10秒時間を巻き戻す能力を引いた私が、デスゲームを生き残るためにやったこと 作:しまもん(ハーメルン)
私は、可能な限りのトレーニングを行った。
体を鍛える。
筋力、持久力、柔軟性。
反射神経と、痛みに対する耐性。
できることは、すべてやった。
それだけでは足りないと感じて、私は戦うための精神を鍛えることにした。
やったことのない格闘技を、いくつも始めた。
――団体競技は意味がない。
必要なのは逃げ場のない状況で、自分一人で立ち続ける精神だった。
個人競技。
勝敗が、すべて自分の責任になるもの。
相手に頼れない。
言い訳もできない。
ただ、負けるか、勝つか。
その繰り返しの中で、私は自分の心が少しずつ変わっていくのを感じていた。
それでも、警戒は緩めなかった。
デスゲームに参加していた人間は、全員、覚えている。
名前。
年齢。
住所。
性格。
得た能力。
誰が、どんな反応をしていたか。
追跡系の能力を使えば、地球の裏側にいようと関係ない。
今、何をしているのかが分かる。
――私と同じことを、している人はいないか。
――私以外に、時間を巻き戻した人はいないか。
――私は、見られていないか。
考え続けた。
もし、監視されていた場合に備えて、偽の記憶も用意した。
デスゲームに参加した記憶。
時間逆行を行った事実。
それらは、探知されないよう、深く、複雑に隠した。
まるで、何も知らない普通の人間のように振る舞う。
能力は、徹底的に隠蔽する。
使わない。
気配も出さない。
それでいて周囲への警戒だけは、絶対に解かない。
一秒一秒が戦いだった。
誰にも見えない場所で、常に神経を張り詰めている。
安心できる瞬間は、なかった。
そうして、十年が過ぎた。
――でも。
――まだ、足りない。
そう思ってしまう。
私は、再び時間を巻き戻した。
さらに十年。
自分を鍛え、世界を観察し、疑い続ける。
準備を終わらせるために。
終わりが見えなくても、止まるつもりはなかった。
生き残るためなら、どれだけ時間を使っても、構わなかった。
更に十年、更に十年、更に十年、更に十年、更に十年。
気が遠くなるほどの時間を私は準備と警戒に費やす。
そして私は可能な限りの準備を終えた、その時だった。
違和感が走る。
次の瞬間――
世界が、引き裂かれた。
白い空間が、向こう側に見える。
……でも。
以前とは違った。
邪神の力が、一瞬で私を引き込むことはなかった。
白い空間の向こうから、腕が伸びてくる。
私の腕を掴もうとする。
私を引きずり込もうとする。
その動作が、はっきりと――見えた。
私は、反射的に動いていた。
伸びてきた腕を、逆に掴む。
ぎし、と感触が伝わる。
「――なっ」
邪神の声が、歪んだ。
「何だ、お前は……?」
腕越しに、邪神の姿が見える。
目を見開き、理解できないものを見る表情。
「……なんで、反応できる?」
私は、答えなかった。
代わりに、すべての能力を解放する。
探知。
解析。
記憶照合。
構造把握。
因果の逆算。
邪神の記憶が、流れ込んでくる。
今まで開いてきたデスゲーム。
殺してきた人間。
奪い、与え、楽しんできた時間。
持っている能力。
その構造。
限界。
弱点。
理解は、一瞬だった。
――……あ。
――この邪神。
――私より、弱い。
愕然とする暇もなかった。
どうやら私は能力を徹底的にかけ合わせ続けた結果、オリジナルの邪神を超えてしまったらしい。
邪神は、まだ混乱している。
理解が追いついていない。
私は一歩踏み出す。
邪神が後ずさる。
「ま、待て……!」
初めて、邪神が恐怖する声を聞いた。
私は握り締めた拳を邪神に叩き込む。
抵抗は、なかった。
拳が、邪神の胸を貫く。
硬い感触の奥で、何かを掴む。
邪神の目が、限界まで見開かれる。
口が、言葉にならない形で動く。
私の手の中には、脈打つような光――邪神のコアがあった。
私は、それを握りつぶした。
音は、しなかった。
ただ、邪神は――消えた。
信じられないものを見る顔のまま。
白い空間が揺れる。
床に亀裂が走り、空気が、軋むような音を立てた。
今まで均一だった白がまだらに濁り、向こう側にいくつもの影が浮かび上がる。
――人だ。
邪神が攫ってきた人々。
壁のようなものに閉じ込められ、動けずにいた人たちが、次々と姿を現していく。
立ったまま固まっている人。
床に座り込んだまま、呆然としている人。
誰かを探すように、周囲を見回している人。
その目に浮かんでいるのは、
恐怖ではなかった。
――混乱。
ただ、それだけだった。
「……え?」
誰かが、小さく声を漏らす。
「……何だ、ここ……?」
「なんでここにいるの……?」
誰も、叫ばない。
誰も、泣き出さない。
ただ、現実感のない空間に立たされて、状況を理解できずにいる。
私は、その様子を見渡した。
ここには、あの時、掲示板の前で押し合っていた人たちがいる。
怒鳴っていた人。
黙り込んでいた人。
能力に手を伸ばしていた人。
でも――誰一人として、そこまでの記憶を持っていない。
当然だ。
あの時間は、邪神の都合で切り取られたものだから。
私は力を使った。
白い空間を形作っていたものを、一つ一つ、切り離す。
檻のように閉じていた壁が、紙を裂くように音もなく崩れていく。
閉じ込められていた人々が、ゆっくりと、地面に降り立つ。
「……え?」
「……今の……何だった?」
「夢……?」
戸惑いの声が、少しずつ広がる。
私は少し距離を取って、それを見ていた。
――これでいい。
彼らが私に感謝する必要はない。
恐怖を思い出す必要もないのだ。
次に、私は空間そのものに手を伸ばす。
邪神が作った世界。
邪神の都合で閉じられた場所。
それを、このまま残しておく理由はない。
白い空間に、亀裂を入れる。
裂け目の向こうに、それぞれの「元いた場所」が少しずつ見え始める。
教室。
道路。
自宅の部屋。
職場。
「……え?」
「……教室?」
「さっきまで……ここに……?」
誰かが、恐る恐る一歩を踏み出す。
裂け目に触れた瞬間、その人の姿は消えた。
何事もなかったかのように。
それを見て、人々は次々と裂け目へ向かっていく。
混乱したまま。
理解できないまま。
それでいい。
誰も、私を見ない。
誰も、私に何かを求めない。
私は、最後まで残った。
白い空間には、もう誰もいない。
音も、気配もない。
邪神が消えた場所に、何も残っていないことを、静かに確認する。
――終わった。
そう思う。
けれど、同時に、別の考えも浮かぶ。
――本当に?
――これで、終わり?
私は、その疑問を否定できなかった。
白い空間を痕跡も残さずに、完全に消し去る。
そして、私自身も、元の世界へ戻る。
何事もなかったかのように。
……それでも。
警戒は解かなかった。
――ひょっとしたら。
――他にも、邪神がいるかもしれない。
――ひょっとしたら。
――今度の邪神はもっと、賢いかもしれない。
そう考えた私は、今まで通りに力を隠したまま生きた。
普通の人のように、笑い、学び、働き、老いていく。
何も起こらない日々の中で、それでも世界を見続け警戒を続けた。
そして、死の間際。
大勢の家族に見守られながら、私は天井を見つめて小さく呟く。
「……ひょっとしたら」
「警戒しすぎていたのかもしれないわね」
その言葉に、後悔はなかった。
それが、私の生き方だったのだから。
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