異世界でチート美少女になればやり直せると思ってたけど燃え尽きた 作:暁刀魚
ラスルという少年は、とにかく自信のない少年だった。
料理の腕だけはそこそこ自信があったけど、それ以外のものはてんでダメだ。
魔力も、身体能力も低く、常に周囲の子供達からはバカにされていた。
料理だけはすごいんだと思っていても、それを披露する機会はなかなかなく。
ラスルの自己評価もまた、地の底を這いずったまま動かなくなってしまっていた。
それでも両親には愛されていたし、将来の目標がはっきりしているから腐ることもなく。
この世界の人間としては比較的幸福な人生を、ラスルは送っていた。
――一人の少女に、恋をするまでは。
ミツキ。
不死の竜姫と呼ばれる一級冒険者。
隣町フェニハナのトップ冒険者にして、このあたりでは知らぬものはそう居ない存在。
住む世界が違う人だと、ラスルは純粋にそう思っていた。
しかしどういうわけかそんなミツキが、酔っぱらいの客から助けてくれるのだから、世の中わからないものだ。
だがそれ以上にわけがわからないのは、ミツキが何故か自分の店を手伝うことになったことである。
なんだその娯楽小説みたいなの。
シェリブロで主人公のシェリィがハイター男爵によって引き取られる展開を、全然現実的じゃないと馬鹿にする人がときたまいる。
けれど、現実になってしまった。
美少女で、誰もが知ってるレベルの冒険者で、しかも可愛い。
そんな人が、冴えない少年でしかなかった自分の店を手伝っている――?
ラスルは頭がどうにかなりそうだった。
しかもミツキは優しい。
なんなの、天使かなにかの化身なの?
――初めて彼女がラスルの前に立った時、ミツキは天翼を広げた。
悠然と広がる朱色の翼と、その火の粉を帯びながら悠然と立つ後ろ姿。
そして何より、振り返ったときのその笑顔を、一生涯ラスルは忘れることがないだろう。
人がただ立っているだけで、これほど美しいと思えるときが来るなんてラスルは知らなかった。
そんな少女が、優しく自分に語りかけてくる。
しかも隣で、一緒に屋台を切り盛りしながら。
あまりにも非現実的な光景過ぎた。
ミツキが恐ろしいのは、それだけではない。
最初に出会った時、年上特有の余裕でもって少年とか呼んでくるのどうかしている。
表情は常にコロコロ変わるし、小気味の良い反応はまるで自分が話し上手になったかのようだ。
あと単純に年下の少年をくん付けで呼ぶのは犯罪だから止めたほうがいいと思う。
そして屋台の店番を始めたミツキは、一瞬にして人を集めた。
ただ立っているだけでそこに視線を集めるのだ、そんな彼女に「食べて行きませんか」と声をかけられて、足を止めないものがいるだろうか。
男性陣は言うまでもなくほぼ全員足を止め、女性陣ですら半数くらいはミツキ目当てに列を成した。
あまりにも暴力的すぎる宣伝で、これをやられたら周囲は溜まったものじゃないだろうなぁ、と思うものの。
ラスルが成人したばかりの子どもな上に、父親はこの街では結構な有名料理人なので文句を言える人間はいなかった。
あと単純に、人だかりができたことで人が更に集まる好循環が発生し、あまりにも多い人だかりを避けた人のおかげで逆に周囲の売上も増えたりしたのだ。
ミツキの様子からして、一応その辺りも考えてやっているようだから恐ろしい。
途中、材料が切れかけるアクシデントが発生した。
ラスルは完全に頭が真っ白である。
なにせ、こんな人が集まる舞台、隣にミツキがいるとしてもラスルに経験なんてない。
普段は父の店の厨房に引きこもっているだけなので、接客もこれが殆ど初めての経験だ。
そもそもラスルは期待されるということに慣れていない。
父は無口だし、母は優しすぎていまいち期待してくれているのかわかりにくいし。
店の人たちもラスルには優しいけれど、あくまで子どもとして扱ってくる。
するとミツキは、ラスルを励ましてくれた。
期待されてることは、すごいこと。
自分をすごいと言ってくれたのが、ラスルはなんだか嬉しくてたまらない。
何より、両親に期待されていることをすごいと言ってくれたのが、ラスルにとっては大好きな両親をすごいと言ってくれているようで、嬉しかった。
でもどうしてだろう、そう語るミツキの顔には、どこか憂いがあったのは。
胸が傷んだ。
きっと、何かミツキには振り返りたくない過去があるんだろう。
それを思い出させてしまったことを、ラスルは恥じた。
そして、駆け出す。
こんなダメな自分でも信じてくれたミツキのために、打てる手はすべて打たないと。
そうやって駆け込んだ父の店は、祭りゆえにいつも以上に繁盛していて――けれど出迎えた父はどこか嬉しそうにラスルの頭を撫でて材料を渡してくれた。
――追加の材料も底をつきかけ、周囲に焼麺の模倣がで始めたことでラスルの店は段々と店じまいの様相を見せ始めた。
そうなると、ラスルは少しだけ惜しいと思ってしまう。
ミツキとの関係は、きっとこれでおしまいだろう。
だから、この恋もきっとここでおしまいなのだ――と。
ラスルはもとより、自己評価が低く女性との付き合いを意識したことはない。
勘違いをしないために女性から距離を取り、恋を自分とは関係ないと遠ざけるタイプだった。
だから、比較的自分を客観視出来る方だとおもっている。
ミツキがこうして助けてくれたのは、ミツキ個人の事情であってラスルに特別優しくするためではない。
どれだけミツキは自分のことが好きなんじゃないかと思わされても、それは気のせい。
だから適当なところで諦めて、この恋は思い出にするべきだ。
無論、ミツキに対するときめきは本物である。
これを嘘だとは思いたくない。
それでも、告白をして優しく断られるのが怖かった。
恥をかくのが、どうしてもラスルは怖かったのだ。
そして恋心よりも恐怖を優先してしまう程度に、ラスルは臆病だったし心の何処かで冷静だった。
これでいいと諦めて、ここで終わりにしよう。
そんな思いは――
「これが終わったら、二人で屋台を食べ歩こうか」
悪魔のような天使のごとき笑顔の少女によって、ラスルの決意は粉微塵になった。
解っている、ミツキは自分のことを友人くらいに思ってくれていて、友人としか思っていない、と。
期待なんてするだけ無駄で、告白したらきっと優しい言葉とともに背中を押して振ってくれるだろう。
でもそれ以上に、ミツキは罪な人だった。
ただ美しいだけなら、それでいい。
ただ優しいだけなら、恋は胸にしまっておける。
でもこの人は――どこか無防備で、そして危うい。
なんでそう思うのだろう。
物理的に隙が多いのは、まぁいい。
いや何一つよくないし、これが一番犯罪なんだけど。
というかなんでノースリーブの服なのに定期的に伸びをするんですか?
普段使ってるローブを着てる前提みたいな動きやめてくださいませんか?
全体的に肩のあたりの露出が心もとないのどうにかなりませんか?
ローブなしでエプロンをすると前からみたらすごい格好になるのなんとかなりませんか?
勢いよくヘラを動かして料理したら、全体的にすごく揺れるのどうすればいいんですか?
これはラスルだけが思っていたことではない、向かいで接客を受けていた人間も全員例外なく思っていたこと。
すなわちミツキが悪い。
加えて距離感もなんか近いし、ノリもゆるくて勘違いしそうになるし。
その癖決める時は真っ当に決めるし、どこかマスコット的な雰囲気もある。
これがミツキ――わるいおんなの罪状だ。
ただそれだけじゃない危うさも、どこかにある。
燃え尽きた後の灰が、風に流されてどこかへ飛んでいってしまうような。
明日には、もうこの世のどこにも居ないんじゃないかと思うような、そんな雰囲気。
無論それは、ラスルの気のせいかもしれない。
でも、近くでミツキと接する人間なら、きっとどこかで一度はそんな感覚を覚えることだろう。
最後、天蓋祭はその終わりに、参加者が全員で踊りを踊るイベントがある。
街を覆った竜という災害を討伐した後に喜んだ住人達の、その喜びを踊りで表現するとかなんとか。
そんな祭りのメインイベントで、ミツキは天蓋の月の下、踊りを踊る。
最初は焼麺を両手に抱えた、笑いを生むような踊りだったけれど、いざ焼麺をアイテムボックスにしまって踊ったミツキは――本当に美しかった。
これが、人に許された美しさなのかと、本気で思ってしまうくらい。
ああ、また一つ、一生忘れない思い出ができてしまった。
ラスルは心に決める。
あの時、諦めようとしたラスルの手をミツキが引いた時、ラスルの運命は決まったのだ。
ミツキがこの恋を諦めさせてくれないのなら、恋に殉じよう。
そのために、ミツキにふさわしいくらいの男になるのだ。
ストレートに、ミツキへ諦めることなく愛を捧げ続けるという選択肢も考えた。
この無自覚犯罪美少女には、直球な愛の方が響くだろう、と。
しかしラスルは最初、臆病故に諦めようとしていたのである。
それをミツキに手を引かれて前に進むと決めたなら、まずは臆病から是正すべきだ。
これは恋路であると同時に、恩返しのためでもある。
あの時諦めかけた自分の手を引いてくれたミツキに、立派な自分という成果を見せる。
それができれば、たとえその恋が敗れて終わってしまったとしても――一生の誇りになるのではないかと、そう思うから。
果たして一人の少年を男にしてしまった罪を償う日はくるのか――
ラスルくんのお話は一旦ここまでです。