結局、この日は手付金の5000ナールを支払って、城を出た。
奴隷女がハルツ公領に来るまでに数日かかる、その間は、今まで通り迷宮での探索を続ける。
その予定だったが、翌日に再びハルツ公に呼びだされた。
ボーデ城の執務室に入ると、ハルツ公とゴスラー殿が頭を抱えていた。
「お前との契約のことが、カシアに露見してしまった。」
本日も、挨拶もそこそこに問題を切り出された。この余裕の無さがハルツ公領内政の通常業務なのだろうか。
「俺が元盗賊であることがばれて、取引がご破算になったのですか。」
盗賊の件が発覚したのであれば、奴隷契約は白紙になるだろう。
「いや、そこは知られていない。カシアに伝わったのは、問題の家の娘を奴隷として探索者に購入させるという点だけだ。」
「…そうであれば、何が問題なのですか…。」
「余としては、その娘がしばらくお前と行動を共にして、一緒にやっていける確証を得てから、カシアに報告したかったのだ。慎重にことを運ぶ必要のある案件だったのでな。」
慎重を期さなければないない事柄を託す相手が、何故俺なのか。途中で面倒くさくなって、適当に丸投げしただけではないのか。俺の疑念を他所にハルツ公が話を続ける。
「発覚した以上、女の引き渡し先は、カシアが納得するものにしたい。例えば、迷宮探索でどんどん上に上がっていけるという希望を見いだせるような強さを誇示できる対象者ならば良いのだが…。」
無茶を言わないで欲しい。そう思ったが、口に出さずにいるとゴスラー殿がさらに追い打ちを掛けてきた。
「さらにタスレムが、貴方に決闘を申し込んでいます。」
「タスレム…。誰だ、そいつは。」
「貴方がこの城に来た時に、短剣を突き付けて人質にした男です。おそらく狼人族のサボー・バラダムが決闘で敗れ命を奪われたことに影響を受けて、今回のことを思いついたのでしょう。」
「だとすると、俺を殺して恥を雪ごうと画策しているのだろうな。」
「…。」
ゴスラー殿は俺の懸念に答えようとはしない。
「相手が殺す気でくるのなら、こちらも相応の対応をすることになる。その者の命は保証しかねるのだが。」
「それは駄目だ。余の騎士を傷つけたり、命を奪うのは許さぬ。」
俺の回答を、ハルツ公が即座に却下した。
「なら、俺が決闘を拒絶するのは、どうだろう。」
「それを行えば、怖くて逃げ出したと周囲に吹聴される恐れがある。余と契約を交わした者が、
そのような臆病者と嘲笑されるのはよろしくない。」
先程の強さを示せという要望といい無理難題を押し付けてくるな。
「相手を殺さずに勝利するとなると、相当な実力差が必用なのですが。…そうであれば、早急に強くなれる選択をするべきです。」
「そのような都合の良い、手段があるのか。」
俺の言葉に、ハルツ公が訝しがる。自分が強さを要求してきたのに。
「ハインツが残したドープ薬を使いたい。まだ、服用してはいないのでしょう。」
「ドープ薬か…。あれは強くはなれるが、本来のレベルアップには及ばないという話だぞ、それとカシアは、先日ボーデの迷宮の前で出会った時にお前の探索者レベルを聞いている。そのレベルが急激に高くなったら彼女に不信感を持たれてしまう。それでは女奴隷の引き取りに支障をきたす恐れがあるな。」
先ごろ、迷宮前で従者に囲われ姿を見ることの出来なかった人物が、カシア様だったということか。俺が見るに能わぬ高貴な方なのだろう。となるとその要望には是が非でも応えなくてはならない。
「…それなら、探索者ではなく盗賊のジョブをドープ薬で強化することにしましょう。」
「なにっ。」
「ジョブを盗賊に戻してドープ薬で能力を向上させてから、再び探索者に戻る。ジョブを変更すると能力が多少減衰するという話だが、職業を変更しても迷宮での攻略階層を下げたりはしないらしいとも聞くので、戦闘力はさほど減退しないと判断して良いと思います。それに探索者のレベルがそのままなら、今後迷宮で戦って、普通にレベルアップして能力を上げることができる。これでカシア様への顔見世も差し支え無くなるでしょう。」
「…う、うむ。」
ハルツ公が困惑しつつも、俺の案を受け入れてくれたようだ。
ドープ薬での薬物強化後の転職で、どれほどの強さになるのか。皆で実際に検証することになった。
俺、ハルツ公、ゴスラー殿、騎士のケリア殿で城にある裏庭の人目につかない一画に移動する。
ハルツ公にジョブを盗賊にしてもらい、ケリア殿と木剣で模擬戦闘を行う。
流石にハルツ公爵の腹心たるケリア殿の戦闘力は高く、俺の木剣での打ち込みを簡単にいなしていく。涼しい顔をしているケリア殿に対して、一撃たりとも加えることができずに模擬戦闘を終えた。
ケリア殿に軽くあしらわれた後、用意しておいたドープ薬を飲んでいく。ハインツの隠れ家で見つかった23錠をすべて飲み込む。
その状態で再びケリア殿と対峙する。今回も俺から攻撃を仕掛ける。その最初の一撃でケリア殿の顔色が変わる。そのまま剣を打ち込んでいく。相手から余裕が失われていくのが、はっきりと感じられる。薬を飲むだけで強くなっていた。剣を振るう速さも筋力も先程までと全く違うことが分かりすぎるほどに実感できた。
剣を打ち合わせることを止めて、ハルツ公爵にジョブを村人に変更してもらう。
その後、冒険者のニイル殿の魔法で街の探索者ギルドに移動し、探索者に戻る。
城に戻って、三度ケリア殿と戦う。強化された盗賊のジョブではなくなったが、それでも長年に渡って鍛錬を詰んできた騎士との戦闘でも食らいついていくことができた。
ジョブが探索者になっても、今までとは比較にならない強さになっていた。
俺の強化にゴスラー殿が顔をしかめている。元盗賊の俺が強くなったことの懸念を隠そうともしていない。ハルツ公爵の無茶ぶりに応えるべく得た強さなのだが、騎士団長としては憂慮しなくてはならないのだろう。
「強くなったからといって、喧嘩を売って歩いたりはしないさ。それよりも決闘のことだ。戦うのは明日の早朝にしたい。」
「明日の早朝だと。何故そんな急ぐ必要があるのだ。」
「早朝は頭の働きが鈍る。なるべく相手を傷つけないで勝てる可能が高い時間だということだ。それ以外にも、やってもらいたい事がある。」
俺は迷宮に入る為に朝から活動しているが、騎士団員の朝はもっと優雅で遅い。早朝での頭の回転ではこちらに分があるだろう。
明日に向けて、さらに細々とした打ち合わせをした。
城を後にして、宿に戻り、メスリーヌと合流する。2人でボーデの迷宮に入る。
屠る。屠ることができる。昨日まで苦戦していたスローラビットを容易に屠っている。
ケリア殿と戦っていた時は、相手に怪我をさせないように気を付けていた。だが迷宮の魔物にそんな遠慮は無用だ。槍が魔兎の身体を、引き裂き、貫き、叩きのめした。
「ルハト。城でなにがあったのですか。」
昨日まで苦戦していた相手に無双する俺に驚くメスリーヌ。
「まぁ、ちょっとな。このことは内密にしておいてくれ。」
ドープ薬のことは言わないことにした。
「…わかりました。」
俺の強さに敬服の色を浮かべていたメスリーヌの瞳が、失意で僅かに曇る。
勿体ないとは思うが、彼女は、既に不都合な真実をいくつも知っている。これ以上秘密を抱えるべきでは無いと判断した。
その夜も、宿でメスリーヌと褥を共にした。
「夜の方は、昨日までと同じですね。」
と行為の後で言われてしまった。強さの理由を秘匿したことで機嫌を損ねてしまったようだ。
翌日の早朝に再びボーデの城に向かう。決闘に打ち勝ち、少しばかり不機嫌になっている彼女の元へ帰らなくてはならない。ドープ薬以外にも、その為の秘策をいくつか用意していた。
「貴様、その格好はなんだ。」
ボーデの城の裏手、人目につかない場所で対戦相手は俺に対して激昂した。
元盗賊の俺がハルツ公爵領騎士団の紋章の入った金属鎧を着用していれば、現役の騎士団員が怒りに駆られるのは当然のことだろう。
「格好に惑わされて、動揺するな。」
立会人として参加している騎士のケリア殿から叱責が飛ぶ。
「あっ。はいっ。」
決闘相手であるタスレムが、盗賊であった俺よりも騎士団員である自身に叱咤の声が掛けられたことに不満の表情を隠さずに見せている。おそらく、俺がハルツ公に厚遇されているのに、不信感があるのだろう。
公爵様にしてみれば、俺が盗賊団の情報をセルマー伯ではなく、公爵様に持っていき、連中を退治することができたという事実は、ハルツ公がセルマー伯より有能であることを内外に知らしめることのできる逸話として機能している。この状況で、情報提供者の俺が命を落とせば、陰謀論じみた憶測が飛び交うことになり、公爵にとっては不利益となってしまだろう。
そういった事情を斟酌できないあたり、まだ若い(俺よりは年上だろうが)隊員なのだろう。
そして、俺が騎士団員用の鎧兜を纏っているのは、『実力ではなく、相手の卑劣な策謀によって敗れた』という負けた時の逃げ道をタスレムに用意しておく為だった。だから見届け人として、この場にいる騎士達やハルツ公も俺に協力してくれいたし、先程のケリア殿が、その伏線を用意してくれていた。
それを読み取れない彼には、出世の道は遠いなと感じされられた。
ルハトの知らない情報
盗賊Lv23→Lv46