「取り敢えず、今回はこの席でいいなー。杏、頼んだぞー。私は今から職員会議があるのでなー。あーあと、十時くらいまで終わらないから、その間は、教室で自習だからなー他クラスに迷惑をかけるなよー」
「あ、ちょっ!」
立ち上がった視界が遠く鳴る背中を映す。
……もしかすれば、まだ夢の可能性が。
一瞬、左を覗いてみたが。
「杏サーン。ヨロシクデース!」
希望は周囲の歓声と共に打ち消された。
「桐枝さんってアイドルみたいで可愛いわねー。推しアイドルって居るの?」
「アイドルって確か日本発祥の文化でしょ? それに距離の詰め方がエグイし、エミリ」
「いや、普通でしょ」
「異常だからね? 質問しなきゃ殺されるってくらいの勢いだったし……」
エマさんを囲む形で質問責めが始まる。
「まあまあ、落ち着いてクダサーイ。私、アイドルすきデースよ?」
「えーそうなの? 詳しく!」
密集し、半ば強制的に机から追い出される。
……これじゃ、エマさんがアイドル側みたいね。
金髪ポニーテールとくっきりとした瞳――何よりも分け隔てなく接する姿勢がアイドルそのもので。
……メールで問い質すしか無くなったわね。
周囲のざわつきが強まる中、私の意識だけが冷静だった。
「そう言えば……先生方の職員会議が朝方なのって……珍しいわね」
更に会議自体が長引くのも、特に。
宛がった指先の震えが喉元を熱くさせ、思考を巡っていく。
「何か、問題でも……」
ガラスに映る無人の廊下が、曖昧な不安を大きくする。
昨日決定された授業日数の減少と言い、サーヴァント関連の事件で、随分と街全体の雰囲気が変わり出したわね。
……隣町で起こった百名規模の自殺は、流石に職員会議の議題に入るわよね。
学校側が問題視しなくても、親御さんが騒ぎ立てるだろうし。
足元に掛かった薄影が、ガラス窓に漏れた光を受け、強まっていく。
「完全に……放置は、できないかもね」
舌先に纏わり付いた恐怖を呑み込み、教室全体へ目を向ける。
和やかで賑やかな空気が耳奥で反響し、エマさんを囲むクラスメイト達の笑顔が懐にしまいかけた武器を握らせた。
「そっか……私って今、身近な人達を救いたいって思えているのね……」
スマホを打つ手が震え、目元が滲む。
……おじいちゃんが民草を守ったように、私も孫として人間性を継承できているわよ。
喉元の唸りを抑え、澄んだ青に目を向けながら。
「……ありがとう……ね」
送信ボタンを押す――教室中に鳴り響いたチャイムが、足元にかかった影を踏ませた。