迷宮に盗賊を手放して   作:沙羅屋敷

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交渉失敗の賜物

「お客様がお望みの狼人族、メスリーヌです。」

 細身でスラリとした肢体がしなやかに動きアラン殿が座る椅子の横に立つ。

 動きを少し見ただけだが、優れた敏捷性を持っているように見える。 

 「彼女は、18歳で獣戦士として迷宮での鍛錬を積み、パーティーでは20階層以上まで到達

しております。またお客様がお望みの鋭い嗅覚を有しており、迷宮では魔物の元まで先導し、さ

らに自ら剣を取り戦うことができる。迷宮探索での逸材であると断言できます。また性奴隷とな

ることを了承した処女であり、そちらの意味でもお勧めの一品です。」

 アラン殿が彼女の利点をあげていく。なるほど、見た目結構な美人でスリムな体系ながら、胸

はしっかりとあり服を押し上げている。確かにこちらの要望と端麗な容姿を併せ持つ、期待以上

の上玉だ。

 

 だが、引っかかる点もある。体型には瑕疵はないように見えるが、肌の色艶がやや悪く感じら

れるのと、シルバーグレイの人目を惹く髪もバサバサで手入れがなされていない気がする。

 「少し血色が悪いようだが。」

 同じことを感じたのか、ケリア殿の声が鋭くなる。

 「確かにあまりよい顔色とは言えませんが、健康面では問題ありません。」

 「…。」

 「メスリーヌ、口を開けてお客様にお見せしなさい。」

 アラン殿の命令に、メスリーヌはさらに顔を青ざめさせたが、おずおずとその口を開いた。俺

とケリア殿は椅子から立ち上がり、彼女の前に近づく。

 彼女の口元を覗き見るが、咥内は暗く何かを確認するにはいたらなかった。

 「もっと大きく口を開けてくれ。」

 メスリーヌが躊躇いながら、口をさらに広げる。

 女の口内という滅多に見れないものを凝視する。綺麗に歯が並んでいるな。歯無しのグロムの

ようにはなっていない。

 「いかがですか。歯はすべて揃っておりますし、歯茎からの出血も無し、舌にも異常はありま

せん。これは一例ですが、他にも食事がきちんと取れている。迷宮での戦闘にも参加できるなど

もあり、健康体だと判断しております。病気の奴隷をお客様にお売りすることなどありえませ

ん。」

 「確かに病気になると、歯が抜けて無くなることがあると聞くな。…加えて、店としても顔を

ぶん殴って、歯が抜けてしまうようなこともしていないし、彼女も店側を怒らせて、殴られるよ

うなヘマはしていないということか。」

  ケリア殿がそう話すと、メスリーヌが口だけでなく目も大きく見開いた。

 「もちろん商品となる奴隷を傷つけるようなことはいたしません。戦闘奴隷として迷宮での

戦いに参加させていますが、彼女の強さに合わせた階層で戦わせていますし、そこでの戦闘も問

題なくこなせています。ですから病気などありえません。生気の無さに関しましては、奴隷にさ

れた動揺が、まだ尾を引いているのでしょう。ですが、彼女はこちらの要望には従順に従ってき

ました。ブラヒム語の読み書きもこちらの教育で習得することができましたので、奴隷としての

覚悟ができていないわけではありません。」

 

 奴隷商人が問題が無いことを強調してくる。本当だろうか。 

 「病気持ちでもないし、狼人族の嗅覚で離れた場所の相手でも匂いを嗅ぎ分けられるのは、間

違いないか。」

 メスリーヌが口を開けたままコクコクと頷く。 

 「…。今度は、手を見せてくれるか。口は閉じていい。」

 言うとおりに、メスリーヌが口を閉じて、手を差し出してくる。男とは違う細くて綺麗な手だ

が、手の平の一部は盛り上がって、硬くひび割れている。

 

 メスリーヌのその手には、剣や農具を毎日のように扱っていた証拠が確かに刻まれていた。こ

れが奴隷として主人に付き従うという証左になるかは分からない。これまでと違い奴隷の身分で

は努力しても報われる訳ではない。ただ搾取されるだけの日常だ。そりゃぁ、顔色も失うだろう。

 

 だが彼女の掌の盛り上がりは、生来の生真面目さを物語っている。ジェードがこうして、手の

平を見て、血豆やタコが出来ているかで、そいつが使える人間かどうかを見極めていたが、この

確認方法は実に的確だった。

 

 「お分かりいただけたでしょうが、彼女の手のその剣タコは彼女が今も迷宮で剣を振るってい

る証です。」

 奴隷商殿は俺が何を確かめようとしたか、すぐに察したらしい。流石にわかっているな。

 

 「そろそろよろしいですか。」

 アラン殿の言葉でメスリーヌが退出していく。彼女の姿が扉の向こうに消えるのを待って、ア

ラン殿がこちらに向き直る。

 「さて、購入を希望されるのはルハト様ということでよろしいでしょうか。」 

 「あぁ、そうだ。」

 「メスリーヌはいかがでしたか。」

 話が本題にはいってきたな。

 「悪くないと思う。値段次第だが。」

 実のところ、奴隷の購入経験など無いので、どれくらいの価格なのかさっぱりわからない。

 俺の持っている金で足りると言っていた、騎士殿の言葉だけが安心材料だ。

 「値段としては、こちらは40万ナールと考えています。」

 「高っつ。」

 「高い。」

 「高いだろ。」

 俺達3人の声が重なる。アラン殿は、俺達の反応にも動じずに価格について語り始めた。

 「奴隷の価格としましては、多少の上下はありますが、若く健康的な男性奴隷で約12万ナー

ル、女性であればその2倍ほどが相場となっており、さらに見目麗しさが加わると料金が跳ね上

がっていきます。メスリーヌであればその器量の良さ、処女であること、加えてブラヒム語の読

み書き、戦闘力の高さと嗅覚の鋭さが売値に加算されています。」

 「…。」

 説明はわかったが、この値段では有り金の大半が吹っ飛んでしまう。

 「ただ、彼女の肌艶が良くないことにつきましては、もとはそれなりの家で婚約者もいた立場

なのに奴隷に落とされた動揺からきているのでしょう。こちらで教育も施したのですが、それで

もまだ葛藤が拭えないようです。」

 まぁ奴隷に落とされたことを安易に受け入れられる人間など、そうはいないだろう。

 「それをこちらの落ち度と踏まえまして、40万ナールのところ35万ナールでいかがでしょ

うか。」

 メスリーヌの顔色を理由に値下げの譲歩をしてきた、こうなるとこちらも歩みよりを求められ

る。流石に交渉事がわかっているな。ジェード、俺では全く太刀打ちできないよ。

 「他にも狼人族の奴隷はいるのか。」

 騎士殿が尋ねる。

 「今は、狼人族の戦闘奴隷は居りません。時期を外しておりますからな。」

 「時期とは。」

 「この時期、つまり春に加えて夏、秋は農繁期です。農業に従事する奴隷が求められ、その需

要により価格が上がり、逆に戦闘奴隷は売れることが少なくなり、売値は下がります。冬になる

と農閑期で一般人でも迷宮にはいる人が増えるので、戦闘奴隷の価格は上がります。これを知っ

ているなら売値の安い時期に戦闘奴隷として売り込みにくるものは当然少なくなり、どうしても

可及的に金がいる人以外、なるべく価格の高くなる冬に売ろうとするということです。」

 いかにもありそうな話だが本当か嘘かは分からない。もっと手頃な狼人族の戦士が実は屋敷に

いるかもしれないが家探しして確かめるわけにもいかない。奴隷商人を疑えば際限がないが、シ

モンを追い詰める為には狼人族は絶対に必要だ。購入可能なのであれば決断するべきだろう。

 騎士殿に顔を向けた。

 「買うべきだと思う。」

 「そうか、アラン殿、彼女を購入しよう。」

 「ありがとうございます。では彼女を呼んでまいります。」

 そう言いながら、アラン殿は机の上にトレイをしいた。俺は懐から巾着袋を取り出し、数えな

がら金貨35枚をトレイに置いた。

 「確かに、頂戴いたしました。」

 手を叩いて呼び寄せた従者に指示をだした後アラン殿は金をどこかに仕舞いに行った。

 その間に隣の二人に囁く。

 「彼女には、俺の元職は黙っていてくれ、繊細な女のようだから、知られて揉め事になってシモ

ンの探索に支障があると困る。」

 俺の言葉に、二人は渋い顔はしたが、同意してくれた。

 扉が開き、メスリーヌが再び現れたが、彼女の顔はさらに青ざめていた。見知らぬ男に買われる

ことを哀れに思うが、こちらの事情が優先だ。

 「それでは契約の為、お手をお出しください。」

 俺とメスリーヌが手を差し出し、アラン殿が呪文を唱える。

 「滔々と流る…。」

 左手からインテリジェンスカードが出現して、その中に新たな項目が加わる。 

 <所有奴隷:メスリーヌ>  

 文字を読むことはできないが、おそらくこう書かれているのだろう。 

 これで女奴隷を手に入れることができた。盗賊から僅か数時間で美人の性奴隷持ちは出来過ぎな

話だが、今後のことを考えると、笑っているわけにはいかなかった。




 ルハトの知らない情報

 メスリーヌは原作でミチオ殿がアランの店を訪れた時に紹介されて、購入を見送った
奴隷だと設定しています。
 かなり、肉付け、改変を行っていますので、そういうのが苦手なかたはご注意を。
 またミチオ殿は情報の溢れる現代で、画像、映像、実物で美少女に触れているので、
「俺では相手にしてもらえない、クラスでそこそこ光る存在」と奴隷少女を表現して
いましたが、ルハトは田舎暮らしの後の盗賊男所帯での生活だったので、相当な美少女
として認識しています。 
 
 
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