心臓の音が明確に耳奥で響き始めた頃――
「聖杯とは、あらゆる願いを叶える万能機だ」
――ゆっくりと開かれるアドモンドの口が静寂を断ち切った。
「故に人類は大いなる救済を望み……小さき複製を試みて――」
空気が冷たくなる。
「――大小二つの聖杯に魅せられ。権利の所有を賭け、魔術師は争い合う事となった」
言葉が鉛のように重く、深くなっていくのを感じる。
「使い魔――サーヴァントとは大聖杯を介し、呼び出された過去の英霊。セカンドクラスは……小聖杯を通して現れる第二の可能性、形である」
蛇のように革靴を滑らせ、アドモンドの屈強な体躯がコチラへ近付く。
そして――
「何があろうとも……死が目前だとしても戦い抜く覚悟はあるか? 問いに同意を示すならば。今から貴様は聖杯を手にする資格を得るだろう。監督役アドモンド・フォース・ヴィ・ゼルレッチの名を通し……」
――私は静かに頷く。
「貴様の行く末を、祝福しよう……神の名のもとに」
再び十字を切ったアドモンドの表情は悲壮的であり、しかしながら愉悦に浸っているようにも見えた。
聖杯戦争。
……二つの聖杯の所有権を得られる一組になるまで、殺し合う戦い。
そしてサーヴァントの総数は七機――セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、アサシン、キャスター、バーサーカー。そしてサーヴァント一人につきマスター一人。
「マスター。二週間の聖杯戦争、作戦――戦略はおおよそ練っているか?」
「ええ、一応だけど考えているわ。最初の方は変に動かず敵の情報を探り、中盤以降は一対一で確実に仕留めて、堅実に聖杯を手に入れようと思っているけれど」
更に、今回の聖杯戦争は聖杯が二つ同時に存在する影響で、サーヴァントのクラスはメインクラスの他に第二のクラス――セカンドクラスも存在する。
……ファーストクラスとセカンドクラスを切り替えながら戦う。
常に戦況は変化し、柔軟に適応しなければ優勢であっても敗北する可能性も高い。
「ほう」
「まあ、おじいちゃんからしてみれば、勝ち方は地味だけど」
灯り一つない林道を下りつつ、私は霊体化したおじいちゃんと今後の流れを共有していた。
「華は無い……だが、確実ではある」
「それって……褒めているのよね?」
「生前我も、戦に飾りは無用と見栄を捨て置いた事があって、な。我がマスターの立場であれば、同じ考えで行動に移したかも知れぬ……」
凍てついた風が木々を揺らし、青臭い木の葉の匂いが鼻孔を抜けていく。
「そっか」
恥ずかしくて、気まずくて。
「そ、そう言えば! おじいちゃんが居た時代って、星座の位置や見え方も現代と遜色ないの?」
頭上で宝石のように輝く星々に意識を向けさせるしか無い。
「配置は変わらないが、煌めきが足りぬ……四国は変わった」
その視線は、林道下に伸び広がる数多の人工的な明かりへ注がれている。
「寂しい?」
顔は見えないけれど、言葉の節々から哀愁を感じる。
――だが。
「おじいちゃん?」
声が聞こえない、左隣に居るのに。
「……!」
一瞬。
心臓が止まりかけた、眼下に焼き付くソレはコツコツと甲高い音を周囲の森林に響かせ、確実に近づいている。
……深夜、それも真っ暗な山道のはずでしょ?
考えられない時間帯に、有り得ない人の姿。
ひらひらと着物らしいソレに夜風がなびき、白波を生み出す女は妖艶に口元を緩ませていた。
……まさか、サーヴァント?
最悪が頭の中を駆け巡り、咄嗟に――
「おじ……」
――含んだ笑みが左隣で聞こえた。
「アナタは……いい人……かしら?」
心臓がはちきれそう、呼吸ができない、早くおじいちゃんを呼ばなければ。
……私は、ここで死ぬ。
冷たい風が背中を引っ張るように、強く吹いた。
「逃した、か……マスター無事か?」
空気を槍で切り裂くおじいちゃんの姿を見ただけで、私は腰からぬかるんだ地面に――電池が切れた機械人形のように落ちてしまった。
「な、何だったのよ……アレ」
「我の反応速度を超えるか。とんだ大物が聖杯戦争に紛れ込んでいるらしい……」
「サ、サーヴァント? 幽霊? 幻覚?」
どちらに転んでも、怖いのは変わらない。
胸を太鼓のように叩く心音が、先程のホラーを鮮明に刻んでいる。
「恐らく、サーヴァントの類だろう……」
おじいちゃんの発言自体に含みを感じる、というか自信なさげに感じる。
「アナタらしくないわね、気になる点でも見つけた?」
「二つある。一つ目はヤツの存在を認知するまで数秒のラグが生じた点。そして、霊体化を解くまでに数十秒かかったところ……」
「それがサーヴァントの認識を濁らせている原因ね……」
移動した敵の位置を数秒かけて探す、健康的な人間の視力であれば一秒未満で把握できる事象。サーヴァントの動体視力であれば、なおさら把握漏れは有り得ない。
「敵サーヴァントの移動速度が速すぎたか……私も、ヤツの移動を肉眼で捉えられなかったわ。失礼かもしれないけれど、偶然って可能性は……」
「奴が視界に入った瞬間、我は既に戦闘態勢へ移行している……」
だとすれば、奴のクラススキル――能力のせい?
「数十分も掛からない時間帯で起きた出来事……その間、周囲の魔力に変化は? 奴がサーヴァントなら魔力の流れも当然、把握できていたわよね?」
首を横に振る訳でも、縦に頷くわけでも無く、おじいちゃんは腕を組みながら静かに返答した。