「アイボウは最強で最高デース! ヤバイです!」
何がヤバいかは分からないけれど、今は私の鼓膜がヤバイ。
キーンと甲高く響いた耳奥がアサシン戦を思い出させ、鳥肌が立つ。
忘れていた――
「そうだ、アサシンは一人だけとは限らないのか……セカンドクラスがあったわ」
焦りが呼吸を浅くさせ、視界に広がる晴天の青が未熟さを示し、心臓の跳ねが指先まで伝う。
……個人を特定できたとしても、ソレはサーヴァントの一部でしかないわ。
「デスデス。だから、あらゆる事を考えてやるべきデース!」
想定するべき事は山ほどある。
「尚更……アサシンに特定されたココは、危険ですよね……どうしましょうか」
言うまでもない結論が血色を変え、思考に降り注ぐ。
……アサシンがクラスを変え、戦略が変わり、戦況が変わる。
歪んだ眉根が深く食い込み、唇に残るコーヒーの苦味が悩みを加速させ、舌先が渇く。
……おじいちゃんが居なければ、どうしたって反撃もできない訳だし。
窓ガラスに反射したコーヒーの湯気が鼻先を生温く抜け、残した言葉の軽さが口元を開かせる。
「ご、ごめんなさい……アサシンに特定されたのは、私のせいなのに、委ねるような言い方をしてしまって……」
食べ終わった客が店員に料理の文句を言うような形だ、今のエマさんには関係の無いこと。
「いえいえ。むしろ、私もアサシンのヒガイにあっていた杏サーンをコウリョ……」
「むしろ、エマさんが被害者みたいなモノなのに、ね。迷惑を掛けているのは、私なのは確実です。事実として、アサシンに居場所を特定された私自身の責任です」
耳元で抱きしめられた言葉を遮り、冷たい風を素肌で感じながら事実を喋っていく。
じんわりと喉奥にへばり付いた苦味が甘えを塗り替え、木陰の揺らめきが片隅に残った信用を意識させる。
……相談するべきだろうか、いやエマさんとは昨日会ったばかりの関係だし。
結んだ唇が僅かに震え――
「そうデースかー難しい、他人のココロは……」
「ふ、ハハハハ! 実に実に、愉快だぞ! 相棒よ、我が最高の理解者よ! ここは勇気を握って、誘えばいいぞ、我らの城に!」
歪んだ空気がバウンドし、耳元がざわつく。
「そうデースか! 流石は私のアイボウデース……杏サーン!」
一息つく程の刹那。
「今日からワタシの家に泊まってクダサーイ!」
――鳥肌が全身を駆け巡る。
絡んだ唾を飲み込むようにエマの距離感を流し、透明なガラス窓に触れた指先へ温かさが差し込み、言葉が反射する。
「えっ? 本当に……」
「問題ナシですよ?」
「一日ですか?」
「そうデースねー何日でも大丈夫デースよ?」
お互いに疑問のキャッチボールを交わし、夕立が見え始めた。
「じゃ、じゃあ……申し訳ないのですが、お世話に……なり……ます。よろしくお願いします、詳細はメールで」
錆び付いたロボットのようにぎこちない挨拶を見せつつ、終了ボタンを押す。
……エマさんの家には放課後、色々と準備をしてから向かおうかしら。
「どう、思う? おじいっ……」
振り返った視線は青白く染まっていた。
コーヒーの湯気が鼻先を香ばしく抜け、音のないキッチンが鼓膜をキュッと引き締め、孤独感を呼び覚ます。
……もう、居ないのね。
魔力の残滓が揺らめきながら陰に消え、舌先を乾かし、左手を思わず掴む。
「大丈夫……いざとなれば、令呪でおじいちゃんを呼び出せる。見えないだけで、私は一人じゃないわ」
心で念じながら、ふと掛け時計を覗く。
「あ! もう、こんな時間だわ……遅刻するっ!」
時針は既に六から八へ回っていた、染みつく感情の余韻が焦りに変わり、心臓が強く跳ねる。
「ウチの担任は、遅刻する事に関しては何故かうるさいのよね!」
焦りと怒りのミルフィーユが体内の血流を循環させ、自然と頬張る手が動く。
……食を味わう時間すら無いなんて、おじいちゃんが折角用意してくれたのに。
コレじゃあ、食べ損なった事と同じ。
口に含んだ食べ物を紅茶で流し込み、食器を流しに漬けて置く。
「ごちそうさま! おじいちゃん……行ってきます!」
そして、ごめんなさい。
心の中で呟きながらその場を後にする、蛇口の滴りが耳奥を静かに震わせ、広がる沈黙が胸を締め付けた。