進むたびに住宅街の静寂が空気を凍てつかせ、どんよりとした気配が全身に鳥肌を立たせていく。
「杏サーン。ココが事件現場に近い場所デースよね?」
首を傾げるエマ。
「あっ! モナカ!」
「アァァァァ!」
ベチャリと音を立て、モナカが歩道にめり込む。
「最悪デース」
……見てしまったコッチも、なんか、縁起が悪くなりそうで怖いわ。
丸まった背中が失ったモノの大きさを教えてくれた。
「まあ、帰りにでも買ってあげるわよ……だから、ね?」
「ハ、ハイ……アリガトウございます……」
震える手を握りながら背中を押し、今度は隣を歩く。
耳裏に触れる温かな風と顔を出した太陽の熱が、全身の血を巡らせていく――
「可笑しいわね、左甲の感覚が無い……エマは寒くない?」
「寒いデース……右腕が動かないデース」
――が、進む度に容体が悪化していく一方だ。
周囲を見渡す限り、一戸建ての住宅街が縦並びに続き布団や衣服が干され、何の変哲もない。
……強いて挙げるなら、駅から遠くない距離にあるせいか、割と家は豪華なのよね。
徐々に締め付けられる頭で考えた違和感が黒く滲んでいく。
「アイボウともツナガラナイ……デース」
「え? てっきり霊体化した相棒が歩いていると思っていたけれど」
視線をぐるりと回すが、相棒の姿どころか通行人の姿自体が見当たらない。
「明確な異常だわ、変よ……だって、今はお昼過ぎで、しょ?」
線香のように纏わり付く不安が鼻孔内を抜け、心臓の跳ねが耳奥をガンガンと打ち付けていく。
指先の震えと吐き気が静寂を拒否し、飲み込んだ唾の重さが本能に訴えかけてくる。
……左甲のヒリつきも無視できないほど痛む。
エマの腕を掴み、踵を返す。
「ち、力が強いデース……杏サーン。右腕がさっきよりも痛むデースから……ほら」
歩みと共に意識も留まる。
青白く輝いた令呪がエマの腕に巻き付き、血管の流れが浮かび上がっている。
……私も。
恐る恐る左腕を捲り、令呪を晒す。
「状況も、痛みも……同じだなんて!」
錆び鉄の酸っぱさがこめかみを通り抜け、自然と華奢な腕を引っ張っていた。
「撤退よ、エマ。ココに居ると危険だわ」
「で、でも……せっかく来たのにモッタイナイデース」
「分かっているわよ、それくらい。でも、エマの相棒だっていない……令呪や魔術回路だって……」
筋繊維を引き裂くような痛みと腕の痺れが撤退を促している。
「そうデスガ……」
流れた始めた沈黙が、振り払われた掌の温度を静かに冷ましていく。
……おじいちゃんがブレーキの踏み方を教えてくれた。
少しでも成長した姿を見せてあげたいから。
言いたいセリフが喉元を熱くせり上がり、吐いた息を白く染め上げた。
「……ざんね……ん」
「ランサーのマスターの言う通りだぜ? 相棒!」
吹き抜いた温かな風が暗い雰囲気を飛ばし、赤と黄金が混じった鎧が上から降ってくる。
「アイボウ! ど、どこへ行っていたデースか!」
「おうよ、真のイケてる伊達男は、な! 後から豪華に見参していくモノだぜ!」
「怖かったデース、アイボウ! もう、何処にも行かないでクダサーイ!」
抱きしめ合う二人は、まるで親子のようで、両者共に涙を流していた。
「か、感動シーンのところで悪いのだけれど……セイバー、ちょっと……いいかしら?」
気まずいが、情報収集は物事を解決する上での核――我慢しないと。
「なんだ。この伊達男であり、イケメンな俺に何用だ、ランサーのマスターよ!」
「単刀直入に言わせてもらうわよ。この一帯を包む瘴気は、何?」
鎧に傷が入っていない時点で、戦闘に巻き込まれた可能性は捨てられる。
「セイバー、あなたは何処へ居たの?」
斜めに向くセイバーの含み顔が疑問を凍らせる。
冷たい風が後ろ髪を舞い上げ、セイバーの影が視界をぼやけさせ、一瞬の静寂が喉元を唸らせた。
「それは俺のセリフだ……最高の相棒と連絡が付かなくなるとは! 地上で探そうとしても、毒のせいで地上は移動できない……」
空気が震え――
「故に! 我は空から舞い降りた! どうだ、伊達男だろう?」
――自身に満ち溢れた声音が政宗の口から放たれた。