「ねぇねぇ、朝のニュース観た?」
「ああ、ネット記事に載っていたアレの事?」
「それそれ! ハリウッド映画撮影のやつ」
「アレ、CGらしいぜ? 現場を目撃していたエーチューバ―が喋っていたぜ?」
右隣の席にたむろする男女グループがスマホ画面を見せ、笑いながら雑談していた。
……こんな風に盛り上がりたかった。
チラリと盗み見た画像には見覚えのある龍と隻眼、黒髪、金髪が。
……まあ、今は笑えないけれど。
机に顔を埋め、耳を立ててみるが――早朝のクラス話題は『謎の空中CG』で持ちきり。思い立ってSNSのトレンドを検索してみたが。
……マズいわね。
やはり昨日の壮絶な戦いが拡散、考察されている。
動画や写真を見た限りだと、現場は空中かつ深夜撮影のため細部までは見えず、迸る雷と破壊音、人影が映るのみ。
……聖杯戦争の破綻にもなり得る事態よね、コレ。
聖堂教会と監督役が、どのような対処を行うか。最悪、聖杯戦争自体が消滅する可能性だって。
いやいやソレも大切だけど――
「やっぱり杏も気になるよね、コレ……」
「う、うわっ! え⁉」
――突如、飛躍しかけた思考にメスを入れられ、額に衝撃が走る。
「いっ……痛ったぁー」
思いっきり机に頭をぶつけ、オデコ全体が熱を帯びる。両手で額をさすりながら、クスクスと隠し笑いを零す右隣を睨み付ける。
「ご、ごめんね……笑っちゃって。いつも凛々しくてカッコイイ杏が、芸人みたいなリアクションを取るから……つい」
子犬のようにキョロキョロと首を振るとツインテールが揺れ動き、数秒後にはアルマジロのように、その場で丸くなる。
「ごめんなさい。少し驚いただけよ、別に傷付いてないわ」
流石に怒りをぶつけ過ぎたかも。
当事者意識はあるに越したことは無いが、付随する『焦り』に感情を支配され過ぎてもいけない。
「牡丹も、例の空中CGは気になるの?」
「う、うん……気になって……いま、す!」
しおれた花が息を吹き返すように、蹲っていた牡丹が大きく顔を出し、スマホ画面を熱心に指してくる。
「この記事! 『謎の空中CG』UFO説。この記事を要約したエーチューバ―のチャンネルと合わせて見て欲しいの! 面白いだけじゃなく、科学の勉強にも使えるの!」
……牡丹、否、ネットオタクの圧力が凄い。
大きく広がった瞳孔が視界を満たし、髪の毛が頬をチクリと刺す。荒い息遣いが瞳を転がすように掠める。
ダメだ。今の牡丹は周囲が見えなくなっている、何も聞こえていない。
「牡丹の、顔が近すぎて……肝心の記事が見えない、わよ!」
徐に、少々手荒に牡丹を私自身から引き剥し、一定の距離を保ってみたが――牡丹の喋りが饒舌になっただけで、変化なし。
(マスター、この娘は病……妖怪にでも憑かれているのか?)
「ええ……ネットという妖怪に。毒されているわ」
残念ながら。
けれど悪い部分だけじゃなくて、良い所も残っている。
「ねぇ、牡丹。今アップされている謎の空中CG動画の中で、最も再生数を得ているアカウントは認知しているの? またその件で数字を一番取っているエーチューバ―も知りたいのだけれど……」
「おおー珍しく杏が私の時事ネタに食いつている!」
「ま、まあ。そんな所よ」
実際の目的は違うけれど。
「えーっとね……謎の空中CG動画の中で一番の再生数は……最初の投稿者で……名前は『@この世の終わり』さんで。エーチューバ―だと『コロロン――時事ネタチャンネル』ってところ。どちらも総再生回数は百万をオーバー」
「それって……」
「大バズリ!」
……ですよね。
どうりでクラス中で話題になるわけだ、規模が大きすぎる。また牡丹の黒い瞳が私の視界に近付き、ブンブンとツインテールを上下に揺らしている。
「また、近い……って」
「あ、ごめん」
一瞬しおれるが、また記事を引っ張り出しては熱量を見せてきた。
……早く朝のホームルームが来て欲しいと思ったのは、これが初めてかもしれない。
牡丹の会話をスマホでメモしつつ、目配せする右端の表記には午前八時三分と書かれていた。
(マスターよ、事情聴取とやらの進展はどうなった?)
「拡散元と根っこの部分が割り出せたから、大丈夫かも。メモした内容を例の神父に話せば解決してくれると思う」
それが監督役の務め――聖杯戦争の継続。
私自身も先程、おじいちゃんと契約を交わした関係上、出来る範囲で神父に情報の提供はしたいと思っている。
……一般人には危険な好奇心を聖杯戦争、殺し合いの場に向けて欲しくない。
(この世は栄えているが世間は狭い、か……生きにくいな、マスター)
特に魔術師は――
「ねぇーねぇーこの記事はもっとすごいの! 日本を征服する裏組織ファイナーが……」
――まあ、牡丹の絡みは誰であろうと生きにくいとは思う。
お祭り騒ぎの波及がクラス内を巡ったところで。ガラガラと教室の扉が厳かに開き、黒スーツ姿の先生が沈黙を呼びかけた。
「ホームルームの時間です。座りなさい」
冷酷な声音が耳奥を掴むと、たむろする生徒郡が逃げるように自分の席へ戻っていく。オセロの面のように盤はひっくり返され、静寂が広がる。
「日直……」
教卓から注がれる切れ長の目が緊張を誘導する。
(威圧感……あの女……中々のやり手だな)
……毎回思うけど。私、麗奈先生の事が苦手なのよね。
「今日のホームルームをお願いします」
目の前の掛け時計は八時十五分ピッタリを指し示し、聖杯戦争期間最初の授業が幕を開けた。