闇を抱いた腕のたくましさに涙腺が緩み、込み上げた熱さが唇を震わせるが、向けられた赤い眼差しが戦闘の壮絶さを隠しているようで、感謝を伝えられない。
――楽ではない。
一層強い冷風が顔に吹き付け、黒鎧の擦れ音が耳奥を温かく包む。
……でも、お礼は口にしたい。
おじいちゃんから素直になれと言われたからには、約束したからには。
「あ、ありが……」
急降下し飛行機のように足元から着地。
砂埃が降り注ぐように舞い、地盤の揺れが木々をなぎ倒し、白い光が鋭く目の前で光った。
「ハァァァァ!」
矛先が迫り来る光を受け止め、風圧が地面を削る。
「何をボーとしている! 逃げろ、マスター! 我が拾った命……無駄にする気か!」
ジリジリと後退する足元と軋む黒鎧の金属音が、止まっていた意識を呼び覚ます。
「え、ええ……」
膝元に手を付き、低く頷く。
風圧に全身がよろめきながら、薄暗い平地を歩く。
「聖堂教会へ行かないと。もう、少しだから……」
左甲の痺れが血管を締め付け、存在感を強める。
額から流れる汗が頬を伝い、両手を掠める枝葉が守っていた感情の皮を剥ぎ、迷いを露にしていく。
……おじいちゃんはすぐそこだし、教会も走って五分の距離に存在する。
少しの援護なら。
靴先に張り付いた生温かな湿りに心地よさを感じつつ、口元に残る血液の鉄錆が視界に熱を持たせる。
……やっぱり見捨てるなんて、私には難しい選択だわ。
その場で立ち止まる。
吹き付ける風に乗った声が――
「くっ……ここで全力を出してくるとは。余程、建物の中へ入れさせたくないように見えるぞ、臆病者が!」
――心臓を叩く。
視界端が閃光弾のように白く瞬き、砂埃のざらつきが後頭部を冷たく打ち付け、木々が揺れ動いた。
「おじいちゃんっ!」
左右に行き来する感情に耐えられず、振り返る。
「たわけ……歩みを止まるなと言ったはずだ……マスター。蜂の巣になりたいのか!」
砂のベールが捲られる。
上下する肩――黒鎧の隙間からドロドロとした赤が流れ落ちるのが見え、鼻に絡みつく錆び鉄の臭いが、喉元を熱くさせた。
「い、嫌だ……私のせいで、おじいちゃんが死ぬのは嫌よ!」
その黒い体躯が薄闇に溶け、永遠に会えない場所まで行きそうで。
「怖いのよ……私は……」
全身を身震いさせる孤独、冷たさに耐えられない。
暗がりを怖がる子供みたいな意見だと思う、綺麗に輝く夜空ですら電源を落とせば見えなくなる。
……プラネタリウムなのよ。
一緒に見なければ意味が無いし、数時間後には太陽で隠れてしまう。
沈黙が顔を出かけて――
「そう、か……」
落としどころが見えた、達観した柔らかな表情が手に持つ槍を消す。
「すまない、マスター」
――狙われたターゲットの腕が私を持ち上げ、宙を舞う。
「もっと……加速するぞ!」
引っ張られる重力が全身へのしかかり、目の前の月夜が山中全体を映す。
「この建物よ!」
真っ直ぐ指し、白い建物へ風を切りながら向かう。
見知らぬ人影が目的地の前で揺らめき――
「け、警戒態勢!」
「上だ、マスター! 奴、め……姑息なマネを!」
上に視線を合わせる。
雨のように空間をひしめく無数の矢が、上空の光を絶えさせ、降り注いでいた。
……考える時間も、無いなんて。
「クッ……」
歯を食いしばり、おじいちゃんが私を強く懐に抱いた。
「まあ、派手な技は嫌いじゃないが、やり方は男じゃねぇーなぁー、おい! 気に食わねぇぞ!」
――冷気が震え、矢が目の前で大きく爆ぜた。
衝撃が波のように押し寄せ、破壊音が耳奥を裂けば、重力が全身にのしかかる。
「捕まっていろ……マスター」
地面に向かい、急速に落ちていく全身。
薄れゆく意識を――抱きしめたおじいちゃんのぬくもりだけが繋ぎ止めている。
……自分が宙に浮いているか、いないか、分からない。
私は。
「生きているのか、死んでいるのか……」
「どうやら……生きているようだな。彼らのお陰で」
含んだ言葉が脳内に吸収され、立ち上がり見えた光景がふわりとした感覚に針を刺す。
血の気が引いていく、流れた血液がポタポタと理性を赤く染め、恐怖と全身が凝固する。
……誰だ、この女。
建物の街灯に淡く照らされる金髪がするりとなびき、佇む女が手を広げながらコチラへ向かっている。
背中を伝う冷や汗が緊張を走らせ、呑み込んだ唾の余韻が恐怖を呼び寄せる。
「誰……見ない顔、だけど……」
香水の残り香みたいな弱い主張。
冷風に混ざった砂を踏みしめる音が耳元をこするたび、恐怖が心臓を叩きつける。
「ココは……関係者以外立ち入り、禁止よ。これ以上、近づくなら警察を呼ぶわ……」
一般人なら、これくらいで逃げていくと思う。
……不審者は分からないけれど。
返答は返って来ず。
それどころか金髪女は歩みを止める素振りすら見せない。
……最悪、おじいちゃんに頑張ってもらう、しか。
左甲の熱さがヒリヒリと現実を知らせ、近づく布の擦れが緊張を撫でてくる。
強風が顔に掛かり――
「会いたかったデース! 一緒にこれから悪い奴、倒しに、イキマショーウ!」
「わっ! は⁉」
――ハグをされた。
それも、外国人美少女から。
胸が当たっているし、髪が顔に掛かってくすぐったいし、抱きしめられた意味も分からない。
「は、な……れて! 下さい!」
両肩に手を回し。相手の土俵から押し出し、引き剥がす。
「まだ敵いるデスカー? ファイト?」