「さすがデース、アイボウ! 頭がイイデース、天才デースよ!」
隣で響いた拍手が顔を引き攣らせ、鼻孔を流れた空気の層が冷たくなる。
「ッ……」
静電気が左甲から走り、セイバーの言葉を想起させた。
……地上は毒。
抑えた手をさすりながら。
「セイバー。毒って……」
黒布で隠れた顔を凝視する。
「……詳細は分からない! だが相棒との交信が取れず、この地の魔術回路が極度の興奮状態を覚えた事は。逃げる理由にはなるだろうな!」
豪快に笑ったセイバーの足元は揺らめき、舌先の乾きが喉元を鳴らす。
「セ、セイバー。アナタの足……黒いわよ?」
「これか! マスター達がこの地へ向かう二分ほど前に踏み込んだら……この有様だ! それが原因で少々、マスター達の姿を見失ったが……な!」
ドス黒い真実が捲られた。
「ナンデースか、コレは! 真っ黒な足デース、大丈夫……ですか?」
外傷や内出血でも無い、世界から脚だけを切り取ったような黒さ――影だ。
……もし原因が、セイバーが話した通りに、魔力関係なら。
「セイバー。私とエマさんをいっぺんに人気のない場所まで、移動できる?」
「伊達女だねぇー、全く相棒の友人も! 目立ちたいのか……関心!」
頷かれる意味が理解できない。
巻き付いてくる風と反転する風景が、二人の常識のズレを示唆しているようで。
「あ、えっ⁉」
「伊達に飛ばすぜ! 派手に捕まっていろ、相棒達よ!」
全身に通う鋭い風が双眸を濡らし、軸がグルグルと乱れる。
「無理! 落ちちゃう、早く地上に返して! お願いだから!」
掴まれた上着が落ちかけ、セイバーの腕を必死に掴む。
「ハハッ。もっとスピードを上げるぞ! コレが我の全力では無いからな!」
「アイボウイケイケ!」
心臓の震え。
「ま、まっ……て……ヒェェェェ」
素肌が風にべったりとくっ付き、風が高く唸りを上げていた。
落とした視界がビル群の避雷針を捉え、思わず息を呑む。
……スレスレよ、当たっても可笑しくないわよ。
喉元の震えを押さえながら。
「セイバー! い、一体……どこへ行こうとしているの?」
「ふん、決まっているだろうランサーのマスターよ。我らの城だ!」
緩みかけた加速――
「さあ、このままハデに行くデースよ!」
上着がメリメリと音を立て始める。
「え、嘘でしょ?」
――纏わり付く重力が全身の骨を軋ませた。
立ち込める生地の香ばしさが喉元を唸らせ、嗜んだ紅茶の渋みが全身を熱くする。
「先程はゴメンなさいデース。連れ回したお詫びデース、これは……」
「も、もう食べていい? アップルパイ……」
差し出されたフォークを伺いながら取る。
「いいデースよ?」
歯切れの良い音が耳奥を抜け、舌先に残ったリンゴの甘さが追いかけていく。
「こ、これ。お店レベル……というか、超えているわよ!」
頬が落ちるくらい、美味しい。
……エマにこんな特技があったなんて、見直したわ。
「用意して良かったデース! きっとアイボウも嬉しいと思いマースヨ!」
「は? 今なんて言った?」
血糖値が脳内を巡り、見開いた視界が揺らぐ――手が止まる。
「もう一度イイマスネ! このアップルパイは、アイボウが作りました!」
喋りながら無邪気に笑ってみせたエマ。
「いや、そうじゃ……」
「ふん、この伊達男であり派手で優雅な俺が作ったのだ、美味いに決まっているじゃないか!」
その後ろで揺らめく銀着物が、誤解を進めていく。
「も、もう……好きにして下さい」
歪んだ空気を肺に詰め込み、鼻先にかかるため息の生温さが思考を冷やし始めた。
「そうか! 次は羊羹でも振る舞おう!」
一気に古臭くなった、春なのに夏を思い出させるラインナップだった。
「イイデースね、作ってクダサーイ!」
……エマは、本当に外国人なのだろうか?
太陽光に反射する窓枠がアップルパイに薄く差し込み、様々な疑問が浮かび上がっていく。