戦闘訓練から一夜明け、雄英高校の周囲は異様な熱気に包まれていた。
No.1ヒーロー・オールマイトが教師に就任したというニュースは、瞬く間に日本全土を駆け巡り、正門前には連日、特ダネを狙うマスコミが何重にも人垣を作っている。
登校してきた千鉱もまた、その喧騒の例外ではなかった。
「雄英高校で教師をしているオールマイトはどんな感じかお聞きかせください⋯⋯って、ちょっと!!?」
「すみません、他あたってください」
千鉱はカメラの放列とマイクの群れを最低限の言葉で撥ね除けると、報道陣の囲いをすり抜け、校舎へと足を進めた。
背後から食い下がるような声が上がったが、一歩敷地内に入れば、最新鋭のセキュリティ『雄英バリア』がマスコミの侵入を物理的に拒む。静寂を取り戻した校舎を見上げ、千鉱は小さく息を吐いた。
朝のSHR。教壇に立った相澤は、手元の端末を見やりながら昨日の訓練についての講評を始めた。
「昨日の戦闘訓練お疲れ。Vと成績見させてもらった。
爆豪、おまえもうガキみてぇなマネするな。能力あるんだから」
「……わかってる」
第一戦で周囲を顧みない暴挙に出た爆豪に対し、相澤は容赦のない一喝を入れる。
爆豪は不機嫌そうに顔を背けたが、その声には微かな自省の色が含まれていた。
「で、緑谷はまた腕ブッ壊して一件落着か⋯⋯。
『個性』の制御、いつまでも「出来ないから仕方ない」じゃ通させねぇぞ。
俺は同じ事言うのが嫌いだ。それさえクリアすればやれることは多い。焦れよ緑谷」
「〜はい!」
緑谷への言葉もまた、ヒーローとしての資質を問う厳しいものだった。
だが、それは可能性を認めているがゆえの叱咤でもある。
「それと⋯⋯六平、お前昼休み会議室に来い。話がある」
「⋯⋯はい」
指名された千鉱は、短く応じた。ついに来たか、という予感が背中を走る。
「さて、HRの本題だ⋯⋯⋯。
急で悪いが、今日は君らに学級委員長を決めてもらう」
「「「学校っぽいの来たーーー!!!」」」
緊張感に満ちていた教室が、一気に学校らしい活気に包まれた。
トップヒーローへの道において、集団を導く経験は欠かせない。
それゆえに、ヒーロー科の生徒たちにとって委員長という役職はただの雑用ではなく、己の資質を示す絶好の機会だった。
「委員長!!やりたいですソレ俺!!」
「ウチもやりたいっス」
「オイラのマニフェストは女子全員膝上30センチ!!」
「ボクの為にあるヤツ☆」
「リーダー!!やるやるーー!!」
次々と手が挙がる中、飯田天哉がその熱を制するように、真っ直ぐに腕を突き立てた。
「静粛にしたまえ!!
多を牽引する責任重大な仕事だぞ……!『やりたい者』がやれるモノではないだろう!!
周囲からの信頼あってこそ務まる聖務……!!
民主主義に則り、真のリーダーを皆で決めるというのなら……
これは、投票で決めるべき議案!!!」
「そびえ立ってんじゃねーか!!何故発案した!!!」
真面目で正論を言う飯田。その右手はまっすぐと伸びている。
「日も浅いのに、信頼もクソもないわ飯田ちゃん」
「そんなん皆自分に入れらぁ!」
「だからこそ、ここで複数票獲った者こそが、真にふさわしい人間という事にならないか!?
どうでしょうか先生!!!」
「時間内に決めりゃ何でも良いよ」
寝袋に入って寝る態勢にはいった相澤が適当に告げる。
そして、すぐに投票となった。
前の席から投票用の紙が配られ、千鉱は⋯
(⋯⋯飯田にするか。真面目だし)
そうして名前を書いて投票箱に入れる。
そして結果は⋯⋯⋯
「僕3票ーーーー!!!?」
緑谷が3票をとり、委員長となった。
ちなみに副委員長は八百万だ。
「くっ、1票⋯⋯⋯入れてくれた人⋯⋯すまない⋯⋯⋯!!」
「他に入れたのね⋯⋯」
「おまえもやりたがってたのに⋯⋯何がしたいんだ飯田⋯」
◇ ◇ ◇
昼休み。
千鉱は常闇たちの食事の誘いを断り、一人会議室へと向かった。
扉の前で一度呼吸を整え、重い木製のドアをノックする。
「失礼します」
中には、相澤だけでなく、オールマイト、プレゼント・マイク、ミッドナイトといった錚々たるプロヒーローの教師陣、そして上座には校長の根津が座っていた。
「よく来たのさ!」
根津は、柔和な、しかし全てを見透かすような瞳で千紘を迎える。
「六平くん、入学してから少し経つけど、ここには慣れたかい?」
「⋯はい、おかげさまで」
「それは良かった!⋯⋯さて、さっそく本題に入ろうか。今日君をここに呼んだのはほかでもない。きみが所持している刀⋯⋯『妖刀』についてさ」
核心を突く言葉に、千鉱の身体が僅かに硬直する。
「⋯⋯⋯知ってたんですか」
答えたのは、壁に背を預けていた相澤だった。
「知らずにヒーロー科へ入れるほど、我々はバカじゃない。六平国重の息子⋯⋯そして、未登録の『七本目』。
昨日、お前が見せた力は、通常の個性の範疇を明らかに超えていた」
千鉱は、隠し通すことは不可能だと判断し、昨日クラスメイトに話した内容を教師たちへも告げた。
3年前、父・六平国重が作った6本の『妖刀』が何者かによって奪われ、父が殺されたこと。
そして、自分はその6本の妖刀を回収するためにヒーローを志したこと。
「このままだと父さんの刀が何の罪のない人々に使われるかもしれない。
⋯⋯
千紘が語り終えると、会議室を重苦しい沈黙が支配した。
ミッドナイトが憂いを含んだ溜息をつき、プレゼント・マイクはいつもの陽気さを消して深く考え込んでいる。
オールマイトは、かつて世界を救った刀の重みに思いを馳せるように、じっと千鉱を見つめていた。
「⋯⋯六平少年。君の背負っているものは、我々が想像する以上に重いだろう。
だが、それを承知で君はヒーローの門を叩いた!!その覚悟、しかと受け取ったよ!!!」
オールマイトの言葉を合図に、面談は終了した。
根津から「学業に支障のない範囲で、協力は惜しまない」という約束を取り付け、千鉱は一礼して会議室を後にする。
廊下を歩く千紘の足音が遠ざかると、会議室内の教師たちは再び顔を見合わせた。
「しかし、六平国重に息子がいたなんてよぉ⋯⋯公安が徹底して伏せていた情報を、よく掴めたもんだぜ」
プレゼントマイクが首を縦に振りながらそう言った。
「公安が隠していたのは、彼の安全のため、そして妖刀の技術を絶やさないためだったのでしょう。けれど、彼の意志までは隠しきれなかったみたいね」
ミッドナイトが呟いた。
雄英が千鉱の正体に気づいたのは、入学願書の筆跡や、公安から極秘に流れてきた不自然な「無個性」のデータ、そして柴という男の周辺調査からだった。
根津校長の独自のネットワークが、公安の厚い壁に風穴を開けたのだ。
「根津校長、どう見ます?」
相澤の問いに、根津は扉の方を見つめたまま答えた。
「⋯⋯危ういね。だが、あの目はヴィランのそれじゃない。ただ真っ直ぐに、己の決めたことを完遂しようとしているだけだろう⋯⋯⋯。
しかし!それをどう導くかが、我々『教師』の仕事さ!!」
◇ ◇ ◇
千鉱たちが会議室で先生方と話し合った後、何者かの手によって『雄英バリア』が突破され、マスコミたちが校舎に侵入。生徒がたくさんいる食堂は大パニックに陥った。
そこで、生徒の動揺を収めることに成功した飯田は、緑谷の推薦などもあって無事委員長に選ばれることになった。
そして、時間が経ち翌日。
「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう1人の3人体制で見る事になった」
「ハーイ!なにするんですか!?」
「災害水難何でもござれ、人命救助訓練だ」
質問した瀬呂に答えるようにして、相澤がRESCUEの文字の書かれたプレートを見せる。
「レスキュー⋯⋯今回も大変そうだな」
「ねー!」
「バカおめー、これこそヒーローの本分だぜ!? 鳴るぜ!!腕が!!!」
「ケロケロ、水難なら私の独壇場」
「おい、まだ途中」
喋りだしたA組の面々をひと睨みで黙らせる相澤。
相澤は手元のコントローラーで壁のコスチュームケースが入っている棚を動かした。
「今回コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には、活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。 訓練場は少し離れた場所にあるから、バスに乗っていく。
以上、準備開始」
───数分後⋯⋯
コスチュームに着替え、飯田のキビキビとした、しかしどこか空回り気味の誘導でバスに乗り込んだA組。
席は対面式で、千鉱の隣には緑谷、向かいには切島たちが座っていた。
流れる景色を眺めていた千鉱の耳に、切島の感心したような声が届く。
「いやぁ~やっぱ派手で強えつったら轟と爆豪だな!」
上鳴がそれに便乗するように、千鉱の方を見てニカッと笑った。
「六平もめちゃくちゃ強ぇよな!さすが六平国重の息子って感じ!!」
その言葉が落ちた瞬間、隣の緑谷がバネのように跳ねた。
「えっ!!?ど、どういうこと六平くん!?」
「あ゙!?どういうことか説明しろや傷面ぁ!!!」
さらに、離れた席にいた爆豪が、殺気立った表情でこちらを睨みつける。
昨日、緑谷と爆豪は早々に帰宅したので二人はまだ、千鉱の出自を知らなかったのだ。
切島が慌てて説明を加える。
「そっか、2人共昨日放課後残らなかったよな。こいつ、六平国重の息子なんだよ。
そんで、今持っているのはあの『妖刀』!斉延戦争が終わったあとに作られた7本目なんだってさ!!」
「す、すごいじゃないか六平くん!!妖刀って、16年前の斉延戦争を終結させた伝説の武器だよね!?
当時の記録では六本しか存在しなかったはずだけど、まさかその後に七本目が打たれていたなんて……!
妖刀は持つ人を選ぶって言うし、個性を凌駕するほどの力を引き出すその構造は今でも解明されていないオーパーツみたいなもので、沢山のサポート会社が研究しているんだ!六平くんがその妖刀持っているということは、君はあの六平国重の技術を継承しているの?
そしてこの刀自体に特殊な認証システムが組み込まれてて⋯⋯⋯あぁ、でも昨日の斬撃の初速と質量を考えるとおそらく刀身の材質からして通常の材料とは違うはずでブツブツブツブツブツ⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯!!?」
「お、俺らよりも興奮してんな緑谷⋯⋯⋯」
猛烈な勢いで独り言を吐き出し始めた緑谷に、千鉱は少し引いてしまった。
「⋯⋯ケッ」
爆豪は、己の個性に絶対の自信を持っていたからこそ、苦々しく吐き捨てた。
「…爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気でなさそ」
「なんだとコラ出すわ!!」
「ホラ」
その不機嫌極まりない態度に、蛙吹が淡々とした口調で指摘を入れる。
「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」
「てめぇのボキャブラリーは何だコラ殺すぞ!!!」
「低俗な会話ですこと!」
「でも、こういうの好きだ私!!」
「爆豪くん、君本当に口悪いな!!」
ワイワイと騒がしくもバスは施設へと向かっていく。
「もう着くぞ、いい加減にしとけよ⋯⋯⋯」
「「「ハイ!!!」」」
しかし底冷えするような相澤の声に、全員返事をして黙った。
◇ ◇ ◇
「「「すっげーー!!USJかよ!!?」」」
バスが到着した施設には数多くのエリアが存在していた。 大量の水がうねる水難エリア、街をひっくりかえしたような土砂災害エリア、どういう仕組みなのか鎮火する気配のない火災エリアなど。
そこがプロヒーローを目指す為の教育施設だと知らなければひとつのテーマパークにさえ見えてくる、広大な敷地と数々のエリアに生徒達が思わず声を上げた。
「あらゆる事故や災害を想定し僕が作った演習場です。その名も⋯⋯USJ(ウソの災害や事故ルーム)!」
(((マジでUSJだった!!!)))
訓練で使う施設USJの入り口、セントラル広場前で待っていたのは宇宙服姿の教師。スペースヒーロー 13号だった。
「スペースヒーロー『13号』! 災害救助でめざましい活躍をしている紳士的なヒーロー!」
「わぁーー!私好きなの、13号!」
13号の登場に、緑谷と麗日が歓声を上げた。
「13号、オールマイトは? ここで待ち合わせのはずだが」
「先輩、それが……」
13号先生と相澤先生が話し合いをし、少しの時間が経つ。
「仕方ない、始めるか。13号」
「えー⋯⋯始める前にお小言を一つ、二つ……三つ……四つ……」
(((増える⋯⋯)))
「皆さんご存じだとは思いますが、僕の個性は『ブラックホール』。どんなものでも吸い込んで、塵にしてしまいます」
「その個性でどんな災害からも人を救い上げるんですよね!」
13号先生の言葉に緑谷が相槌を入れ、麗日がうんうんと頷いている。
「ええ、そうです……しかし、簡単に人を殺せる力です。
皆の中にもそういう『個性』がいるでしょう」
「!!」
13号の言葉を聞いて、千鉱は真っ先に自分の腰にある妖刀へと意識を向けた。
その刀こそ、13号が危惧した「人を殺す力」の最たるものだと言える。ただ敵を斬り裂くためだけに作られた、あまりにも実践的で、あまりにも残酷な道具。
かつて、この国の一部を焦土に変えた16年前の斉延戦争。
その終止符を打ったのは、紛れもなく妖刀を携えた契約者たちだ。
彼らは侵略者を圧倒的な力で小国の民を掃討し、戦場を静寂へと導いた。
しかし言い方を変えれば、それは「皆殺し」に他なはない。
だが、千鉱はその契約者たちを『悪』だと断じるつもりは微塵もなかった。
彼らが返り血を浴びて立ち続けなければ、日本という国そのものが地図から消滅していたかもしれない。平和を享受する今があるのは、彼らがその手に「業」を背負ったからだ。
だからこそ、使い方だけは絶対に間違えてはいけない。千鉱は自分に言い聞かせるように、そう強く思った。
先ほど緑谷が口にした、『妖刀は持ち主を選ぶ』という神秘的な伝承。
それは、戦後の混乱期において、平和の象徴であるオールマイトと共に日本を立て直すべく、六平国重が流したある種の「方便」に過ぎない。
血に塗れた契約者たちを、畏怖の対象ではなく、人々を救う『英雄』として定義し直すための、優しくも残酷な嘘。
現実に存在する妖刀は、トップヒーローの強力な「個性」に匹敵、あるいは凌駕する性能を有してはいるが、刀自体に高潔な意志など宿ってはいない。
選別などしない。高潔な志を持つ者にも、私欲に溺れる者にも、等しくその力を貸し与える。
だからこそ、もしヴィランがこの妖刀を手に取り、何の罪もない一般人に向けたとしたら………。
「超人社会は、"個性"の使用を資格制にすることで、厳しく規制し、表面上の平穏を保っています。
しかし、一歩間違えれば容易に人を殺めてしまう、強大すぎる力を個々が宿しているのだという事実を、決して忘れないでください」
千鉱が妖刀の危うさに思考を巡らせている間にも、13号の訓示は続く。その声には、災害現場で数多の命と向き合ってきた者特有の重みがあった。
「相澤先生の体力テストでは、自身の力が秘めている無限の可能性を知ったことでしょう。
そして、オールマイトの対人戦闘訓練では、その力を人に向けることの危うさを肌で感じたはずです。この授業では……心機一転!人命のために"個性"をどう活用すべきかを、共に学んでいきましょう!!」
「君たちの力は、人を傷つけるためにあるのではない。救うためにあるのだと、その志を胸に刻んで帰ってくださいな。
以上!!ご清聴ありがとうございました!!!」
演説を締めくくり、13号が丁寧に一礼すると、施設内には割れんばかりの拍手喝采が巻き起こった。「ステキー!」「ブラボー!!」と、クラスメイトたちが興奮気味に声を上げる中、千鉱もまた、拍手を送った。
その教えは、妖刀を扱う彼が、誰よりも深く理解していなければならないことだったからだ。
「そんじゃあ、まずは……」
相澤が次の行程を口にしかけた、その時だった。
突如として、USJ中央部の噴水前に異変が生じる。空間を無理やり抉じ開けたような、奇妙で不気味な黒い穴が、嫌な音を立てて広がり始めた。
鋭い視線を送る相澤の瞳が、その闇の奥から這り出そうとする人の姿を捉える。
「ひとかたまりになって動くな!!」
相澤の怒号に近い制止の声が響き渡った。
「え?」
「13号!生徒を守れ!」
瞬時に戦場へと意識を切り替えた相澤は、簡潔な指示を飛ばしながらゴーグルを装着する。あまりに唐突な事態に、生徒たちは足を止め、困惑の色を隠せない。
しかし、彼らが相澤の視線を追って噴水の方角を見下ろすと、そこには理解を絶する光景が広がっていた。立ち上る不気味な黒い靄と、その中から続々と這い出してくる、尋常ならざる者たちの姿。
「何だアリャ!?また入試ん時みたいな『もう始まってんぞ』ってパターン?」
切島が楽観的な疑問を口にするが、千鉱の肌は、それとは正反対の殺意を鋭敏に感じ取っていた。
「違う!あれはヴィランだ!!!」
相澤の叫びが事実を突きつける。
底の見えない闇が浸食するように広がり、その中心から溢れ出してきたのは、紛れもない本物の悪意の群れだった。
つい数秒前まで満ちていた平穏が、ガラス細工のように音を立てて崩れていく。
その喧騒の中で、闇の奥からひどく乾いた、執着に満ちた声が響いた。
「どこだよ、せっかくこんなに大衆引きつれてきたのにさ⋯⋯⋯オールマイト、平和の象徴いないなんて⋯⋯⋯⋯」
顔を無数の「手」で覆った男が、濁った瞳で生徒たちを見上げる。