「今度は背後……我と対峙する敵は、全員乙女か? 顔を出さぬとは……」
金属の匂いが鼻孔を焼き、目の前のおじいちゃんが地面に刺さった棒を手に取りつつ砂煙を分け、コチラへ向かっていた。
……舌先が酸っぱい、ヒリヒリする。
「やはりこの矢……毒が仕込んであるか」
堂々とする黒鎧の佇まいは、英雄そのもの。
「鼓膜……破れてはいないか?」
「ギ……ギリギリ……かも」
黒く錆び付いた気持ちを直し、立ち上がる現状をゆっくりと分析する。
手も足も動く、頭と思考も反発して乖離した。敵は見えないけれど、それは変態サーヴァントと同じ条件ね、というか同一人物の可能性だってあり得るわね。
「矢に毒を塗るなり姑息だが、止まった小鳥は狙わない……その信念は褒めるに値しよう」
だとすれば――
「気配は感じないし……遠距離攻撃、か」
「アーチャークラスの攻撃だろうな。マスター」
――私達が対峙するのは、別の敵って事になる。
「走れ、マスター! 自然に還りたくなければ!」
パンっと、運動会のスタート合図みたいに背後から。
「無理……しないでね……」
おじいちゃんの言葉がボーっと立つ私の足を動かす。
頷くおじいちゃんが遠のいていく。
……奇襲は予想していたけれど、遠距離は厳しいかも。
この人道は深夜で誰も居ないし開けている、そこを走る行為は自殺するのと同義。
星々の灯りがあるだけ、視界がまともに機能するのは利点だけどね。
……視界も悪くなるし、危険だけど山中を走るしかないかも。
背後の爆発音が耳奥を塞ぎ、不安感まで閉じ込めるような気がして、中々踏み込めずに居た。
草木の擦れが弱った心を削っているみたいで――
「しっかりしろ、私! 今は戦闘中よ、その躊躇が死につながるのよ!」
――草木の青臭さが鼻孔と未熟な心を同時に抜けていく。
右側に身体を寄せ、軽く飛びながら闇に沈んだ森中へ。
「痛いけど、草木の擦れくらい……今は、どうでもいいわ。とにかく、今は聖堂教会へ向かうわ!」
目的地に設定した聖堂教会は、真っ直ぐ向かえば到着する。
攻撃し合う事が完全禁止な中立地点、不可侵領域なのが――聖堂教会の全容だ。
「だけど、襲われた地点やタイミング的に……」
待ち伏せ作戦以外なら、相手陣営は聖堂教会の報告を恐れている事になるかも。
「う、うわっ! 危なかった、わ」
真っ暗闇かつ不安定な足場の為、いつも以上に躓きそうになる。草木に覆われた人道方面を見るが。
月夜に浮き立つ砂塵が銀テープのように輝き、視界上を占めていた。
……何が起こっているのか、よく見えないわ。
ただ、金属同士の甲高い音が複数回響き渡り、火花が散っていた。
……私の魔術は設置型だし、あいにく土も持っていない。
遠距離攻撃の為、止まるのも怖い。
「援護しようにも出来ないわね」
前回と異なり、開けた土地で縦に移動しながら。
「走るしか、無いか……」
今回の私はおじいちゃんを助けられない――だからこそ全力で走り、聖堂教会へ向かう。
腕と足に力が入り、熱さが全身を駆け巡る。
……全力で走れ、私。
砂利が舌先に絡みつき不快感が増していく、鼻に付く錆びた鉄の臭いが喉元を冷たく流れる。
「……中々」
爆撃音が左で爆ぜた。
「やるではないか……」
「大丈夫? おじいっ……」
言葉が血のように固まり、視界が赤に流れ、ドロドロに溶けた現実が足元をすくいかけ。
「走れ! マスターはマスターがやるべき事を遂行しろ!」
赤黒い切り傷に溺れたおじいちゃんが、槍を回しながら叫んだ。
「え、ええ……」
その微笑みに、私は唇を噛み締めて走るしか無かった。
……急がないと、おじいちゃんが死ぬ。
きっと私を置く考えを選べないから、おじいちゃんは遠距離相手に攻撃を加えられないと思った。