放課後の教室には、夕刻の柔らかな光が差し込み、机の影を長く伸ばしていた。
相澤先生による淡々とした終礼が終わり、生徒たちが一斉に帰宅の準備を始めようとしたその瞬間、教室内を弾むような声が駆け抜けた。
「ねーねー皆!今から授業の反省会しない?
クラスの親睦も深めるためにさー」
声を上げたのは、ピンクがかった肌と快活な笑みが特徴的な少女、芦戸三奈だ。
その提案は、初めての実戦訓練を終えたばかりで熱を帯びたクラスメイトたちにとって、願ってもない誘いだった。
「反省会か、いいな!参加するぜ!!爆豪はどうだ?」
「⋯⋯⋯⋯」
切島が真っ先に賛成し、不機嫌そうに荷物をまとめていた爆豪に声をかける。
しかし、緑谷との一戦でプライドを叩き折られた爆豪は、切島の声を背中で無視するようにして、そのまま教室を出て行ってしまった。
「おい待てって!⋯⋯しょうがねえ、常闇と六平は参加するか?」
「ああ、参加させてもらおう」
「⋯⋯俺もだ」
「よし!轟はどうする?」
千鉱は、自身の戦い方を客観的にどう見られたのかを知る必要があると感じ、迷わず頷いた。
切島は次に、先ほど保健室から戻ってきたばかりの轟へと向き直る。
「そうだな⋯⋯俺も参加する」
「おお!そっか!!」
轟はどこか考え込むような素振りを見せたが、参加を承諾した。
その際、轟の視線が一瞬だけ千鉱を射抜くように捉え、すぐに逸らされた。その瞳に敵意はなかったが、千鉱紘は嫌われてしまったのだろうかと、わずかな懸念を抱いた。
結局、ほとんどの生徒が残ることになり、教室内には再び活気が戻る。
「まあやるって言っても、下校時間には帰んなきゃいけないから1時間ぐらいしかできないと思うけどね」
「それでもいいじゃん!!やろーやろー!!」
そうして始まった反省会。
1戦目の爆豪と緑谷の凄絶な衝突について意見を交わしている最中、腕にギプスを嵌めた緑谷が教室に戻ってきたが、彼は何かに突き動かされるように、すぐに爆豪の後を追って飛び出していった。
二人のただならぬ関係に皆が首を傾げる中、麗日が二人は幼馴染なのだと教えてくれた。
そして、話は2戦目へと移っていく。
「んじゃ次は2戦目か⋯⋯あっ!そういえば六平の個性って何なんだ?
俺あの後気になってしょうがなかったんだよなー」
金髪の少年、上鳴電気が身を乗り出して千鉱に質問を投げかける。それを皮切りに、周囲の好奇心が一気に爆発した。
「確かに!俺も俺も!」
「誰にも話してないんでしょ、いい加減教えてよ~」
クラスメイトの視線が一斉に千鉱へと集中し、重苦しいまでの期待感が漂う。轟も視線をこちらに向けている。
その空気を切り裂くように、飯田が勢いよく立ち上がった。
「こら皆!!六平くんにだって話せない事情があるのかもしれないだろ!!詮索するのはやめるんだ!!!」
厳格な飯田の制止に、「でもよ、飯田⋯⋯」と食い下がる者もいた。
しかし、千鉱はゆっくりと口を開いた。
「⋯飯田、ありがとう。でも大丈夫だ。ここで話す」
「なっ、ほんとか!?なぜ急に!!」
「俺もいつかみんなに話すつもりだったし、無理に隠す必要もないしな。
その代わり⋯⋯話は長いぞ」
そして、クラスメイト全員がうなずいたところで千鉱は話し始める。
「⋯⋯まずは、斉延戦争については知ってるよな」
その言葉に、教室の空気が一変した。16年前、突如として現れた小国が日本を侵攻し、未曾有の危機に陥れた国家存亡の戦い。現代日本において、中学までの教科書で必ず履修する歴史的事実だ。
「当たり前だろ!あの戦争で日本がどれだけヤバかったか⋯⋯」
切島が真剣な面持ちで口を開いた。
「突如現れた武装集団の圧倒的な戦力。それを打破したのが、たった6本の刀だったっていう⋯⋯」
「ええ、いわゆる『妖刀』ですわね」
瀬呂の言葉に八百万が静かに言葉を継ぐ。
「一振りが一つの軍に匹敵すると謳われた、戦局を変えた伝説の武器。その製作者は確か──」
「六平国重だ」
千鉱の声が、静かに教室に響いた。その名の響きに、生徒たちが息を呑む。
伝説の刀匠。妖刀を生み出し、戦争を終わらせた英雄。そして戦後にヴィランに襲撃され、突然の死を遂げたと言われている男。
「俺は、その六平国重の息子だ」
爆弾を落としたような衝撃が走った。
「「「えええええええ!!?」」」
「あの伝説の刀匠の⋯⋯息子!?」
クラス中が驚愕に震える。、これまで沈黙を守っていた轟が、地を這うような低い声で言葉を発した。
「なるほど⋯じゃあその刀は⋯⋯⋯!」
轟の瞳には、驚きと共に、どこか共鳴するような色が宿っていた。
「この刀⋯⋯『淵天』は⋯
斉延戦争で使われた6本の妖刀じゃない。
戦後、父さんが死ぬ直前に新たに打った⋯⋯7本目の妖刀」
「7本目⋯⋯歴史に載っていない、最後の妖刀⋯!」
常闇が震える声で呟いた。
これまで「金魚を出す個性」や「刀から斬撃を飛ばす個性」だと思われていたその力は、人の人知をも超えたものだったのだ。
しかし、ここで一つの疑問が浮かび上がる。
「⋯⋯ん?ちょっと待って。それって『妖刀』の話だよな。でも、それは六平の個性の話とは関係なくね?」
瀬呂の真っ当な疑問に対し、千鉱は事実を口にした。
「ああ、それについてだが⋯妖刀には
「命滅契約⋯⋯?」
「父さん⋯六平国重が作刀時に設けた制限機構だ。
妖刀を握った者と契約し、その力を引き出せるのは契約者のみ、と言うもの。
ただ、その代償として
「はえ~なるほど。ちなみにそれって解除できたりすんの?」
「命滅契約は契約者が死んだときにはじめて解除される。自力で解くことはできない」
千鉱は言葉を続ける。
「だから、今の俺は『無個性』だ。ただこの刀の力を引き出してるだけに過ぎない。
俺は、3年前に奪われた6本の妖刀を回収するためにヒーローを志した。
⋯⋯⋯話は以上だ」
千鉱が自身の出自と刀の正体を明かすと、教室内にはしばしの間、畏敬と驚嘆が混じった沈黙が流れた。
しかし、あまりにもスケールの大きな話に、かえって緊張の糸が切れたのだろう。
「すごすぎて逆に実感がわかねーわ! 歴史の教科書から飛び出してきたみたいじゃん!」
「じゃあ今の千紘は、その刀を守りながらヒーローを目指してるってこと?」
切島や芦戸が明るく話題を切り替えていく。
千鉱もまた、抱えていた秘密の一端を共有したことで、肩の荷が少しだけ軽くなったのを感じた。
千鉱の衝撃的な告白の後、教室には静かな余韻が漂ったが、若さゆえの順応性か、あるいは千鉱が語った覚悟の重さに気圧されたのか、話題は自然と続く3戦目以降の反省へとスライドしていった。
「やべぇ!もうこんな時間じゃねーか!下校時間だ!」
「急いで帰らないと相澤先生に怒られる!」
「すまん、やっぱり時間取りすぎた」
「そんなこと言ってる場合じゃねぇ!早く教室出るぞ!!」
結局、反省会は予定通り一時間ほど続いた。
そして、切島の叫びで反省会は慌ただしく幕を閉じた。
生徒たちは口々に今日の訓練や千鉱の話を振り返りながら、解散していく。
「じゃあな、常闇。尾白も、今日は助かった」
「うむ、また明日」
「六平。今日は助かった、ありがとう!また明日!」
駅まで一緒だった常闇たちと挨拶を交わし、千鉱が改札のほうに歩きだす瞬間。
「六平!」
呼び止めたのは、轟だった。
昼間の冷徹な雰囲気は鳴りを潜め、その瞳には純粋な闘志が宿っていた。
「⋯⋯親父の名前も、刀の素性も関係ねぇ。今日負けたのは俺の甘さだ」
轟は千鉱を真っ直ぐに見据え、静かに、しかし断固たる口調で告げた。
「次は負けねぇぞ⋯⋯絶対にだ」
「⋯⋯ああ。楽しみにしてる」
千鉱は短く答え、電車のホームに向かう。
電車を待っている中で、千鉱はただ外の景色を眺めていた。
◇◇◇
夕日が迫る街を歩いて千鉱は帰宅した。
慣れない制服の感触や、今日一日で起きたあまりに密度の濃い出来事の数々。それらを頭の中で整理しながら、見慣れた玄関の扉を開ける。
「ただいま」
「おう、おかえり⋯⋯⋯って何やその顔」
出迎えた柴は、千鉱の顔を見るなり、毒気を抜かれたような声を上げた。
千鉱自身は無意識だったが、その口元には微かな、本当に微かな緩みが残っていたらしい。
これまでの彼からは想像もできないような、どこか憑き物が落ちたような表情。
「?⋯⋯別に何もないですよ」
千鉱は努めて平然を装い、視線を逸らして靴を脱ぐ。しかし、長年の付き合いである柴の目は誤魔化せなかった。
「ふーん」
柴はニヤニヤとした笑みを隠そうともせず、顎をさすりながら千鉱の横顔をじっと観察する。
その視線に、千鉱はたまらず眉を寄せた。
「⋯⋯何ニヤニヤしてるんですか」
「別にぃ〜〜〜」
柴はひらひらと手を振り、それ以上は追求せずにリビングの方へと消えていった。
だが、その背中からは「学校でいいことでもあったのか」という無言のからかいが透けて見え、千鉱は小さく溜息をついた。
自分の部屋に戻り、千鉱は『淵天』をいつもの場所に丁寧に置いた。
制服を脱ぎ、使い慣れた黒い服に着替えてから、ベッドの縁に腰を下ろす。
父の仇を探し、奪われた妖刀を取り戻すという目的。
だが、共に笑い、競い合う仲間たちができたこの日常もまた、彼の心に静かに刻まれていった。