同級生一色いろは、留年生比企谷八幡   作:10気筒VTEC

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第2巻
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放課後の部室。扉が開くと同時に、この静謐な空間にはおよそ似つかわしくない、湿り気を帯びた怒号が響いた。

 

「――フハハハ! ここが、迷える子羊に救いの手を差し伸べるという秘密結社『奉仕部』か!」

 

 そこに立っていたのは、季節外れのトレンチコートを羽織り、指ぬきグローブをはめた巨漢だった。彼は初対面の俺と雪ノ下に対し、堂々と中二病全開のポーズを決めてみせる。やめてくれ、そのポーズは俺に効く。

 

「我が名は『剣豪将軍』……! 我が右腕に封印されし禁忌の黙示録を、正当に評価できる人間を探し求めて三千里……貴様らが、その資格を持つ者か!」

 

「……比企谷君。警察を呼びなさい。今すぐに。それがこの学校に平和をもたらす唯一の『奉仕』よ」

 

 雪ノ下雪乃が、心底汚いものを見るような目で材木座を一蹴した。だが、材木座は怯まない。彼はその「禁忌の黙示録」 要するに、書き殴られた大量の原稿用紙を、俺の目の前の机に叩きつけた。

 

「頼む! 読んでくれ! 誰にも理解されんのだ! 我のソウルが!」

 

 俺はため息をつき、その原稿に目を落とした。大方、小説を書いてみたが誰にも見せる勇気がなく、しかし誰かに見せたいという思いを捨てることもできなかったのだろう。ソースは中学時代の俺、ポエムって見られたくないが、誰かに見せたくはあったよね。

 

気を取り直して、若干の共感を持って好意的に原稿用紙を解読する。

 

……絶句。そこには、日本語としての体を成していない「かっこいい単語」の羅列が並んでいた。

 

 翌日の休み時間。俺は教室で、預かった材木座の原稿を読み直していた。あまりの支離滅裂さに、脳の処理能力が低下していく。雪ノ下の正論で斬り捨てれば簡単だが、それでは依頼の解決にはならない。

 

あの後、俺は彼の言葉を翻訳し雪ノ下に伝えた。彼は二年生の材木座義輝というらしい。

やはり彼は『中二病』患者なのだろう。

 

「……なんですかそれ。新手の呪文の練習?」

 

 不意に、真横から声がした。一色いろはが、俺の肩越しに原稿を覗き込んでいる。  彼女にとって、材木座は名前も知らない「上の学年の変な人」でしかない。

 

「二年生の先輩が書いた小説だ。奉仕部に評価してくれって持ち込まれたんだが……どこをどう突っ込めばいいのか、さっぱりだ」

 

「へぇ……。奉仕部ってそんなこともするんですね」

 

全くだ。こんなものは文芸部にでも持っていけばいい。そんな部があったかは知らない。

 

「小説というより、暗号文に近い。単語を理解してストーリーを読まないといけない。まあ、英文読解に近いな」

 

というか現国の教師である平塚先生に持っていけばいいのでは?

原稿をそのふざけた幻想ごとぶち壊してくれるだろう。

 

「ふーん…ちょっと貸してください」

 

 いろはは流れるような動作で原稿を奪うと、数ページを数秒でスキャンするように眺めた。直後、彼女は「あは……」と、可愛らしいが温度のない乾いた笑い声を漏らした。

 

「……比企谷くん、これ酷すぎますよ。ヒロインが主人公を好きになる理由が運命だからって……。読み手からしたら、『そんなのあんたの都合でしょ』って、一瞬で冷めるやつです」

 

こいつ翻訳を飛ばして読めるとこだけ読んだな。だが、確かにその意見は的を射ている。

いかに構成が悪かろうが、設定が矛盾しようが、文章が下手であろうが、キャラクターが魅力的であればいいとする考えもできる。

 

「……全くだ。だが、あいつにはそれが正義らしい。」

 

まあ、テンプレであれご都合主義であれ何でも面白ければそれでいいのかもしれない。

 

「ダメですよ、そんなの。いいですか、比企谷くん」

 

 いろはは机の上に身を乗り出し、秘密の話をするように声を低めた。

 

「例えば、主人公をいつも隣で支えてる私みたいな健気なヒロインがいるとするじゃないですか。でも主人公が、登校中街角でぶつかってその日にクラスへ転校してくるメインヒロインにいきなりなびいて、健気なヒロインは玉砕してしまうんですよ。意味わかんなくないですか?」

 

やけに具体的だな。なんかそんな作品あったっけ。

 

「というか一色は別に健気ではないだろ。」

 

「…」

 

そんな切り返しは沈黙と眼光により黙殺される。怖い。

俺の異議を封殺すると、わざとらしい笑顔を再び口を開く。

 

「女の子の可愛さっていうのは、理由がなきゃダメなんです。隙があるから可愛い。自分にだけ特別だから可愛い。この可愛いけど設定だけで中身がないヒロインに、もっと……そうですね、『裏』を作ってあげたらどうですか?」

 

「裏? お前みたいな?」

 

「そう。人前では完璧だけど、主人公の前でだけは『素顔』をポロっと見せちゃうとか。そういう秘密みたいな要素があれば、読んでる男の人は『俺がいないとダメだな』って勘違いしてくれるんですよ」

 

 いろはは、悪戯っぽく笑った。自分の「あざとさ」を自己分析し、それを他人の作品の欠陥を突くための武器に変換する。それは、雪ノ下のような文学的批評とは対極にある、欲望に忠実で、かつ実戦的な解決策だった。

 

「……なるほど。お前のその卑しい生存戦略、意外と役に立つんだな」

 

「卑しいは余計です! ……でも、これで解決できそうですよね? 比企谷くん」

 

 いろはは勝ち誇ったように微笑む。彼女は、こうして知恵を貸すことだけで状況をコントロールしている。雪ノ下雪乃とはまた違ったタイプの優秀さ。彼女もまた、「比企谷八幡」にないものを持っている。

 

 八幡は、いろはの「知見」をメモに書き留めた。  

1年生の教室で削られた石が、2年生たちの難題を切り裂くための鋭い矢じりへと変わっていく。再び、放課後の部室。俺は机の上に、いろはの助言を元に整理した「改善案」のメモを置いた。

 

「材木座。お前の小説に足りないのは、整合性じゃない。読者が『こいつ、俺がいないとダメだな』と思える、醜悪で愛おしい『隙』だ」

 

「……隙、だと?」  

 

材木座が、鼻眼鏡を揺らして身を乗り出した。

 

「お前のヒロインは、設定を盛りすぎて鋼鉄の巨神兵みたいになってる。だが、読者が求めているのは、外面を取り繕いながら主人公の前である素顔を晒すような、そんな『二面性』を持つヒロインだ。……いわば、お前と主人公だけの『秘密』を作れ」

 

 材木座の目が、カッと見開かれた。雪ノ下の文章論には反発していた彼だったが、八幡が提示した「欲望に忠実なキャラクター論」は、彼の中のドロドロとした妄想に見事に合致したらしい。その思考過程は聞きたくもないが。

 

「……裏の顔、秘密……! そうか、それだ! 完璧な女神が、我……いや主人公の前でだけ計算高い本性を漏らす! これこそが、現代の黙示録に相応しいカタルシスッ!」

 

「……不愉快な理論ね」

 

 雪ノ下は不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、材木座が憑き物が落ちたような顔で原稿を掴み取ったのを見て、それ以上は何も言わなかった。

 

「感謝するぞ、八幡! この恩は、我が暗黒の覇道が成し遂げられた暁に返そう!」

 

 材木座が嵐のように去っていった後、部室には奇妙な静寂が残った。雪ノ下は不思議そうに、俺が書いたメモの残骸を眺めていた。…というか、八幡呼びなど許可してないが?

 

「……比企谷君。今の理論、あなた一人で考えたのかしら? あなたにしては、随分と……実践的で、どこかリアリティを感じる内容だったけれど」

 

雪ノ下は理解できない材木座の思考よりも、目に見える比企谷八幡の献策に目が移ったみたいだ。彼女には「隙」も「二面性」もない。少なくとも表現しない。

 

「……さあな。隣で毎日、その理論の『生きた教材』を見せられてるだけだよ」

 

 俺は、教室で笑っていた一色いろはの顔を思い出し、小さく溜息をついた。どうやら俺は、思っていた以上にあの少女の毒に侵されているらしい。

 

 

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