もしもマキマがチェンソーマンだったら   作:訥々

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11話 デンジと天使

いつもより長めです。

 


 

暴力の悪魔との契約を終え、悪魔が収容されている階層から出た3人は武器庫にやって来ていた。

ゾンビを保有するヤクザと戦うには、この新人たちの武器が余りにも貧弱すぎるので、強力な武器を調達するためだ。

 

荒井は狐の悪魔との契約のみ──しかしこれは理解できる。

1年目は死なない立ち回りを身につけるために、自力で戦わない人間もそれなりに多いからだ。

なまじっか強い武器を手にすると、気が大きくなって早死にの原因になる。

 

問題はコベニの武器が包丁であることだ。

デンジが驚愕しながら尋ねると、「普段の生活でも役立つので…」と、ある意味100点の回答をされた。

悪魔を斬った包丁で食材を切るなど正気の沙汰ではない……と思ったが、よく考えたらデンジ自身もしょっちゅう自分の体を切り落として喰っているので、他人の事を言える立場ではなかった。

 

「うわあ、色々な武器があるんですね…」

 

四方の壁を埋め尽くす大量の武器。

それを見たコベニは思わず驚きの声を漏らした。

刀、ナイフ、メイス、斧、トンファーといった近接武器だけでなく、拳銃やショットガン、手榴弾まで揃っている。

 

「ここにあるのは天使の悪魔が造った武器だ。やたら頑丈で、しかも少し特殊でな──」

 

天使なのに悪魔。

矛盾しているようで、それでも世界中の信者から畏怖されている概念だ。

相当強い悪魔なのだろう……荒井がそんな事を考えていると、デンジが一本の刀を手に取った。

 

「例えば、アキも使ってるこの刀。素手じゃ触れねえ幽霊の悪魔もこれなら斬れる」

 

2人とも、ゴースト(幽霊の悪魔)の強さは森野ホテルで目にしている。

右腕だけでも血の魔人を絞め上げ、永遠の悪魔討伐にも大きく貢献した。

そんな悪魔を殺せる……ただの鉄塊に見えていたソレが、急に恐ろしい武器に見えた。

 

 

 

武器庫内を何周もして、吟味の末にようやく2人の武器が決まった。

 

荒井はナックルダスター。

契約で強化された膂力と、姫野に仕込まれた体術の両方を活かしたいとのこと。

 

コベニはやや小ぶりな手斧と、ナイフ3本。

殺傷力と取り回しやすさのバランスを考えて組み合わせたそうだ。

 

 

 

そうして襲撃準備を終えた新人2人は帰宅したが、デンジの戦い(仕事)はまだ終わらない。

普段の業務に加えて、悪魔利用や装備持ち出しに関する書類の提出が控えていた。

 

執務室に戻ったデンジは、机の上に積まれた紙の束を見て露骨に顔をしかめる。

戦う方がよほど楽だと何度思ったか分からない。

 

「……やるか」

 

小さく呟き、引き出しからメガネを取り出す。

視力は悪くないが、それでもわざわざ掛けるのは単なる気分の問題だ。

フレームを耳に掛けると、思考が少しだけ“事務仕事モード”に切り替わる……気がする。

 

サインして、ハンコを押して……延々と続く地味〜な作業を繰り返す。

ふと、書類の中に“天使の悪魔”の文字を見つけた。

 

「そういやアイツ、元気にしてんのかな……」

 

 

◆◆

 

 

彼とデンジが出会ったのは3年前。

人と共存する悪魔がいるという話を聞いたデンジは、半ばバカンスのような気分で現地へ向かった。

辿り着いたのは地図の端に小さく載るだけの島で、観光地と呼ぶにはあまりにも何も無い場所だった。

 

日本語以外にも英語と中国語を話せるデンジだが、さすがに南国の言葉までは知らない。

結局は公安の息がかかった通訳を挟んで会話することになった。

 

「……で、そいつはどこだ」

 

島民に聞くと、案内されたのは集落の外れ。

背中に大きな白い羽を生やした少年が、穏やかな表情で木陰に腰を下ろしていた。

 

「あいつが天使の悪魔だ」

 

通訳を介して言葉を交わす。

話して分かったのは、この悪魔が島民に受け入れられているという事実だった。

 

「みんな優しいよ」

 

そう言って微笑む天使の視線の先には一人の少女がいた。

日焼けした肌に柔らかい笑みを浮かべ、こちらを見て小さく手を振っている。

その仕草に、天使は少しだけ照れたように目を逸らした。

 

「……それで、僕になんの用? 悪いけど、この島から離れるつもりはないよ」

 

生まれ故郷、優しい島民、愛する女性……その全てから離れ、異国の地で働く気にはなれない。

他の国からも雇用契約を提案されたが全て断ったと、天使の悪魔は気だるげに告げた。

 

「この島から離れなきゃいいのか?」

「いや……そもそも、能力はなるべく使いたくないんだ。島のみんなと暮らしてきたのに、簡単に人を殺すなんてできない」

 

悪魔は本能的に人間を害する生物だというのに、彼はどこまでも悪魔らしからぬ悪魔だった。

 

「じゃあ、殺す人間が超悪いヤツならどうだ? ソイツの寿命を吸い取って造った武器が、善良な人間を救うとしたら?」

「それは……悪くないかも」

 

デンジは満足気に頷き、続けて提案した。

こちらが用意する死刑囚を素材にした寿命武器を、日本公安に引き渡してくれ。

その対価として、“寿命を吸い取る能力”を制御して人間と触れ合えるようにしてやる──と。

 

「力を制御できる!?……そんな都合の良いことできるわけない。僕も何度か魚を使って練習したけど全部失敗してる」

「なら、今ここで試してみるか」

 

デンジが手を差し出すと、その上に環状になった鎖が召喚された。

ブレスレットとアンクレット、黒く細いそれは見た目に反して妙な圧を放っている。

 

「これを付けると力を抑えられる。両手首と両足首に付けりゃ完全に封印できるぜ」

「キミは一体……何者なの?」

「俺もお前と同じ、人間が好きな悪魔だよ」

 

そう言ってデンジは笑ったが、逆に天使の悪魔は表情を硬くした。

 

「能力を封じられる。しかもこの場所で暮らし続けていい。……理想的すぎて胡散臭い」 

「それだけ俺たちにとっても有益なんだよ」

 

善意だけの行動ではない。

利害が一致しているから提案したのだと、デンジは言い切った。

 

しばらくの沈黙。

やがて、天使は小さく息を吐いた。

 

「……分かったよ」

「よし、取引成立だな」

 

天使は言われた通りに鎖のアクセサリーを身につけ、島民へ「誰か、生きてる魚を持ってきてくれ」と呼びかけた。

すると先程天使に笑いかけた少女が、魚の入った大きな籠を手に駆け寄ってきた。

そして天使が籠に手を突っ込み、ビチビチと跳ねる魚を掴む。

 

「死なない…!?」

 

本来なら魚の寿命など一瞬で吸い尽くされるはずなのに、数秒経っても元気に暴れている。

 

「これで効果は証明されただろ」

 

デンジが顎で少女を指すと、天使は恐る恐る手を伸ばした。

差し出されたその手を、少女は躊躇いなく握りしめた。

指を絡め、抱きしめあった。

2人は泣きながら笑っていた。

 

「本当にありがとう……僕にできることなら、何だってやるよ」

「バカ、何でもやるなんて気軽に言うもんじゃねえよ」

 

デンジにしてみれば、本当に大したことはしていないのだ。

ただ鎖を渡しただけで、こうも感謝されると却ってきまりが悪い。

 

「まあ、なんだ……その様子だと、まともにエロいことしてねえだろ。女を抱けるって最高だぜ?」

「彼女の前でそんなこと言うな!」

 

通訳の男が笑いながら訳すと、天使は顔を真っ赤にして怒鳴った。

 

「はは、悪い悪い」

 

手をひらひら振りながら謝るデンジ。

だが内心では、ほんの少しだけ引っかかるものがあった。

 

(好きな女、か)

 

ツラの良い女を抱くのは好きだ。

でも、それとは違う何かが2人にはあるらしい。

触れられない相手を想うに足る何かが……。

 

「……よく分かんねえ」

 

誰にも聞こえないほどに小さく呟く。

 

(でも、きっと良いもんなんだろうな)

 

潮風が吹き抜ける。

デンジはしばらく二人の様子を眺めていた。

 

 

◆◆

 

 

書類の山をどうにか片付けた頃には、すっかり夜も更けていた。

デンジは椅子から立ち上がり、メガネを外して引き出しに仕舞う。

肩を軽く回しながら、気だるそうに息を吐いた。

 

「はァ……や〜っと終わった」

 

建物を出ると、頬をなでる夜風が頭にこもった熱を発散してくれた。

明日の事をぼんやりと考えながら帰路を歩き、いつもの部屋の前で足を止める。

鍵を回して中に入ると、ふっと生活の匂いがした。

 

「ん?」

 

テーブルの上にラップの掛かった料理が置かれている。

外食させるつもりで金を渡したから、少し驚いた。

マキマの部屋に向かうと、ベッドの上で丸まって寝ていた。

そのままパワーの部屋を覗くと、薄い掛け布団を蹴飛ばし、大の字で寝ていた。

 

台所へ戻り、温め直した料理を口に運ぶ。

 

「うまっ」

 

今までにも美味い飯は食ってきた。

しかし仕事から帰ってきて、自分のための食事が置かれていたという経験は無い。

味わったことのない不思議な喜びを、デンジは噛み締めていた。

 

 

 

夕食を食べ終え、風呂にも入り、体の芯まで温まったデンジはそのままベッドに倒れ込む。

 

すぐに意識が沈み、夢の世界へ旅立った。

 

マキマと出会ったあの日から、いつも見て、いつも忘れる夢。

 

 

 

真っ暗な空間に地獄のヒーローが立っている。

 

彼あるいは彼女が、デンジを睨みつけている。

 

声は発さず、“私のマキマに手を出すな”という意思だけをデンジの脳内に叩き込む。

 

強烈な罪悪感が込み上げ、謝ろうとするが、なぜか声が出ない。

 

分かっている、マキマには絶対に手を出さない──必死に伝えようとして、でも届かない。

 

焦りだけが果てしなく膨らんで───

 

 

 

そこで目が覚めた。

肌着は寝汗でぐっしょりとしていた。

 

「何だったんだ……今の夢……」

 

額を押さえながら、夢の内容を思い出そうとする。

ついさっき見た夢なのに、輪郭がぼやけて掴めない。

胸の奥に、魚の小骨に似た引っかかりだけが残っている。

 

「………朝メシ作んねーと」

 

デンジは顔を軽く叩き、ぼんやりした頭を無理やり現実に引き戻した。

ベッドから起き上がり、大きな欠伸をしながら立ち上がる。

悪夢の記憶はもうほとんど残っていない。

 

 

 


 

 

悪夢の正体

(知ってしまうと不穏さが消滅するので、透明文字にしました)

 

結論から言えば、デンジの思い込み。

尊敬の対象であるチェンソーマンに選ばれた人間(マキマ)を女として見てはいけない!という固定観念。

むしろポチタは「早くくっつけ」とヤキモキしている。

思い込みが激しいという点では、デンジも厄介オタクと言えるかもしれない。

 

 

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