Fateセカンドクラス   作:佐藤夜空

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第23話

「ふざけないで! 自分の成長の為なら、他人を犠牲にしても良いって……命の重みを、命をないがしろにする最低な行為よ! 分かっているの⁉」

掴んだ胸元の十字架の揺らぎが耳元を擦り、冷え切った表情が喉元を凍てつかせ、視界が光を奪っていく。

 神父の影が平常心を吞み込んでいく――

「……痛みこそ、救済である」

 黒く横に歪んだ双眸が呼吸を崩し、怒りが黒い煙を出しながら弱まっていくのを感じる、恐怖が後ろに付くのが分かった。

 消えかけた灯火が感情の方向性を乱していた、まるで方位磁石がグルグルと回り続けるように。

――零れたワインの滴りが、首筋の血液を押し広げていた。

「……ち、違う……」

 大きくなる神父の体躯、殺気が冷たい空気と一緒に漏れ出て。

「神父サーン。サムイ……多分、右のマド……少し、アイテマース」

「……ふん……」

 ワイングラスが置かれる。

パンっと手を叩いて催眠術が解かれるように、意識と思考が同時に息を吹き返す。

 ……た、助かったわ、エマ。

 布越しで心臓を掴みながら深い呼吸を繰り返し、空気と心を、恐怖を逃がしていく。

「何よ、全く……あれもこれも、全部……小さい頃のトラウマのせいよ……」

 指がかじかむ寒さの中、魔術の練習中に拾った子猫――足に切り傷を負い、歩けなくなっていた黒猫。

 それをアイツは、目の前で。

 ……儀式魔術の手本だと言って、雪が降る外で永遠の眠りへ誘った。

 指が震える。

全身の血液の流れが、ミミズが這うような感じで気持ち悪い、土のざらつきと鉄臭さが思い返され。

「一番は……この経験が儀式魔術をマスターする要素になった事実が、気持ち悪いのよ」

 締めあげられる胴体、叫ぶように噴き出る血液、微笑む神父。

 ……どうして私は、魔術を会得してしまったのだろう。

 迫り来る足音、横目に入った黒い体躯が選択を――

 誰かの命で至る魔術なら。

「私は止めるわ、サーヴァントを。教会側が一般人の巻き込みを許容するようなら、尚更!」

 向き直し、正々堂々と神父の前で宣言した。

「アサシンが目撃者を消している」

 ――運命を定めた。

「ソイツが……」

 咀嚼した言葉が喉元を焼き、鼻先を通るワインのアルコールが全身に熱を巡らせ、両腕の筋肉が緊張する。

 ……この騒動を引き起こした犯人。

 焦げ付いた感情が理性に靄をかけ、舌先を乾かす果実の苦味が燃え滾る怒りに影を付けていく。

 生きているように炎は踊り、抱いた冷静さを惑わし、揺らめかせ。

「……許せない!」

 はみ出た衝動――

 心臓の震えがスタートをカウントし、全身が跳ねるように扉へ向く。

「悦だな……有意義だ……」

 ――神父の声が耳奥を冷たく横切る。

 シャンデリアの揺らぎが視界を明滅し、煮えたぎった脳内が凍てつき始める。

 ……興奮しすぎたせいか、頭が痛い。

 頭を掴んだ右手の温もりが焦げ付いた感情を白く染めていく。

 ……落ち着け、私。

 事件を起こしたアサシンにも原因は勿論ある、けれど知っていたのに止めなかった聖堂教会側、神父の責任も大きいはずよ。

 冷たい空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

「ふん、お預けになって残念だったわね」

「まあ……いい」

「ところで……事件を起こしたサーヴァントの名前が分かるなら、アサシンのアジトくらい特定済み、よね?」

 まずはクソ神父が持つ情報を探る方が良いわね。

 ……何か隠しているかもしれないし。

「ふん……見当も付かない……」

 予想外の回答と時間差に思考が一瞬躓き――

「嘘ね、ほら……今も嗤っているし!」

 姿勢を崩し、右隣の長椅子に体重を預ける神父。

緩んだ口元と見下したような態度が私を小馬鹿にしている。

「……勝手に探していろ……あの娘を巻き添えにすれば、特定は容易だろう……」

「呆れたわ。アンタ、コレでも聖堂教会の、聖杯戦争の監督役なの⁉」

 ――そのまま、失望という谷底へ落ちた。

「勘違いするな……私の仕事は、あくまで儀式の監視……正義の味方ではない……」

 伸ばした足を組みながら、神父は追撃を続ける。

「……アサシンとマスターが何をやっていようと、どう行動しようと、私には関係のない話だ。聖杯戦争のルールを大きく逸脱しなければ、見逃す……」

「明確に奴らは逸脱しているわよ……魔術師ではなく、一般人を狙っているわ」

 用意された解答、最後のパズルピースを埋めるような弱点を突く。

 けれどクソ神父は口角を上げたまま、視線を中央――女神像へ向けながら。

「……だが、奴らは聖杯戦争という厳格で排他的な儀式を……秘匿を願い……撮影者、拡散者……大本を狙っただけ。そこには……無差別的な殺意は微塵も感じない」

 貼り付けられた、ロボットのような返答が耳奥を冷たく掠める。

「でも……」

 時計の秒針が耳奥を穿ち、言いかけた熱が喉元を逆流し、全身の蒸気が脳内に行き渡り理性の歯車が回り出す。

 ……クソ神父の感情変化は小さい方だけど、会話のスムーズさと言い。

 発言量の多さと言い。

 懐中時計のように計算し尽くされた会話だと、深海のような沈黙を被る現状が伝えていた。

 ……怪しいわね。

 差し込まれた疑いがスポットライトのように薄暗い現状を照らし、手繰り寄せた視線が冷たく注がれる。

 十字架の僅かな揺れが人間の表裏を示しているようで、鼻先に付いた鉄臭さが冷たく抜け、詮索がグルグル巻きにされ、固まった。

「聖杯戦争の停滞を防ぐ為に……致し方の無い問題だ……」

 凍てついた言葉が私を縛る、疑問が南京錠で塞がれる。

 怒りも湧かない――その着火剤すらクソ神父の喋りで凍り付き、唇に残ったワインの苦味が舌先をヒリつかせ、疑問を鈍らせていく。

 ……確かにクソ神父の言い分、聖杯戦争自体の秘匿も嫌だけど理解できるわ。

 モヤモヤしながら視線を正面に向け、飾られた女神像を一瞥する。

 女性が両手で我が子を抱いた姿が神々しく、同時に虚ろな視線はドロドロとした闇、関係性の脆さが垣間見える。

 ……クソ神父を見ている気分だわ、全く。

 沈黙が空気を薄める。

 

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