第三章 協力者
「やはり……牡丹の言う通り、行方不明者は百、いや二百名以上に膨らんでいるわね。高知県だけに集中している、のが……臭いわね」
パソコンのキーボードの跳ねが思考を飛躍させ、斜めに掛かる夕立が視界をオレンジに染めていく。
「マスター。三時間も板と向き合っている。どうだ、この辺で。茶菓子で休憩でも……」
立ち込める抹茶と香ばしいバターの匂いが鈍感になった鼻孔を抜け、高鳴った腹の虫が部屋中に響き渡り、顔に熱が溜まっていくのを感じる。
「身体は正直なようだが……」
「う、うるさいわね! きゅ、休憩するわよ……全く」
どうしておじいちゃんは空気が読めないのか。
茶菓子を手に取る行為がおじいちゃんの行為に正当性を持たせるような気がして――
陶磁器が机にぶつかる音、立ち込める半透明の湯気、おじいちゃんの柔らかな視線。
「んー! 美味しいわね! クッキーと抹茶って意外と合うのねぇー」
――口内に広がるクッキーの甘み、後を追うように抹茶の苦味と深みが鼻孔を抜けていく。
「だろう、マスター。やはり我の采配は当たっていた!」
ウサギのようにピョンピョンと身体を震わせるおじいちゃんは、今にでも亀と対決しそうな勢いで、怖いくらいのキャラ崩壊を起こしていた。
「そんなに……喜ばなくても、いいと思うわよ?」
「そ、そうなのか?」
しゅんとタンポポの花が萎れるように、おじいちゃんの肩は下がっている。
冷え始めた空間に一つだけ、抹茶入りカップだけが手元を温めていた。
「ま、まあ。それより……共有したい事と相談したい内容があるのだけど……いいかしら?」
夕立が斜陽に。
薄青に染まる外界と足元に流れ込む冷気が、陽気な雰囲気を剥がし、心拍音が耳奥で規則的に唸る。
「うむ……良いだろう。話せ……込み入った話は、我とマスターしかいない時にしか出来ないのだから、な」
じっくりと頷いた右隣のおじいちゃんの双眸が僅かに揺らぎ、緊張が雷のように身体の芯を抜け、喉元が少し震えているのが分かった。
……常に緊張感は持った方が良いわよ、杏。
軽く息を吐き、おじいちゃんを真っ直ぐ見据えて、話す。
「ネットニュースと掲示板サイトの関連記事を漁って見ていたわ」
行方不明者の弟や親族の投稿が多くて、遊び半分で被害を記事にする連中も居るけれど。
「おおよそ、半分くらいは事実だと思う。ほら、コレなんて掲示板だけど、しっかりと場所や住所が書かれているわ」
パソコンを両手で掴み、液晶をおじいちゃんに向けながら信憑性を肉付けていく。
「ふむ……確かに、我々がサーヴァントのいざこざを観戦した場所に近い……」
顔を近づけ、眉をひそめるおじいちゃん。
「何か気になる事でも?」
「少しの時間でいい、パソコンを貸してくれるか?」
沈殿する疑問をかき混ぜようと、おじいちゃんの手が伸び、私は浅く頷きつつパソコンを委ねる。
筆を持った少年のように真っ白なキャンバス――パソコンに手を動かしていく。
「疑問は解消できそう?」
カーテンを閉めながら、ついでに、風船のような中身の無い言葉を並べる。
「マスター、この写真。暗闇で分かりにくいと思うが、マスターの通う学校の制服では無いか?」
「え、うそ!」
思わずパソコンに身体ごと近づける――熱湯に手が触れ、瞬間に掌を逃がすような反射的速度で。
「こ、この辺だな……」
画面に指先を当てるおじいちゃんのテンションが半音下がった気がする。物理的に全身が丸みを帯びて、全身が一回り小さくなった気が。
「何となくだけど、距離を置かれているような気がするわ」
差し込まれた沈黙は冷たく、受け取る視線は薄く、まるで道路に張った氷のようだ。
「ま、まあな……獲物を得た肉食性の動物のようでな、つい……」
コンクリートのように硬い笑顔を見せるおじいちゃん。
その裏で張り巡らされた灰色の気持ちが、耳奥を塞ぐように振動させ、不満が声帯を震わせた。
「か、隠すことが出来ないのなら! せ、せめて……無視しなさいよ!」
抹茶のざらつきが舌先を軽く撫で、苦味が後を追っていく――
「悪かった、マスター。コチラ側に落ち度がある事は明確……許して欲しい」
――まるでおじいちゃんと私の関係みたいだわ。