……最悪のタイミングだわ。
トーストのように積み重なった恥が舌先を乾かし、開いた口が震えた。
「は、はぁい」
返事をしない行為が逆に音の主を決定しそうな気がして、平常心を取り繕うしかない。
「そ、そうだな。朝食を作ったのだが……取る気は無いだろうか?」
考え抜かれた白湯のような温かみ溢れた言葉が苦味を和らげていく。
「……は、はい……行かせて……もらい、ます」
耳元を掠めた時計の秒針が、からくり仕掛け――偽りの感情を巻いていくような気がして、言動が急かされる。
「そうか。ならば、丁度いい。我とマスターにおける昨日の出来事の認識……ソレを共有しておきたい」
「そう、ですか」
爽やかにドアを開けるおじいちゃんと肩を落としながら腹をさする私。
……これが同じ生活環境なのかと思うと絶望だわ。
掴んだ手摺の冷たさに鳥肌が立ちながら、目に入る赤カーペットの道筋は、私にとって血のようにべたついて、鉄臭い茨だ。
「食事の準備をしておこう……先に行かせてもらうぞ、マスター」
背後から聞こえた言葉が締められ、左腕がヒリつく。
青白い光が消え、おじいちゃんが一階、私の真下へ現れる。
……なぜ、私を一緒に連れて行かない?
ざわめいた疑問が歩みを誘発させ、言葉を絞らせる。
疑問をぶつけたい相手は、既にココにはいないわけで、残るのは雲で覆われた感情だけ。
「ちょ、ちょっと!」
階段をすっ飛ばし、キッチンへ立つおじいちゃんに向けて指を立てる。
「どうした、マスターこんなに急いで? やはりパンは口に合わなさそうか?」
フクロウのようにキョトンと目を丸くするおじいちゃん。
その手にはフライパンが握られ、鼻孔を温かく流れるパンの芳ばしさがヨダレを分泌させ、思考が食欲で満たされて。
「ハッ! そ、そうじゃなくて!」
頭を振り、隙間に入った美味しそうな想像を消す。
吸い込む空気の生温さが喉元を熱くさせ、出ていく本音が爽やかな空間を振動させていく。
「おじいちゃんって、本当に……変に気遣いが出来ない時ってあるわよね……正直、引くぐらいよ……」
「日本人たるもの、やはり主食はパンではなく米か」
眉根を歪ませ、指を顎に宛がいながら真剣に、かつ間違った方向性で考えていくおじいちゃん。
「いや、違うから!」
フライパンに敷かれたポップコーンが跳ねる勢いで、ツッコミを入れてしまった。
飛び出した本音が全身を震わせ、耳奥に響くやかんの沸騰音が心の叫びを体現しているようで、舌先が渇いていく。
「根本的に違うわよ! だから、なぜ私を……」
枯渇した説明にお湯を被せようとしたが、目の前には――
「す、すまないマスター……最近、コーヒーとやらにハマっていてだな……この黒くて香ばしい茶が、何とも言えない味わいでな」
――コーヒーフィルターにお湯を注ぐおじいちゃんの姿があった。
鼻孔を満たす香ばしさが熱量を焦がし、頬をフワリと抜ける熱風が固い説明をほぐしていく。
「何でも無いわよ、小さな事だから」
トクトクと注がれるお湯の水音が耳奥を満たせば、シャーベット状になった文句を溶かしていく。
「そうか? マスターは、納得していないように見えるが……」
「ま、あ……小さな事だから」
あくび交じりの呼吸が、浅くなった意識を覚醒させる。
食欲と睡眠欲のサンドイッチ状態だと、どうしても些細な出来事が怒りの琴線に触れてしまう。
「なら、いいが……」
「それよりも。朝食……食べていいかしら? 流石にお腹が空いてきたわ……」
首を傾げて戸惑うおじいちゃんの背中を追って、席に着き、手を合わせていただく。
「いただきます、おじいちゃん。凄いわよ、量……コレって全部おじいちゃんが作ったの?」
サラダにトースト、紅茶にベーコンと目玉焼き、その他副菜やデザートなど。
どれも湯気が立ち込め、瑞々しく輝いて見えた。
「ああ。それと我は食事を必要としない。故に、マスターの口に合うか否かは、怪しいが……」
コーヒーの匂いを嗜むおじいちゃんの口角が少し上がる。
「うーん、そうか……確かに」