同級生一色いろは、留年生比企谷八幡   作:10気筒VTEC

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会議は踊らず、進むだけ

飯盒から噴き出す白い湯気が、夕闇のキャンプ場に立ち込めていた。あちこちで小学生たちの歓声と、それを受け流す二年生たちの補助指導の声が響く。カレー作りの喧騒は、一種の祝祭のような活気を帯びていた。

 

 その喧騒からわずかに隔離された、調理場の隅にある古びたベンチ。俺と雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣、そして葉山隼人の四人は、作業の合間に一つの停滞を味わっていた。

 

「……現状を再確認しましょう」

 

 雪ノ下雪乃の声は、喧騒に混じってもなお、凛として響いた。

 

「鶴見留美さんの孤立。これは彼女個人の資質の問題ではなく、集団の力学が生んだ歪みよ。ならば、解決策もまたシステム的であるべきだわ。彼女に『役割』を割り振る。周囲が彼女を認めざるを得ない構造を、私たちが強制的に作り出すの」

 

「なるほどね。雪ノ下さんの案は確かにいい。無視できない存在になれば、今の空気は変わるかもしれない」

 

 葉山隼人が、薪を一本手に取って弄びながら頷く。彼の笑みは、煤けた調理場においても眩しいほどに整っていた。

 

「でも、それだと彼女に過度なプレッシャーがかかるかもしれないね。俺はもう少し、やわらかいアプローチを併用したいんだ。俺たちが彼女の班に混ざって、楽しい雰囲気を作る。高校生の僕たちが割り込むことで、子供たちの間のカーストを無効化させる」

 

「あ、それならあたしも手伝えるよ! 隼人くんがいれば、みんな集まってくるし、自然に輪に入れる気がするよ。やっぱり、きっかけが大事だもんね」

 

由比ヶ浜結衣が、希望を見出したように声を弾ませる。

 

 雪ノ下と葉山の打ち手。それらは互いを否定することなく、むしろ補い合うようにして、どんどん肥大化していく。

 

「その役割分担に、僕たちがサポートとして入る形ならどうだろう」

 

「ええ、それなら彼女の負担も軽減されるわ。同時に緩衝もできる」

 

「いいね。それなら優美子たちにも声をかけて……」

 

 俺は、その議論に一度も口を挟まなかった。

 

 ただ、手元の小枝を一本ずつ折っては、足元の小さな火にくべる。パチリ、と乾燥した音が響くたびに、彼らの言葉がとなって、夜空の彼方に消えていくのを感じていた。

 

(これじゃ、だめだ。……しかし)

 

 俺の視線の先では、一人、離れた場所でバケツの水を眺めている鶴見留美の背中があった。雪ノ下が言うような「役割」を与えられれば、彼女はきっと、より一層鼻につく存在として周囲に刻印されるだろう。葉山が言うような「優しさ」を注がれれば、彼らが去った後、残されるのは大人に甘えた子どもという嫉妬の火種だけだ。

 

 そんなことは、少し考えればわかるはずだ。

 

 だが、「二年生」たちは誰もその懸念を口にしない。

 

 彼らの案は、完璧だ。道徳的に正しく、人道的で、そして何より自分たちが傷つかない。この会議の本当の目的は、留美を救うことではない。鶴見留美を救おうと努力し、知恵を出し合った自分たちという免罪符を手に入れるための、高尚な文学なのだ。

 

 ……そう思うのは、考えすぎだろうか。

 

 誰も、泥を被ろうとしない。

 誰も、下水道に潜ろうとしない。

 綺麗なステージの上で、綺麗なステップを踏みながら、届かない場所にいる相手に手を差し伸べている。それは、俺もだ。

 

(……救えねえよ。そんなんじゃ)

 

 自分なりの解決策を模索しようとした。だが、俺の脳裏に浮かぶのは、せいぜい「あの子を無理やりどこかへ連れ出す」とか「鶴見留美を孤独に適応させる」といった、幼稚で無力な逃避行ばかりだった。

 

「比企谷君。……あなたはどう思うかしら」

 

 不意に、雪ノ下の視線が俺を射抜いた。議論が一段落し、彼女は俺の沈黙を思慮深さと勘違いしたらしい。その瞳には映る微かな期待の光が差していた。

 

(……そんな目で俺を見るな)

 

 その期待が、今の俺にはどんな呪いよりも重かった。彼女は俺に、自分たちと同じ「正しい答え」を期待している。俺が更生して、同調することを望んでいる。

 

「……いいんじゃないか。」

 

 俺は視線を上げず、短く答えた。嘘ではない。俺自身にも、その修羅に飛び込む勇気も方法も、今はまだないのだから。

 

「……そう。なら、明日から、段階的に導入していきましょう」

 

 雪ノ下は満足げに頷き、再び議論に戻った。

 

 何も決まっていない。何も進んでいない。ただ、煮込んだカレーの具材と、机上の空論だけが、虚しく夜の中に溶けていく。この檻にこれ以上閉じ込められていたら、俺自身が窒息してしまいそうだった。

 

 俺は立ち上がり、静かにその場を離れた。背後で雪ノ下が「比企谷君?」と呼びかける気配がしたが、振り返らなかった。

 

俺の手の中には、さっきから握りしめていたスマホがある。

 

 雪ノ下の期待にも、葉山の善意にも、今の俺は応えることができない。お行儀のいい解決策をぶち壊してくれる、もっと不作法で、もっと現実的で、もっと最低な視点が必要だった。

 

「……また、頼らないといけないのか」

 

独り言は、風にかき消された。

 

 本来、俺は一人でやりたい。

しかし俺はまだ、鶴見留美をどうすればいいのか分からない。そんな愚鈍な俺でも、もはや誰かに頼ってでも行動を起こさない限り、何も変わらないことだけは理解していた。

 

 

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