妖刀使いの英雄譚   作:刀は銃より強し

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章分けしました。


体育祭篇
体育祭


 

 

少し時は遡り2日前───

とあるバーにて

 

「あ゙ぁ⋯⋯⋯いってぇぇ⋯⋯⋯!!!」

 

板張りの床に横たわったのは、死柄木弔。

 

その身体は無惨だった。雄英高校の教師、スナイプの放った弾丸によって両腕両脚を正確に撃ち抜かれ、溢れ出る鮮血が床に赤黒い染みを作っていく。激痛と屈辱に歪む表情は、辛うじて顔を覆っている「手」の隙間から、獣のような眼光を覗かせていた。

 

脳無をオールマイトにより撃破され、自身の右手も欠損。〈完全敗北〉という言葉が死柄木の脳内に浮かび上がる。 

 

「完敗だ⋯⋯脳無もやられた。手下共は瞬殺だ!子供達も強かった!!平和の象徴は健在だった!!!」

 

指先一つ動かすことすら叶わず、死柄木は呪詛のように言葉を吐き捨てる。

 

これまで積み上げてきた全能感が、オールマイトという巨大な壁を前に粉々に砕け散った現実。その拒絶反応が、彼を苛立たせていた。

 

「話が違うぞ()()!!!!」

『違わないよ』

 

縋るような、それでいて怒りに満ちた彼の叫びに、静まり返った室内で唯一灯るモニターから穏やかさを湛えた声が返る。

 

『ただ⋯⋯見通しが甘かったね』

『うむ、舐め過ぎたな。敵連合なんちうチープな団体名で良かったわい。⋯ところでワシと先生の共作の脳無は?』

『回収してないのかい?』

 

モニターの傍らからもう一つの老いた声が、脳無の行方を問う。

 

「オールマイトによって吹き飛ばされました。正確な位置座標を把握できなければいくらワープとはいえ探せないのです。そのような時間は取れなかった」

 

『何ィ!?せっかくオールマイト並みのパワーにしたのに!』

『まァ仕方ないか⋯残念』

 

画面の向こう側の落胆など、今の死柄木にはどうでもよかった。彼の脳裏を支配しているのは、あの少年の姿だ。

 

「そんで⋯⋯⋯妖刀を持ったあのガキ⋯⋯!!

俺の右手を切り落としやがってぇぇぇぇ⋯⋯⋯⋯!!」

『へぇ⋯⋯やはりいたんだね』

 

傷口が燃えるような痛みを訴えるたび、記憶が鮮明に蘇る。死柄木の右手が床を掻きむしろうとするが、力が入らない。

その言葉に、モニターの主の声色に微かな興味の色が混じった。

 

「次会ったら殺してやる……!直接!!この手で!!!!」

 

『⋯⋯⋯やはり、彼らに協力を頼んだほうがよさそうだね』

「彼ら⋯⋯とは?」

 

黒霧がモニター越しの男に声をかける。

 

『今の弔はまだまだ未熟だ。だからこそ、「手本」が必要なんだよ。悪のカリスマって言えばいいのかな。それを持っているものを敵連合(ここ)に連れてくる。

例えば⋯⋯そうだなぁ』

 

モニターの向こう側で、巨悪が静かに微笑んだような気がした。

 

『六平国重殺害を成し遂げたヴィラン団体毘灼(ひしゃく)とかね』

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「体育祭⋯⋯!!」

「クソ学校っぽいの来たああ!!」

 

時は戻り、現在。

担任の相澤から『雄英体育祭』の開催について告げられ、クラスのテンションは一気に最高潮に達していた。

当たり前だろう。普段テレビの向こう側で見ていた憧れの舞台に、自分自身が立てるの言うのだから。

 

しかし、その熱狂の渦に冷や水を浴びせるような懸念もまた、当然のように湧き上がる。

 

「待って待って!!」

「ヴィランに侵入されたばっかなのに大丈夫なんですか!?」

 

先日のヴィラン襲撃があったことでクラスから否定的な声が上がる。

それに対し、相澤は現状を説明する。

 

「逆に開催することで雄英の危機管理体制が盤石だと示すって考えらしい。警備は例年の5倍に強化するそうだ。

何より雄英の体育祭は()()()()()()()。ヴィランごときで中止していい催しじゃない」

 

 

雄英の体育祭は日本のビッグイベントの一つ。

 

かつて世界には、『オリンピック』と呼ばれた世界中が熱狂したスポーツの祭典があったらしい。

だがその祭典は、個性黎明期に「個性持ち」の人間の参加を制限したこと、そして同じく黎明期の混乱の中で開催規模が縮小されたのをきっかけに、だんだんとその熱も人口も縮小していってしまったのだという。

 

そして今のこの、個性という特異な性質が社会の根幹に染み付いた超人社会の日本において、オリンピックに取って代わって人々が熱狂し、国民的風物詩として数えられるようになったのが、この雄英体育祭だと相澤は説いた。

 

「当然全国のトップヒーローも観ますのよ。スカウト目的でね」

「卒業後はプロ事務所にサイドキック入りがセオリーだもんな!!」

 

八百万と上鳴も、その重要性を再認識するように声を上げる。

 

「当然、名のあるヒーロー事務所に入った方が経験値も話題性も高くなる。

時間は有限、プロに見込まれればその場で将来が拓けるわけだ」

 

「年に一回、計三回だけのチャンス。

ヒーローを志すなら絶対に外せないイベントだ」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

朝のホームルームによって、どこか浮足立った気持ちのまま授業を受けた1-Aの生徒たち。

 

そして、放課後───

 

「うおおお⋯⋯何ごとだあ!!!?」

 

麗日が驚愕の声を上げるのも無理はない。A組の教室前には、廊下を埋め尽くすほどの多くの生徒が集まっていたのだ。

扉の前を完全に占拠されており、これでは帰宅することすらままならない。

 

「君達、A組に何か用が⋯⋯」

「出れねーじゃん!何しに来たんだよ!?」

「敵情視察だろ、ザコ」

 

緑谷たちはその異様な光景に混乱するが、爆豪だけはいつもと変わらぬ苛立ちを隠そうともせず、人混みの壁となっている扉に向かって歩いて行った。

 

「ヴィランの襲撃を耐え抜いた連中だもんな、体育祭の前に見ときてえんだろ。

そんな事したって意味ねェから⋯どけ!モブ共

 

「知らない人のことをとりあえずモブって言うのやめないか!」

 

相変わらずな態度の爆豪に対し、飯田が腕を振って反論するも、爆豪は一瞥もくれずに無視を貫く。

 

その後、普通科の少年や、同じヒーロー科のB組の生徒たちが爆豪の不遜な態度を非難し、一触即発の空気が流れる。

 

だが、爆豪はそれさえも意に介さず、悠然と歩き出した。

 

「待てコラ爆豪、どうしてくれんだ!おめーのせいで⋯⋯」

「関係ねえよ。上に上がりゃ関係ねえ

「!」

 

慌てふためく切島に、爆豪はそう言い放った。

その言葉には、周囲の評価など関係なく、ただ頂点だけを見据える者特有の冷徹な重みがあった。

 

爆豪の言葉により、一人、また一人と視察に来ていた生徒たちが毒気を抜かれたように帰路についたことで、ようやく千鉱たちも教室を出られることになった。

 

千鉱も帰ろうと教室を後にし、静かになった廊下から階段に向かう途中──

 

「! 相澤先生⋯⋯?」

「六平、ちょっと来い。体育祭についてだ」

 

階段付近で、額に包帯を巻いた相澤と鉢合わせた。

特に急いでいるわけでもなかった千鉱は、先生の短く簡潔な呼びかけに応じ、その後ろを黙って着いて行った。

案内されたのは、『仮眠室』と書かれたプレートが下がる一室。

 

室内は放課後の喧騒から切り離されたように静まり返っており、薄暗い部屋の空気が妙な緊張感を醸し出していた。

 

「よし、ここでなら話し合いができるな」

「あの⋯⋯別に階段の近くで待たなくても直接教室に来て呼べばよかったのでは?」

「扉の前にたくさん生徒がいたろ。

それなら、呼ぶよりも教室から出てくるときに話しかけたほうが合理的だと思った。

⋯⋯⋯⋯何か飲み物でも飲むか?」

「じゃあお茶で⋯お願いします」

 

相澤は片手だけで器用にお茶を用意し、千鉱の前の机に置いた。

千鉱は「ありがとうございます」と感謝を伝え、その温かい湯呑みを手に取る。

喉を通り、腹の奥へ落ちていく熱が、先日の死闘の感覚を少しだけ遠ざけてくれるようだった。

 

「それでは⋯⋯本題に入ろう。

六平、お前体育祭どうする?」

「⋯⋯⋯」

 

相澤の問いは重く、静かだった。千鉱は湯呑みを見つめたまま、言葉を待つ。

 

「お前が『妖刀』を持っていることは()()世間には公表していない情報だ。もしバレてしまったら確実に社会に影響を及ぼす。

よって、お前が取れる選択肢は2つ」

 

相澤は千紘の眼前に、迷いのない指をピッと2本立てた。

 

「1つは、体育祭に参加してその時、『妖刀』の存在を世間に公表すること。

こっちだと、お前は他のクラスメイト同様自分の実力をプロに見てもらえるが、世間の混乱は確実だろうな」

 

『さらに、六平国重の息子だということもな』と、相澤は情報の重さを噛み締めるように付け加えた。

 

「もう1つは⋯⋯体育祭を棄権すること。

こっちだと、『妖刀』の存在が世間にバレるリスクはかなり減るが、プロへの道や成長の機会を一つ失うことになる。⋯⋯お前はどう考える」

 

相澤の問いかけが、狭い仮眠室の空気に重く沈み込む。

 

千鉱は手元の湯呑みに視線を落とした。揺れる琥珀色のお茶の表面には、自分の顔と、その背負った「業」の象徴である左頬の傷が映り込んでいる。

 

棄権すれば、しばらくの間は平穏が保たれるかもしれない。

だが、USJで死柄木が放った言葉、そして黒霧が自分をピンポイントで中央広場へ送り込んだ事実が、脳裏を離れない。

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

すでに、敵は自分を見つけている。

千鉱はゆっくりと湯呑みを机に置いた。微かな陶器の音が、静寂を切り裂く。

 

「⋯⋯父さんが、かつて言っていました」

 

低く、だが芯の通った声が仮眠室に響く。千鉱の脳裏には、工房で火花を散らしながら、真摯に刀を打っていた父の背中が浮かんでいた。

 

「『刀を作った先にある「死」に俺たちは無関係じゃない』と。

俺はこの『淵天』を、父を殺した連中を追い詰め、奪われた刀をすべて取り戻すために握っています。そのためには⋯俺が、誰よりも強くならなきゃいけない」

 

千紘は顔を上げ、正面から相澤の鋭い眼光を見据えた。

そこには、一人の生徒としての迷いはもうない。

 

「隠れて力を蓄える時間なんて、もう俺には残されていません。敵はすでに俺を知っている。なら、こっちからその存在を突きつけてやります。⋯⋯俺を狙うなら堂々と来い、と」

 

相澤は黙って千紘の言葉を噛み締めていた。

包帯越しの沈黙が数秒続く。

 

「⋯⋯⋯⋯そうか。分かった」

 

相澤はふっと、どこか満足げに吐息を漏らした。

 

彼は千鉱が「安全」を選ぶようなタマではないことを、最初から予見していたのかもしれない。

 

「公表すれば、お前の日常はそこで終わる。雄英の生徒としてだけでなく、『六平国重の息子』として、そして『妖刀の保持者』として、日本中から羨望と殺意を向けられることになる。⋯⋯それでもいいんだな?」

「はい」

 

千鉱は迷いなく頷いた。

その返答を聞くと、相澤は椅子からゆっくりと立ち上がる。

 

「なら、今の言葉を忘れるな。お前のその『判断』が合理的だったかどうかは、体育祭の結果で証明しろ。⋯⋯教師として言えるのは、それだけだ」

 

相澤はそう言い残すと、仮眠室の扉へと歩き出す。その背中には危うい道を選んだ教え子を見守る、不器用な親心のような温かさが僅かに混じっていた。

 

「⋯⋯ありがとうございます、先生」

 

千鉱の言葉に、相澤は振り返ることなく、ただ軽く手を振って応えた。

 

 

 

 

そうして、2週間はあっという間に過ぎた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

体育祭 当日!!!

 

 

 

 

「みんな!!準備は出来てるか!?もうじき入場だ!!!」

 

「OK!委員長!!」

「コスチューム着たかったなぁ」

「公平を期す為、着用不可なんだよ」

 

控え室では、お揃いの体操服に身を包んだ生徒たちが、それぞれのやり方で迫りくる体育祭への緊張を飲み込もうとしていた。

 

「緑谷⋯⋯ちょっといいか」

「轟くん⋯⋯何?」

 

そんな室内の一角で、異質な冷気が漂った。

クラス最強の一角、轟焦凍が、静かな足取りで緑谷の元へと歩み寄ったのだ。

 

「客観的に見ても、実力は俺の方が上だと思う。」

「へっ!!うっ、うん⋯⋯」

 

唐突な突き放すような言葉に、緑谷はたじろぐ。

だが、轟の話はそれで終わりではなかった。

 

「でも、お前オールマイトに目をかけられてるよな?

別にそこ詮索するつもりはねえが⋯⋯⋯

お前には勝つぞ

 

推薦入学者であり、その圧倒的な個性と戦闘センスで周囲を寄せ付けない轟が、明確に特定個人へ宣戦布告した。

 

「おお!!クラス最強格が宣戦布告!?」

「おいおいおい、急に喧嘩腰でどうした!?直前にやめとけって⋯⋯」

「仲良しごっこじゃねぇんだ。何だって良いだろ」

 

一触即発のムードを取り成そうとした切島が、轟の肩に手を置く。しかし、轟はその手を無慈悲に払い、振り返ることさえしなかった。

 

突き放すような冷たい言葉を残し、轟は背を向ける。

 

緑谷は少しの間、沈黙してうつむいていた。視界が陰り、弱気な言葉が漏れ出す。

 

「そりゃ君の方が上だよ。

実力なんて大半の人に敵わないと思う。客観的に見ても」

「緑谷もそういうネガティブなこと言わない方が⋯⋯」

 

切島が案じるように声をかけるが、緑谷の拳は力強く握られていた。震えを抑え込むように、彼は顔を上げる。

その瞳には、かつてないほど強固な決意が宿っていた。

 

でも!皆、他の科の人も本気でトップを狙ってるんだ。

遅れを取るわけには⋯⋯いかないんだ!!

僕も本気で取りに行く!!!!」

「⋯⋯ああ」

 

轟は短く答えた。二人の間に火花が散る。

 

『体育祭に出場予定の生徒は、ステージ入口付近まで移動してください!!』

 

館内放送が轟き、クラス全員は一斉に移動を開始した。

 

長い暗がりの通路を進み、ステージ入口付近にたどり着くと、そこにはすでに普通科、サポート科、経営科といった他科の生徒たちが、ライバル心を剥き出しにして集まっていた。

その視線には、USJでの襲撃を生き延びたA組への、羨望と対抗意識が混じっている。

 

1-Aは最初に呼ばれる予定であり、千鉱は列の一番前に待機していた。背負った淵天の存在感が、周囲の生徒たちの間でざわめきを生む。

 

その時、不意に背後から声がかかった。

 

「さっきは言う時間がなかったが⋯⋯六平」

 

轟だった。彼は千鉱の隣に並び、正面を見据えたまま告げる。

 

室内戦闘訓練(あのとき)の借り、返させてもらうぞ」

「⋯⋯臨むところだ」

 

 

『一年生ステージ、生徒入場!!!!!』

 

 

 

体育祭が、始まる。

 

 

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