訓練ビルの各階で、激しい戦闘の火蓋が切って落とされた。
一方、モニターを凝視するオールマイトとクラスメイトたちは、空調の影響か、あるいは轟が放った規格外の冷気の余波か、肌寒さに身を震わせながらも画面越しに展開されるハイレベルな応酬に目を奪われていた。
音声は教師であるオールマイトの耳にしか届かないが、カメラは四人の一挙手一投足を克明に捉えている。
「仲間を巻き込まず、核兵器にもダメージを与えず、尚且つ敵も弱体化!
六平少年がいなかったら、ここで勝負アリだったかもね!!」
オールマイトの感嘆の声が漏れる。初撃でビル全体を氷漬けにした轟の判断力と出力、そしてそれを打破した千鉱の対応力。
どちらも新入生の枠を大きく逸脱していた。
「最強じゃねぇか!六平もよく対処できたなアレ!!」
隣で見ていた切島が、興奮を隠せずに声を上げる。その熱量に押されるように、同じチームの瀬呂がふとした疑問を口にした。
「⋯て言うかさ、六平の個性ってなんだ?
最初は刀を使ったシンプルな個性かと思ったけど、金魚出るし、斬撃出るしでよく分かんないんだよなー。
常闇って六平と仲いいよな。何か知ってるか?」
問いかけられた常闇は、腕を組み、モニターを見つめたまま重々しく口を開いた。
「うむ⋯⋯確かに六平は俺の友だが、個性に関しては全く話してくれん。 本人曰くいつか話すらしいが⋯⋯」
「そっか~」
瀬呂は肩をすくめたが、その背後でオールマイトは一人、深く考え込んでいた。
彼の脳裏に映るのは、入試後の審議室で他の教師たちと交わした会話の内容。
(六平少年、個性届では無個性と書いてあるがあの力⋯間違いない。彼が持っているのは『妖刀』⋯⋯!!
私は
しかし、妖刀は3年前とあるヴィラン団体に奪われたまま行方が分からなくなっている。
それに戦争で活躍した妖刀の中に、斬撃の能力を持っている刀はなかったはず⋯⋯。
六平少年、君は⋯⋯)
◇◇◇
「【涅】」
「!! ちっ⋯⋯!」
場所は変わり、冷気が渦巻くビル内。
轟と千鉱の戦いは、膠着状態を挟みつつも、実質的には千鉱が優位に立ち回っていた。
轟の氷結は確かに回避不能と思えるほどの広範囲攻撃だが、斬撃を放つ千鉱に対しては相性が悪すぎる。
轟は焦燥を隠し、何度も鋭い氷の礫や壁を千紘へと走らせたが、その全てが届く前に【涅】による斬撃の衝撃波によって霧散させられた。
さらに、激しい個性の行使により轟の身体から白い霜が皮膚を覆い始める。
千鉱はこの時点では把握していなかったが、轟の個性は使い続けるほどに体温が奪われ、身体機能が著しく低下する弱点があった。
本来なら左側の炎で体温を調整すべきだが、彼自身のプライドがそれを許さない。
先ほど言ったように千鉱はこの弱点をまだ知らないものの、轟の動きが鈍っていることには気づいていた。
このまま決定打を避けつつ時間を稼げば、自ずと自分たちのチームの勝利は確定する。
そう確信した、その瞬間だった。
「!! なっ!」
轟が残された体力の全てを絞り出すように、右手を突き出した。
これまでとは比較にならないほど巨大な氷壁が、地鳴りを立てて四階の空間を埋め尽くしていく。
四階全体を物理的に遮断せんとするその質量。
千鉱は正面からの突破は困難と判断し、瞬時に後退を選択。氷の奔流が収まるまで、回避に徹した。
氷の進撃が止まったとき、四階の廊下は完全に二分されていた。
分厚い氷の層が視界を遮り、轟の姿を捉えることができない。
「【涅】」
現状を確認するため、千鉱は目の前の氷壁を斬り飛ばした。しかし…
「!!」
驚くべきことに、あれほど巨大だった氷塊は抵抗を感じさせぬほど容易く崩れ去った。
どうやら轟は氷の耐久力を極限まで削る代わりに、視界を塞ぐための範囲に全てを注ぎ込んだらしい。
だが、千鉱が真に驚愕したのはその結果ではない。
氷の向こう側、さっきまでそこにいたはずの轟の姿が影も形も消えていたのだ。
千鉱の思考が高速で回転を始める。
矜持の強い轟が、戦いの最中に逃亡するはずがないと。
恐らく、轟が狙うのは自分を倒すことではなく、勝利条件の達成。
(先に5階に上がったのか⋯⋯!!)
千鉱は即座に踵を返し、今降りてきた階段を猛然と駆け上がった。
五階のフロアに飛び込むと、予想通り、そこには荒い息を吐きながら核兵器の安置された部屋へ向かおうとする轟の背中があった。
「ハァ⋯ハァ⋯⋯ちっ、もう来やがったか⋯⋯⋯⋯」
轟は足をもたつかせながらも、千鉱を迎え撃つべく身をよじらせる。
千鉱は淵天を構え直した。タイムリミットは目前に迫っている。
障子と対峙し核を守り続けている尾白の負担を考えても、これ以上の長期戦は許されない。
ここで決着をつける。
(轟は体力は恐らくほとんど残ってない。
だが、先程のような氷結をまた放たれたら【涅】では対処できない。
ならば、どうするか。)
対する轟も、極限状態の中で勝利への最適解を模索していた。
(氷結はあいつには効かねぇと思っていたが、範囲を広げるだけ広げたら効くのか⋯⋯?
でも、すぐに破壊されたら元も子もねぇ。)
二人が同時に辿り着いた結論は、実に単純明快。
(氷結を出す前に仕留める!)
(刀を振るう隙を与えないまま倒す!)
コンマ数秒の世界。
轟が右腕を振り、至近距離から鋭利な氷の牙を放とうとする。
千鉱はあえて刀を振るわず、爆発的な踏み込みで轟の懐へ接近。
千鉱の手に握られている刀身に宿ったのは今までの黒い金魚ではなく、鮮やかな更紗色をした金魚。
両者の力が激突し、互いの執念が火花を散らす……直前。
「【にし───
『終〜〜〜〜了!!!』
建物全体に、オールマイトの朗々たる声が響き渡った。
『タイムアップ、時間終了だ!!
ヒーローチームは制限時間内に核を回収できなかったので⋯⋯
ヴィランチーム、WIIIIIIIIN!!!』
ビル内に静寂が戻る。
千鉱は刀を鞘に収めると、荒い呼吸を繰り返す轟はそのまま倒れてしまった。
◇◇◇
訓練が終わった後、千鉱は尾白と障子の3人で氷の残骸が散らばる廊下を通り、地下にあるモニタールームへと向かった。
轟については、個性の酷使による深刻な低体温症の恐れがあるとのことで、オールマイトの判断によりすぐさま救護ロボで保健室へと運ばれていった。
モニタールームの扉を開けると、そこには熱気に満ちたクラスメイトたちが待ち構えていた。
「あっ、帰ってきた!3人ともお疲れ!」
「六平、お前すげぇよ!!推薦入学者を一方的にボコすなんてよ!!」
「まさに侍⋯⋯⋯!!」
部屋に入った途端、降り注ぐような歓声と称賛が千鉱を包み込む。
推薦入学の轟を相手に、一度も主導権を渡さず渡り合ったその姿は、同級生たちの目に鮮烈に焼き付いていた。
千鉱は、これほどまで率直な好意を向けられることに慣れていない。わずかに眉を寄せ、困惑を隠せないまま口を開いた。
「⋯ありがとう」
「いや反応薄ッ!!」
切島の突っ込みが飛ぶ中、場を仕切り直すようにオールマイトが力強く柏手を打った。
「さあさあ皆!友達と会話するのもいいけど、まずは訓練の講評だ!!!」
その一言で、浮き足立っていたクラスメイトたちの視線が、No.1ヒーローに集中する。
「さて、まずは3人ともお疲れさん!!今回のMVPは六平少年だ!!
八百万少女! この戦い、君はどう見るかな?」
オールマイトは続けて、前回の緑谷たちの戦いを冷静に判断していた八百万に評価を求めた。
八百万は指を顎に添え、モニターにリプレイされる戦況を鋭い眼差しで見つめながら、澱みなく言葉を紡ぎ出した。
「はい。今回の戦いにおいて最も合理的、かつ優れた立ち回りを見せたのは、間違いなく六平さんですわ」
彼女はまず、千鉱が轟の初撃を打破した瞬間の映像を指し示した。
「まず特筆すべきは、六平さんの『決断の速さ』です。轟さんの大規模氷結という不測の事態に対して、六平さんは冷静に対処していました。
彼がいなければ、尾白さんはあの時点で脱落し、試合はもっと早く終了していたでしょう」
八百万の言葉に、尾白が「本当に助かったよ」と苦笑いしながら頷く。彼女の分析はさらに続く。
「そして中盤の立ち回りです。六平さんは、自身が轟さんの氷結から脱出できるという優位性を理解した上で、あえて深追いせず『時間稼ぎ』に徹しました。
これはヴィラン側の勝利条件を完璧に把握した、極めて冷静な判断です。轟さんに無理な個性の行使を強いることで、着実に相手の体力を削り、最終的に行動不能寸前まで追い込みました」
一方で、彼女の視線は敗北したヒーローチームにも向けられた。
「轟さんは確かに圧倒的な出力をお持ちですが、今回は相性の悪い相手に対し、力押しが過ぎた感は否めません。索敵に優れた障子さんとの連携をもっと密に取るべきでした。
ですが、終盤に見せた氷の壁による攪乱と、それを利用した強行突破⋯⋯あの土壇場での判断力は、流石の一言ですわ」
一気に語り終えた八百万の完璧な講評に、オールマイトは「う、うん! その通りだ!!」と感心しきりだった。
「⋯⋯買い被りすぎだ。轟の氷結だって、最後のような刀を振るえる場所がないほどの範囲で攻撃されていたら何もできなかった。
⋯今回は運が良かった」
「運も実力のうちさ、六平少年。
さぁ気を取り直して3戦目だ!!対戦相手は⋯⋯⋯⋯」
◇◇◇
その後も、各チームによる熾烈な屋内戦闘訓練が続けられた。
それぞれが自身の個性を武器に、時には泥臭く、時には鮮やかに勝利を模索する。全てのチームの訓練が終了した頃には、夕日が演習場を長く照らしていた。
演習場の巨大な出入り口へと移動し、クラス全員が再び集まる。
「お疲れさん!! 緑谷少年以外は大きな怪我もなし!
初めての訓練にしちゃ皆上出来だったぜ!」
オールマイトの労いの言葉に、生徒たちの顔に安堵の色が広がる。昨日の相澤による「除籍宣告」という極限状態を経験した彼らにとって、この真っ当な指導は心に染みるものがあった。
「相澤先生の後でこんな真っ当な授業⋯何か、拍子抜けというか⋯⋯」
「真っ当な授業もまた私たちの自由さ! それじゃあ私は緑谷少年に講評を聞かせねば! 着替えて教室にお戻り!!」
マントを翻し、文字通り風のように去っていくオールマイト。その後ろ姿を、千鉱は無言で見送った。