例えばだが町中で俺が飯や雑貨を購入する際には普通に売り買いができる。だが家を購入すると
なるとインテリジェンスカードのチェックが求められる。
奴隷の購入する時にも、取引時にはカードのチェックがなされる。当然カードのジョブが盗賊で
ある俺には売買などできないし、すぐに役人か騎士団に通報されてしまうだろう。
盗賊である俺は、どの町でも高額商品の売買をすることができない制度が構築されているのだ。
それ故奴隷購入に際して、カードのジョブを変更し、売買を可能にしようとする。実に都合のい
いことを俺は提案していた。ハインツ密告の功績があるとはいえ、盗賊としての過去の罪をすべて
無罪放免にしろと言っているに等しい。
当然のようにゴスラー以下、騎士達から更なる非難の視線が集中するなかで、公爵が驚きの一言
を発した。
「ふむ、よかろう。」
過去の罪をすべて帳消しにしてくれという、図々しいにもほどがる申し出を公爵はいとも簡単に
了承した。
「ええっ、いいの。」
「公爵様っ。」
「よろしいのですかっ。」
提案した俺以下、皆の総手で反発するが、公爵様が片手を挙げて皆を制した。
「セルマーとの軋轢を生みかねない騎士団の派兵には余は反対だ。だがゴスラーの意見もわか
る。だから妥協案として盗賊を派遣する。加えてだ。」
公爵様が語気を強めて続ける。
「皆も知っているとおり、今回の件では懸賞金の支払いに、インテリジェンスカードのチェックを
しないことを特例として採用した。しかし結果は、ミ…顔見知りの冒険者殿が、凶賊ハインツを討
ち果たしたことで、カードのチェックの有無はあまり意味のないことになってしまった。だが、こ
うして盗賊が凶賊の情報をもってきた事実があるのだから、おおいに活用しようではないか。話は
多少前後するが、カードのチェック無しを記載した手配書を配布したら盗賊が情報を持ってきた、
その者は盗賊の括りから解放され報奨金を受け取ってヌクヌクと暮らしている…との噂を流せば、
特例の効果を大いに宣伝できる。さすれば今回の例外を認めさせた余の苦労も報われるし、成果が
出せたことで帝府の官僚達にも朗報を報告できる。良いこと尽くめではないか。」
「…。」
「…。」
「…。」
俺と騎士団員達では立場が違うのだが、同じ沈黙が下りてきていた。
ええのか。騎士団の皆様は、これでええのんか。えらく簡単に俺の罪を不問にして、自身の手柄
に利用しようとしているぞ。俺を含めた周りは納得と困惑の入り混じった表情を浮かべている。強
引な理屈だが、為政者ならそれくらいことはするだろうと皆無理矢理に己を納得させているのだろ
う。
「まぁ、今後も盗賊団に内通者が出ることが期待できるなら、そのような噂を流すことも有効か
と。」
ゴスラー殿が無理矢理に絞り出したような意見を述べる。
「で、あろう。では盗賊よ。インテリジェンスカードのジョブを書き換えるぞ。」
俺は騎士達に警戒されながらハルツ公に近づき、左手を差し出す。
「滔々流るる霊の意志…。」
ハルツ公が呪文を唱えると左手からインテリジェンスカードが湧き出てくる。
カードを浮き出させることができるジョブはいくつかあるが、その内容を書き換える、それも盗
賊からの変更となるとそれを行える職種は限られる、ハルツ公爵はその数少ないジョブをもつ一人
だ。
カードに記載された職業盗賊の文字が村人に変わっていた。胸に高鳴りと寂寥と安堵が同時に押
し寄せてくる。
盗賊になって村を出てからは本当に辛かった。塒もなく、野宿をしながら野良犬のような人生を
送ってきた。ジェードに拾われてからはかなりマシな生活になり、パーティーメンバーとも良い関
係を構築できて、寒村で暮らしていた頃より、よほど食えるようにはなった。だが村人に戻れた
今、もう盗賊には戻りたくないと思うと同時に、ジェードやフレオス達との過去も書き換えられそ
うで、それは消さないでくれと言いそうになる。
俺が複雑な想いに沈黙していると、公爵が再び呪文を唱える
「滔々流るる霊の意志…。」
「…?。」
呪文の詠唱が止まると、ジョブが盗賊に戻ってしまった。
「えっ…。」
「分かるか、ジョブの変更はできても、お前が盗賊であった事実と過去は変えられない。カード
に記載された盗賊のジョブが消えたわけではないのだ。余はいつでも、お前を盗賊に戻すことがで
きる。」
そんなことが出来るのか、考えたこともなかった。驚愕で思考が止まってしまう。
「あっ…えっ…。」
そんな言葉しか出てこない。
「村人に戻っても、早々に自由を得ることなど出来ぬぞ。簡単に盗賊の罪を消せると思うなよ。
お前にはシモンの捜索の後には、騎士団と契約してこちらの指定する迷宮で戦ってもらう。迷宮の
魔物の駆逐をもって贖罪としなければならん。」
話がハルツ公の主導でどんどん進んでいく。その中で俺は子供が、1度与えられたものをすぐ
に取り上げられたような喪失を感じて、馬鹿みたいに思考が停止してしまった。
「村人には戻してやろう。だが1度でも騎士団との契約に背いた行動をとれば、お前はたちどこ
ろに盗賊に落とされ、命を狙われる存在になるだろう。」
ハルツ公が一方的に俺の処遇を決めていく。このままただ黙っていれば、公爵に好き勝手にされ
てしまうだろう。かといって、公爵の提案を拒否するのは悪手だ。反抗的な態度だととられかね
ない。
思考を取り戻し、この場の雰囲気を断ち切る言葉を絞り出す。
「ケーヤクってなんだ。」
頭の悪い質問をしてみて、この場を搔き乱す。
「契約というのはだな…。あ~約束よりもっと強いモノだな…。契約はより強固なもので、その
内容を果たさないと罰や拘束を受けることになる。口約束と違い、書面やカードの書き込みとして
後々まで残るので、それを履行しない者は、信用を失う。重さの全く異なるものだな。」
「そうなのか。俺は学が無いからな、難しい言葉は理解しにくいし、込み入った仕事を全うする
のも困難だな。」
自らを無能であると宣伝して、できることに限度があることを伝える。こうしないと盗賊相手
なら、使い潰してよいからと要求が際限なく増えていくだろう。
「学が無いと…。随分と小難しい言葉を話しているようだが。」
流石に、この程度でハルツ公が引き下がったりはしなかった。
「それはジェードの影響だ。ジェードは本当に学があるので、難しい言い回しを好んで使ってい
た。それと彼奴は普段は知識は1人で抱え込むものだと言っていたが、酒が入ると途端に自慢大会
が開催された。そこで俺達はジェードの武勇伝を聞きつつ、その偉業を褒め称えるのが大事な役目
だった。『やっぱりお頭はすげぇ。』とか『ジェードは俺達とは頭のできが違うな。』とか、そ
んなことを言って称賛していたんだが…。褒め言葉の格言がすぐに尽きてしまってな。そのことで
ジェードの機嫌を損ねてしまった。だから俺達は街に行った時に、いかにも媚びへつらっているよ
うな商人とかがいたら、そいつのそばに行ってごますりの言葉を沢山覚えた。そうやって身に付け
た言葉遣いだ。これは学識ではなく、下っ端の処世術だな。」
「…。」
周りのエルフ達の何人かが、俺の言ったことに頷きたそうな顔をしている。
部下がご機嫌取りをするのは盗賊も騎士も同じらしい。
公爵様が、手下の太鼓持ちで、機嫌が良くなる人物なら、その傘下にいてもいいかもしれない。
厳格な人物だと盗賊の俺を厳格に処罰しかねない。
「それよりもだ…、ハルツ公領内の迷宮に入って騎士団の一助になるのは、こちらも考えていた
ことだ。俺を野放しにできないのは当然だからな。なんなら騎士団の誰かを監視役に付けてくれて
いい。」
俺はそう言ったが、ハルツ公領では現在3つ迷宮が表れて、騎士団の動きは慌ただしい、俺だけ
の為にに人員を割くような余裕は無いだろう。それを見越して凶賊ハインツもこの地に来たのだか
ら。
案の定、ハルツ公はどうしたものかと思案中の顔になる。
初めて会う相手に話の主導権を渡すな、かつてジェードに言われた言葉に従う。公爵を困惑させ
て、なるべくこちらの要望を通していく。
「ハインツ一党の壊滅は必ず成し遂げたい。その為に騎士団が動きづらいのなら、俺が狂犬のシ
モンの生死を調べるのが1番いいと思う。必要なら、ケーヤクもしよう。シモンの件が片付いたら
迷宮での魔物狩りにも参加するさ。だから狼人族の所持の件も認可してくれと助かる。」
俺がそう言うと、ハルツ公が俺に手を伸ばしてくる。
「手を出せ。」
左手を差し出すと三度公爵が呪文を唱える。カードのジョブが村人に戻る。
「改めて、ハインツ盗賊団の殲滅に助力していただけたこと、俺を盗賊から解放してくれたくれ
たことに礼を言う。」
礼を言わないと心証が悪くなる、これもジェードの教えだ。
「ふん、盗賊が感謝を述べるのか。」
「何日も牢にいたので、一寸匂うかもしれない感謝の礼だが。」
「匂いが気になるのなら城の外に沐浴の施設で水を浴びてこい。」
「沐浴ってなんだ。」
「神聖な祭事の前に、水で体を洗い清める儀式だ。それで匂いも落ちるだろう。」
ハルツ公爵は神聖な存在なのだろうか…。
「…。礼はシモンの件が片付いて、身綺麗にしたら改めてしてもらおう。それよりも狼人族購
入の当てがあるのだったな。」
「あぁ、ベイルの街の奴隷商が狼人族を多く扱っているらしい。」
「公爵さま、本当に彼に任せてよろしいのですか。」
騎士団で話を進めたいゴスラー殿が口を挟む。騎士団長の立場なら当然だろう。
「ゴスラーよ。騎士団をセルマー領へ入れるかどうかは、3日後のセルマー伯との会談の後に決
めたいと思う。」
公爵の返答にゴスラーが目を剝いていた。
「3日後までに会談の予定日を決めるのではなかったのですか。」
「3日後に会談で良かろう、そうセルマー側に連絡を。この3日の間にセルマーが今までの態度
を悔い改め、我々に協力すればよいのだが。」
まったく期待していない口調で公爵が言う。騎士団の為に尽力はしたという格好をとったのだろ
う。
「かしこまりました。」
都合のいいことを言っている公爵に、なんとも言えない表情でゴスラーが返答していた。宮仕え
は大変だな。
「盗賊よ。狼人族の購入はよいが、金はあるのか。」
公爵が再びこちらに向き直る。
「ある。ジェードが最後に残した金だ。盗賊団の残党狩りの為なら使ってしまおう。今はボーデ
の郊外の森に埋めてある。」
ジェードが死んだ時に懐から拝借した金だ。ジェードの形見の金をを使いたくはないが仕方が
ない。
「では何人か、こやつと共にベイルにとべ。3日後までに準備を澄ませよ。騎士団が活動できぬ場
合にはこやつをセルマー領に行かせる。」
ハルツ公が号令をくだす。俺もしばらくはゴスラー並みの宮仕えの日々になりそうだ。
ルハトの知らない情報
ハルツ公爵による盗賊から村人へのカードの変更は、オリジナルの設定です。
「聖騎士」ではなく「領主」のスキルでの書き換えになっています。
領主であれば、盗賊を免罪できる仕様にしています。
軽微な盗み1度で盗賊になり、その後変更不可では社会として厳しすぎる
気がするので救済措置があるように設定しています。
あと公爵としては、村人になると税金がとれるので、長い目で見ると得だと
考えています。