法して行われる。これを理解することを避けるわけにはいかなかった。」
「それを、どのように克服したのだ。」
怪奇なものを見るような眼を止めて、ハルツ公が聞いて来る。
「調理野菜のキュピコだ。1本のキュピコを切り分けて鍋に放り込んだ時に、1という数字が分解できることに気が付いた。これを突破口として、俺はハレイの族長の問題を理解することに成功した。何年も掛かったがな。」
「よくもまぁ、まともな講師も存在しない、そのような方法で算術を納めることができたな。そこだけは感心する事案だな。」
「だが理解できたのは俺だけで、ハレイはそうではなかった。何度も説明したのだが、俺の解説が下手だったのか、彼を納得させることができなかった。ハレイには『盗賊に堕ちた身で、族長の過ちを一族の者に告げるなど、叶う事のない夢物語だ。君がこれ以上、不毛な研鑚に付き合う必要は無い。』と言われてしまった。どうやら俺の行動は、彼には重荷になっていたらしい。さらに『この話が広まると、商人を襲撃したと族長を脅す輩が、現れないとも限らない。だからここまでにしよう』とも告げられた。…結局、ジェードは凄い奴だと再認識できたことが、一番の収穫になっていた。」
「最後の一文には同意しかねるが、金利の計算ができた理由はわかった。お前やジェードの件は色々とおかしくて、到底納得はしかねる話だがな。」
なにが納得できないのだろうか。
「しかも、利息のことを理解できなかったり、その件を把握できたお前と距離を置こうとしたりした、堅物男の存在とか、生々しくて作り話と笑えうことができないな…まぁ、それは置いておこう。それよりも契約の話だが、奴隷の代金は、最初から分割手数料込みとこちらの諸経費を含んだ、54万ナールとする。金利は無しなので、この金額を分割で払えばよいとしよう。」
かなりの金額だが、ハインツ盗賊団から奪った金を使えば払えない額ではない。これ以上は我儘を言わずに支払うべきだろう。
「分かった。ならば今日は手付金を払うことにしよう。」
アイテムボックスを開き金貨を数枚取り出すと、ハルツ公から声が掛かる。
「その金額では、大きすぎるな。」
「えっ。」
金利が付かないにしても、支払額が多くてハルツ公が困ることなど無いはずなのだが。
「言葉は悪いが、この契約は、お前を縛る鎖の側面がある。分割払いとはいえ、支払い義務を怠れば、お前は奴隷に堕とされる。それを避ける為には真っ当に金を払い続けるしかない。余としてはこの状態をなるべく続けてほしいのだ。お前にも長期間、余と良好な関係を続ける意思を表明するつもりで金を出すべきだな。」
真っ当な人間になって、領主様と良好な関係を維持する。ただジェードの仇を取ってもらいたかっただけで取引をしたつもりだったが、いつの間にか、まったく想像しなかった立場に置かれていたことを改めて自覚する。
とはいえ、奴隷のメスリーヌがいる現状、以前の俺では無い。盗賊に戻ってハルツ公と敵対する道はありえなかった。
「では、月々いくら払えばよいので。」
「そうだな…。月5000ナールということろだな。」
俺の質問に公爵様が答える。
「その金額だと、完済するのに9年掛りますね。」
かなりの月日が費やされるな。
「そのくらいの間、まともに生きることが出来れば、残りの人生も裏稼業に堕ちることなく、陽の光の元で暮らしていけるだろうからな。…それよりも、本当に支払い額から支払い期間を算出できるのだな。しかも頭の中の暗算だけで…余でもそこまで、計算できるようになるのに、相応の月日を費やしたのだが…。」
まだ公爵様は算術にこだわっている。
「これだけ計算ができるのに、文字の読み書きはできないのですね。実におかしな話だと思わないのですか。」
ゴスラー殿が、指摘してくる。そんなことは考えたことも無かったのだが…。
「ジェードが本を読んだり、字を書いている所を見た事がないからな。だから読み書きを学ぼうとしなかったのだろう。」
思い返してみて、それしか心当たりが無かった。
「もう盗賊ではないのですから、首領に憧れるのはお止めなさい。」
「しかしですね。ジェードへの憧れがなくなると、迷宮を駆け上がる原動力が失われるのだが…。ジェードの強さに届くのが俺の理想だからな。」
俺が恥ずかしげも無く、そう言うと2人はため息をついた。
ルハトの知らない情報
ジェードが行った分割払いの説明は、分かりやすくする為に、名称や仕組みが実際のものとは異なります。現実の日本のものとも、この世界の常識とも若干違っています。