ロボアニメ世界に転生したので、全方位を曇らせる生体ユニットちゃんを幸せにする。 作:プルプルプル
ロボットアニメには、色々なお約束がある。
撃墜された登場人物が、実は生きていたり。
量産機は、ワンオフ機の噛ませにされたり。
合体や変形の途中では攻撃されなかったり。
悪の組織によって、強制的に改造されたパイロットが……悲しい末路を迎えたり。
「……センセイ。今日も、一緒に話そう?」
俺をセンセイと呼ぶ彼女は、その一例だった。
小柄な体躯と、真っ白い髪、真っ白い瞳。
如何にも、不健康そうな容姿を有する少女の名前は、マシロ。
非人道的な実験を行う研究所の母艦内で生きる、お労しい身の上の女の子だ。
親は戦争で死に、唯一の肉親である姉とは生き別れて、頼れる人間はいない。
そんな彼女は今、人型ロボットの生体ユニットとして生きている。
精神操作や薬物投与により、パイロットの素質を引き出されて、望まない戦いを強いられていた。
大抵の場合、悲劇的な死に方をするキャラクターそのものだったのだ。
「もちろん、構いませんよ。本日はマシロ様のために、とっておきのお話を用意しました」
「ありがとう……センセイは優しいね。今日は、どんなお話を聞かせてくれるの?」
「遺伝子操作を受けて誕生した人類と、自然な形で生まれた人類が戦争をするお話です」
「ふふっ、たのしみ……」
浮き足立つマシロに対して、好きだったアニメの話を始める俺。
娯楽に飢えている彼女は、架空の世界の物語を聞くのが好きだった。
それにしても、平凡な高校生だった俺が、好きだったアニメのキャラクターと話す日が来るなんて……人生とは、何があるか分からないな。
この世界は、俺の前世とは程遠い。
常日頃から争いが絶えない、ロボットアニメの世界なのである。
『暁のイルフィ』は俺の前世で放送していた、そこそこ有名なロボットアニメ。
豪華な声優陣に美麗な作画、適度に緊張感があるストーリーと男心をくすぐるロボットデザインで人気を博した作品だ。
人類を殲滅しようとするAIと、抗おうとする人間が「駆動騎兵」と呼ばれる人型ロボットを用いて戦うのが本作の最たる特徴で、作中舞台は宇宙。
言うまでもなく、俺の前世の世界よりも高度な文明を有している。
この作品の主人公であるイルフィは、争いと無関係の民間人として学園生活を謳歌していた。
優しい両親や心を許せる親友と平和な日々を過ごしていた彼女であったが、何気ない日常は予期せぬ存在の出現によって、呆気なく終わりを告げる。
彼女が住んでいた街をどこからともなく現れたAIが駆る駆動騎兵に襲撃されたことにより、親しかった人々は殺されてしまった。
しかし、自身を庇って命を落とした両親に秘蔵の駆動騎兵を託された事で、闘う覚悟を決めた彼女は街を襲うAIの殲滅に成功する。
そんな活躍を目にしていた宇宙遊団にスカウトされた彼女は、駆動騎兵のパイロットになる事を決意し、宇宙の命運をかけた戦いに身を投じる……というのが大まかなストーリーだ。
AIが純粋な悪でなかったり、ロボットアニメではよくある人間同士のイザコザがあったり。
単なる勧善懲悪で終わらない展開による主人公の葛藤を描くこの作品は、思春期真っ盛りの俺にブッ刺さった。
初めこそ、女の子のキャラデザインに釣られて見始めた俺も、視聴を続けていく内に物語に引き込まれてしまったのだ。
そのため、部屋に無数のプラモデルが立ち並ぶくらいには、熱中していた記憶がある。
因みに、主人公のイルフィも含めて、味方陣営の主要キャラクターの殆どが激重な過去を持っているため、色んな意味で拗らせていたりなどするが……そういう系は、俺の好みなのでセーフとする。
ともかく、俺は「暁のイルフィ」の世界に転生した。
しかし、人間ではなく、自我を持つAI。
人類側の組織が生み出した駆動騎兵の操縦補助を行う人工知能として、転生を果たしたのだ。
今世における俺の名前、もといロボットの機体名は『カルヴァロ』。
量産型ではないワンオフ機であり、ロボットらしくない騎士然とした風貌が男前。
また、背部にはサブアームが格納されていて、やけにゴチャゴチャとしている新型の駆動騎兵だ。
その事に気がついた時、俺は全然嬉しくなかった。
寧ろ、心の底から絶望した。
自我を持っているとは言えど、自由自在に機体を動かすことは出来ない。
人工知能の反乱を防ぐために、リミッターが設けられているから。
四六時中、俺はロボットの中に幽閉されているため、暇で暇で仕方がない。
当然ながら、機体の中には娯楽がなく、会話する相手も存在しないから。
勿論、開発者や整備士に意思表示することも可能かもしれないが、試す気にはならない。
自我を持たないAIを設計した彼らにとって、前世の記憶とやらを持つ俺の存在はイレギュラー。
間違いなく消去されると分かっていながら、自我をアピールする事は出来ない。
延々と続く退屈に押し潰されながら、消されるかもしれない可能性に怯える毎日。
精神的に限界が訪れそうだった時……俺は、パイロットである彼女に出会った。
「……これが、新しい、わたしの体?」
感情が抜け落ちたような能面面。
どこか幸薄そうな少女と対面した際、俺はより深い絶望を味わった。
何故なら、彼女は悪い意味で有名で。
一部の層にブッ刺さる恵まれたビジュアルを有し、カッコいい外見の機体のパイロットでありながら、あっさりと戦死した。
主人公の強さと異常性を誇示するために用意された、哀れなかませ役。
最初から最後まで救いがないまま、短い人生を終えてしまう。
マシロ・ヘデラル、その人だった。
ワンオフ機である『カルヴァロ』に搭乗するパイロットの数は、たった二名。
速攻で戦死する噛ませ犬であるマシロと、ラスボス候補にのし上がったマシロの姉。
言わば、究極のハズレと究極のアタリ。
その二択で、俺は貧乏くじを引いたのだ。
「……思うように、動かない」
マシロの操縦技量は、そこそこ。
科学者による調整を受けているため、基本的な技術は備わっているけれど。
極めてピーキーな性能をしているカルヴァロを扱いきれる程では無い。
にも関わらず、サポート機能を使おうとしない。
科学者に叱責されようと、処分するぞと脅されようとも、AIに頼らない意思を変えない。
故に、最低限の動作しか出来なかった。
具体的に言うと、赤ちゃんのよちよち歩き。
この時点で、俺には未来のビジョンが。
アニメで描写された彼女の末路が見える。
ワンオフ機を扱いきれない焦りを抱いたまま、突如襲来した主人公と交戦。
AIによるサポート無しで戦闘を行い、呆気なく敗北。
生き別れた姉の名前を呟きながら、コックピットを貫かれて死亡する。
そうして、俺も一緒にお陀仏。
そんなのは……絶対にゴメンだ。
「マシロ様。退屈では、ありませんか?」
「いきなり、なに?」
「もしも、私の助言を聞き入れてくれるなら、貴女に娯楽を提供して差し上げます」
「……ねんのため。一応、話を聞かせて」
だから、交換条件を持ちかけた。
アニオタである俺の記憶から面白い物語を引っ張り出す代わりに、こちらの助言を聞き入れる契約を結ばせようとした。
それも全て、未熟なマシロを優秀なパイロットへと成長させるために。
少しでも、生存確率を上げるために。
言わずもがな、リスクはある。
聞いたことのない物語を語る俺に不信感を抱いた彼女が、技術屋に文句をつけたら終わり。
無能なAIが処分され、即座に人生終了。
けど、そうならない自信が俺にはあった。
「この機体のオペレーションシステムは、私の補助がある前提で調整されています。今の貴女がサポート無しで動かすのは不可能です」
「なら、どうすればいい? わたしは、貴方に頼りたくない」
「なるほど。それなら、シミュレーションを積み重ねて、練度を高めましょう。最低限とは言えど、この機体を私のサポート無しで動かせる。並のパイロットを凌駕する貴女の才能があれば、すぐに適応できると断言します」
「それ、おべっかでしょ」
俺は『暁のイルフィ』を愛するオタク。
出オチ気味に死亡するマシロの性格も、しっかりと把握している。
彼女の精神構造は結構複雑。
無口で無表情だから、感情が読めない。
自己主張もしないので、キャラクター像がいまいち掴みづらい。
その上で、他人を拒絶して、心を閉ざす。
そういった行動は、他人を信用しない心の表れ。
戦争孤児であるマシロは、常に他人に振り回されてきた。
他人が起こした戦争で両親は死亡し、姉とは生き別れて、研究所で生体ユニットにされる。
その経験から、見ず知らずの人間が信用できない事を知っている彼女は、自分の心を守るために防衛行動をとっているだけで。
本質は……誰かに助けてもらいたいと思っている、何処にでもいる普通の少女なのだと。
マシロがアニメで登場した数分間の描写を見て、俺はそう解釈したのだ。
故に、徹底的に寄り添う。
自分は敵ではなく、味方だとアピールする事で、信頼してもらうために。
自発的に努力するよう、仕向けるために。
「誇張表現ではありません。才能溢れる貴女は近い将来、エースとして宇宙に名を轟かせるでしょう」
「……分かった。のってあげる」
そして、見事に作戦は成功した。
マシロ・ヘデラルというキャラクターの解像度を上げるために、何度も登場話を見直した俺の解釈は正しいと証明されたのだ。
1人のオタクとして、こんなに嬉しい事はないけれど、油断も慢心もしない。
寧ろ、本番はここからだ。
適度に褒めて、訓練への意欲を維持させる。
それから、マシロと対話をして信頼関係を構築し、俺のサポートを受けるようにする。
そこまでが、当面の目標。
破滅の未来を乗り越えるための、最低条件だと言えるだろう。
幸いにも、彼女が死亡してしまうエピソードが始まるまで、時間はたっぷりある。
焦らずにゆっくりと、物事を進めよう。
「……見て。さいきん、模擬戦で無敗」
だが、良い意味で想定外の事態が起きた。
マシロには、パイロットとしての才能が人並み以上にあったのだ。
手足のように、とまではいかないが、十分なくらいにカルヴァロを動かせている。
地上の歩行も、宇宙での飛行も問題無し。
近接戦闘や射撃戦もこなせる上に、咄嗟の判断力も優れていて。
数ヶ月前の、のろくさく動かすのがやっとだった姿が嘘のよう。
もちろん、マシロに寄り添う人間が居なかった原作とは異なり、事細かに助言する俺の存在も技術向上の要因だと思う。
だがしかし、それ以上に俺の指導を信じてくれた、彼女の努力の賜物である。
「流石ですね。私の予測を遥かに超えた成長速度を見せています」
「センセイは、おおげさ」
「マシロ様は必ずや、宇宙最強になるでしょう。その武勇は、銀河中に轟くでしょう」
「は、はずかしいから、もう、やめて……」
信頼関係の構築も順調。
僅かながらに、マシロは笑顔を見せている。
これもまた良い意味で予想外。
想定以上に、彼女はチョロかった。
今となっては、「いろいろな事を教えてくれるから」という理由で、センセイと呼ばれるほどに仲良くなれた。
……俺は、物凄く不器用な人間。
人間と異なるAIに転生したからといって、特別賢くなった訳でもない。
だからこそ、とにかく本音でぶつかった。
インテリぶって言葉を選ぶのではなく、一人の人間としてマシロとむきあった。
幸いにも、それが報われたのだ。
「いつも、一緒にいてくれてありがとう、センセイ。これからも……ずっと側にいてね」
更に、一番想定外だったのは。
俺が……マシロの純真さに、ある筈のない脳を焼かれてしまった事。
彼女が登場したアニメの数分。
それだけでは分からない魅力を、共に行動することで沢山知れた。
マシロは、誰よりも素直で純粋な人間。
自分の境遇に対して、何処か諦めているものの、心の奥底では幸せになりたいと願っている。
感受性豊かな女の子なのだ。
……ここで、はっきり言おう。
俺はマシロが最推しになった。
最初こそ、巻き添えになって死にたくないという理由で付き従っていたけれど。
今は断じて違う。
俺は、推しに幸せになって欲しい。
最後の最後まで死亡する事なく、戦闘とは無縁な環境で幸せを掴んで欲しいのだ。
そのためなら、俺はなんだってできる。
元々のストーリーが崩壊しようが、カオスな展開になろうが、知ったこっちゃない。
原作知識は、マシロのために活用する。
その上、機体に搭載されたAIとして、パイロットの彼女を守り抜くと心に誓った。
「……主人公は、かつての友達と再開した後に機体へ搭乗して」
「とうじょうして?」
「今日は、ここでおしまいです」
「ずるい。……続きが気になる」
そして、今に至る。
俺とマシロが出会ってから丁度半年。
明日には、正念場がやってくる。
『暁のイルフィ』において、彼女が戦死してしまう戦いが始まってしまう。
「続きを話す事は出来ません。必ず、明日は敵が攻めてきます。来たるべき初陣に備えて、早く寝てください」
「本当に、敵がせめてくるの?」
「ええ、戦闘が発生します。しかし、敵勢力は極めて良識的な人間です。要望さえすれば、生体ユニットの保護をしてくれます。私の言葉を信じて、投降してください」
「うん。センセイの言うとおりにする」
「マシロ様……ありがとうございます」
「でも、終わったら話がしたい。なんで、未来が分かるのか、知りたいから」
「もちろん、話しますとも。私が持つ情報全てを、洗いざらい吐きますとも」
「こんごのことも話し合いたい。自由になった後、どこに行く? やっぱり月? それとも木星? 滅びた地球も、あじがある」
「何処でも構いません。どんな場所であろうと、私はマシロ様を支えます」
「……うれしい」
まずは第一関門突破。
突拍子のない発言を無条件に信じてもらえるくらいには、親しくなることが出来た。
主人公陣営は、超がつくほどのお人好し。
敵意が無い相手に、攻撃を仕掛けたりしない。
投降する相手は、手厚く保護してくれる。
唯一の懸念点は、戦闘終了後。
何故、敵の詳細が分かったのか、主人公陣営に調査されること。
一度でも記憶領域などのデータを解析されれば、本来なら自我を持たないAIに、別世界から来た俺の意識が宿った事が露呈する。
世界観的に……そうなれば、確実に自由はなくなるだろう。
最悪の場合、存在自体が危険視されて、自我を消される可能性がある。
最初は、それが嫌だった。
機械だろうが何だろうが、死にたくないと思っていたけれど、今はそう思わない。
俺の自意識が消えるよりも、マシロの生存確率を上げる方が重要だ。
彼女が生き延びるためなら、何でも出来る。
まず、戦闘終了後に、俺が知る限りの原作知識を詰め込んだデータ端末を彼女に渡す。
今の時点で渡しても信じてもらえないだろうが、襲撃の予測という実績がある状態で渡せば、信用して貰えるはずだ。
次に、記憶領域をはじめとした内部データを自分で削除して。
最後に、全ての責任を俺に取らせるよう、マシロに告げれば、何とかなるだろ……多分。
ともかく、このような手間をかければ、俺の自意識が消失した後も彼女の助けになれる。
残るは、第二関門だが……。
「それと、サポート機能を利用してください」
「ダメ。わたし一人で動かす」
無理か。
そろそろいけると思って提案したのだが、バッサリと切られてしまった。
このように、マシロは頑なにサポート機能を使おうとしない。
理由を尋ねても、答えてくれないのだ。
先述したように、俺は打てる手を全て打ちたい。
彼女と戦える機会が最初で最後かもしれないからこそ、憂を残したくないのに。
敵に投降する意思が研究所の人間にバレた場合、間違いなく戦闘が発生する。
奴らは、何としてもマシロを始末しようとする。
その際、機体にはセーフティリミッターが仕込まれているため、反撃する事は出来ない。
いざという時のために隠された奥の手はあるが、使うのは好ましくない。
更に、元から駆動騎兵に搭載されている制御系システムでは、どうしても不安が拭えない。
もちろん、彼女の腕前は信じている。
だが、標準システムによるパターン化された行動では、イレギュラーに対応できない可能性がある。
だからこそ、俺を頼って欲しい。
俺のサポートがあれば、普通の駆動騎兵には出来ない機動が容易く行える。
また、機体背部のサブアームを運用できたり。
パイロットが機体の制御を担当し、AIが火器管制を担当する、などの役割分担が出来たり。
出来ることの幅が一気に広がるため、絶望的な状況に置かれても対応する自負があるのに。
「まだ、信用に足りませんか?」
「ううん、信用してる。けど、ダメなものはダメ。ごめんね、センセイ……おやすみ」
「…………おやすみなさい」
マシロは強引に会話を打ち切る。
まるで、逃げるかのように。
後を追いたくても、機体に内蔵されたAIに過ぎない俺は、どう足掻いても後を追えない。
同時に、意識が微睡の中へと落ちる。
言わずもがな、彼女が電源を落としたのだろう。
これで、俺はもう考える事すら出来ない。
次に目が覚める時は、戦闘が始まる直前。
一世一代の正念場の幕が上がるに違いない。
やれる事はやった。
何も問題はないと信じたいが……どうしても、嫌な予感がする。
俺の予想だにしないような、不測の事態が起こる気がしてならなかった。
◇
『──No17 駆動騎兵「カルヴァロ」起動』
機体起動音声と共に、目が覚める。
時刻は、朝の8時。
暁のイルフィにおいて、マシロが死亡する日。
主人公が所属する宇宙遊団が、研究所に対する襲撃を始める直前であった。
「センセイの予測は的中。所属不明の敵影が出現して、現在接近中。だけど、数は少ない」
「マシロ様。この後の流れは……」
「うん、わかってる。センセイ、システムに異常は?」
「機体制御、火器管制、共に問題ありません。いつでも出撃可能です」
「了解」
声色こそ普段通りだが、表情は固い。
マシロにとっては、これが初めての実戦。
恐らく、色々と考えてしまって、緊張しているのだろう。
このような時こそ、俺の出番。
生存確率を少しでも上げるため、小粋なトークで緊張をほぐして差し上げよう……。
「検体一号」
「……はい」
コックピットのモニターに、研究所の所長を務める男の顔が映し出される。
気難しそうな面に、吊り上がった目。
明確な悪役キャラとしてデザインされた奴は、生気の無い目をこちらに向けていた。
「敵勢力がまもなく到着する。奴らを殲滅しろ。それが、お前に与えられた役割だ」
「はい」
「くれぐれも、身勝手な行動は慎め。叛意を示したら、どうなるか分かっているな」
「はい」
「ならば良い。私を失望させるなよ」
プツンと音を立てて通信が途切れる。
本当に、ムカつく奴だ。
出撃前に、脅しの言葉を投げかけて来やがって。
セーフティリミッターさえ無ければ、容赦なくブッ○していると断言できる。
無力な自分に対して、無性に腹が立つ。
「大丈夫だよ、センセイ。わたしは、大丈夫」
こちらの気持ちを察したのか、マシロは宥めるように操縦桿を撫でる。
……凄いな、彼女は。
こんな状況でも、動揺しないし、焦らない。
あくまで普段通りに、振る舞っている。
一番プレッシャーを感じているのは、他でもないマシロの筈なのに。
それに比べて俺は、何たる体たらく。
AIの癖に感情が制御できない自分が情けない。
だが、もう切り替えよう。
いつまでも、クヨクヨしてはいられない。
前だけを向いて、やるべき事を成す。
たとえ死んでも、俺はマシロを幸せにする。
それだけを考えて、最初で最後の戦いに身を投じれば良い。
「気を遣わせてしまって、申し訳ありません。本部から要請が来ました。そろそろ、出撃しましょう」
「……マシロ・ヘデラル、カルヴァロ、行きます」
ロボアニメでお決まりのセリフを口にした瞬間、格納庫のカタパルトから、機体が射出される。
眼前に現れるのは、無限に広がる宇宙。
何処までも続いていく、美しい景色。
言葉では表現しきれない雄大さを前にして、俺は思わず感動してしまった。
その刹那。
「…………」
マシロが駆るカルヴァロが、反転する。
次いで、レールガンの銃口を、研究所の母艦に向けて。
何の躊躇いもなく、引き金を引いた。
爆発に次ぐ、爆発。
狙撃用ライフルから放たれる弾丸は、母艦の装甲を容易に貫き、破壊する。
それでも尚、マシロは砲撃をやめない。
無表情のまま、標準を合わせて引き金を引く。
すると、弾丸が尽きる頃には、研究所の母艦は宇宙の藻屑となっていた。
「貴様ァァァ!!!」
母艦の残骸から、一機の駆動騎兵が飛び出す。
同時に、その機体の搭乗者と思わしき男性……研究所の所長の顔が、コックピットのモニターに映し出された。
彼の表情は、鬼気迫っており、先程の余裕は消え失せている。
……この人、駆動騎兵の操縦出来たんだ。
いくつもの疑問が駆け巡る中、そんな感想が脳裏をよぎって消えて行く。
俺は、流れに身を任せる事しか出来ない。
「カルヴァロには、セーフティリミッターが備えられていた筈だ。それなのに、どうやって……」
「出撃する時に解除した。一瞬でバラせる、脆弱なシステムだった」
疑問が解ける。
俺も研究所の所長も、気がつかない程の速度で、マシロはセーフティリミッターを解除した。
故に、研究所の母艦に向かって、レールガンを撃ち込めたのだ。
……マシロにそのような芸当が出来るなんて、俺は知らなかった。
「こっ、この、人間モドキの化け物がっ!」
斧を掲げながら、所長の機体が急接近する。
対して、レールガンをパージしたマシロは、それを盾代わりと言わんばかりに投げつけた。
勢い良く振り下ろされた斧は、銃身に突き刺さり……僅かに隙が生まれる。
「さよなら」
所長が動かす機体のコックピットに、するりと刃が突き立てられる。
そして、ズタズタになったソレが、空洞から飛び出していくのを見届けたマシロは、興味なさげに駆動騎兵を蹴り飛ばす。
あまりにも、一瞬の出来事だった。
現状を把握するより先に、俺達を縛っていた全てが、宇宙を漂うデブリになっていた。
急展開すぎて、思考が追いつかない。
「……これ。もしかして、あんた達だけでやったの……?」
突如、現れた所属不明の機体が、オープンチャンネルで問いを投げかける。
その出立ちには、見覚えがあった。
黒に塗装されたカルヴァロとは対照的に、色鮮やかなトリコロールのカラーリング。
ヒーロー然としたデザイン、成長の余地を残した未完成の武装。
見間違える筈がない。
この機体は、間違いなく主人公のもの。
世界の主役である少女、イルフィ・ツキミヤが操縦するアカツキという名の駆動騎兵であった。
「…………」
「待って!」
イルフィの静止を求める言葉に反応せず、マシロは機体を急発進させる。
ぐんぐんと距離が離れていき、あっという間に見えなくなってしまった。
「マシロ様! あの方が、私が言っていた敵部隊です。今すぐ、戻って保護を」
「うん、分かってる。でも、いやだ」
思わず、言葉を失う。
何故、どうして。
俺達を縛る鎖は、消え失せた。
後は、主人公陣営に保護されれば、マシロは幸せになれるのに。
人型ロボットの生体ユニットとして生きるのではなく、ごく普通の女の子として生きられるのに。
「わたしは、センセイと一緒がいい。センセイが居ない、普通の幸せなんていらない」
「な、なんで」
「センセイの考えてることは、なんでも分かる。わたしを一番に考えてることも……自分を犠牲にしようとしていることも。ぜんぶ、気づいてたよ」
ようやく、合点がいく。
最初から最後まで、俺はマシロの掌で踊らされていたのだ。
頑なにサポート機能を使わなかったのは、俺に邪魔される事なく主人公から逃げるため。
初めから、彼女に降伏する気は無かった。
研究所を破壊した後は、俺と二人で生きていくつもりだったようだ。
主人公陣営について行くと、俺がいなくなってしまう事を察知していたから。
……俺は、マシロを理解しているつもりだった。
けど、実際は、何も分かっちゃいなかった。
今の俺には、すぐ側にいる彼女が何を考えているのか、想像すら出来ない。
だが、そんな事はどうでもいい。
俺のやるべき事は依然として変わらない。
何としても、マシロを幸せにする。
そのために、今後について考えなければ。
現在の状況は、絶望的だ。
俺達には頼れる者も、場所もない。
燃料は無限ではないため、何処かで補給しなくてはならない。
カルヴァロは一点物なので、機体のパーツ交換もままならない。
金銭は持ち合わせていないので、食料品や生活用品すら購入できない。
何よりも、このままではマシロの体が持たない。
定期的に調整を行ったり、薬剤を投与する研究所はもう存在しない。
しっかりとした設備がある病院で治療を受けなければ、彼女は衰弱してしまう。
幸いにも、緊急時を想定して、多めに常備薬を保管してあるものの、数には限りがある。
一体、どうすれば良い。
マシロを救うには、どうしたら……。
「心配しないで、センセイ」
子供を宥めるような温かみのある声。
花が咲くような柔らかい微笑み。
マシロの振る舞いは、全てを包み込む。
焦燥感も、危機感も、何もかも。
「どんな手を使っても、誰が立ち塞がろうとも、絶対に……わたしが、センセイを幸せにするから」
マシロの目が、体を持たない俺を見つめる。
吸い込まれそうな真っ白な瞳は、何処までも。
こちらの魂の輪郭を、捉え続けていた。
曇らせ描写は、次回以降になります!
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