Fateセカンドクラス   作:佐藤夜空

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第11話

「くっ……おじいちゃん、なに、が……」

「奇襲だ、サーヴァント……それも、早い!」

「――きゃきゃきゃきゃきゃきゃ。ノガシタ、ノガシタ、オンナ、オンナ!」

 短刀を構えるおじいちゃんは見えるけど、目の前の敵が見えない。

 怖い、喉の奥が震える、立てない、唐突な事で血の気が引いて。

「守り切れなかった……マスターに傷を負わせたこと……我の一生の悔いだ!」

 頬がキリキリと痛み、抑えた手が赤黒く染まっている。

 ……切られた、おじいちゃんが居なかったら確実に死んでいたわ、私。

 カメラアングルのように意識が乖離し、ギリギリのところで踏みとどまってはみるけれど。

……見えない恐怖が心臓を撫でているようで、気持ちが悪い。

「未だ、その醜態を見せぬとは……陰なるモノよ、貴様、それでも英雄か?」

 暗黒に染まる目の前の部屋、静寂に満たされた廊下、揺らぐ天井。

「ワカラナイ、ワカラナイ、コロス、コロス、オンナダク、オンナダク!」

 腐った魚のような匂いが鼻孔を這い、全身の骨を震わせ、言葉を壊していく。

 ……喋りたい、大丈夫だって言いたいのに。

 熱がポタポタと頬から零れ、鋭い冷気の流れが心を蝕んでいく。正体不明の敵、居場所さえ特定できないサーヴァント。

 ……コレだけでも充分怖い。

「オンナヤル、オンナヤル、タノシム、タノシム!」

 目前の暗がりからドブのような汚い奇声が広がり、耳奥をねっとりと張り付き、シャンデリアが微かに揺れ。

「キサマァァァァ!」

 金属音が鼓膜を切り裂き、おじいちゃんの刃が火を噴いた。

「ヒェッ……」

「ケケケケケケ! 見えた、見えた!」

 闇夜に浮かぶ赤が宙を舞い、舐め回すような視線が私を捉えている。

「逃げろ、マスター! 私が、この外道を……殺してやる!」

 追撃を抑えるおじいちゃんの必死な呼びかけ、闇に溶け込んだ敵、恐怖心、不安――死。

 ……逃げろ、とおじいちゃんは言っていた。

 散らばってしまったパズルのピースを埋めるように、思考と感情の波が小さく、理論の帆を掲げ、意識が再び現実へ立ち戻る。

「逃げないわよ、私!」

 小刻みに揺れる血塗れの手を床に這わせながら描く、魔法陣を。

「……マスター」

「だからおじいちゃん、私に付いてきて!」

「ケケケケケケ! タノシイ、タノシイ! モットコロス、モットコロス!」

「良かろう、マスター! 作戦指示はマスターに任せる、信じているぞ!」

 ズルズルと引き下がった脚が一歩踏み出し――再度、火花が上がる。

 ……ええ、期待しておいて頂戴。

 血に染まった視界を魔法陣へ向かせながら、懐をまさぐると――あった、予備の砂袋が。

 ……予備の砂だから量は割り切るしかない、威力と射程距離は低め。

 あくまでおじいちゃんの補助として魔術を発動させる。妨害できなければ意味が無い。

 空気が砂のように重たくて、血に染まった指先の震えが止まらない。心臓の高鳴りが呼吸を乱すほど強くて。

 ……止めてたまるか、弱いままでいられない!

 チャンスは一度きり、唇にへばり付いた鉄の味が口内に広がって、覚悟が凝固する。

 六芒星中央部に太陽を描いた魔法陣が赤黒く、血生臭さが鼻孔を満たしていく。

 ……心の中で詠唱しつつ、敵陣に突っ込み、砂柱を当てる。

 目標を今一度、冷静に観察する。

 揺らぐシャンデリアとタンス、冷たく固まった風が左右、頭頂部に伝わり、短刀を叩く金属音が耳奥で弾け。

 ……これって金属音じゃなく、爪の音かも。

 微細だけど、音に詰まりが出ている場面があったわ。

 ……相手の攻撃方法が爪なら、態勢を低くしたまま突っ込めるかもしれない。

「マスター、耐久はいいが限度はある。なるべく、早めの指示を!」

 一瞬、振り返ったおじいちゃんは苦悶の表情を浮かべる。

 懐に閉まっていた砂袋を握り締め――

「ええ……」

――床を踏み締め、恐怖に立ち向かう。

耳元を掠める金属音が鼓膜を叩き、鼻孔を強く抜けた黴臭さと血生臭さが詠唱を拒んでいる。

「くっ……」

おじいちゃんの背中は大きくなるが、打撃音と風の流れも激しさを増している。

……当たり前だけど、普通に通るのは無理だわ。

忍者のような低姿勢のまま敵陣へ。

「ほう、貴様。随分と我を楽しませてくれるではないか。もっと、我で上がるがよいぞ!」

 ……我は汝、汝は我、六芒星の神々よ。

「ウルサイ、ウルサイ、オマエコワレロ、オマエコワレロ!」

 右手に吹き荒れた風が後ろ髪を浮かせ、視界を黒く染めるが、私の闘争心までは塞げない。

 ……砂の神、砂漠のセト神よ、我に大いなる力の一片を。

「ふ、短気な奴よな……前菜として。この戦、思う存分楽しむがよい!」

 おじいちゃんの声色と手捌きは弾み、駆ける私の詠唱もクライマックスへ向かう。

 ……万なる大地の恵みを持って、その支柱、解せよ!」

 背中を越え、闇が――赤黒い瞳が、息遣いが聞こえる距離で蠢く。

「下がって! デザート・スピア!」

 見えない敵へ、ばら撒いた砂袋がパン生地のように膨れ上がり、砂柱を作り。

「マスター、我が止めを刺す。後方支援に……」

倒壊音と共に、支柱は粉を吹きながら周囲の視界を汚す。

「ケホッケホッ……流石に、至近距離は」

 窓ガラスが飛び散り、月明りと砂塵が煌めいていた。

「キョリ、チカイ……コロス……」

 避けようのない殺気が目の前に居た。短縮した魔術のせいで柱は、ただの砂に戻っている。

 ……あ、今度こそ死ぬかも。

飛び交う砂塵が静寂を開き、闇夜が牙を剥き――

「阿呆が。ここまで低能だと、もはや呆れを覚える」

「ゲェェェェ!」

 ――細長い棒、槍先が赤く濡れていた。

「ナゼ、ナゼ、ナゼ、ナゼェェェェ!」

「道化師風情が……身を弁えろ! マスターの指一本すらも触れさせん!」

 風圧が指先を震わせ、恐怖が喉元を流れ、暗い視界が更にぼやける。

 ……何が、一体、起きたの。

「ユルセナイ、ユルセナイ、ツヨイ、ツヨイ、ツヨイ、ツヨイ!」

「褒め称える事でも無かろう。長槍が貴様の油断を貫いた、までの事よ……」

 左隣で長槍を構えたおじいちゃんの頭には鹿角が生え――いつの間にか全身黒の甲冑を纏っていた。

「ギィィィィィィ!」

 赤い瞳が見開き、滴る水音が空気を黒で満たし、漆黒が微かに上下する。

「諦めろ、勝負は決した!」

 一拍だった、ほんの一呼吸の間――

「ニゲル」

「逃がすか!」

 ――目の前で四散した青白い粒子が二つに切り裂かれ、槍が宙を舞っていた。

 静かな闇夜が荒れた余韻を咀嚼し、割れたガラスに月明かりが反射する。

「マスター怪我は?」

「ええ、大丈夫よ。おじいちゃんこそ、無事?」

 振り返るおじいちゃんの微笑みが青白く輝いている。

 冷たい夜風がこめかみを柔らかく抜け、戦いの余韻が胸を軽く締め付けていた。

 

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