「うむ……」
ルンルン気分で、遠足のような面持ちのまま人道を歩く。
鳥の鳴き声が不思議と消え、冷気の塊が頬骨を撫でると、月夜が視界を雪のように白く溶かしている。
「話題を変えるが、マスター。行方不明者の件を聖堂教会とやらに相談したとして、我々の立場……」
おじいちゃんの反応を見ながら顎に手を当て、間を開けつつ意見を述べていく。
「参加を強要は、多分されないと思うわ……まあ、私は自身の学校に行方不明者がいるわけだし、勿論……参加するけれど……」
作り出した黒い沈黙が重く鼻孔を抜け、呑み込んだ唾が冷たく食道を抜ければ、目に入る視界の薄暗さが、手を伸ばしているかのようにぼやけていた。
誰も現状を何とかしないなら、私が独りで市民を守らなければならない。
……孤独が私の背中で嗤っているみたいだわ。
「我もついている。マスターが選ぶ道だ、間違いは無いだろう」
「そうね……くよくよしている時間は無駄だわ。ありがとう、頭が程よく冷えたわ」
眼鏡で視界を矯正するように、おじいちゃんの言葉が私にとっての目薬でありレンズだ。乾いて固まったいつもの思考を流し、私は更に喋りを加える。
「一番問題になってくるのは、聖堂教会の対応かもね。最悪、交渉しなきゃかもだし」
「聖堂教会は中立だが……」
「それはそうね。だけど、規模感がインターネット内のトレンドを奪うくらいだから……大きすぎるから、動きにくいのかもね」
そのせいか聖堂教会側からの要請や連絡も音沙汰なし。完全に逃げ腰、マスター頼りなのが透けて見えている。
「あの真面目そうな神父が対処しないとは、考えにくいが……」
「あーアレは。ああ見えて、自己中心的な性格だから……」
口内がざらつき、視界が砂色で覆われ、吹き付ける突風が肌を裂いていく――思い出しただけで鳥肌が立つ光景だ。
「大丈夫か? 腕を抱えて震えているが……」
「な、何でも無いわ。ただ……」
腕の震えが熱く迸るのを感じる、恐怖よりも殺されかけた怒りが悔しい。
「腹が立つだけだわ、ああーあのクソ神父!」
口内が生臭い鉄錆びで満たされ、足元の血管が巡り動くのを感じ、沸き立つ怒りが大地を揺らしていく。
「あーもう! 私よりも強い癖に、面倒事は毎回わたしに任せる! 本当に、迷惑だわ!」
昔からそうだ、修行の一環と言いながら私を崖に落とし、そして助けない。
……あの高圧的で氷のように冷たい無表情は忘れたくても忘れられないわよ。
山道に反響した自分の声と怒りの足ドラミングが耳奥を打ち、真っ赤に染まった理性が言動を鈍くさせた。
脳裏にこびり付いた視線の行先が視界右端で小さく揺れ、咳払いが自己の中で大きくなっていく。
「そ、そうだった……私……」
感情の抑えをおじいちゃんの前で誓ったばかりなのに。
「ん、んんっ……」
口元に宛がわれた拳が、強そうに見えていたのに切なく見えてきた。
というか、恥ずかしさのあまり酢のような酸っぱい匂いが鼻孔を抜け、居場所が悪くなってきた。
「ごめんなさいね、取り乱したわ……過去の事でね……」
無かった事にして欲しい、記憶喪失希望だわ。
「あ、ああ……マスター……」
右隣には、苦虫を噛み潰したように顔を引き攣らせたおじいちゃんが居た。
……また、おじいちゃんの頭を殴って記憶をリセットさせちゃえば。
突風が後ろ髪を捲り、細長い純白が視界を染めたかと思えば、花火のように甲高く重い、金属音が耳奥を裂いた。
「え?」
足元が鉛を飲み込んだように固まり、思考と意識が磁石のように離れず、電気を流されたように頭が痺れる。
「おじい、ちゃ……イタッ……耳が……」
右端で舞う砂埃が月夜に当てられ、人影を映し出し――
「奇襲だ、マスター!」
――おじいちゃんの槍がぼやけた視界を切り裂く。
キーンとした耳鳴りが心臓を締め付け、思わず蹲り口元を手で覆う。情けなさと恐怖で今にも吐きそうになる。
短く揺れる大地がコチラへ迫り来る感覚に陥り、薄闇へ沈んだ影が心情に染み込むような気がして、脈打つ心臓が恐怖という扉を叩くようで。
「マスターしっかりしろ!」
瞬間。
木々の間を縫うように細長い閃光が二、三回、空を切り、鈍い金属音と共に白光が弾け、火花が目の前で散り――砂煙が舞う。