翌朝での迷宮。俺とメスリーヌは階層ボスのいる玄室に繋がる待機部屋にいた。
この扉を潜ればボス敵のラピッドラビットがいる。
「スローラビット以上の速さと耐久性を持つのが、ラピッドラビットです。私はは何度も戦ったことがあるので戦闘で遅れを取ることはありません。」
俊敏性に優れる狼人族の彼女には問題ない相手なのだろう。となるとボスと戦うかどうかは俺次第か。
「素早く動く敵に対しては、壁を背にして背後に回り込まれるのを避けるのが得策なのだが…。」
これを行うと俺はより安全になるが、メスリーヌの背を守ることが出来なくなる。
「私は1人でも戦えます。」
「分かった。」
ボス部屋に入る前に装備を変える。
両手剣をしまって、吸精の短剣と盾を取り出し装着する。速さに特化した相手に対抗する為の装備だ。さらにメスリーヌからほむらのスタッフも受け取る。彼女には打撃斬撃に集中してもらおう。
ボス部屋に入ると、煙が集まって魔物を姿が構成され始める。相手が顕現するタイミングに合わせて呪文を詠唱し始める。実体化したその刹那に放たれた炎の魔法が奴を覆っていく。だが魔法一発で相手を倒すことはできずに、炎の残滓を纏いながら、こちらに突進してくる。
駆けてくるラピッドラビットの体にメスリーヌが横合いからビーストアタックのスキルを叩きつける。吹っ飛ばされて床を転がったラピッドラビットだったが、すぐに起き上がりメスリーヌに向かってくる。こいつ等は人間と違い、どれだけ傷を負っても怯んだり、臆したりすることが無い。
自身を傷付けたメスリーヌに猛然と突っ込んでいき、剣の間合いに入る直前で、方向を変えて、
彼女の左側に回り込んで飛び掛かってくる。メスリーヌが右手で持つ剣の死角にはいる位置取りだが、彼女の目はラピッドラビットを見失ったりはしない。体ごとラピッドラビットに向き合うと、突っ込んでくる相手を剣で切り裂く。魔兎の身体が再度床に打ち付けられる。
それでもラピッドラビットは、立ち上がって今度は俺に向かってきた。迷宮の魔物は消滅するまで、戦いを止めたりはしない。
迫ってくるラピッドラビットが目前で急速に方向転換をして、俺の左側に回り込もうとする。先程メスリーヌに行ったのと同じ戦法だが、壁際に俺が立っている為に、壁との激突を避けるためにメスリーヌの時ほどスピードを出して旋回することができていない。
速度の落ちた状態で、左側から突進してきたラピッドラビットの体を盾で防ぐ。ラピッドラビットの体躯は普通の兎よりやや大きいくらいだ。その小さい体で人に対する殺傷力を得るには、相当な速さが要求されるのだが、このラピッドラビットは壁に邪魔されて、十分に加速出来ないまま、俺に攻撃を仕掛けてきた。
結果、全速力を出せなかった魔物の突撃は簡単に盾で受け止められる。奴が弾き飛ばされる前に、盾ごと壁に叩きつけ、そのまま押さえつける。
ラピッドラビットは壁と盾の間から逃れようと暴れるが、力まかせに抑え込んで、右手の短剣でめった刺しにしてやる。
「ルハト、私も。」
メスリーヌがスキルの呪文を詠唱しながら、迫ってくるので、俺は短剣を引く。盾と壁の僅かな隙間に挟まれたラピッドラビットの体をメスリーヌのビーストアタックのスキルが貫く。
魔物が藻掻く力が抜けて、その身体が煙となって消えていき、ドロップアイテムが残った。
「兎の肉か。串に刺して焚火で焼けるかな。」
「無理だと思います。兎の肉は大きい塊なので、直火だと表面だけ焦げて、中は生焼けということになりがちです。火から適切な距離を保ち満遍なく焼くには技術が必用です。」
どうやら素人が手を出すのは難しいらしい。
「なら売る選択だな。」
肉をアイテムボックスに収納して、階層を上がった。
8階層に至る。
「この階層の敵はコボルトです。迷宮でもっとも弱い魔物がコボルトですので、ここでコボルト狩りをして、経験を積むのが良いと思います。」
迷宮では、より高い階層で戦ったほうが、多くの経験を得られると言われている。初心者の壁とされる7階層を抜けた先に、迷宮最弱のコボルトがいるのは俺達にとって利点が大きい。
「そうだな。ではなるべくコボルトが多い敵グループを探してくれ。」
「はい。」
メスリーヌに、匂いで敵を探知してもらい戦う。
スローラビットとコボルトの混成部隊だと、先にスローラビットが突出してきて、その後にコボルトがのそのそと付いて来る構図になるので、先にスローラビットを殲滅しておけば、コボルトは 攻撃力が倍になる激情の両手剣なら一撃で消滅させることができる。
朝の迷宮での戦いを終えて、宿に帰り朝食をとる。
食べ終えた後に、受付のカウンターに旅亭がいたので、今後のことを話すことにする。
「パーティメンバーが1人増える予定だが、3人部屋というのはあるのか。」
旅亭の主人が首を振る。
「3人部屋は無いな。お前さんが今使っている部屋よりグレードの高い2人部屋を3人で使うのが一般的だ。もちろん料金は3人分になる。」
そいう言って宿泊料金を提示してきた。結構な金額だった。
パーティーは最大6人なので、人数が増すと3人部屋を2つ借りることになる。そうなると、迷宮での1日の稼ぎの多くが宿代に消えるてしまうことになるな。
「通常の探索者パーティーなら、上質な個室部屋に泊まるれのは、パーティーリーダーとかメインメンバーだけだ。残りの新入りや戦闘奴隷は料金の安い雑魚寝部屋で寝泊まりするのが普通だな。」
俺の思案を読み取ったかのように旅亭が説明してくれた。そうやって宿泊料金を節約しているのかと納得はしたが、うちの奴隷は美女2人なので、雑魚寝部屋などに入れたら、そこにいる男共が暴徒と化しかねないので、この節約術は使えない。
「新人は女か。」
またしても旅亭が俺の心を読んで、聞いてくる。
「そうだ。」
「だったら、女2人を個室に入れて、お前さんが雑魚寝部屋で寝れば、料金を下げることができて万事解決だな。」
旅亭が笑いながら指摘してきた。
「なるほどなぁ…そんなわけいくか。」
旅亭の主人にからかわれつつ、宿を後にして迷宮に戻ってコボルト狩りを開始する。
コボルトは弱く、戦闘時間を圧倒的に短くすることができる。そうすることで倒す数を増し、得られる経験を増大させるのに最適の魔物なのだが、こいつの落とすドロップアイテムは買い取り金額が最も安いので困りものだ。
高値で売れるラピッドラビットの落とす兎の肉もいくつか確保していくことも必要だろう。
数日の間8階層で戦いを続け探索者のレベルが12になったあたりで、ハルツ公からの呼び出しが来た。
話にあったエルフの女騎士を奴隷として引き渡すので、城に来いとのことだった。
この件には、珍しいことにメスリーヌが食いついてきて、自分もその女性を見たいというので、連れ立ってボーデの城に向かうことにする。
城でいつもの執務室に案内されると、見知った顔以外に初めて見る女性が数人いた。
「来たようだな。この者がルハトだ。先日の盗賊討伐に置いて功績を上げて、今は余と契約して迷宮での戦いに励んでもらっている。」
ハルツ公爵が、俺のことを女達に紹介しているが、何故か上擦った声で、しかも若干早口になっている。訝しく思っていると女性達の一団から1人が歩み出てきて優雅に挨拶をしてきた。
「ようこそいらっしゃいました。ハルツ公爵の妻のカシアと申します。ルハト様におかれましては、盗賊団の壊滅、またその被害者となった一族への資金援助においても尽力をいただいたことに御礼申し上げます。」
その短い感謝の言葉だけで、俺の警戒心が瞬時に最大まで跳ね上がった。
まずい。この女は恐ろしい。ただ嫋やかに会釈するだけで、大抵の男は瞬く間に心を奪われるだろう。幻想的なまでに美しい容姿に控えめな態度。そして本人にそのつもりが有るのか無いのかは分からないが、男をやる気にさせるような立ち振る舞い。
人間族の男性ならば、そのほぼ全てが彼女の為になにかをしたいという欲望に駆られて、しなくてもよい厄介事を進んでやりたがる羽目に陥るだろう。
俺にとっては、それはなんとしても避けなければならない事態だ。もしカシア様の気を引こうとして、武勇伝を語り始めたりしたら、どうなるか。彼女が興味を示さなければ、それで良いが、関心を寄越して微笑みを返したりしてくれた場合には、盗賊時代のことまでペラペラ喋ってしまいかねない。そうした未来が簡単に予測できたし、ハルツ公爵もそういったことを危惧して早口になっていたのだろう。俺は、要件だけを済ませて、なるべく早くこの場を後にすることにした。
「丁寧なご挨拶、いたみいります。ですが平民の俺は、それに対する正しい受け答えや返答を持ち合わせていないことを、ご容赦ください。その為できれば、用務のみを済ませたいのですが。」
俺のカシア様となるべく接触しないようにする提案にゴスラー殿がすぐさま反応した。
「おぉ、それはこちらの配慮が足りませんでしたね。では契約を先に進めるとします。メデューシア、こちらへ。そして彼女を伴って迷宮で戦い、身請け金を支払い続けることで、公爵様への返答とすることにしましょう。」
ゴスラー殿としても、俺がカシア様の美貌に舞い上がって、秘密にしておきたいことを口走ってしまうような真似を懸念していると見えて、すぐさま女性達のなかから1人を呼び寄せた。
カシア様の後ろに控える女性陣はおそらく侍女とか使用人なのだろう。一方でメデューシアと呼ばれた女性は、全く雰囲気が異なっていた。迷宮で戦う為の体格と気配をしている一方で、切れ長の瞳に、それを彩る長めの睫毛が大人っぽさを醸し出し、肩口で切り揃えらた金髪に均整のとれた肢体が女性らしさを強調している。強さと美しさという相反する要素を両立させた女性だった。
だが共存しているのは良いところだけではない。彼女の表情には如何にも騎士らしい泰然とした態度と不安げな表情が混在している。
「メデューシア。ルハト殿に挨拶を。」
「メデューシアです。」
ゴスラー殿に促された彼女は、名前だけを告げる。その間も、両親に縋る子供のように、ハルツ公爵とカシア様にチラチラと視線を送っていた。
どうやら、ハルツ公爵が『やはり彼女を奴隷にするのは止めておこう』と言い出すのを期待しているらしい。気持ちは分かるが、ここまできて公爵が、そんなことを言い出すとは到底思えなかったし、カシア様も彼女の眼差しに反応しようとはしていない。
「ルハトだ。最初に言っておくが、俺は一介の探索者に過ぎず、公爵様と特別な関係があるわけではない。メデューシアが公爵様やカシア様とどんな間柄かは知らないが、これからは御二方と近いしい仲であるかのような振る舞いは控えたほうがいいだろう。」
彼女の希望である公爵様との関係を、今後は断ち切ってもらうという俺の宣言にメデューシアは青ざめ、ゴスラー殿はうんうんと頷いている。俺がカシア様に近づくべきではないというのが、この場にいる男性陣の共通意見だ。
「厳しい言葉だが、あえて言わせてもらった。公爵が頼りとするべきなのは騎士団員であって、俺達ではない。それを忘れたなら騎士団を率いるゴスラー殿の不興を買ってしまうことになるだろうからな。」
さらっとゴスラー殿を悪者にして反感の行先を反らしておく。
「で、では、2人とも手をだして、契約をします。」
敵意の行先にされ焦ったゴスラー殿が誤魔化すように言った。
控えていたフードを被って顔を見せない何時もの奴隷商人がこちらに進み出て、呪文を唱えた。
俺達の手にインテリジェンスカードが浮かび上がる。
「契約がなされました。ご確認ください。」
こうして不安そうなメデューシアが正式に俺の奴隷となった。
ルハトの知らない情報
ハルツ公爵がメデューシアをルハトの元に寄越したのは、ルティナをミチオの奴隷にする為のテストケースだと設定しています。
もしルティナが奴隷となることに難色を示した場合には、メデューシアの前例を語って、説得する算段でしたが、素直に奴隷落ちしたので、この話が語られることはありませんでした。