真夜中のようにドス黒い沈黙がパソコンに反射し、画面が僅かに揺れる。
……背負っているモノの重みは分からないけれど、大きさなら理解できるわ。
ポケットからスマホ取り出し、立ち上がり――
「これ以上の被害は出さない、わよね?」
「あ、ああ……」
「今から行くわよ!」
「ど、何処へ向かうつもりだ? 知ってはいる筈だろうマスター。中で罠を張った方が安全なくらい……」
――左腰に手を当て、高らかに目的地を見せる。
「おじいちゃん、決まっているでしょう? 聖堂教会よ!」
「ねぇ、おじいちゃん……頭で分かってはいるわよ、居るけれど……流石に、疲れたかも」
踏み込んだ靴底が地面の冷えを反射し、木々の唸りと共に流れた冷風が前髪を掻き乱し、黒々とした視界が不安を煽っている。
「我慢するしかないぞ、マスター。人々の注目が過ぎ去るまでは……な」
おじいちゃんの視線と含んだ声が上を向き、私も倣うように頭上を見上げた。
一面の星々が視界に輝きを与えていた。
「綺麗ね……いつ見ても……本当に言葉が出ないほど、だわ」
ポツリと呟く一言は宇宙に届かず風音に消され――唇が冷たく震える。
届かない高みがあって、星々からしてみれば人間の命くらい桜の花びらみたいに小さくて脆い、草木の揺れ程度の存在なのだろうか。
「星々の輝きだけは、我々が何者であったとしても変わらずに美しさを保ってくれている……」
右耳を掠める着物の擦れが、鼻孔を抜ける樹木の青臭さを薄め、顔が熱くなる。
「私って、まだ青いかも……まだ、おじいちゃんみたいに。綺麗で思慮深い考え方なんてできないから……」
私の思考は昼間だと思う、おじいちゃんみたいに闇夜を照らす方法や星々の輝きが現れてはいない人間。
「羨ましいわ、おじいちゃんが。私には、その感覚が無いのよ」
万華鏡のような視界を足元の暗がりへ戻す。
闇夜が足元に絡みつくようで、ぼやける視界が心臓を叩き、防音室の如く耳奥を塞いでいた。
……何もかも不足している私が、おじいちゃんの子孫で良いのかしら。
人道を避けるように立ち並ぶ木々の揺らめきは、まるで私の心を反映しているみたいで。
悔しくて拳が熱く震え、涙が滲み――
「自分を許せ……それが出来てこそ他人を守れる。己に自信を持て、そうすれば自身の望みが叶う」
――ドロドロに溶けた感情を、おじいちゃんの手が掬ってくれた。
その手は温かくて、大きく頑丈だった。
「自分を……許す、か」
言葉を咀嚼し、ゆっくりと呑み込む。
喉元の熱さが沸騰した湯気のように吐き出され、夜闇を白く染め、黒々とした感情が流れていくのを感じる。
……おじいちゃんの言う通りかも、ね。
自分を許せない人間は許す経験をしたことが無い。
……そんな人間が他人を許すなんて、出来ないわよね。
顔を真っ直ぐ整え、全身の力を抜きながら口元を動かす。
「私に足りない要素かも、ね。私は私だと思う……改めて実感したかも……」
凍てつく空気を温かさに変え、私は呼吸を紡ぐ。
「だから。なるべく、他人と比較しないで生きようと思ったわ!」
「なるべく、なのか。マスター」
「何よ、不満かしら? 正直で居てくれと頼んだのは、おじいちゃんなのよ?」
言葉の矢印を向けるように、くるりと身体を右へ回し、私は軽く笑ってみせた。
微笑んだおじいちゃんと目が合う――星々の瞬きがスポットライトのように注がれ、視界は輝きを取り戻しているようだった。
「フッ……マスターらしい回答だな……」
薄い沈黙が語尾の重さに沈み、周囲の観客が左右に揺れてざわめき、再び視界が闇に溶ける。
後を追うようにおじいちゃんの微笑が、熱を帯びた感情を冷やし、私に背を向けさせた。
「そ、そこは真面目に受け取る場面でしょ?」
雲に隠れた月夜が、恥ずかしさで悶えそうになった私の気持ちを代弁しているようで、思わず目を閉じてしまう。
「大丈夫だ。マスターの事をバカにしている訳じゃない……」
「そ、そうなの?」
圧縮された布団が膨らむように、嬉しい感情が反発する夜闇を押しのけ、現実世界が体温に蓋をした。
花々の甘い香りが鼻孔を冷たく抜け、舌先に残った抹茶の渋みが喉元を唸らせると、青白い布の流れが理性を促す。
……喜んだり冷静になったりって、ルービックキューブみたいだわ、私。
多面性に手足が疲れ、足裏に付いた石の固さが身体の軸を乱していく――踏んだり蹴ったりとは、正にこの事だと思う。
つま先が宙を舞い、躓きかけて。
「夜闇は転びやすい。我も出来るだけサポートしよう」
爽やかな風が指先に流れ、流れ星のように青い着物が視界を埋め、心地よい息遣いが耳奥で囁いていた。
抱えられたその腕がゆっくりと後ろに戻り、視界上端に映る枝葉が中心部に。止まっていた時計の針が動き出す感覚があった。
「あ、ありがとう。おじいちゃん」
ズボンに付いた砂埃を手で掃いながら、私は右隣に佇むおじいちゃんへ感謝を伝える。
「うむ。当然のことだ、マスター」
「当然の事、だとは思わないわよ。おじいちゃんが傍にいるからこそ、私は聖杯戦争をやっていけるのよ」
おじいちゃんに言い聞かせているように見えて、これは私自身に刻む言葉だ。腹の虫が鳴るように、腹時計が機能するみたいに、意識という枝に接ぎ木すべき意思でもある。
……勘違いしたくないわ、これ以上。
「我は満足だ、マスターよ……コレでこそ、我が従い共に歩むヒトのカタチであると……」
スポンジが水を吸い込むように、自分の感情が熱く満たされていくのを感じる。
喉元の熱さが指先にまで伝い、熱を刻み込むように掌を強く握り締め、マスターとしての格が上がった事実を咀嚼していく。
「うん、私……もっと成長して、おじいちゃんと肩を並べられる……アナタが誇れるくらいのマスターになるから!」
言葉が夜空に消えていく――今度は風や木々のざわめきに邪魔されずに。
黒い静寂に溶けていく。
「そうか。頼もしいな、我は嬉しいぞ」
腕を組みながら喋るおじいちゃん。
静かな口調だけど、それ故に心の隙間へ言葉が浸透し、私の足取りも軽くなった気がする。
「見ていなさいよ!」