金髪女は手で額を抑えながらキョロキョロと頭上を見ていた。
……この女、何者なのよ。
カタコトの日本語といい、馴れ馴れしい態度といい――燃え広がった緊張と恐怖が冷めていく、雰囲気が崩れる。
……警戒した私がアホみたいよ、全く。
それにしても聞きたい事は降った山のように積もっている。
「取り敢えず……確かめさせて頂戴、アナタが……敵か、味方か」
少し歩み寄り、冷静に疑問を形にしていく。
「マスター、彼女は……」
「ええ、分かっているわ」
差し込まれるおじいちゃんの言葉を咀嚼し、金髪女の赤い双眸を見つめる。
助けてくれた相手だが、断りも無くテリトリーに入ってきた敵蜂へ蜜を与えるほど私は優しくない。
「アナタが私の事を助けてくれたの?」
毒づくセリフ――
「イエース! その通りデース! 私が可愛いあなたのヒーローデースよ!」
私の頬にくっ付き、頭を撫でてくる金髪女の顔を引っぺがしながら続ける。
「分かりました。命を救ってもらったのは感謝します。ありがとうございました……ですが、信用するかどうかは別、問題ですので!」
「ええー良いじゃないですかーワタシタチ、トモダチデスヨ!」
――彼女の陽気さが毒を飛ばしていた。
ミツバチが自身の体温で死ぬみたいに、真夏のような彼女の熱量が陰に染まった私の心を焼き尽くしていく。
……調子が崩れるわね。
さっきからおじいちゃんの声も聞こえないし、一体何をしているかしら。
「話し掛けなきゃ良かったかも……」
頭を抱えつつ後ろを振り返るが、おじいちゃんの姿は何処にもない――逃げられたわ。
鼻先に当たる土臭さが鼻孔を冷たく抜け、草木の渋みが口内を満たしていく。
「エーそんなカナシイ事は言わずにー。出会えたことをタノシミマショウ!」
まるで、ガチャでハズレを引いたようにこの状況自体が渋さの極みだ。
大きく吐いた息が白旗を掲げるみたいで。呆れが舌先の水分を奪い、喉が渇いていく。
……テンションの差が、クリスマスを待つ子供と大人なのよ。
いつから人に遭った際のワクワク感や嬉しさが無くなったのだろう。
ムスッとした態度を続ける私を、彼女は構わずハイテンションで対してくれている訳だし。
……誰がガキなのか、分からなくなるわね。
先の戦闘で心身ともに疲労困憊と緊張で、適切な判断が取れていないのかも。
掴まれた彼女の手を握り返し、私は微笑みながら建前を取り外す。
「参ったわよ、アナタの性格には……私の事、好きにしていいわ。その代わり、一つだけ聞かせてもらえる?」
「もちろんデースよ! 何をキクのデスカー?」
顔を引き締め、吸い込んだ冷たい息が全身に鳥肌を立たせ、言葉を積み重ねる。
「アナタが……敵か、味方か、どうかを……」
月夜が生じた沈黙を際立たせ、目の前の白い建物が風で揺らぐ。
跳ねた心臓の揺れが頭に波及し、緊張と体温を熱く――首筋を伝う汗が緊張を冷やしてくれる。
……考えてくれること自体が、せめてもの救いかもね。
金髪女の視線が私から星空へ向き、赤いスカートのはためきが幕間のような曖昧さを演出していた。
……もし、彼女が敵側を選べば。
私は、この女を。
「はい、ミカタデースよ!」
ハッキリとした声が耳奥を叩き、深まった闇を明るく照らす。
胸に溜まった空気が流れ始めるのを感じ、肩の力が風船のように抜けていく。
……まずは、ひと安心ね。
「大丈夫デスカー? 疲れてマースネ」
「私の事は気にせず……とりあえず寒いから……」
「教会のナカ。イキマショ!」
彼女の肩を借り、聖堂教会へ向かう。
「ワタシの名前はキリエダ・エマ、デェース。日本とイタリアのハーフで、イタリアに住み続けて、セイハイ戦争の時に。ココ、戻って来たデェース」
「……杏よ。こ、こちらこそ……よろしく、お願いします」
エマとの温度差を感じながら門を抜け、扉が叩かれる。
「タノモーウ!」
くすぐったい沈黙が冷たく吹き付ける中、エマの文言があやふやな雰囲気を押し出していく。
……力士の言い方だし、誰よ、彼女に変な日本語を教えた人。
エマの発言が喉元を痒くさせ、笑いが込み上げそうになってくる。
……早く出なさいよ、クソ神父。
大体、我慢やストレスを多く抱えさせている原因は、結局のところ聖杯戦争の監督役、聖堂教会にあると思っている。
「いい加減、門を開きなさい。寒いし……普通に」
同様に私も叩く。
冷え切った扉の冷たさが当事者と傍観者の間に存在する壁、認識のようで、拳に熱が溜まっていくのが分かる。
「ゴメンクダサーイ! ドウジョウ荒らしデース!」
その発言に刃を入れたい場面だけど――
くぐもった足音が耳奥を掠め、目前の扉が横に移動するのが見えた。
「シンドバット方式、デシタカー」
どうやらお遊びは終わりらしい。
薄オレンジの街灯が開かれた足元の影を大きく見せ、蝋燭の匂いが鼻孔を溶かし、厳かな雰囲気が明るさを消し去った。
「……入れ……」
瞬きすら見せないまま、黒外套を纏った神父が背を向ける。
――銃を突き付けられた気分だわ。
その緊張感が生温い風を呼び込み、煙の息苦しさが口内を焼き、抱いていた怒りの灯火を消していく。
……空気が重いわ、本当に。
呼吸のリズムが潰されたみたいに、心臓の唸りが断続的に耳奥を叩き、全身が重くなる。
「神父サーンの調子はドーウデースカ?」
「……」
前方で、ウサギのように跳ねながら言葉を喋るエマと、亀のようにノロノロと地面の感触を咀嚼する私。
どちらが精神的に賢いやり方か。
……ウサギと亀の昔話なら、逆の立場なのに。
独りで飛躍した意識が止まる――神父の動きが停止。
振り向き、十字架が揺れ動く。
「今宵は、何用で来た……魔術師よ」
鐘の音が教会を覆うように響き渡る。
生温かい風が頬を抜け、周囲を照らすロウソクの光を揺らめかせ、蛍光灯の明暗の不安定さが緊張を加速させていく。