「誰かを心配するあまり、立ち止まっては本末転倒……意味が無いわよ」
闇に沈みかけた感情にブレーキを踏むことはいいけれど、身体の動きに待ったをかけるのは得策じゃない。
金属音がけたたましく耳元で響く。
……おじいちゃんは生きている、焦るには早いわ。
根に染み込んだ懸念を土壌ごと替え、腕を振る。
「結構……走っているわけ、だし……もう少しのはず……だけど」
無限に続く視界の暗がりが不安を増長させていく。
全身に絡みつく木葉の擦れと草木の青臭さが鼻孔を抜ければ、左甲の熱さが意識を再び満たす。
……魔力の消費が、増えているわね。
消耗が激しい――活動量が多いという事。
サーヴァントはマスターの魔力で動くため、変化があれば魔力回路や令呪周辺の体温が熱くなる。
……戦闘の熱まで伝播しそうだわ。
爆発音と顔に吹き付ける砂風が戦闘の激しさを物語っていた。
相反するように、頭上に掛かっていた森林の影は氷のように溶け、月明りが視界を青白く照らす。
「建物……」
薄っすらと白い建物が森林内に佇んでいた。
真っ直ぐ入る光景が張り詰めた糸のような心を弛ませ、被さった草木の渋みが口内を冷たく締め付ける。
……ゴールが見えたのは嬉しいけれど、不安も残っているわ。
波のように上下する緊張と緩和が進む脚を重くさせ、頬を優しく伝う汗が油断を誘っているみたいで。
……油断はできない、私がゴールを把握できたという事は。
人間を超越したサーヴァントは我々のゴール地点を正確に理解していると思うわ、たぶん私よりも前に。
「アーチャークラスなら、尚更だわ……」
鷹の目を持ち、全ての戦況を俯瞰して見られる存在が弓兵であり、彼らが持つ目の特徴だ。
平坦だった道筋が、がくんと下降気味に。
……ここからは下り坂ね、スピードが乗るぶん、早く教会へ避難できそうだわ。
もたつく足を揃え、枝葉を掴み、一息。
眼下に広がる木々と小石の影が隠れた不安を滲ませ、急斜面の下り坂が唇を冷たく締め付け、思わず拳を強く握ってしまう。
「転べば、擦り傷じゃ済まないわ……」
月明かりで照らされているが、霞かかった視界は――のしかかった不安を曖昧にする自分の心みたいで。
……心臓を抑えたくなる。
左耳を貫通する金属の不協和音と鼻孔に舞った砂のざらつきが、天秤にかけらたように不安定に視界を揺らす。
……飛び込みたいけれど、落ちるかもしれない不安が影のように染みついて。
バンジージャンプのような感覚。
落ちる前に視界が最悪の事態を想像させ、暗がりを拡大化させ、行動を起こさせないようにする。
「どうしよう」
肥大化した不安を潰そうと周囲をサラリと見るが、首筋を鋭く通り抜ける冷風が甘さを凍らせていく。
「い、痛い!」
静電気が走ったように左甲が痺れ、破裂音が耳を裂く――
「あっ……」
触れていた筈の木の固い感触がふわりと抜け、溜まっていた不安と思案が蒸気のように宙を舞う。
――全身が回転していた。
横ではなく、タチの悪い縦回転で。
……三度目の正直、かな。
スローモーションになった世界で、三度目の死が頭を過る。
「クッ!」
覚悟を噛み締めながら、鬱蒼と茂った地面へ落ちていく。
唇から滴った血液が月夜に輝き、鼻腔に滴る鉄錆びが、静かに死を際立たせる。
……おじいちゃんは泣いてくれるのかな。
誰かの感情を揺らすことが出来たなら、それはどれほど幸福な事か。血のように熱い気持ちを抱いてくれれば、流す価値はあると思う。
死ぬという行為も案外――
「マスター! 死ぬな!」
月明かりが隠れる、時が脈打つ。
「おじい……ちゃっ……」