駅前のショッピングモールは、家路を急ぐ会社員と、自由を謳歌する放課後の学生たちで溢れかえっていた。 俺の左右の手にぶら下がっているのは、一色いろはが「クラスの備品」と称して買い集めた、色とりどりの画用紙や装飾用のモール、そしてなぜか彼女自身の趣味であろう雑貨の袋だ。
「……おい、一色。この備品リストの中に、どう見ても私物と思われるクマのキーホルダーが入っているんだが、これはどう説明するつもりだ?」
「えー、それはレクの景品ですよぉ。……っていうか、比企谷くん、細かいこと気にしすぎ。女の子の買い物に文句言う男はモテませんよ?」
いろはは、俺の半歩前を軽やかに歩きながら、店先のショーウィンドウを覗き込んでいる。 時折、彼女は振り返っては、俺の重さに耐える死んだ魚の目を見て、クスクスと楽しそうに笑う。
「……モテなくて結構。俺の市場価値はすでに暴落して、上場廃止寸前なんだよ。それより、そろそろ茶の一杯でも飲ませろ。腕の感覚が失われて、さっきから筋肉から返事がない。」
「……じゃあ、あそこのカフェ、行きましょうか」
いろはが指差したのは、いかにも「インスタ映え」しそうな、パステルカラーのオープンカフェだった。 テラス席に座ると、いろはは自分のために甘ったるいフラペチーノを、俺のために最も安いブラックコーヒーを注文した。
「……ふぅ。……生き返るな」
熱いコーヒーを喉に流し込む。苦みが、冷え切っていた腹の底を温めていく。 目の前では、いろはがストローを咥えながら、じっと俺を見ていた。
「……比企谷くん。ちょっとは、元気出ました?」
「……元気なんて、最初から失ってない。俺はいつだって平熱だ」
「嘘。……さっきの教室での比企谷くん、本当に幽霊みたいで怖かったですよ? …奉仕部のこと、そんなに引きずってるんですか」
不意に投げかけられた直球に、俺はコーヒーを飲み込むタイミングを失いそうになった。 彼女からすれば、人間関係などお見通しなのだろう。いろはは、あざとく首を傾げながらも、その瞳で俺の心のひだを正確に読み取ろうとしている。
「……引きずってない。ただ、関係を清算しただけだ。……俺のような人間が、あんな眩しい連中に囲まれてるのは不健全なんだよ。……利用し、利用される。お前とのこの関係くらいが、俺には丁度いい」
俺がそう吐き捨てると、いろははフラペチーノのカップをテーブルに置き、不敵な笑みを浮かべた。
「……ふーん。……じゃあ、私も比企谷くんを利用し倒しますね。……一生、私の荷物持ちとして。……一生、私のわがままを聞く、都合のいいお隣さんとして」
「……一生とか、重いこと言うな。結婚詐欺の常套句だぞ、それは」
「あ、今の、責任取ってくださいねって意味ですから。……でも、比企谷くん」
いろはは、身を乗り出して俺の顔を覗き込んだ。
「……さっき、笑いましたよね」
「……は? いつの話だ」
「今。『重い』って言ったとき。……比企谷くん、少しだけ、嬉しそうな顔しました。……あーあ、やっぱり比企谷くん、一人じゃいられない寂しがり屋なんですねぇ。キモいですよ?」
いろはは、人差し指を俺の方に向けて、いつもの「あざとい」ポーズで俺を揶揄する。 だが、その言葉に、俺は言い返す言葉が見つからなかった。
……確かに、俺はどこかで安堵していた。 由比ヶ浜という光を失っても、一色いろはという劇物が、俺を地獄に繋ぎ止めてくれている。
友人、そんな綺麗な言葉で呼べる関係ではないかもしれない。 だが、打算と本音が入り混じり、互いの「黒い部分」を笑い合えるこの距離感は、俺にとって、初めて肯定できる居場所になりつつあった。
「……友人、か」
俺は、小さく呟いた。
「……なんだ、比企谷くん。もしかして今、私と友達になれて嬉しいとか思っちゃいました? ……ごめんなさい、無理です、付き合えません。価値観の不一致です」
「……告白もしてないのに振るな。お前のそのスピード感、光速を超えてるぞ」
俺たちが言い合う様子を見て、隣の席の女子高生たちがクスクス笑っている。 それを見たいろはは、なぜか満足そうに鼻を鳴らすと、フラペチーノの最後の一口を飲み干した。
「……比企谷くん。……今日、付き合ってくれて、ありがとうございました」
夕闇が街を包み込み、モールのネオンが輝き始める。 彼女の笑顔は、やはりどこまでも「あざとい」。 けれど、その奥に潜む満足感は、偽りのない本物のように見えた。
俺は、再び重い荷物を両手に持った。
明日になれば、また教室での孤立が待っている。雪ノ下との気まずい沈黙も、由比ヶ浜への罪悪感も消えはしない。けれど、隣で「次、あそこの店寄ってもいいですかぁ?」とふざけるこの少女がいれば、その地獄も、案外悪くない気がしていた。
「……ああ。……行くぞ、一色」
二人の影が、長い光の帯となってアスファルトに伸びていく。俺は初めて、自分の選択した「間違った道」を、肯定してもいいような気がした。