Fateセカンドクラス   作:佐藤夜空

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第25話

……クソ神父がこの表情を見せるときは、必ず憎悪を抱えている。

「いいわ。なら、話を変えましょう……」

 招き入れた沈黙が頬を冷たく撫で、この発言に手を加えていく。

「一般人を特定したのは……アンタだったりする?」

 深く吸い込んだ息が果実の苦味を舌先に残し、不快感が口内を満たすと、ざらつきが神父の微かな眉根の歪みを濾し出していく。

気持ち悪さの正体を教えてくれる。

「ふん……」

 耳奥で捻り出た不純物がボトッと落ち、真っ白な確信だけが残る。

 ……やはり、当たりのようね。

 瞬間的に握りかけた憎悪を落ち着かせ、鼻筋をキュッと締め付けた風が冷静さを思い出させる。

 この感情を抱くのはクソ神父だけでいいわよ、今は情報を集める事に専念するべき。

「中立的な立場であるはずの監督者が、片方に対して干渉するのって、大丈夫なのかしら?」

「干渉ではない……自己防衛だ……」

 黒服に付着した埃を掃いながら神父は返答する、面倒な子供の疑問に接する先生みたいに。その瞳は虚ろに黒く汚れ、耳奥を打つ神父の言葉が周囲の音を閉ざしていく。

 ……私は正しいはずだわ。

 近づく圧力が冷たい風を呼び込み、全身の鳥肌を立たせ、思考が方位磁石のようにグルグルと回っていく。

 ……海上で遭難したい気分だわ。

 黒波が思考を飲み込み、汗で固まった上着が素肌をざらつかせ、迷いが顔を出し始めた。

「自己防衛……ね。まあ、聖堂教会の上や時計塔の連中とかが秘匿の漏れや聖杯戦争自体を知っちゃえば。確かにアンタの身は危険になるわよね……」

 相手はインターネットの海だ、拡散されれば半永久的に泳ぎ、大量に証拠は残り続けていく。

 ……反論したいけれど、どう言えばいいのか。

 思考がまとまらない、それどころか自分が憎くなる。

 冷たく流れたアルコールの匂いが鼻孔を歪ませ、唇に付着したバラの匂いが、無知な自分へ棘を向けた。

「ふん、悦だな……コレでも……正義の味方……だろう?」

 挑戦的な大波が蛍光灯の光を閉ざし、視界を黒く染め――

「成ると決めたのであれば……私を動かすような返答を……願おうか……」

 ――赤い波しぶきが上がる。

 思考に棘が刺さり、自己犠牲が船の舵を取り始めていく。

沈み始める正義感、窒息する理屈や論理、寝坊のように視界が崩れかける。

……私って、本当は矛盾野郎かもね。

足元を支えていた芯が曖昧になり左右に揺れ、耳鳴りが波風のように繰り返し、荒波が心を少しずつ抉っていく。

雰囲気で仕方が無く正義の味方を目指すことになった、けれどクソ神父のように人を平気で実験台にするような、モノ扱いするバケモノを否定したかった。

「私は……」

 言いかけたセリフが渦中に巻き込まれ、真っ黒な海の底へ消えていく。

 届かない理想が蛍光灯の淡い光をぼやけさせ、重圧が喉元を震わせると、降り注いだ諦めが続きを湿らせる。

 ……奴の考えを否定したいのよ、ハッキリとノーと突き付けたいの。

 感情が濡れ始めたせいで、火が燃え上がらない。

 反論したい、勿論。

 だけど――

「黙っていても……正義の味方……ヒーローは務まらないぞ……」

 神父の双眸が私を注視していく、フクロウのように表情一つ変えないまま。

 無言の圧が私の心を圧縮し、潰された心が四方に赤く飛び散り――

「ヒーローなら……もう一人イマースヨ!」

 モールス信号が耳奥まで響き、薔薇の甘い香りが鼻孔をくすぐると、颯爽と手を振りながらコチラへ近付く少女が視界を埋める。

 ――エマが中身に宿った火種を取り出してくれた。

 視界が自然と滲んでいく、喉元の震えが収まり熱さが込み上げ、言葉が自分を保ち出ていくのが分かる。

「エマ……ありがとう」

「イエイエー。昔から、夢デシター。戦隊モノ……レンジャー好きデース」

 ピースを作るエマの表情はヒマワリのような笑顔を振り撒き、私の右隣に立った。

 ……理由が軽すぎて、困惑してきたわ。

 負傷する可能性があるし、殺される余地も充分に存在する訳で。

 穴の開いたタイヤのように張った緊張と重圧が抜け始める中で、思考の流れが混ざっていく。

「だから……神父サーン、今日から私達はアナタの敵デース!」

 右腕に温かな感触が伝わり、視界が右に傾き、口元に流れ込む花々の甘みが対立関係を祝福しているようで。

「ふん……ガキ相手だと聞く耳を持たなかったが……オモシロイ……」

「ちょ、ちょっと! 腕……組むのを……やめなさいよ!」

 柔らかな感触が当たりつつ、目の前の雰囲気は堅く不気味な様相を呈していた。

 朝と夜のような対立関係が見え隠れする中で、神父の低い嗤い声が境界線を曖昧に、それでいて確実に悪意が視界を黒く染めていく。

 ……ああ、殺意の足音が聞こえてくるわよ。

 エマの言動は確実にクソ神父を煽っていたわ、本当なら慎重に行動したかったのだけれど。

「エー杏サーン、顔……引きツッテいまースヨ?」

 頬に当たる金髪を更に密着させ、くすぐりながらエマは無知を、無神経さを晒していく。

 ……変に鋭くて空気の読めないヤツと、今後は行動を共にしなきゃいけないのか。

 そう思うと――

「い、いえ……お気になさらず……に……」

「眉がオモチャみたいに、ピクピクしてイマースヨ?」

 ――一発だけ拳を浴びせたくなるモノだ。

「は、離れて下さいよ……少しは、人の目を気にして……行動を、して……下さい」

 影のようにくっ付くエマの左肩を少々乱雑に掴み、押し返す。

「イイじゃないデースか!」

「良くは無いから忠告を入れています……それにエマさんの突拍子もない行動は、見ていてヒヤヒヤします」

 物事を冷静に捉えつつゆっくりと解決したかった、それが私の願望だった。

 ……しかし、エマの取った手法は。

 流された船を助ける為に水上オートバイで向かうような――目的は同じだけど、手段が危険すぎる一本道。

 実際、私の感情は荒波に揉まれ、目の前の黒い圧力と右隣の薔薇世界は混濁し、頭が痛くなるほど。

 ……偏頭痛だ、気圧差があり過ぎる。

 生温い空気が鳥肌を立たせ、薔薇の甘い香りが鼻孔を重く抜け、不安が感情を湿らせていく。

 今後、彼女とは少なからず関わっていくと考えれば、不安は尽きない。

「いいデスヨ? 神父サーン……カノジョを借りてイキマースよ?」

 再び私の腕に手を絡ませながらクソ神父へ宣言するエマ。

 引っ張られた右腕がエマの陰に隠れ、金属特有の酸味が口先に広がれば、心に抱いた不安の中身が露になる。

「ふん、好きにしろ……理解に欠ける弟子など……野良犬の餌にすらなれまい……」

 クソ神父の冷酷な視線が剥がれた恐怖に染み込み、耳奥で弾けた言葉が理性を溶かしていく。

 ……多分、本気で怒っているわよ、クソ神父。

 期待半分で右手を見るが。

「そーデスカー神父サーン。アリガトウゴザイマス!」

 その場でウサギのように跳ねるエマが、そこには居た。

 ……イースターは、始まってすらいないわよ。

 本当にやめて欲しい――怒りを通り越して、呆れる段階に入った。

 日照時間が世界最低のグリーンランドのように朝日が差し込まず、冷えきった沈黙が頬を擦り、闇夜が全身を震わせる。

 ……変に緊張してくるわよ、全く。

 頭上に注ぐ蛍光灯の白い光が黒外套に隠れ、靴音が耳奥を歪ませ、不協和音が響く。

「……ふん……貴様らが組んだところで……どうにもなるまい……」

 明確に朝は消滅した、目の前で太陽に亀裂が入り、ソレは光を失う。

 近づくクソ神父の体躯と重圧に、食って掛かるエマは腰に手を当てながら胸を張って反論の意思を見せていた。

 ……退路が断たれたわね、完全に。

 北斗七星すら神父の闇深さの前では輝きを失い、方位磁石や地図も重苦しい雰囲気と眼力のせいで力を発揮できない。

 私は、まだ――

「ソレはやってみないと分かりマセーンよ?」

 ――諦めたくない。

「私も抗いたい!」

 喉元までせり上る本音が吐いた息を白く染め、幾度も耳奥で反響した時計の秒針を掻き消し、温かな沈黙が重苦しい一歩を踏ませた。

 差し込んだ光が人影を焼き、鼻孔に残ったアルコールを飛ばし、鮮明になった意識が弱さを燃やしていく。

 ……諦めてたまるモノか、私はまだ折れ切っていない!

 白煙を出す弱さが鳥肌を立たせ、視界が薄赤に滲む。

太陽の熱が氷河を温め、溶けだした土壌が荒い感情を耕し、緑が広がっていく。

「ふん……楽観主義で何ができる……抗う以前に、貴様らが死ぬだろう……」

踏み込んだ神父の靴先が耳奥で響き、ガベルのように私の心を審判し、左右に揺れる十字架が催眠術の如く視界を歪ませ。

 隙間に入り込んだ沈黙が、唾を飲み込ませる。

……大丈夫だから、しっかりするのよ、杏。

右隣にはエマも居るし、おじいちゃんだって居る――今度は一人じゃないわ、アイツに教えられた幼少期とは違って。

……私には仲間がいるわ。

波及する重圧、澱んだ空気が指先を凍てつかせていく。

左端に捉えた女神像の長い髪が、私の唇が、震え――

「これから私が、アンタの考えを……否定するわ。全部ね、私の考えが正しいって事を証明するわよ!」

――鐘音が心臓を高鳴らせた。

クソ神父の顔を人差し指で示し、睨み付ける。

 正義感が音を立てて全身に巡り、拡張した熱が視界を赤く染め、腕と足に力が入っていく。

 ……やると決めたら、私もエマみたいに宣言しているわよ。

 正々堂々と、相対してやろうじゃない。

「そうデース。私も同じ気持ちデースよ! ガンバリますよ!」

 こっちは命懸けでプレッシャーと闘っているのに、右隣で体育祭のようなテンションで喋りかけられ、危うくフル稼働の電池が切れそうになる。

 ……感心した直後にコレは、タイミングが悪いわよ。

「ふん……面白い……ならば今後、私は……貴様らに一切、干渉せず……情報も好きなだけ教える事を誓おう……」

「それって……」

 下がったクソ神父の瞳孔は縮小し、言葉が跳ねるように脳内で反芻され、希望が喉元を熱く震わせ。

「だが……」

 かけ、示された掌が上ずった気持ちを停止させる。

「貴様らの危機にも……コチラは干渉しない……」

「ソレって……助けフネ、コナイ……デ、スカ?」

 浅く頷いたクソ神父の冷笑が、感情の熱を奪い、差し込んだ光を塞ぐ。

「ふん……」

「分かったわ……コレでいいわよ。元々、アンタの提案なんて期待半分だったし……行くわよ、エマさん。話しておきたい事があるの」

「ナンデースカ? 杏サーン、歩くの、早いデース!」

 注がれる光が無ければ、別の要素、手を繋いで暗い道を歩けばいいのよ。

 誌的な妄想とは裏腹に、半ば強引にエマの手を引っ張る形で、私は神父に背を向けながら教会を出ていく。

「少し、我慢して下さい……」

「エーゆっくりじゃ……ダメデースか?」

 エマのボヤキが背中を熱く流れ、足元に敷かれたカーペットの赤が血液のように意識を凝固し、焦りが歩みを加速させる。

 ……神父の怒りを買ったのよ、長居をする意味が見当たらないわ。

 口元に残った金属のざらつきが不快感を増幅させ、鼻奥を冷たく抜ける甘酸っぱい香りが優しく迫り来る。

 生温さは、いつか熱を失い冷たくなってしまう。

 ……妥協して走るスピードを落とせば、クソ神父が何をしてくるのか、分からないわ。

「せめて、教会を出てからにしましょう。お願いしますね……」

 掴んだ手首の温もりが冷めないうちに。

 コンクリート床を踏みしめる革靴の音が耳奥を叩き、心臓が跳ね、振動が手足の筋肉を強張らせていく。

「ハイ、デスゥ……」

 萎むように声色を小さく答えたエマの腕はゴムのように抵抗を手放し、ガソリンを燃やしたまま薄暗い視界を気合いだけで押し通る。

 後ろで揺らめく赤いスカートと金髪、教会が、まるで主人公が式場の花嫁を連れ去るワンシーンに思えて。

「扉! 開けるわよ、手伝って下さい!」

「ハイハイサー!」

 どうやら気のせいだった、左隣に居るのは空気の読めない新兵が一人だけ。

 掛け声とタイミングを合わせながら両開きのドアを押していく。

「なにこれ⁉ バカみたいに堅いわ!」

 身体を斜めに構え全体重を込めたがジリジリと音が鳴るだけ。

 指先をざらつかせる木目が指紋を削り、飲み込んだ唾が心臓を走らせ、額に滲んだ汗が焦りを想起させた。

 ……岩みたいに堅いわよ、コレ。

 早くしないと、後ろの影に追い付かれるわ。

 冷たい空気が足先を震わせ、鼻先に纏わり付いた土臭さがゾンビのように湧き出る死の臭い、感情を漂わせてくる。

「エマ……さん、思いっきり! 一刻も早く、ココから出た方が良いわ!」

 嫌な予感がする、凄く。

 胸騒ぎが理性を掻き回し、飛び散った影が月明りに染み込み、暗がりが心臓の唸りを広げ、耳奥を叩いた。

 ……仮に神父が私達を殺さなくても、他の敵サーヴァントに情報を売り渡して、偶然を装い殺すなんて芸当はお手の物だろうし。

「ハイ!」

 相も変わらず文化祭のテンションで返事をするエマ。

 私は悲観主義ではないけれど、あらゆる負の可能性が入り混じったココがどれだけ危険地帯か理解できる今なら。

 ……グラウンドの白線が雨で消えるように、ココは安心できない、戦場と化した。

 岩を動かす代償が腕の筋肉を壊し始めた頃合い――

「この、野郎……少しは……動けっての!」

 迫り来る靴音とアルコールの臭い、死臭。

「ノー!」

 ――草木の青臭さと黄金色の視界が五感全てを解放した。

 




第三章終わり、次から第四章。
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