「ま、待って……ちょ、と……休憩したい……かもっ」
掛け時計の時刻は午前三時を過ぎていた。
視界は風景を塗り潰すように黒く染まり暗黒を深め、ぬかるんだ地面が足裏を冷やし、森林の青臭さと土の匂いが鼻孔内で混じり、呼吸が詰まる。
「大丈夫か、マスター?」
「だ、大丈夫なわけ……ない、じゃない!」
見れば分かる、とっくに脚は限界。
霊体化された状態で心配されても嬉しくないし、聖堂教会へ向かうだけなのに。
「かれこれ三十分以上、歩いて……登っていますけど⁉」
「逆ギレというヤツか……思い出せ、元々はマスターが言い出した事だぞ? 聖杯戦争は令呪が刻まれた瞬間から始まっている」
……いつ敵に襲われるか、分からない。
「そうね……確かに……」
急がなければ。
「おじいちゃん、周囲に敵サーヴァントの気配は? 無ければ、手を貸してくれない?」
「殺気も何も感じない、そもそも生き物の音が聞こえない」
重く踏み込む足と太鼓のように耳奥を叩く音しか存在しない。
「で、も……結界を張り巡らせている聖堂教会の周囲は……これ、が……普通なの」
無音は聖堂教会の敷地内に近い事を指す。
「良かろう、マスター。手を貸そう……ただし、敵の先制があれば……この手を離す」
「一瞬、納得しかけたけれど……それって、アナタが戦いたいだけじゃない?」
「当たり前だろう。我もサーヴァント、英雄だ。敵の眼下に我という存在を知らしめなければ!」
左横で青白い光の粒が形を成し、着物姿の長身青年が『カカッ』と笑いながら現れた。
そして持ち上げた左腕をブンブンと振り回し、得意げな顔を見せるおじいちゃん。
……あまり振り回さないで、欲しいな。
「ダメだ……とんだ戦闘狂を引き当ててしまったわ……」
「狂わなければ、誰も戦火に身を投じないだろう。マスターも観念するのだな」
闇に染まる林道を隈なく探り。
「結界以外、正常に魔力は流れているわね。おじいちゃん、そのまま私を持ち上げて林道を真っ直ぐ走れる?」
「承知した、マスター」
短い返事と共に鋭さを増した風が冷たく頬を通過し、耳奥を塞ぐような轟音が幾度となく震え、胸を締め付けた。
……頼む相手を間違えたわ。
私の感情など、知らんとばかりにおじいちゃんの脚は留まる所を知らなかった。
「入れ……」
漆黒に染まった立襟の長衣を着こなした神父が、十字を切りながら両手で重そうな扉を開く。
白――円形状の天井から床に至るまで礼拝堂の外壁が純白を纏っている。
「これは……」
「久々に来たけれど、相変わらずの凄みね」
驚嘆したのだろう。
中央部に敷かれたレッドカーペットを見ることも無く、おじいちゃんは前方に出で立つマリア像へ歩みを進めていた。
「アナタの時代にも石像はあったの?」
「無い……石像も、聖母も……な」
瞬間。
哀しそうな後ろ姿が振り返り、数秒もかからずに私の隣へ並び立っていた。
「失礼した、領主よ。無礼を許せ……」
「……四国の娘よ、これが……未熟にも貴様が召喚したサーヴァントか?」
「ええ、合っているわ……そして私が彼のマスターよ、アドモンド・フォース・ヴィ・ゼルレッチ」
アドモンドの胸に下ろされた十字架が微かに揺れ、緊迫した静寂が走る。