ボーデの城、その裏手の一画。決闘を見届ける為にいる数人の騎士達。騎士団長のゴスラー殿と公爵様に近い地位にいるケリア殿。他に数名の騎士がいるが、ハルツ公の姿は無い。
そして俺は、騎士団員でもないのに、彼らと同じ鎧兜を着用し、さらに騎士団の紋章が刺繍されたマントを羽織っている。対戦相手も同じ格好をしているが、得物には違いがある。
タスレムは片手剣に小型の盾、俺は両手剣。装備の違いが戦い方にどう影響するかを考えながら戦う必要がある。
互いに対峙して勝負の時を待つ。それぞれの剣は、被せられた鞘を紐で厳重に固定し、さらに分厚い布を巻き付けて、殺傷力を落としてある。
それでも迷宮で戦う者が、力を込めて振るえば、人を殺害するのに十分な武器となる。そして決闘での殺人は罪に問われることはない。
負けるわけにはいかないが、こちらが相手を殺傷するのもご法度となる、難しい戦闘となるな。
向き合ったまま、剣を構える。
立会人であるゴスラー殿が手を構える。彼らも緊張しているのが伝わる。それでも決闘は止まることがない。
「始め。」
ゴスラー殿の号令の声が裏庭に響く。
その掛け声で、俺達は一斉に動き出した。
俺の持つ両手剣は、その大重量を叩きつけることによって、効果を発揮する。その分、素早い動きは不得手となる。片手剣の相手は、それを見越して無理にでも先手を取るべく遠くの間合いから早目に剣を振るってくる。
それに対して俺は、動作の大きい振り下ろしではなく、動きの少ない真っ直ぐの突きで対抗した。ドープ薬の効果なのか、早さでタスレムを上回り、奴の剣の切っ先を弾く。さらに追撃の突きを繰り出し、盾にぶち当てて態勢を崩させる。
相手は知らないことだが、この両手剣は只の剣ではない。攻撃力を倍に跳ね上げる激情の両手剣だ、昨日ケリア殿と戦った時の木剣とは威力の桁が違う。さらにケリア殿とはまだパーティーを組んだままだ。その分の強さも俺に加算されている。
相手がよろけた隙に、胴に横なぎの斬撃を振るう。タスレムは後ろに下がり俺の一撃を躱す。
間合いが開く。リーチの長い剣を持つ俺に優位な距離ができたことに奴の焦りが伝わってきた。
さらに突きを繰り出して、相手を防御で固めさせた後、再び胴体を横に薙ぎ払う攻撃を仕掛ける。これも後ろに下がって避けるタスレム。三度同じ攻撃を仕掛けると、同じパターンに慣れてきたのか、横一文字に迫る俺の剣を避けるのではなく、片手剣で攻撃を受け流し軌道を変えようとしてきた。
その接触で両手剣が俺の手から、抜け落ちてしまう。剣が重い音を立てて地面を転がる。落ちた剣を拾うべく屈もうとする俺に、タスレムが剣を振り下ろそうとする。
しゃがもうとする体勢の俺を、好機と見て頭上に剣を掲げる奴の姿こそ、待ち望んだ好機だった。
地べたに横たわる剣に手を伸ばしたりせずに、低い体制のままタスレムに突っ込んでいく。剣を掴もうとしたのはただのフェイントに過ぎない。体を相手にぶつけて、剣の間合いを潰す。
そのまま掌底を相手の兜に叩きつける。当然、俺の腕にも激痛が走るが、衝撃で頭部が激しく揺さぶられた奴のほうがダメージが大きい。間髪を入れずに、兜の面頬を掴み頭を無理矢理下げさせたうえ、袖を強引に引き、足払いを掛けて、奴を転倒させる。
地面に無理矢理腹ばいに這いつくばらせたタスレムにボディプレスを仕掛ける。相手の背に、俺の体重と鎧の自重の全てが勢いをつけて圧し掛かかる。
「がはっ。」
押し潰してやった相手から空気が抜けるような奇声が漏れる。相当な衝撃に襲われたはずだが、それでも彼は地面に手をついて起き上がろうとしていた。
俺は腰に手挟んでマントで隠してた『吸精の短剣』を引き抜いて、鎧で守られていない太股に
切りつける。
「ああっ。」
短い悲鳴を上げて、ぐったりと大人しくなるエルフ騎士。
剣の効果で、魔力を奪われたうえに、心を削られたようだ。
ゴスラー殿に目線を送る。
「そこまで、勝者ルハト。」
ゴスラー殿の宣言が響く。
「治療を。」
重なり合った体を退かせながら俺が要望すると、騎士団員が駆け寄ってきて、治療呪文を詠唱し始める。傷口が修復されていくが、タスレムは茫然としたままだ。僧侶のスキルで怪我は治っても
へし折られた精神は戻らない。だが傍目に、魔剣によるその変化を可視化することはできない。秘密にしていた吸精の短剣自体も、見た目はただの短剣だ。俺以外の人間には、決闘に敗れたショックで落胆しているようにしか見えないだろう。
騎士のケリア殿が近づいてくる。
「剣を取り落としたのはワザとか。」
「あぁ、そうだ。剣を落として、相手の視線を誘導し、その隙に隠し持った暗器で敵を倒す。盗賊が使う対人戦闘技術だ。」
「そんな術を盗賊がもっているのか。」
「盗賊にとって最も恐ろしいのは、騎士や迷宮の魔物ではなく、縄張りや金を狙ってくる敵対する盗賊団だ。だから相手が盗賊かどうかを見分ける眼力と人間を効率良く倒す技量が必用になる。」
「…他にも対人用の技はあるのか。」
「…あぁ、有るよ。」
「教えろ。」
硬い声でケリア殿が命じてくる。この会話は前もって打ち合わせていたものだ。若い騎士が卑劣な盗賊に敗れた理由を用意して、敗戦の衝撃を和らげる為のものだった。だがケリア殿の声からは披露した技に対する焦りのようなものが感じられたので、相手の不安を拭う為に応じることにした。
「では、1つだけ。同じ型の攻撃の何度か繰り返した後に、急にそのパターンを変えた攻撃を行って、相手を惑わせる業だ。」
鞘を被せたままの剣で、再びケリア殿と対峙し模擬戦を始める。先程説明した通りの動きをなぞり攻撃していく。突きを2回繰り出した後に、横なぎに剣を振るう。この一連の動作を3度繰り返し、4度目には違う攻め方をする。2回突きを放ち、次の一撃は横なぎと見せかけて突きを繰り出した。ケリア殿はその攻撃に一瞬だけ戸惑ったようだが、突きの切っ先を剣先で弾いた。
「知っていれば、対処に問題ないな。」
剣を下ろしながら、ケリア殿が呟く。
「初見の相手を倒す為の技だからな。」
「だが、これを知った騎士団が敗れることはないな。残りの技も教えろ。」
「全部教えた後に、また決闘を申し込まれたら、勝つことが困難になるからな。教えるのはここまでにさせてもらおう。」
「…。タスレムに何度も同じパターンの攻撃をしていたのは、これの応用か。」
「そうだ、剣を落とす為の布石だった。」
タスレムに聞かせるように言うと、ケリア殿は不満そうな顔をしながら去っていった。
代わりのようにゴスラー殿がこちらに歩いてきたので、俺達は連れ立って裏庭から離れた。
「彼に怪我をさせないように、言われていたでしょうに。」
ゴスラー殿が小声で非難してくる。
「だから剣での戦闘から素手に切り替えただろう。彼奴が、ぶん殴っても立ち上がろうとするから、短剣を振るわざるを得なかった。あの闘争心は、流石に騎士団員だとは思うがな。」
俺の返答を聞いて、ゴスラー殿がため息を漏らす。
「…しかも、結果的に貴方をいたずらに強くしてしまった。」
「その分は迷宮での戦いで、還すことにしよう。」
悩みの尽きないゴスラー殿を残し、鎧を返却して、城を後にした。
宿に戻る。部屋の扉を開けると、メスリーヌがベッドにちょこんと腰を掛けて、手持ち無沙汰にしていた。
「お帰りなさい、ルハト。」
俺の姿を見ると、立ち上がって頭を下げてくる。
メスリーヌには今朝の決闘のことは伝えていない。何も知らずに迎えてくれた彼女の姿を見て、安堵感が湧き上がってくる。どうやら、騎士相手の戦闘で、相当に張り詰めた状態に置かれていたらしい。
緊張感の薄いメスリーヌから、さらなる安心を感じようと体が彼女に引き寄せられる。そのままメスリーヌに抱き着きたい衝動に駆られたが、それはなんとか自制した。
奴隷である彼女に、安らぎを求めすぎるべきではないだろう。騎士との戦闘後に心を平穏に戻すくらいは自身でやるべきだった。
メスリーヌがしていたように、ベッドに腰を下ろす。彼女にも同じ様に隣に座ってもらう。
その状態で目を閉じて、息を吐く。そうして、しばらく休息をとり、心を落ち着けた。
休憩の後で、迷宮に入る。決闘での熱を冷ました後に、再び戦うなど、馬鹿げた行為をしているが、一度頭を落ち着かせたことで見えてきたものもあった。
7階層の魔物は、あの騎士より弱い。今の俺なら対処するのに何の問題も無い。
得物を疾風の槍から激情の鋼鉄両手剣に持ち替える。いかりのダマスカス鋼両手剣よりは軽い重量なので、今の俺なら十分に振るうことができるだろう。
攻撃力が倍になると言われているスキルを持つ剣が、魔兎を切り裂き、消滅させていく。槍で戦っていた時よいも、格段に短い時間で敵を消滅させることができた。
ハインツの残した邪な遺産を、また一つ活用できたことに、心の中で歓喜した。
陽の落ちた宿屋の一室。今夜も2人で全裸になり、お互いの身体を拭き合う。
そうしながらメスリーヌに、新たな奴隷の到来について告げる。
「メスリーヌ。ハルツ公が新たな戦闘奴隷を紹介してくれるそうだ。騎士団に所属した女性なので、戦闘力は申し分ないだろう。」
「…騎士だった女性が、奴隷になるのですか…。」
「不祥事で家が傾きかけているらしい。といっても汚職をしたわけではなく、親族がハインツ盗賊団に敗れて命を落としたことが、騎士としてあるまじき失態とされたようだ。だから一番高く売れる娘を手放さざるを得なかったという話だ。」
「そうですか、シモンは狼人族の猛者でさえ退けられた恐ろしい相手なのですが…。それでも失態だと…。」
そう言うメスリーヌの口角が上がったような気がした。
…見間違いか…。
「俗な話なのですが、綺麗な方なのでしょうか。」
「まだ話だけで、本人に合ってはいないが…。隣のセルマー伯領の騎士団に在籍していた、つまりはエルフ族なので、人間族の俺からすれば綺麗処ということになるだろうな。」
エルフ族は人間が好みとする美形揃いで有名だ。
「…そのような、地位があって美しい女性がルハトの性奴隷になるのですね。」
メスリーヌがそう言いながら、顔を俯けた。その表情が伏せられる刹那に、彼女の口元が緩んで、まるで三日月のような笑みを浮かべていたのが見えた。
メスリーヌが笑う理由が分からない…気のせいだろうか。
ルハトの知らない情報
原作ではドープ薬は、レベルだけ上がって、パラメーターの数値は上がらない説が唱えられていましたが、正規のレベルアップには及ばないが多少はパラメーターが上昇する設定にしました。
またこの世界にはレベル補正がありますが、これはメインとなるファーストジョブのレベルではなく、その人物が持つジョブの中で最も高いレベルが採用されるように設定しています。
そうしないとレベル50で上位職にジョブチェンジしてレベル1になった場合、階層の高い敵との戦いがレベル補正で一気に不利になっていますので。
今回の闘いでは、ルハトはドープ薬の効果で最も高いレベルが盗賊Lv46。タスレムが戦士レベル30で転職して騎士になったばかりなので、最高レベルが30。その二つでの競合なのでレベル補正ではルハトに有利でした。
原作では、月が存在しない世界観ですが、月がないと暦の発達が難しいので、存在する設定にしました。現実世界では月の満ち欠けによる太陰暦から暦が始まり、文明の発達と共により精度の高い太陽暦に移行していくので月が無いと、不具合が多いと判断しました。
原作での暦は1年で360日と言われていたので、太陰暦での日数に近いのも理由です。
だから、三日月のような笑みという表現がでています。