異世界でチート美少女になればやり直せると思ってたけど燃え尽きた 作:暁刀魚
私は魔術の研究者を目指しているけれど、残念ながらその門戸は女性と平民には開いていなかった。
そもそも魔術とはかつて、貴族の特権的なものがあったらしい。
そこからちょっとずつちょっとずつ、平民も使えるようになって、現在は魔術師の冒険者もよく見かけるようになった。
ただその頃の悪習は、魔術の学び舎にこびりついている。
結果、魔術の研究者である魔術大学の教授は貴族の、それも男性しかなれないそうな。
平民の魔術師は、まだなんとかなる。
魔術大学は平民にも門戸を開いてるし、卒業したら冒険者をしながら個人や仲間内で研究をすればいい。
でも貴族の女性となると、そういう自由はなくなってしまう。
まぁ魔術の研究者を目指す貴族女性なんて稀も稀なんだけど、要するに私はピンポイントでいろんな悪習に巻き込まれて夢を諦めたわけだ。
だから、そんな連中、復讐されたって文句は言えないよねぇ。
というわけで、私は
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ギルドで適当に依頼を見繕いにやってくると、受付嬢さんがあるものを渡してくれた。
なんとギルドでは定期的に販売される商品を取り寄せて、冒険者に販売してくれるサービスというものがあるのだ。
便利ぃ。
「ミツキさん、これ今月の”ネクロノミコン”です」
「おーありがとー」
いきなりギルドの受付で禁書がやり取りされてる!?
と思うかもしれないが、これはれっきとしたこの世界の雑誌である。
魔術に関する様々な記事を取り扱った情報誌で、月に一回発行されているのだ。
なんで名前がネクロノミコンなのかというと……この雑誌の発行を始めた人がネクロノミコンって名前だったから。
ネクロノミコン・ド・クトゥルー男爵。
やべぇ名前のオンパレードだ……まあ異世界だから完全な偶然の一致なんだけど。
「今月のネクロノミコンは面白いですよぉ」
「いいよね、やっぱ魔術っていうのはやっぱりワクワクするよ」
「枯れまくってるミツキさんが、そんな事を言うなんてやっぱり魔術はすごいんですねえ」
「とんでもなく失礼だなオイ」
なんて冗談を挟みつつ、ネクロノミコンは魔術雑誌だ。
ココ最近の魔術に関するトレンドを、浅いところから深いところまでそれとなーく取り扱っている。
これ一冊読んでおけば、流行の魔術や研究が一発で分かるすごい雑誌。
多くの一般魔術師に愛読され、中にはこれを魔術の教科書にしてきた人もいるという。
「私、魔術は全くわからないんですけど、これのお陰で生活魔術が使えるようになりましたし」
「おお、それはすごい。前々から練習してるって聞いてたけど、使えるようになったんだ」
そしてここ最近は、なんと魔術に興味のない人にまで、この雑誌は読まれるようになっていた。
今私と話をしている受付のルクスラちゃんは、生まれてこの方魔術のマの字すら興味のなかった子。
生活魔術といえば、火を出したり水を出したりする、生活を楽にするための魔術なわけだけど。
それすら使えないということで、母親からは「それじゃ嫁の貰い手がつかないよ」と言われていたらしい。
でも、こうして使えるようになれば、その心配もなくなるわけだ。
別に嫁に行くことだけが、女性の進路じゃないとは思うけどねぇ、ファンタジー世界だからまだまだそういう認識の方が自然だ。
んで、どうして魔術に興味のない子もネクロノミコンを読んで魔術を練習するようになったかというと――
「――だって面白いんですもの! ”シェリィ・ブロッサム”シリーズ!」
この魔術雑誌には、ある娯楽小説が乗っているからだ。
シェリィ・ブロッサムシリーズ。
数奇な運命から魔術師の家に引き取られた平民の子シェリィが、様々な冒険を通して魔術師としての才能を開花させていく物語。
これがまぁ、平民の子どもを中心にそれはまぁ流行った。
娯楽小説は、この世界でも結構数多く出版されている。
中には私でも唸ってしまうような名作も多々あるのだけど、シェリィ・ブロッサムは二つの点において特異である。
「ルクスラちゃんも好きだねぇ、シェリブロ」
「だって皆読んでるんですもん。私も読んでないと流行に乗り遅れちゃうんですよ! それにちゃんと面白いですし!」
めっちゃくちゃ流行ってるのだ。
それはもう、読んでない人はいないんじゃないかってくらい。
こんな小説の連載媒体としてはあまりに弱そうな雑誌に載ってるのに。
ただこれに関しては色々と理由がある。
まぁ、後述ね。
「ただやっぱり疑問なんですけど、どうしてネクロノミコンに載ってるんでしょうね? シェリブロ。魔術雑誌に小説って聞いたことないですよ? おかげで私も魔術にふれるキッカケにはなりましたけど」
「あーそれは、シェリブロが魔術の普及を目的に書かれてる側面があるからだと思うよ」
もう一つは、そもそもそのネクロノミコンに小説が載ってるという事態そのもの。
だって前代未聞だし。
これまでネクロノミコンは、魔術師向けのお堅い雑誌だと思われていた。
そんなところになんで娯楽小説を? っていうのは、普通に疑問だと思う。
「そもそもネクロノミコンは、一般への魔術普及が目的に作られたんだ」
「はえー、魔術に詳しい人みたいな発言」
「魔術に詳しい人だよ! ……ただ、”一般の魔術師”には魔術普及が一気に進んだんだけど、一般人にはまったく浸透しなかったわけ」
「……だって魔術って、なんか込み入っててわけわかんなくないです?」
マジで魔術に興味ない人の反応なんて、こんなものだ。
生活魔術は人類の生活を一段階便利にするけれど、まず使えないことには始まらない。
興味のない人に魔術を教えるには、とにかく様々なアプローチでの普及が必要不可欠。
「そんなルクスラちゃんでも、生活魔術が使えるようになった。これはすごいことなんだよ」
「えへへ、ありがとうございますー。ってか私でも興味持たせてくれるって、ほんとシェリブロってすごい作品ですよね! 私今月の……あ、ダメダメ、ネタバレは絶対厳禁ですよね!」
「あはは……そうだね……」
――――で、その作者は私である。
内容は当然知ってます。
死ぬほど書くの大変でした!
ちなみにペンネームで書いてるから、周囲にバレることはないと思います。
なんでそんなことになったかというと、元々私はネクロノミコンに一般魔術師の枠で記事を出していた。
これこそが、私の学会に対する復讐だったからだ。
魔術大学で魔術を研究できるのは男性の貴族だけだけど、在野で研究してそれをネクロノミコンで発表することなら誰でもできるから。
私が扱っていたテーマは、一般層への魔術普及。
誰でも魔術を扱えるようになって、魔術大学の権威を失墜させよう! というコンセプト。
実はこれが、ネクロノミコンを作ったクトゥルー男爵の狙いと滅茶苦茶合致していた。
結果、男爵と意気投合した私は、定期的に記事を任せてもらえるようになったのだ。
私としても、外で魔術を振り回して冒険するよりは楽だったので、隔月くらいで記事を出すようになったというわけ。
――で、ある時転機が訪れる。
私が偶然手紙の中で「娯楽小説好きなんですよぉ」って書いたら男爵から「冒険者視点の娯楽小説って面白そうじゃないか?」と返事が来て。
実際、そういう娯楽小説は世に結構存在していて、有名な作家冒険者もいる。
じゃあ書いてみるか、と思い立って書いて原稿を送ったら――なんか雑誌に載った。
しかも滅茶苦茶バズった。
最初のうちは、魔術師のあいだで話題になってただけだったのに、いつの間にかあれよあれよと一般層にも大普及。
いやね、解るんだ。
男爵がめちゃくちゃ宣伝を頑張ったんだろう。
クトゥルー男爵はとにかく魔術を一般に広めて、大学でのさばってる権威だけの連中を排除したいらしい。
だから、私の書いたシェリブロをなんとしても一般層まで広めたかったんだろう。
あの手この手で広報活動を行って、ついには「周りが読んでるから読む」レベルにまでシェリブロを押し上げた。
加えて、私自身シェリブロの内容には自信があった。
前世でちょっとだけど創作の経験があったし、オタクとしていろんな創作を貪ってきた私にとって、エンタメ小説を書くのはやろうと思えばできないわけじゃない。
でも分不相応。
私の認識は、ネクロノミコンっていう一部の人間しか読まない媒体で、身内受けすればそれでいいって思って書いたものなんだ。
前世のプロの作品や、傑作と呼ばれる作品――それこそシェリブロを書くうえで常に意識してきた某超有名魔法使いモノ――に及ぶなんてこれっぽっちも思ってない。
なのに、人気だけは独り歩きしているわけ!
先日、シェリブロはシーズンワンを無事完結した。
完結させきった。
現在は、その番外編や読者の反応を見ながらシーズンツーの題材として良さそうなものを集めているところ。
でもそれはそれとして……これもまた、私の中では燃え尽きが発生しつつある。
ムリだよぉ! 私にこれ以上、人気作を連載するっていう重圧に耐えるのはさぁ!
というわけで、どうしたもんかなぁと思いながらも今月のネクロノミコンをルクスラさんから受け取って、私は帰路につくのだった。
え、仕事? しないよ……燃え尽きてるし……(熱い掌返し)
ド・クトゥルーってことは男爵の所有する領地の地名はクトゥルーってことですね。
男爵の住む街はきっとルルイエって名前だと思います。