ハインツ盗賊団の討伐は予想外の結末を迎えた。
「冒険者であの盗賊団を倒した?それは凄すぎる、いったいどんなパーティーなんだ。」
「…。」
驚いて発した俺の言葉にゴスラー殿は沈黙を返してくる。どうならその冒険者の事には触れて
ほしくないらしい、まぁ盗賊で信用されていない俺に話せばその情報を誰かに売りさばいたりし
ないか警戒をしているのだろう。ハインツを倒した連中はたっぷりと報奨金を貰っただろうから、
その金を目当てにしてくる輩にうろつかれたりするのは冒険者が嫌がるから、なるべく部外者と
接触しないようゴスラーが配慮しているのかもしれない。
「…その冒険者のことは、聞かないことにしたほうがいいな。」
「はい、それよりももっと問題なことがあります。」
ゴスラーが眉をひそめて言う。
「冒険者殿によって盗賊団は全滅し、パーティー2つ分より多い10数名…貴方が我々に提示
した以上の人数分のインテリジェンスカードが回収されましたが、狂犬のシモンのカードは有り
ませんでした。」
「シモンの生死がわからないのか。よりにもよって一番厄介な奴が残ったな。…シモンは最初
からその場にいなかったのか、それとも逃げ出したのか…。」
「わかりません、冒険者殿によるとカードを回収できなかった賊がいたとのことです。倒した
後でカードを収集する前に迷宮に遺体を食われた盗賊がいたようで、シモンもそうして迷宮に喰
われたのか、そもそも別行動で迷宮にいなかったのは判りません。」
インテリジェンスカードは死後に左腕を切り落として、しばらくすると湧き出てきて取り出せ
るようになる。しかし迷宮は人を喰らってしまうので、カードを取り出す間もなく死体が迷宮そ
れ自体に捕食されてしまうことがある。
ハインツ達は迷宮で討ち取られたのかと得心したところで、とんでもないことに気付いた。
「その冒険者の方は、盗賊のことをなにも知らない状態で迷宮に入ってハインツ達と接触した
のですか。」
内心の動揺を押し殺して聞いてみる。もし、件の冒険者が偶々迷宮に来て盗賊団と鉢合わせし
てしまい相手を全滅させたというのなら、俺が通報したことは全くの無意味ということになって
しまう。それでは俺の存在価値事態が大いに下がってしまう。それはまずい。
「いえ、彼らにはハインツの脅威を事前に説明し、盗賊団と会う可能性の高い迷宮に行くこと
は避けるように通達していました。」
表に出さないように内心で安堵する。俺の持ち込んだ情報は無意味にならずにすんだようだ。
身勝手な話だが、俺の命にも関わる重要な案件だからな。
「忠告を受けてなお、ハインツに挑んで成敗したと…すげぇ自信と実力だな。それで懸賞金狙
いだったら、シモンを逃す理由が無いな。…それで、もしシモンがまだ生き残っているなら、1人
でも報復の為にここに留まってその冒険者パーティーや騎士団を狙ってくるか…あるいはセルマー
領のアジトに逃げ帰ったか…それが一番可能性が高いと思うが…。」
「そうですね、団長のハインツも含め多くの盗賊団のカードが回収されました。しかし狂犬の
シモンは1人だとしても脅威となりえます。」
ゴスラー殿が頷いて部下に命じて、机のうえに何かの紙を広げる。
「ですから、貴方が以前に言っていた、盗賊団のアジトの場所を教えてください。」
ゴスラーが紙を指さし示す。なにかの文字とウネウネと曲がる妙な線が沢山書いてあるが、俺に
はその意味が全く理解できない。困惑しきりの俺を見てゴスラーが呟く。
「…まさか地図を見たことがないのですか。」
「…なんなの…これ。」
「地図ですよ。土地の位置情報を紙に描き起こしたものです。」
「…このうねっている線は…なんなんだ…。」
「土地の境界線を示しています。いいですか、ここに書いてあるのが我々のいるボーデの町
で…。」
地図の文字を指でなぞるゴスラー殿。だが俺はますますしかめ面になるしかない。
「…ブラヒム語の文字も読むことができないのですか。今我々が話している言葉ですが。」
「すまねぇ、話はできても、文字の読み書きはできねぇんだ。」
俺の無知のせいで、ゴスラー殿が頭を抱える事態になってしまった。
「団長殿、一般人でしかも盗賊となればモノを知らくても当然かと。」
「団長が落ち込む必要はありませんよ。」
周りの騎士達がゴスラー殿を慰めて、ついでに俺にはお前のせいで、こうなったのでどうにか
しろと視線を送ってくる。
「ハインツが塒にしていた場所の名前を言ってみろ。こちらで探す。」
エルフ騎士の一人が地図に向き合いながら言ってきた。
「俺達は、廃村にある家に勝手に住み着いていて、村の名前は聞いたことがないな。その村が
ジェードの団の拠点だったが凶賊ハインツの団はジェードを殺して自分達のものにした。本来のハ
インツの塒は賞金稼ぎ達に火を付けられ灰になってしまったらしい。」
「…。」
村の名前が判らず、地図も活用できずでエルフ達の視線が険しくなる。
「ならその村の近くにある町の名前を挙げてみろ。」
人の壁の向こう、おそらく席についている人物から急かすような声が掛かる。
俺はその発言に、応えを返す。
「近くならトレハーの町だな。近いと言っても歩きで2時間ほどかかるが、この町は大きくて探
索者ギルドがあったから、ここで近くの迷宮での戦闘で得たドロップアイテムを売買して、市場が
開催さえた時に食料なんかを購入していた。それとトレハーに行くまでにヒレノという小さい村の
近くを通るが、廃村方面から人が来るのはおかしな話なので、この村の住人には見つからないよう
に注意していた。」
ゴスラーと騎士達が地図に顔を寄せる。
「トレハーとヒレノの名前はあるが、近くに村の表記は無い。それにそのあたりで迷宮発生の情
報も無いぞ。」
俺と俺の情報への不信が増していく、ちょっと良くない状況だなこれ。
「そういえば…、何年か前にその辺りで病気が流行して住人が立ち退いた村があったな。」
一人の騎士の唐突な呟きに、騎士達が不信を通りこして警戒の眼差しを向けて、半歩後ろに下が
ろうとする。
「待ってくれ、俺はあそこに3年いたが、病気で死んだ奴なんていなかったぞ、いたのは迷宮の
モンスターに喰われた奴とジェードへの上納金を誤魔化して粛清された奴だけだ。」
弁明してみるも、俺が嘘をついて、さらに病気持ちではないかいう懐疑の視線は強まっていく。
「…古い地図を持ってこい。廃村になったというなら、過去の地図には村の表記があるかもし
れん。」
豪華な机の向こうの豪奢な椅子に座る人物から再び声がかかる。
「はっ、公爵様。」
声の主は、ここの領主であるハルツ公爵だったようだ。まさかそんな重要人物と同室になるとは
思わなかった。
驚いたが、そのことには黙って、ゴスラー殿に注視する。
文官らしき人物がすぐに別の紙をもってきて机に広げ、ゴスラー殿がその地図を覗き込んだ。
「村の記述が確かにありますね。名前はクローテ村となっています。ですが、迷宮は記載があり
ません。…信憑性の低い情報ですが、拠点が判明したのであれば騎士団員で捜索するべきです。欲
を言えばセルマー伯領騎士団と合同で捜査できればよいのですが…。」
ゴスラー殿がハルツ公爵に提言するが、反応は色よいものではなかった。
「セルマー伯が、協力してくれるとは思えないが…。」
「シモンの消息は、セルマー伯側にとっても重要な事案のはずです。どうにか交渉で、騎士団が
入れるようになりませんか。」
「難しいな…。協力体制を構築する以前に、そこの盗賊の話が本当だとすると、その場所には存
在を聞いたことがない迷宮があることになる。…おそらく、領内の迷宮討伐の成果がでていない状
況で、新たな迷宮ができれば、方々から非難がくる。だから、セルマー伯が疫病のせいにして、村
を閉鎖して迷宮の誕生を隠蔽した。そう考えるのが自然だ。そんな迷宮があることの暴露に繋がり
かねない調査をセルマーが容認するとは思えん。そもそもシモン1人にそこまでする必要はないだ
ろう。」
公爵の反応に、他の騎士達は沈黙してしまうが、ゴスラー殿は必死に食い下がる。
「シモンは1人でも脅威です。御身や騎士団に復讐に来る可能性がある以上捨て置けません。」
「…だがもう一つの問題として、ハインツの隠れ家を何故知っているのかという話がある。この
話題になると当然そこの密告者の存在に触れないといけないし、そうなればやはりセルマーの奴は
有るはずのない迷宮の存在が露見していないか勘ぐってくるだろうな。せめて、村と迷宮が離れた
場所にあるとよいのだが…盗賊の小僧よ、村から迷宮までの距離はどれほどある。」
公爵様に、俺のような盗賊が声を掛けられ、驚いたが、畏れ多くて口を利けないでは駄目なの
で、なるべく多くの情報を話す。
「村から迷宮まで、少し歩く程度だ。村近くに小川があって、この川がハルツ領との境になって
いるという話だ。この川には倒木を束ねただけの小さい橋があって、この橋から迷宮を視認できる
くらいには村から迷宮までは近い。加えて、迷宮から溢れた魔物に遭遇することも珍しくないか
ら、村を知っていて、迷宮は知りませんというのは難しいだろうな。それと頭目のジェードが言っ
ていたのだが、ハルツ領とセルマー領は今は別の本街道が主要道になっていて、この道を使って行
き来する奴はほとんどいない。そんな土地の迷宮攻略なんか当然後回しにしたいが、ハルツ領と隣
接した場所にある迷宮だけに、ハルツ公爵様がその存在を知れば、直ちに討伐しろと文句がでるこ
とが容易に想像ができる。そのくせ川を境界に、セルマー領側に迷宮があるから、討伐の責任はど
う見てもセルマー伯にある。伯爵にとっては、知られたくない、厄介な迷宮だ。…だから、ジェー
ドは騎士団と取引して、俺達みたいなのを集めて迷宮で戦わせる代わりに、自分達の安全を騎士団
に確約させた、と言っていた。どこまで本当の話かは判らないがな。ただ何年かあの村にいたが、
騎士団が来たことは1度も無いし、ジェードが騎士団を警戒している様子もなかった。」
「…。つまりは村から迷宮まで、それほどの距離は無く、しかもその村は盗賊と騎士団が裏取引
をしている場であると…絶対にセルマーが知られたくない土地ではないか…騎士団の派遣は諍いど
ころか、戦争を引き起こしかねんな。」
「…それは、そうなんだが…。それでも、シモンの生死は確認するべきだ。」
「何故だ。」
「盗賊のいる裏社会では、悪名が幅を利かせるからだ。今は狂犬のシモンの二つ名は地に落ちて
いる。これを挽回しようとしてゴスラー殿の言う通り、騎士団や公爵様に危害を加えようとしてく
ることは十分に考えられる。放っておいてよい存在ではない。」
ゴスラー殿が、渋い顔をしている。盗賊の俺に自身の意見を肯定されたことに複雑な想いがある
のだろう。
「…しかし、先ほどの話から、村に我が騎士団を立ち入らせることは困難な話だろう。」
公爵様も御渋い顔になる。
「あぁ、それに加えて、狂犬のシモンは狼人族だけあって、恐ろしく鼻が利く。大人数の騎士団
で押しかけるのは悪手だな。すぐに匂いで感ずかれる。だから…。俺が村にシモンの安否を確認に
行く。俺なら騎士団とは関係ないからな。」
周りから、盗賊風情がなにを言うのかという視線が突き刺さる。その中で公爵は別の反応を示
した。
「ふむ、…お前一人で行くつもりか。」
「いや、一人ではない、こちらも匂いを鋭く嗅ぎ分けられる狼人族を用意するべきだと思う。相
手より先にこちらが匂いを察知することできるのが最良の手だと思う。」
「狼人族か…。村のことは秘密にしたいとなると、どこかの騎士団から狼人族を借り受けるわけ
にもいかんから、奴隷商人から奴隷といて購入してくるのがよいと思うが、どこか購入先にアテが
あるのか。」
ここはエルフ族の領域なので、当然騎士団に狼人族はいない,エルフ族だけだ。
「俺の故郷は貧しくて、奴隷商人に家人を売る家が時々でてくる。村に来るその商人は狼人族の
奴隷売買も扱っているという話だった。」
「…。こちらの目当て狼人族がいるとは限らないが…。」
公爵がゴスラー殿の方を一瞥する。ゴスラー殿はあくまで騎士団で事態を収拾したいのだろう
が、公爵の立場ではそれを容認するのは難しい。だが騎士団長であるゴスラー殿の意見をあまり無
下にもできないのだろう。
結果として公爵様は他のエルフと違い、俺の提案に前向きになってくれたようだ。ならば、俺に
とってさらなる都合のいい提案をしてみる。
「俺が狼人族を奴隷として購入して所有する為に、俺のインテリジェンスカードの身分を盗賊か
ら変えてくれないか。」