「走れ、私! 限界まで力を振り絞れ!」
軋む脚と揺らぐ視界。心拍数が焦る心を滾らせ、前進させていた。
噛み締めた砂のざらつきでさえ宿った炎は消せない、鼻孔内を満たす土臭さが熱量を地中深くに埋めていくような気がして。
……眼を瞑ってでも、走れ、私!
吹き荒れる砂嵐で目が開かなければ、無理して向き合わなくていいわ。
頬を鋭く掠める風音と薄暗い視界の中、真っ直ぐと駆け抜ける。
「くっ、薄目だと……進みにくいわ」
目を開ける度、冷風が目薬のように刺激し、木の根に足を持っていかれそうになる。
瞬間だった――
「ふ、掠めているようでは英霊としての座が泣くぞ? もっと、我を楽しませろ、アーチャー!」
おじいちゃんの声が森の中で反響し、ミサイルように空気を切り裂く音と倒壊音が耳元を叩く。
――衝撃波が全身を前方へ突き飛ばす。
「う……うう……」
叩きつけられた衝撃が骨と頭に響く。
痛いどころじゃない、意識を潰すほどの叩きつけ。
……立ち上がりたいけれど、関節が重い。
吐き出しそうになる体液と弱音。
込み上げてくる血が恐怖のようで、ドロリとした引っ掛かりが暗い地面の如く、ゆっくりと近づいていた。
……折れちゃいけないわよ、杏。
口に溜まった熱さを咀嚼し吐き――地面を踏み込む。
「おじい……ちゃんも、強気だけど……」
縦に揺れる視界左に映った黒鎧は、肩から下に至るまで爪で引っ掻かれたような痕跡が。
「痛ッ……」
ジリジリと焼けた痛みが走り、左甲を見る。
……走っていて分からなかったけれど、魔力が抜けて来ている。
赤く光った令呪と、頬から流れるおじいちゃんの鮮血が目に焼き付いて。
「走ら、なきゃ……」
耐久特化のランサークラスだとしても、反撃せず躱し続ける行為は難易度が高い事を思い知らされる。
目の前に浮かぶ闇を睨み付け、血管を潰すように両手を丸め、凝固しかけた弱さを振り払うように足で大地を蹴り込む。
……時間がない。
乱れた呼吸の中で、遠距離相手かつ森中の戦闘を考えては見たが、良い対策は思い浮かばない。
「見晴らしが良いわけじゃないし。場所を特定する事は出来ないわ……」
おじいちゃんなら――耳を澄ませ、周囲の音を確認する。
凍り付くような静寂が鼓膜を冷やし、注がれた月夜がコチラと同じペースで移動する黒鎧を捉えた。
「おじいちゃん! 遠距離の相手は特定できた?」
「すまない、マスター。全く……尻尾すら掴めない状況だ。そちらは、どうだ? 怪我は?」
「怪我は大丈夫……よ」
左隣で槍が右往左往し、金属同士の擦れが耳奥を甲高く震わせる。
……戦闘、再開みたいね。
歯痒い状況だけど、マスターの私が狙わないだけ、立て直しは容易ね。
……相手は一貫して、私じゃなくておじいちゃんを執拗に狙っている。
空から流れ星のように複数の矢が降り注ぎ、砂煙が全体像を覆う。
……指示も出せない訳だし、反撃よりも聖堂教会へ避難した方がやはり得策かも。
分析しようにも砂埃で霞んだ視界がソレを拒む――
「おじいちゃん……」
絞り出した心配が冷気に晒され、喉元が氷を通したように鋭く凍てつき、鳥肌が全身を震わせる。
氷が太陽の前で溶けていくように、おじいちゃんに向けた私の心配など無力だと思える。
……きっと、おじいちゃんには私の声は聞こえていない。
――近くにいるはずなのに、遠くに感じる。
走りながら。
鼻孔を抜ける砂のざらつきが心臓を跳ねさせ、心配が柔らかな感情を削っていく。
「こんなにも心配が歯痒いなんて、知らなかったわ」
鬱蒼と茂った草木につま先が滑りかけて。
……私は、私のやるべき事をしないと、おじいちゃんに怒られちゃう。
足裏で踏ん張りながら、再び目の前の闇に対峙する。