貴方はイチカにボコボコにされて結ばれます。

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イチカの小説は活動し始めた時からの密かな目標でした。

それはそうと5周年おめでとうございます。

私は小説を書くために始めましたが、気付けば深海にいました。



本編

 

 貴方は正義実現委員会に所属している3年生の男子生徒である。

 

 真っ黒の学ランに身を包み、委員会の象徴である腕章を腕に巻き、腰部からは制服に似つかわしくない白い剛翼が生えている。頭の上に浮かぶ縦に重なった三重円の赤いヘイローは貴方の力強さを表している。

 

「あ、先輩!こっちっすよ〜」

「来てくれたんですね!」

 

 貴方は周りからよく欽仰され、どんな事に対しても真摯に向き合うことから、多くの者にとって精神的支柱となっている。

 

「いやぁ、助かったっす。たまたま人手が足りなくなって…」

 

 貴方の頼り甲斐は戦闘面でも発揮される。戦車に始まり、強大な兵器だろうとそつなく鎮圧する。貴方の手痛い治安維持を受けた勢力は口々に鳴く。正義実現委員は殺人白鳥を飼っていると。

 

 その物騒極まりない二つ名のおかげで、トリニティの犯罪係数は他の領に比べ僅かに落ち着いている。

 

「流石の手際だ。君のような勇士がトリニティに在籍している事、誉高く思うよ。」

「セイア様も一緒に戦ってくれたら良かったんすけどねぇ…」

「たまたま修理に出していたんだ。悪く思ってるよ。」

 

 そんな訳で、貴方はトリニティでかなり有名になっていた。白い翼を持つ数少ない男性の生徒という点も加味して。

 

「何度見ても君の存在には感嘆するよ。まるで太陽、故に誰もが万有引力の如く君に惹かれ、手放しに尊敬の念を示す。だからこうして私が君を幾度となく誘うのも、何も間違った話ではあるまい。」

 

 貴方の手腕と名声を支える大きな翼はよく目立つ。なのでこうしてたまにトリニティの最高権力者から直々に誘われる時もある。

 

 セイアは貴方の翼に手を伸ばすが、これを軽く躱した。それでも諦めずに何度も触ろうとしてくるものだから、貴方はセイアの脇に手を挟み持ち上げた。ぷらぷらと手足を揺らつかせ、何故か満足気だ。

 

「おや、ついに抱っこと来たか。君からすればジャムを塗ったパンの面が悲惨な着地を見せないような、既存の法則を覆す低い確率だろうとしても嬉しいものだね。わぁーい。」

 

 まだ聞き分けの良い他の2人と違い、こうして出会う度にしつこく頭が痛くなるような文言で勧誘を繰り返してくる。このままシェイクしてやろうかと貴方は考えた。

 

「……何してんすか。」

「挨拶、あるいはじゃれあいさ。…なぁ君、そろそろ降ろしてくれないか。これ以上は感情曲線が二次元から逸脱して良からぬものに昇華してしまいそうだ。」

 

 ドライブと称し加入するまでひたすら愛車でハイウェイを降りずに連れ回したり、ダンボールに隠れ出待ちドッキリを仕掛けるなど、もはや貴方で遊んでいるといっても過言ではない。

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

 貴方の本分は百合園セイアを適当にあしらう事ではなく、トリニティ自治区の治安維持活動。あちこちの見回りを行い、違反行為を発見し次第即座に〆ること。

 

 大体はソロ行動。たまに増えたりする。

 

 今日は下級生の子を一人連れて行動している。

この子に限らずどの子も貴方の指示に徹してくれるため助かっている。大量にいると見分けがつかないのが難点。

 

「あだだだだだ!目隠れの嬢ちゃん、こいつを止めてくれ!」

「大人しくしてください!」

「じょ、冗談じゃ…!」

 

 店を襲い治安を乱す者には情け無用。しめやかに無力化した後、貴方は後輩と一緒に担ぎ上げ、ヴァルキューレにぶん投げた。

 

「お疲れっす。これから暴動鎮圧なんすけど一緒に行きませんか?」

 

 その後、イチカ率いる小隊にばったりと出くわした。ご飯に誘うくらいの非常に軽い雰囲気で誘われるも、特に断る理由もないので貴方はこれを了承した。

 

 貴方の戦闘スタイルはショットガンを用いた近接戦を得意としている。リロードの合間に五体を存分に使った殴打はもちろん、必要に応じて銃のストックでブッ叩いたりする。

 

「ゲェッ!殺人白鳥だ!」

 

 誰かが悲鳴を上げた。その瞬間、争いあっていた者どもの手がピタリと止まり、一斉に貴方を見た。

 

「マジかよ…おいお前ら停戦だ、手を貸せ。この際プライドなんか捨ててやる。」

「……嫌だなぁ。」

 

 優雅である白鳥は水面下ではバタ足を漕ぐ。そんな白鳥のように、力づくで踊るように鎮圧していく様は粗暴の一言に尽きる。

 

 争う仲にある勢力が手を結んで協力するという映画のような熱い展開だが、生憎貴方には通用しなかった。

 

「アタシの金になれー!」

 

 群衆の誰かが放った銃弾が貴方の頭に直撃した。こめかみが切れ、衝撃でたたらを踏むも、錆び付いた人形のようにギロリと下手人を振り向いて睨み、爆発するかの如く駆け出した。

 

「ギャ─────ッ!!!」

「なんか…かわいそう……」

「四の五の言ってないで動くっすよ。当てた奴が悪いんすから。」

 

 勢力の抵抗も虚しく、一人だけ無双ゲームをしていた貴方は、集団の大多数を仲良く地面にキスをさせてやった。

 

「後は私がやっとくんで、行っちゃっていいっすよ。」

 

 そこらで伸びている人数は多い。特に用事もない貴方は処理を手伝うことにした。

 

「ひひっ、やっぱり先輩は頼りになるっすねぇ〜!」

 

 待ってましたと言わんばかりに、こちらを向いて笑った。貴方はイチカの羽を軽く小突いた。

 

「あわっ。」

 

 不意を突かれた声を上げ、黒い翼がむず痒そうに、ゾクゾクと嬉しさで揺れた。

 

「もう、ちゃっちゃと片付けるっすよ。」

 

 ここで、そういえば、と貴方は思い出したかのようにイチカを呼び止めて木の小箱を投げ渡した。何の気なしに開けてみるように促す。

 

「っとと、仮にもプレゼントなのにえらく雑っすね……これは…ペンダント?」

 

 中身は小さいオニキスのペンダントだった。シルバーの枠には、楕円型に加工されたオニキスが嵌められている。

 

 これは少し前に〆た悪漢の被害に遭っていた店主から感謝の印として頂いたものだが、こんな高級な物だとは露も知らなかった貴方は大層驚いた。

 

「中身も知らないまま渡すなんて、乙女心を蔑ろにしてませんか?」

 

 落胆の口調とは裏腹に、チョーカーを外してその場でペンダントを着けてみせた。黒を基調とした服装のイチカには良く似合う。

 

「えへへ…その、嬉しいです。お返しは必ずするんで、期待して待っててくださいっす。」

 

 喜んで貰えたのならば貴方も一安心。せっせと処理に勤しんだ。

 

 

 

 

 シーズンは夏に移ろう。

 

 イチカとハスミとその他がバカンスに赴いたティーパーティーの護衛で不在の中、貴方は空いた穴を埋めるように活躍を見せていた。

 

 東に違法取引の組織があれば行って壊滅させてやり、西に抗争があればつまらないからやめろと双方を思いっきり引っぱたいたりした。

 

『ヤシの木とか巨大ロボットとかと戦うし……退屈はしないっすけど、それ以上に面倒で…』

 

 たまにイチカから電話が来る時もあった。ゲヘナの鬼怒川カスミがまた現れたようで、溜め込んだ愚痴を聞かされたりもした。

 

 そんなこんなで本日も仕事を終え、太陽が沈んでもまだプールサイドのような湿気と熱気を持つ日、貴方は後輩にお呼ばれしていた。

 

 行くといつも白い羽の髪飾りをつけている子が貴方を待っていた。何やら緊張しながら貴方を見つめ、深呼吸の後に意を決して口を開いた。

 

「先輩のことが好きです、私と付き合ってください!」

 

 貴方は同組織の1年生から告白を受けた。小さな口で惚れた理由を述べているが、要約するにどうやら貴方の優しさに父性を感じて惹かれたようだ。

 

「ど、どうなんですか!?」

 

 しかし貴方は色恋を知らない。平凡なその場しのぎの回答を伝えても、確固たる意思は動かない。彼女は取り急ぎ、混乱した様子ではいかいいえを求めている。

 

 貴方は告白を承諾した。今好きではないなら、これから好きになればいい。愛は育むものだ、と微笑みながら彼女を撫でた。前髪から少し覗く目は嬉しそうに笑った。

 

「───!本当ですか!」

 

「えへへ…夢みたいです。」

 

 貴方にとって初のガールフレンドができた。

 

 誰しもが必ず一度は憧れる青春の象徴。貴方は少し優越感に浸る。

 

 彼女を翼で包むように抱きしめてやると、赤面しながらもおずおずと抱き返してくる。まるで小動物のような甘え方に貴方は庇護欲を刺激された。

 

 ささやかだけれども確かに暖かく、幸せが2人を祝福していたかのように思える時間が流れる。

 

 休日が合えばショッピングに出かけ、業務中には密かに電話をしたりもした。

 

「明日はカフェに行きませんか?か、カップルでしか頼めないスイーツがあるみたいなので。」

 

 限定品はこれでもかとハートマークが散見されるチョコレートケーキ。ラズベリーのジャムはまるで恋のように甘酸っぱく、ほろ苦いチョコクリームは濃厚だった。

 

「はい、あーん。」

 

 微笑ましい空気が流れる。貴方はとても満喫した。2人の愛は日を追うごとに固くなり、これからも益々燃え上がることだろう。

 

 数日後、バカンス組が帰ってきた。土産としてよく冷えたスイカが振る舞われ、部室会館の一角にて貴方も舌鼓を打っている。

 

 ふとドアがノックされた。どうぞと応えて入室を促すと、入ってきたのはイチカだった。半分に切られ、丸々とくり抜かれたスイカの器を見て笑っている。

 

「ふふ、そんなに好きでしたっけ?」

 

 貴方は小っ恥ずかしそうに口を拭き、要件を尋ねた。

 

「それなんですけど、ちょっと待っててくださいっす。」

 

 そう言ってすぐに退室した。何しに来たんだ?と貴方はスプーンを片手に固まった。

 

 暫くして、再度ドアが開いた。護衛時に着用していたであろう水着姿を着ていた。

 

「じゃーん!どうっすか?」

 

 黒いビキニの上に着る気が無さそうなオーバーサイズの上着を腕に掛けて垂らし、ジッパーを締め切っていないショートパンツから僅かに覗くヒモと布。開放的な夏らしくかなり大胆だ。

 

 そして貴方がプレゼントしたペンダントは忘れずに着用していた。

 

 その場でくるりと一回転。惜しげも無く艶やかな柔肌を見せつけており、可憐で刺激的な姿に貴方は見とれつつも困惑した。

 

「あれ、ひょっとしてぇ…見とれちゃってるんすかぁ〜?」

 

 図星に呆けていた貴方はハッとして正気に戻る。貴方は恥ずかしそうに、視線を逸らしながらよく似合っているとストレートに容姿を褒めた。

 

「……やば、ソレ反則っすよ。」

 

 イチカとしてはちょっとしたからかいのつもりだったが、返り討ちに遭ってしまったようだ。

 

 照れ隠しなのか額にかけていたサングラスを下ろし、翼は感情を押し出して縮こまっている。

 

「んんっ、えっと…それハスミ先輩には言ってないっすよね?」

 

 そこで何故ハスミが出てくるのか分からないが、ハスミからは寧ろスイーツやらパフェの感想を聞かされた。貴方は苦笑いを浮かべながらそう返した。

 

「あぁ…確かに沢山食べてましたね……ならいいや。」

 

 結局、イチカが貴方の元に来たのはツルギに伝言を任せられたかららしい。

 

「よく頑張ったから休め、だそうっすよ。なんで、もう上がっちゃっても大丈夫っす。」

 

 思いがけぬボーナスに貴方は喜んだ。残りのスイカを掻き込み、嬉々として帰り支度をした。

 

「はい、お疲れっす〜。」

 

 

 

 

 ツルギより賜った休日でたっぷりと休息し、帯を締めて登校したある日。

 

「オマエ、何かしでかしたか?」

 

 ツルギから開口一番にそう言われる。しでかした?ムッと訝しんだ貴方は聞き返す。

 

「うぅえあぅぁぁ…かかか、彼女ができたからって浮かれるなよ!公私混同はキッチリ分けろ!」

 

 恋におぼこいツルギは恥ずかしそうに捲し立て、凶悪面で奇声をあげてどこかに行ってしまった。

 

 嵐のような出来事にポカンとしていたが、普段通りの筈なのだけどなぁ。と貴方は首を傾げた。

 

 微妙なモヤが残る貴方だったが、ツルギの発言の意味はすぐに理解できた。

 

 どうも周りの態度がよそよそしいのだ。それに指揮を執ってから行動に移すまでの機敏さが落ちている。

 

「……あっ、ごめんなさい。聞いてなかったです。」

 

 後輩らには以前のような羨望を湛えた溌剌さは無い。距離を置かれ、義務的に従われている。しまいには聞こえないフリをされてしまう程だ。

 

 何故?意味は分かったが原因が分からない。しかし取り付く島もなく、解明できそうにもない。

 

 いつまで経っても腑に落ちないまま、その内貴方は同組織の面々を避けながらの行動を強いられるようになった。

 

 普段から単騎で動いている貴方は特段気にする事はなかったが、さしもの貴方も不安が強くなってきた頃だった。

 

「あの……私たち、別れませんか。」

 

 彼女から別れ話を切り出された。多くは語られなかったものの、貴方は理由を予想できてしまった。

 

 きっと裏でされている噂話に違いない。見えているのに透明で、尾ひれすら掴めない。それ故に証明のしようがなく、貴方は黙って受け入れるしかなかった。

 

「これからはただの後輩に戻ります…ので、失礼します。」

 

 彼女のトレードマークだった白い羽の髪飾りをそっと外してポケットにしまい、雑踏に消えていった。

 

 彼女を心の拠り所にしていた貴方は凹んだ。業務もプライベートも大下落からの暗黒期に陥った。

 

 鬱憤を晴らすように割増の力を込めてヘルメットの雑兵共を叩き潰しても、何の発散にもならない。暗雲は依然として晴れる素振りを見せなかった。

 

 夕暮れにふらふらと立ち寄った公園のベンチにどっかりと凭れ掛かり、灰のような己を見つめる。

 

 やった事はいつも通り。何もハラスメントに問われるようなポカはやらかしていないし、何よりも貴方は休暇中だった。なんの謂われも付けられまい。

 

 脳みそを捻らせるも目立った解答が浮かばず、その内思考停止状態でただ湖を泳ぐ鴨をじっと眺めていた時だった。

 

「せーんぱい。」

 

 不意に貴方の肩を叩いて現れたイチカに驚き、思わず体が跳ねてしまう。

 

「いひひっ、お困りの様子だったので声掛けちゃいました。」

 

 こんな状況でもイチカは変わらず接してくれている。貴方が唯一手放しで頼れる後輩だ、悩みを打ち明けることにした。

 

 貴方は正直に話した。身に覚えがなくても第三者から見ればおかしい点はあるかもしれないと。

 

「うーん…いつも通りの先輩って感じっすけど。身に覚えがないなら私もよく分かんないっす。」

 

 人の機敏に聡いイチカですら問題無しときた。やっぱりというか、予想の範疇だった。貴方は半分諦観し、困り果てた。

 

「私から皆にそれとなく聞いてみるっすか?」

 

 今の貴方は他人の下す評価に敏感になっており、最悪を思うとできれば聞きたくない。少しぶっきらぼうに制止し、すぐに感情的になったことを謝る。

 

「大丈夫っすよ。私は先輩の味方っすから。」

 

 貴方は思い切って自粛期間を設けることにした。人の噂も七十五日、ようは明言してサボタージュを行う。単純だが効果は出ると踏んだ。

 

「……止めはしませんけど、先輩が居ない間はまぁまぁ忙しくなりそうっすね。はぁ〜あ…」

 

 イチカはわざとらしくため息をついた。

 

 自分が居なくてもどうにかなるようになれよ。

と貴方は後輩らに期待を願い、心に影を落とした。

 

 正義実現委員会の主要人物が集まるグループチャットに自粛する旨を簡潔に記入し、その場から立ち去った。

 

「ん、誠に勝手ながら暫く休みます…か。……じゃあそろそろ私も行くとしますか。お返ししなきゃいけないっすからね。」

 

 

 

 

 街灯が照らす暗闇の中、貴方はとぼとぼ帰路についている。誰が見ても分かるくらい項垂れており、踵を擦りながら哀愁を漂わせて歩いている。

 

 口を細め、緩く息を吐く。遠くから楽しげな話し声が聞こえた。対称に孤独な貴方は感傷に浸った。

 

 疲れて回らない頭で、ほとぼりが冷めるまで宛もなく旅をしよう、今ならアリウスがお似合いだ。と自嘲的に考えて、くつくつと不安を拭うように嗤った。

 

 だから、精神が荒み疲労しきっていたのと、思案に耽るあまりに背後に駆け寄る存在に気付くことができなかった。

 

 後頭部に強い衝撃を与えられ、貴方は意識を落とした。

 

「……あーあ。あははっ。」

 

 

 

 

 

 ………。

 

 

 …………………。

 

 

 ………………………?

 

 貴方がぼんやりと痛みで目覚めると、四肢はピンと張った太い鎖に繋がれ、身動きが取れない状態になっていた。両手は上に上げられ、足の拘束具はくっついて間隔を開けられない。鎖を破壊しようにも、この体勢ではどうにもできなかった。

 

 付近には工具や資材が散らばっており、錆びた鉄と埃っぽい匂いがする。やけに静かなことから、どこかの使われていない倉庫だと推測する。しかし暗くて出口はよく見えない。

 

 そして乱雑に服が破かれ、夏なのにやけに冷える気がすれば半個体の流血がうなじに伝っていた。

 

 ズキリと後頭部に鈍痛が走り、こうなる前の状況を朧気に思い出す。

 

 帰路の途中で何者かによって背後から頭を強く殴られて気絶した貴方は、ここに捕えられた。

 

 血は冷えているもののまだ固まりきっていないことから、30分も経たぬ間に行われた用意周到な一連の流れだと貴方は推測した。

 

「よいしょっ…と。」

 

 錆び付いた重いシャッターが開き、何者かの声がすると、スイッチを押す音がした。じわじわと点灯し始める水銀灯は、はっきりとその輪郭を顕にしていく。

 

 正体はイチカだった。

 

 どういう訳か片手にチェーンソーを持っている。それでも助けに来てくれたのかと貴方は希望を抱いた。

 

 よく見ると、腰から血が流れている。あのイチカがそこまでの重症を負うとは。貴方は己の不甲斐なさを恥じ、苦い顔をした。

 

「……あぁ、そんな状況になってもまだ自分を責めているんすね。ホント、そういうとこっすよ。」

 

 何故か剣呑な雰囲気。イチカは後ろ手でシャッターを施錠した。希望に薄ら罅が入った気がした。

 

 イチカは柔和な笑みのまま、余裕たっぷりに貴方に歩み寄る。異常な落ち着きようだ、どうやら貴方を助けに来た訳ではないようだ。

 

「コレ、なんだか分かります?」

 

 携帯を取り出し、画面を見せつけた。画面に写し出されていたのは、交際中の貴方と彼女が仲睦まじそうに軽食を食べているツーショット。

 

 隙間を縫うように撮られたそれは、画角から判別するに隠し撮りだった。偶然貴方たちを見つけて撮ったのだろうか。

 

「私が必死にティーパーティーの面々のお守りをしてる間にも、あーんなに楽しそうにしちゃって。ねぇ?」

 

 冷たく言い放ち、嫉妬心を剥き出しにする。開かれた目は貴方を強く睨んでいる。チェーンソーを握る手に力が籠った。

 

「あいつのどこが先輩の琴線に触れたんです?精々髪飾り程度で個性出してるつもりなんだろうけど、寧ろ没個性なんすよね。あいつ如きに白い羽は相応しくないのに。」

 

 あからさまに下げ、劣悪に誹る言いよう。破局を迎えてしまったとはいえ、彼女を精一杯愛した貴方は怒りを露わにした。

 

「……過ぎた事を責めてもしょうがないっすね。んじゃ、とっととやりますか。」

 

 貴方の怒号は素知らぬ態度。ブルン、とスターターを引っ張り、チェーンソーが躍動した。イチカはゆっくりと貴方の後ろに移動した。

 

 どうして?規則的なアイドリングの音が鼓動を早めた。

 

「鳥はこんな求愛行動しないらしいっすけど、まぁこれは私なりの伝え方ってことで。」

 

 背後に立たれているので何をするつもりなのか分からないが、確実に何かされる。汗が干上がり、神経が背中に集中する。

 

 トリガーを軽く握る。チェーンソーはヴヴンと嘶いた。

 

 鎖には見向きもせず、貴方の腰に冷えた刃が添えられた。刹那、これから起こることが理解できてしまう。しかし逃れる術は無い。

 

 

ヴヴヴ…

 

 

 

「愛してますよ。」

 

 ぽつりと呟き、スロットルトリガーを目いっぱい押した。

 

 

 

グジャララララッ!!

 

 刃が回転を始めた。ヒュッと息が止まった。理解させられている筈の苦痛は、理解不能な違和感として脳は処理を拒む。

 

 チェーンソーは異音を立てながら貴方の皮膚を抉り、根元ごと翼を削剥せんとしている。毎分五千回転の耐え難い痛みが間断なく貴方を襲う。

 

 腰と下半身が一つの痛覚になったと錯覚する程の圧痛。それは骨肉に電撃を直で流されているかのよう。

 

 イチカがチェーンソーの扱いに慣れていないことと、なまじ頑丈さを持ち合わせていたが故に拷問は長く果てしない。貴方にできることは、僅かに身を捩り叫ぶだけ。

 

「動いたらその分痛いっすよー!コレ使うの初めてなんでー!」

 

 やかましい駆動音に紛れて聞こえた悪魔の報告。貴方は己の醜態を晒すことを顧みず、只管に生にしがみつく。どうせ見られてもイチカだけなのだから。

 

 やがて肉が付着したままの片翼が丁寧に摘出された。しかし貴方に安息をつく暇はなく、もう片方も同じくチェーンソーで穿りだされる。再び雷が貴方の内側から炸裂した。皮下組織が灼熱に晒される。

 

 刃は貴方の血と脂で滑って若干鈍り、先程と比べ削奪スピードはスローダウン気味。生き地獄そのものだった。

 

 狂った笑みにも似た悲鳴が倉庫に木霊する。何度上と下が泣き別れたかと錯覚しただろうか。何度意識が痛みで沈んで痛みで叩き起されただろうか。

 

 そして、とうとう貴方の両翼は失われた。この仕打ちを受けて尚ヘイローは健勝だった。

 

「ふぅ…よし。まさか落ちずに耐えちゃうなんて思ってなかったっす。かっこよかったっすよ、先輩。」

 

 永劫にも思えた解体作業が終わる頃には、貴方は涙と涎をだらしなく垂らし、息も絶え絶えにえずきながらイチカの名前を恨めしく呼ぶことしかできなかった。

 

「あとは私が─────!」

 

 ぶつん、と肉が引きちぎれる音が聞こえる。反射的に目を塞ぐも、あの痛みはやってこない。どうやら音の発生源は貴方ではないらしい。

 

「い゙っぎ ぁ゙、フーッ………交換しましょ、翼。」

 

 発言に疑問を覚えたのも束の間、ずぶじゅ、ぐちゅぐちゅと何かが傷跡に捩じ込まれる。ちらりと視界の端に映ったのは、見覚えしかない黒い羽。イチカは自らの翼を引きちぎったのだ。

 

 肉が、神経が無遠慮に力づくで荒らされる。それは内部から裂けるように疼き、重く、鋭く、逃げ場の無い痛み。

 

 ただでさえ剥き出しの痛覚を麻酔無しで掻き回し傷付けられるのだ。喉が枯れるほど泣き叫んで暴れても、完全に接がれるまでは終わらない。

 

「痛いっすか?苦しいっすか?でも、私をここまでさせたのは先輩なんですからね。」

 

 力押しで挿し込まれたイチカの翼は一度ぶわりと悶えるように羽を広げたかと思うと、完全に肉体と同期した。貴方が痛みでピクつく度に、萎びた黒い翼は弱々しく痙攣している。

 

 無理くり取り付けられた翼にフィット感なんてものはなく、麻痺してぼやけた痛みと異物感だけがしくしくと貴方を苛ませる。

 

「……うん。よく似合ってますよ。次は私の番っすから、ちゃんと見ててください。」

 

 目の前に立ち、貴方のものだった翼を持っている。腰からボタボタと激しく流血しているがまるで意に介していない。

 

「っ゙、くひゅぅっ、あ゙ははァ゙…っ!」

 

 態々見せつけるように、貴方の翼を自身の腰に突き刺している。華奢な体に不釣り合いなサイズの真っ白な剛翼は、2人の鮮血で歪なグラデーションに映えている。

 

 接ぎ終わると、ふわりと羽を大きく広げて歓喜に震えた。一度確かめるように羽ばたき、今の主であるイチカ自身を包んだ。

 

「はっ゙、はっ……ひ、ひひゃはっ…嬉しいなぁ、この重み…暖かさ…先輩に包まれてるみたい……」

 

 天使のような姿になった少女から沸き立つ底無しの狂気。恐怖が全身を這いずり回る。

 

 感情に侵される度に、繋げられたイチカの黒い翼がもぞもぞ蠢いて激痛が走る。貴方は悲愴に塗れた口調で問いただした。

 

「まだ分かんないんすか?ペンダントといい水着といい……呆れるほど朴念仁っすね。」

 

 イチカは血みどろに汚れた手で貴方の顔に触れた。べっとりとした嫌な感覚と、温い血生臭さが肺に満たされる。

 

「あれ、さっき言ったけど痛みで忘れちゃったんすかね?……まぁ、何度でも言ってあげるっす。」

 

「ずーっと前から、先輩のことが大好きっす。誰よりも私の方が先輩のことを誰よりも深く愛しているんですから。」

 

「………正直、最初はただ尊敬してただけっす。なんでもできる凄い人だって。」

 

「でも、そんな先輩が私に頼ることを教えてくれた。いたずらに私の羽をつついたり、ペンダントをくれた。照れくさそうに褒めてくれた。」

 

「だってそれ、余計に期待させるじゃないっすか。」

 

「私だけが先輩の特別になれた。そう思った瞬間から……もう、譲る気なんて無かったっす。」

 

 秘めていた想いは産声となり貴方に届く。ただ、こんな状況で言われてもイチカの精神性を疑うことしかできなかった。

 

 これが愛故の行動だって?イカれている。

 

 周囲の輪郭がぼやけ、イチカにだけくっきりとピントが合う。吸い込まれてしまいそうな錯覚に陥る。

 

「どうしてあんなのと付き合ったんですか?なんで……私じゃないんですか?」

 

 口調だけはどこか甘く、諭すように詰め寄られる。貴方にはそれがどんなものよりも恐ろしく見えた。

 

 貴方は気圧されながらも、途切れ途切れに細々と交際理由を述べた。話さなければならなかった。

 

 話さなければこれよりも酷い目に遭わせられると、無慈悲で冷徹な、けれども一途な凄みがあったから。

 

 実際、貴方はイチカ含め下級生のことを友人か若しくは後輩としか見ていなかった。白い羽飾りの彼女以外に恋愛感情は存在していなかった。

 

「……なんすかそれ。ふざけんなよ…!」

 

 糸目が開き、闇を煮詰めたブルーグレーの瞳は射殺さんばかりに貴方を見据えている。凍てつくような殺気が貴方を襲う。

 

「───って思ったんで、私なりに色々考えて、別れさせることにしました。」

 

 ぱっと赫怒が霧散した。イチカは貴方を陥れた理由を話し出した。

 

「タイミングよく休んでくれたから、思い立ったら吉日ってやつっす。複数の匿名で沢山批判しちゃえば、結構影響されるもんっすね。」

 

 嘘だ。

 

「あいつらってホント笑っちゃうくらいに単純っすよね。自分が少数派になったと思えば、日和ってすぐ多数派に流される。所詮はその程度、ハリボテの愛だったってことっすよ。」

 

 ……嘘であってくれ。

 

「いやぁ、大変だったなぁ。先輩は私含め大勢に慕われてるっていうのは想定通りだけど、如何せん数だけは多くって。」

 

 冗談だと言って欲しかった。あの日の思い出は、どれも幸せで暖かかったから。

 

「流石に委員長たちには効き目は薄かったっすけど、初めから全員騙し通せると思ってなかったんで、十分狙い通りに行きましたね。」

 

 語られる真相に、貴方は頭に血が上り悲憤した。恨みがましくイチカを睨み、息は荒い。貴方を縛る鎖が強く揺れた。

 

「……なーんか、余計な事しやがってって言いたげっすね。私はこんなにも先輩のことが好きだって言うのにさぁ!!」

 

 鳩尾を強く殴られる。横隔膜が圧迫され、空気と胃液が捻り出される。感情のままに訳も分からぬまま暴力を振るわれ、怒りは彼方に吹き飛び貴方は益々イチカが鬼に見えてくる。

 

「イラついてごめんなさい。悪いのはバカ真面目に私以外を愛そうとした先輩なんすからね?」

 

 かと思えば今度は労わるように撫でられる。既に酷い内出血で青あざとなっており、軽く触れられただけでもズキリと痛む。小さくくぐもった呻き声が漏れた。

 

 正気とは呼べない倒錯。どうしてそこまで歪み切ってしまったのか、貴方には到底理解が及ばなかった。

 

 何もかもが破壊された貴方は拒絶反応を示す。しかしそれを許すイチカではなかった。

 

「大人しく私のものになってください。もう痛いのは嫌っすよね。これ以上は…眼でもやってみるっすかね?」

 

 あまりにも猟奇的すぎる宣言。冗談だとしても、貴方の心をへし折るには過剰なくらいだった。

 

「オッドアイってかっこよく……あ。」

 

 道は一つしか残っていなかった。動いたかも分からないくらいの覚束無さで、貴方は首肯した。望む結末を迎え、イチカに満面の笑みが咲いた。

 

「今、頷いた……頷きましたよね?」

 

 真実であることを確認するために肩を掴まれる。貴方は壊れた機械のように何度も泣きながら頷く。

 

 もうどうにでもなって欲しかった。

 

「はは………やっと、やっとだ!もう我慢なんてしない、するもんか!!」

 

「私と先輩は…病める時も、健やかなる時も、痛みすらも超越して結ばれたんです!」

 

「ふふ…あはははははっ!あはははは!!!」

 

 愛のなせる業に貴方は終ぞ砕けた。多大なストレスで塑性した心の再起は不可能。貴方は全てを諦めた。

 

「あはは、はぁ…あ、ずっと吊られてて辛かったっすよね。今降ろしてあげます。」

 

 ようやく拘束から解放された。しかし失血と疲労で糸の切れた人形のように崩れる。貴方は閉じかけた瞳で天井を見上げた。

 

 水銀灯がちらついて、二人の影だけが長く伸びて、誰もこの領域を踏み越えられなかった。

 

「先輩、先輩♡ペンダントに翼、他にも色々貰ってばっかっすから、お返しにたーっくさん私をあげるっす♡」

 

 嘆息をつく間もなくイチカが覆い被さる。暫し貴方の顔をじっくりと愛おしそうに見つめると、唇を重ねキスにありついた。ロマンティックとは程遠い、ひたすらに貪り、己の獣欲を満たすためだけの蹂躙。

 

「はむ……ん……んむっ…ぴちゃ……」

 

 カーテンのように貴方を覆い隠すイチカの髪の隙間から、ほんの僅かに白い翼が覗いた。

 

 決して誰かに誇ってひけらかすことは無かったが、貴方の象徴であり自慢だった白い剛翼。強奪されて穢されて、無理やり比翼連理の礎とされた。

 

 望まぬ惜別に涙が溢れた。貴方がさめざめと泣いていることに気付いたイチカは、雫が零れた傍から残さず舐め取る。生暖かい舌が頬を這いずった。

 

「れえっ……ひひ、先輩、大好きっす。他の奴らなんてどうでもいいんで、ずっと私だけを見てください、ずっと私だけを愛してくださいっす。」

 

「あいつにした事全部私にしてください。全て上書きしてやるっすから。なんでもしてあげますから。」

 

 イチカは己の一部と化した貴方の翼と全身で貴方を強くホールドしながら、麗らかにはにかんだ。そしてまた餌付けをするように貴方の口をこじ開けた。

 

「ちゅ、んぁ♡ふーっ…んゅ…♡」

 

 貴方は身も心も深く傷付けられ、イチカのものにさせられた。

 

 それにしても、いつになったらこの行為は終わるのだろうか。それどころか益々貴方を強く求め始めている。

 

 暴走すると抑えが効かなくなると聞いたが、よもやこれほどとは思わなんだ。

 

 貴方はせせら笑い、見切りをつけて静かに目を閉じた。

 

 

 


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