同級生一色いろは、留年生比企谷八幡   作:10気筒VTEC

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波及効果

千葉の大きなショッピングモール。休日を楽しむたくさんの人たちで溢れているはずなのに、私の視界は、遠くにいる二人だけを切り取って、勝手に焼き付けていた。自分でもわかるくらい、目が泳いで、なんだか熱くて、……悲しくて。情けないくらい、揺れてたと思う。

 

私は、エスカレーターの影に隠れるみたいにして、親しげに歩くヒッキーとゆきのんを見ていた。

 

(……ゆきのん、ヒッキーと、お買い物……?)

 

手に持っていた袋が、カサリと小さく鳴った。 奉仕部は、私にとって「特別な場所」だった。事故の当事者のヒッキーと、ずっとその責任を感じてきたゆきのん。

 

二人の間に流れる重苦しい空気を、私の明るさだけで、なんとか、なんとかしようとした。だけど、ヒッキーが自分をわざと悪者にして、無理やり問題を片付けちゃったあの日から、自分がどこに立っていればいいのか、わからなくなっちゃったんだ。

 

「……あはは、そうだよね。お似合いだもん。……二人でいる方が、自然だもんね」

 

口から出た言葉は、自分でもびっくりするくらい乾いてた。 二人が並んでプレゼントを選んでいる姿。それは、私が入る余地なんて一ミリもない、完成された世界みたいに見えた。

 

部室に戻れば、二人の邪魔になっちゃうのかな。 私がいるせいで、せっかく近づいた二人の距離を、また変な風に遠ざけちゃうのかな。

 

ヒッキーに恩返しをしたい私が、今すべきこと。 それは、彼の幸せを邪魔しないことなんじゃないのかな……。

 

そんな考えが頭の中でぐるぐる回って、それを打ち消す言葉は、一つも浮かんできてくれない。

 

一年前の事故の被害者。サブレを助けてくれた恩人。年は一緒だけど、ちょっと捻くれた後輩。ヒッキーを呼ぶ言葉はいっぱいあるけど、どれも今の私にはしっくりこない。

 

だって、もしそんな言葉で片付くなら、どうして胸がこんなに苦しいの? どうして奉仕部との繋がりが切れちゃったことが、こんなにも絶望を運んでくるの?

 

答えの出ない問題が、ゆっくり私を蝕んでいく。

 

 

 翌日。総武高校の校舎内。俺、比企谷八幡は廊下を歩きながら、昨日から続く喉の奥に引っかかったような違和感の正体を探っていた。角を曲がった先、自動販売機の前に、ピンク色のお団子ヘアが見えた。由比ヶ浜結衣だ。

 

 拒絶されるリスクも考え、足が竦んだ。俺が彼女にした仕打ちは、客観的に見れば最低だ。彼女の優しさを冷酷に捻じ曲げ、恩義を契約関係へと貶めた。いまさら彼女に謝っても許されないことだとはわかっている。しかし、彼女の優しさと向き合うためにやり直さなければならない。

 

「よう、由比ヶ浜」

 

 声をかけようと右手を上げた、その瞬間だった。彼女は俺の視線に気づくと、ハッとしたように肩を震わせ、手に持っていた飲み物を鞄に押し込んだ。

 

「あ、あはは、ヒッキー! やっ、やっほー……! じゃ、じゃあね!」

 

「おい、待てよ――」

 

 呼び止める間もなかった。彼女は、まるで指名手配犯が警察を見つけたかのような速度で、足早に人混みの中へと消えていった。いや、債務者が債権回収業者に取り立てられている構図か。

 

「…………」

 

 明らかな、回避行動。一年前の事故以来、俺に向けられていた恩義という名の温かい視線が、今は冷たい霧のような距離感に取って代わられていた。この行動は、恩義を利用したストーカー行為なのではないかという考えすらよぎる。

 

 重い足取りで特別棟の部室へと向かう。扉を開けると、そこには雪ノ下雪乃が一人、窓の外を眺めていた。彼女の机の上には、昨日購入した、一色いろは推奨のハンドクリームの袋が、所在なげに置かれている。

 

「……比企谷君。由比ヶ浜さんに、会えたかしら?」

 

 雪ノ下は振り返らずに問いかけてきた。その声は、いつもより僅かに低く、湿り気を帯びている。俺は自らの葛藤を脳から追い出し、事実と評価のみを出力する。

 

「……ああ。廊下で見かけたが、挨拶する暇もなく逃げられたよ。……お前のプレゼント作戦、逆効果なんじゃないか?」

 

 俺が投げやりに答えると、雪ノ下は持っていたマグカップに力を込めた。

 

「……そう。……私の『プレゼントを贈る』という短絡的な思考では、彼女を連れ戻すことはできないのかもしれないわね。……彼女の繊細さを、私は踏みにじってしまったのかしら」

 

 雪ノ下の言葉には、隠しきれない焦燥が滲んでいた。彼女は、自分が「加害者側」であるという意識からか、強迫観念に近い責任感を抱いているようだ。だが、現実は彼女を嘲笑うように、歪な方へと転がっていく。

 

「……アイツが何を考えてるかなんて、俺たちにわかるわけないだろ。特に、アイツみたいに自分より他人の顔色を伺うタイプはな」

 

「わかっているわ。……けれど、このままでは……」

 

 雪ノ下の言葉が途切れる。結衣がいない部室は、あまりに広く、冷たい。由比ヶ浜結衣の届かない優しさと雪ノ下雪乃の空回りする責任感。

 

 奉仕部という場所が、再び熱を帯びて動き出すためには、俺という不純物が、もう一度自分を削る必要があるのかもしれない。だが、何ができる。

 

 俺は、窓の外を眺める雪ノ下の背中を見つめながら、必死で頭を回していた。

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