2人の掌にインテリジェンスカードが浮かび上がる。
俺には、そこに書かれている内容を読むことが出来ないので、メスリーヌに代読してもらう。
「メデューシア・ラインセル。ルハトの2人目の奴隷になっています。」
2つのインテリジェンスカードを見比べてメスリーヌが確認を行った。貴族なので、苗字持ちなのだろう。
冒険者であるニイル殿が近づいてきた。
「俺達のパーティー編成を解除する。これからは3人でパーティーを組んで、迷宮へ行け。」
そう言ってパーティー編成の呪文を唱える。これで騎士団員の強さを共有することができなくなり、自力で迷宮を上がっていかなければならなくなった。
「ルハトよ。メデューシアのことを頼むぞ。」
ハルツ公爵の言葉を受けながら、執務室を退出する。
メデューシアは未練がましくカシア様に目を向けていたが、促されて俺達と執務室をでた。
なんのかんのと出入りしてきた部屋だが、当面はこの扉を潜ることはなくなるはずだった。
ボーデの城と城下町を隔てる川に掛かっている橋を渡る。その橋の半ばでメデューシアが、話しかけてきた。
「あの…。他の方々は、迷宮にいるのでしょうか。」
他の人とは、誰の話をしているのだろうか。
「このパーティーには、俺とメスリーヌしかいないのだが…。他の人なんかいないぞ。」
「えっ…では、どうやって盗賊団を壊滅させたのですか…。」
その呟きで、彼女がなにを誤解しているのかを察することができた。おそらくハルツ公爵が彼女の奴隷落ちを説得するに際して、あたかも俺がハインツ盗賊団を討伐したかのような勘違いを誘発
させる説明をわざとしたのだろう。
この誤解は早急に解いておかないと、後々面倒なことになりそうだ。
「ハインツ盗賊団を倒したのは俺ではない、別の人間だ。俺は盗賊団に仲間を殺されたので、奴らの動向を注視していて、セルマー伯領からハルツ公領に侵入したことを察知して公爵様にたれ込んだ。それで公爵様は、騎士団や伝手を総動員して盗賊団を討ち果たした。」
俺の話に、メデューシアの顔が曇る。親族の仇を討ってくれた者の下ならばと、奴隷になることを了承したのに、事実は違ったと言われれば表情に陰が落ちるのも無理ないことだろう。
「盗賊団を討ったわけではないとはいえ、情報を持ってきたことを公爵様が功績と認めたことは事実だ。俺の密告がなければ、迷宮の中で経験の浅い探索者を標的にして金品を奪い、死体を迷宮の床に喰わせて証拠を残さない盗賊団の存在を察知するのは極めて困難だっただろうからな。それにセルマー伯領騎士団は自領にいない盗賊団を探していつまでも彷徨よっていただろうし、ハルツ公領騎士団に被害が出たりするのを防ぐことができたことも、ハルツ公爵様は評価してくれている。」
そう言うと、メデューシアが顔を上げた。
「そうですか。セルマー伯領ではこの話題は禁句となっていて情報が回ってこなかったので知らなかったのですが、ご主人様はハインツ盗賊団の討伐にあたって、重要な役割を担っていたのですね。」
セルマー伯領では、この話を見聞きすることができないのか。まぁ、自領の騎士団員が凶刃に倒れ、その相手を他領の領主の配下が倒したとなれば、セルマー伯爵にとっては大恥をかかされたも同然だからな。禁忌とされるのも無理のない話しか。
「それでは…。ハインツ盗賊団を実際に壊滅させたのは、どのような方なのですか。できればお会いして、直接お礼を言いたのですが。」
「俺も知らない。どうも騎士団員ではなく冒険者らしいのだが。」
「えっ。」
メデューシアの足が止まる。
「ご主人様も、ご存じないのですか。」
「あぁ。ハルツ公爵に聞いても教えてくれなかった。どうやら狂犬のシモンの生死が不明なので、万が一の報復を警戒しているようだな。それに、盗賊団を滅ぼして相当額の賞金を手にしただろうから、その存在が知れると、おかしな輩が湧いて来ることが考えられる。一緒に迷宮に潜ろうと勧誘してきたり、幸運の壺を売りつけようとしてくるような連中だな。そいつらと同類にされたくなければ、詮索は止めておけ。」
「はい。」
俺の科白に肯定の返事をしたものの、明らかに気落ちした彼女の様子からして、ただ礼を言いたかっただけではないようだ。
「盗賊団を討伐したパーティーに入りたかったのか。気持ちは分かるが、難しい相談だな。」
「どうしてですか。」
「メデューシア、お前の身請け金は、54万ナールだ。一方で盗賊団討伐の賞金は、探索者ギルドの手配書を参考にすると、討ち取られた全ての盗賊を合算して40万ナールほどだ。盗賊団と必死に戦って40万ナールの報奨金を得て、歓喜している所に50万ナールの奴隷を買わないか、などと持ち掛けられたなら、どうなると思う。端から賞金を支払う気など無かったと思われて、ハルツ公爵と冒険者との関係に冷や水を浴びせかねない案件になる。俺はハインツ一味を倒すことができなくて、ハルツ公爵を頼ったから、その借りを返す為に54万ナールを借金で返す覚悟をしたが、その冒険者パーティーには、そんな大金を支払う理由はないだろうからな。」
「…そうですね。」
失望を隠せない声でメデューシアが答える。
「まぁ、お前を守る為に俺の所に寄越したかもしれない可能性も考えられるが。」
「えっ。」
「冒険者パーティーがどんな連中かは知らないが、ハインツ一党を壊滅させるほどの逸材だ。俺の想像するに、巌の城壁を彷彿とさせるような筋肉で覆いつくされた巨漢の大漢達で、それが5人か6人いるのだろう。俺達のパーティーなら夜伽でも俺一人の相手で済むが、筋肉パーティーで、夜の奉仕をするとなれば、穴という穴を使っても全員を満足させるのに朝まで掛かるかもしれん。」
俺の言葉に、メデューシアが青ざめた顔で固まっている。
「もっとも、お前が筋肉漢達に囲まれて、視姦されて、嬲られることに興奮して楽しむ性癖だというなら、ハルツ公爵とカシア様にその性嗜好を上申して、なんとか筋肉パーティーに潜り込めないか頼んでみるが。」
「ご主人様のパーティーで戦いたいです。」
メデューシアが即答してきた。
「ご主人様ではなくルハトでいい。それでは一緒に迷宮で戦って、借金をハルツ公爵に返していこう。」
「はい。」
俺達は、歩いて橋を渡り終えた。メデューシアは1度だけ城を振り返って後に付いて来た。
街中の大通りに入る。
「まずはメデューシアの買い物からだな。その後、宿屋に行ってから迷宮で戦う。」
今日は、ボーデの街で市が開催されいる。ハルツ公が市に合わせて、購入日にしてくれたのかもしれない。
「…あの、ルハト。購入して頂きたいものがあるのですが。」
「何だ。」
「その…フード付きのマントを…。」
彼女の瞳が、周りを気にしてか、キョロキョロと彷徨う。
城の中とは違い、街中では、チラホラと奴隷の姿を見かけるようになる。ただエルフの都市にいる奴隷の首輪を付けている者は大半が人間族で、エルフ族の奴隷を見ることはほとんどない。過去にエルフ族は、その容姿の美しさから、無理矢理にでも奴隷にしようという者が後を絶たなかったので、同族を奴隷にすることに忌避感が強いと聞いている。
そのような状況なので、エルフ族でありながら、奴隷の首輪を付けられているメデューシアは、どのような理由で奴隷に落とされたのかと好奇の目に晒されてしまう。だから首輪を隠す為の外套が欲しいのだろう。
「分かった。ただ、服は古着屋で買うぞ。」
「…はぃ。」
消えそうな声でメデューシアが答える。
奴隷は古着を纏うのが通常だ。メデューシアは奴隷の象徴である首輪を隠す為の装束を求めた結果、奴隷の普段着である古着に行きついてしまった。これを落ち込むなというのは無理な話だろう。
それでもメデューシアは古着屋で服を吟味して、よりましな一着を選んでいく。
服を手に取り、見比べて、騎士らしい判断の早さでどれを買うのか決断していった。
次はよろず屋で武器と鎧を選ぶ。
「得物はどれにする。」
「前衛なら片手剣と盾、後衛なら槍ですが、今は片手剣と盾をお願いします。」
「どちらの立ち位置でもいけるのか。」
「騎士の仕事は様々で、迷宮探索以外にも領内の見回りや、要人の警護や接待などがあり、パーティーの構成メンバーが固定されておらず度々変わることがありますので。」
「それで前衛も後衛もこなす必要があるのか。」
今は3人のパーティーなので、必然的に彼女は前衛となる。
片手剣と盾、鎧は比較的安価な革の鎧や防具を購入した。
その後、雑貨屋により、生活の為の細々としたものを買う。メデューシアの要望でブラシも購入した。
宿に戻る。
「今日からは3人で宿泊する。以前に話していた大きい2人部屋に移りたいが、空いているか。」
カウンターで旅亭の主人に声を掛ける。
「ああ、空いているよ。インテリジェンスカードのチェックを済ませてから、いままでの部屋に戻って荷物を持ってきてくれ。その後2人部屋に案内する。」
主人に言われて、俺から順に左手を出していく。メデューシアのカードをチェックした時に、旅亭の表情がわずかだが変わった。おそらく彼女が騎士であることに驚いたのだろう。
それを受けてメデューシアの顔も微かに曇った。
豪奢なほうの2人部屋に移動してきた。
なるほど部屋もベッドも広々としていて、これなら3人で生活していくことも差し支えないだろう。メデューシアも一寸安堵した表情になっていた。
宿に荷物を置いてから、ボーデの迷宮の前まで来た。
「ここが俺達が戦っている迷宮だ。今は8階層を攻略中している。」
この迷宮に入り始めて、たいした時間が経過していないとはいえ、初心者がいるような階層で戦っていることに、メデューシアが今日幾度目かの曇り顔になる。
それでも、俺達が迷宮の扉に足を進めると黙って、後について来た。
「敵がコボルトなら、上の階層に進んでもよいのでは。」
何度目かの敵集団を退けた後に、メデューシアが提言してきた。
「3人が互いにどう動くかを見る必要があるから、もうしばらくこの階層で戦う。俺は騎士団員ではないから、すぐに他のメンバーの挙動に対応するような行動は難しいのでな。」
その点で言えば、メデューシアは優秀な戦闘員だった。敵と対峙する時には率先して前に出て、その上こちらも動きも見て的確にフォローしてくれる。流石に騎士団員として迷宮で戦い、パーティーメンバーの変更にも対応してきただけのある女だった。
「…わかりました。」
そして不満顔をしつつも従順に従ってくれていた。
迷宮での戦闘を終えて、宿に戻る。
食堂に人が少なくなる時間も、おおよそ把握できるようになっていたので、その時を見計らって1階の食堂に移る。
この日も食事をしている人は少なかったので、目立たない席を確保して、2人にも座る様に促す。
「よろしいのですか。」
一般的な奴隷のように床に座らされての食事ではなくなったことに、メデューシアが安堵しているのが声色で感じられた。
「メスリーヌも、床ではなく席で食べるようにしてきた。他の客に文句を言われない限り問題は無い。」
俺はそう命じて、食事を始めた。
食事を終えて部屋に戻ると、これまであまり言葉を発しなかったメスリーヌが口を開いた。
「ルハトが先程お湯を注文しました。それが届いて洗濯と身体を拭き清めたら、夜伽の始まりになります。覚悟はできていますか。」
「…大丈夫です。」
メデューシアが上擦った声で答える。
「では、同衾を円滑に進める為に質問をしていきます。性的な問いかけですが、答えてください。」
「わかりました。」
「…その前に、話しやすくなるように、一献傾けますか。口が軽くなったのを酒のせいにできますから。」
「…お願いします。」
メスリーヌが2つの杯にスライム酒を満たし、1つをメデューシアに手渡し、もう一つは自らで呷った。それを見てメデューシアが困惑する。
「ルハトは飲まないのですか。」
「ルハトは酒が入ると勃ちが悪くなるのを気にしているので、飲みたがりません。」
俺が何か言う前に、メスリーヌがとんでもない暴露を赤裸々にしてのける。しかも事実なので反論することができなかった。
「…そうなのですか。」
メデューシアが目を白黒させていたが、メスリーヌは構わずに続けた。
「それだけ、ルハトは貴女を抱くのに真剣なのです。そのルハトの為にも答えてください。メデューシア、あなたはインテリジェンスカードでは19歳となっていました。貴族でその年齢ならば結婚していているはずですが、既婚者ですか。」
「いいえ、私は婚約者がいましたが、彼は私より5つ年下だったので、彼が成人である15歳になってから結婚する予定でした。でも親族の不祥事で、その婚約は解消されました。」
「ではその方との婚前交渉はありましたか。」
昼間と打って変わって、饒舌に答えにくい質問を連発するメスリーヌ。
「いえ、そのようなことはしていません。」
「ではキスの経験はありますか。」
「…あ、ありません。」
動揺しつつも、メデューシアは答えた。
「通常、奴隷の女は、商館で男女の営みについて学ばせられますが、そういった性の知識はありますか。」
「結婚した女騎士の先輩から、色々教えていただきました。」
「では、知識だけで、実践は無しということですね。ルハトは性行為で互いに気持ちよくなることこそが、男の自尊心を満足させるとして好んでいます。これを実践する為には女性側が自分の好みの性交体位を見極めることが重要です。」
「た…体位ですか。」
「そうです。正常位、騎乗位に側位と性交には様々な体位の形があります。その中で、自分が最も気持ちよくなれる体位をルハトと探ってください。貴女は、私達のパーティーがまだ低階層しか攻略できていないことに不満があるようですから、ここでルハトと身体の相性が良い所を探り出しておかないと今後の関係にも影響を及ぼしかねません。ですから、これを淫靡な行為として嫌がったりせずに、真剣にルハトとのまぐわいに向き合ってください。ちなみに私はルハトに後背位の良さを教え込まれました。」
メスリーヌの話しに、メデューシアが顔を赤くしながら頷いていた。